1 / 6
1話
しおりを挟む
この夜、メリッサ・シンクレアは舞踏会を主催していた。
メリッサは象牙色のシルクのドレスを纏い、首元には祖母から譲り受けた真珠のネックレスを輝かせていた。その白い肌は月光のように透き通っており、銀色に近い淡い金髪は丁寧に編みこまれ、頭上に小さなルビーをちりばめたティアラがきらめいていた。彼女の瞳は深いエメラルドグリーンで、その奥には静かな強さと、まだ傷ついていない希望が宿っていた。彼女は笑顔を絶やさず、賓客一人ひとりに丁寧に挨拶を交わした。その仕草は優雅で、まるで風に揺れる柳のようだった。
「お越しいただき、誠にありがとうございます」と、彼女は微笑みながら言う。その声は澄んだ小鳥のさえずりのように、耳に心地よく響いた。
そして、彼女の隣には婚約者のロイド・フラハーティが立っていた。背が高く、整った顔立ちに、青い瞳はいつも自信に満ちていた。彼の黒い燕尾服は完璧に仕立てられ、胸元のエメラルドのブローチは、彼の家柄の高さを物語っていた。彼はメリッサの手を取り、「君こそ、この夜の女王だ」と囁いた。その言葉は甘く、しかしどこか機械的で、心の底から湧いたものではないような気がした。だが、メリッサはその違和感を無視した。今日が、彼女の新たな人生の始まりなのだから。
音楽が流れ、カップルたちが舞踏室で円を描くように回り始める。シャンデリアの光が水晶のグラスに反射し、室内は宝石箱のように煌めいていた。シャンパンの泡がきらめき、銀のプレートには鴨のコンフィやトリュフを添えたスープが並び、すべてが贅沢の極みだった。
だが、その幸福な時間は、突然の断絶によって引き裂かれた。
ロイドがグラスを口に運んだ直後、彼の顔色がみるみるうちに青白くなっていった。彼は喉を押さえ、苦しげに咳き込み、テーブルに手をついて体を支えた。その瞳は驚愕と恐怖に歪み、声は掠れていた。
「……毒だ……俺に、毒が……!」
その声は宴会場に響き渡り、一瞬にして音楽が止んだ。笑顔が凍りつき、杯が床に落ちる音が、静寂を切り裂いた。人々の間に波が走り、ざわめきが広がる。メリッサは信じられない思いで彼の前に跪いた。
「ロイド! どうしたの? どこが痛いの?」
「お前……お前のグラスから……」と、彼は喘ぎながら言った。「俺の分にだけ……毒が……」
その言葉に、周囲の視線が一斉にメリッサへと向けられた。彼女の胸は氷のように冷たくなった。彼女は慌てて自分のグラスを見たが、そこには何も異常はなかった。だが、もう遅かった。噂は瞬く間に広がり、耳打ちが壁を伝って広がっていく。
「メリッサ嬢が婚約者を殺そうとした?」
「信じられない……あんなに優雅な人が……」
「でも、ロイド様は命に関わるところだったのよ……」
医者が急いで呼び寄せられ、ロイドは寝室へと運ばれた。メリッサはその後を追いかけようとしたが、彼の側近に押しのけられた。
「今はお静かに……ロイド様は、あなたと会いたくないと仰っています」
その言葉は、心にナイフのように突き刺さった。彼女は廊下に立ち尽くし、手すりに体重を預けた。シャンデリアの光が彼女の影を長く伸ばし、まるで罪人のように見えた。
数時間後、ロイドは回復したと告げられた。毒ではなかったらしい。医者は「過労と神経の高ぶり」と診断したが、ロイドはそれを認めなかった。
翌日、彼はメリッサの前に立ち、冷たい声で言った。
「俺は、お前が俺を殺そうとしたと考えている。当然婚約は破棄する。今後、二度と俺の前に現れるな」
メリッサは声にならない叫びを飲み込んだ。彼女は無実だと訴えた。涙を浮かべ、震える声で「どうして? 私はあなたを愛していたのに」と言ったが、ロイドの目にはもう情はなかった。
「信用できない女と、一生を共にできると思うか?」
そう言って、彼は去っていった。扉が閉まる音が、彼女の人生の終わりを告げるように響いた。
そして、社交界には「メリッサ嬢の毒殺未遂」の噂が猛スピードで広がっていった。真実は誰も探さなかった。美しい宝石が泥に塗れても、誰もそれを拭おうとはしない。メリッサの名は、一夜にして「危険な女」として、貴族社会の闇に葬られた。
彼女は窓辺に立ち、庭に散らばる枯れた薔薇の花びらを見つめた。風がカーテンを揺らし、まるで過去の幸福が遠ざかっていくようだった。
「私は……何もしていないのに……」
その声は、誰にも届かなかった。
メリッサは象牙色のシルクのドレスを纏い、首元には祖母から譲り受けた真珠のネックレスを輝かせていた。その白い肌は月光のように透き通っており、銀色に近い淡い金髪は丁寧に編みこまれ、頭上に小さなルビーをちりばめたティアラがきらめいていた。彼女の瞳は深いエメラルドグリーンで、その奥には静かな強さと、まだ傷ついていない希望が宿っていた。彼女は笑顔を絶やさず、賓客一人ひとりに丁寧に挨拶を交わした。その仕草は優雅で、まるで風に揺れる柳のようだった。
「お越しいただき、誠にありがとうございます」と、彼女は微笑みながら言う。その声は澄んだ小鳥のさえずりのように、耳に心地よく響いた。
そして、彼女の隣には婚約者のロイド・フラハーティが立っていた。背が高く、整った顔立ちに、青い瞳はいつも自信に満ちていた。彼の黒い燕尾服は完璧に仕立てられ、胸元のエメラルドのブローチは、彼の家柄の高さを物語っていた。彼はメリッサの手を取り、「君こそ、この夜の女王だ」と囁いた。その言葉は甘く、しかしどこか機械的で、心の底から湧いたものではないような気がした。だが、メリッサはその違和感を無視した。今日が、彼女の新たな人生の始まりなのだから。
音楽が流れ、カップルたちが舞踏室で円を描くように回り始める。シャンデリアの光が水晶のグラスに反射し、室内は宝石箱のように煌めいていた。シャンパンの泡がきらめき、銀のプレートには鴨のコンフィやトリュフを添えたスープが並び、すべてが贅沢の極みだった。
だが、その幸福な時間は、突然の断絶によって引き裂かれた。
ロイドがグラスを口に運んだ直後、彼の顔色がみるみるうちに青白くなっていった。彼は喉を押さえ、苦しげに咳き込み、テーブルに手をついて体を支えた。その瞳は驚愕と恐怖に歪み、声は掠れていた。
「……毒だ……俺に、毒が……!」
その声は宴会場に響き渡り、一瞬にして音楽が止んだ。笑顔が凍りつき、杯が床に落ちる音が、静寂を切り裂いた。人々の間に波が走り、ざわめきが広がる。メリッサは信じられない思いで彼の前に跪いた。
「ロイド! どうしたの? どこが痛いの?」
「お前……お前のグラスから……」と、彼は喘ぎながら言った。「俺の分にだけ……毒が……」
その言葉に、周囲の視線が一斉にメリッサへと向けられた。彼女の胸は氷のように冷たくなった。彼女は慌てて自分のグラスを見たが、そこには何も異常はなかった。だが、もう遅かった。噂は瞬く間に広がり、耳打ちが壁を伝って広がっていく。
「メリッサ嬢が婚約者を殺そうとした?」
「信じられない……あんなに優雅な人が……」
「でも、ロイド様は命に関わるところだったのよ……」
医者が急いで呼び寄せられ、ロイドは寝室へと運ばれた。メリッサはその後を追いかけようとしたが、彼の側近に押しのけられた。
「今はお静かに……ロイド様は、あなたと会いたくないと仰っています」
その言葉は、心にナイフのように突き刺さった。彼女は廊下に立ち尽くし、手すりに体重を預けた。シャンデリアの光が彼女の影を長く伸ばし、まるで罪人のように見えた。
数時間後、ロイドは回復したと告げられた。毒ではなかったらしい。医者は「過労と神経の高ぶり」と診断したが、ロイドはそれを認めなかった。
翌日、彼はメリッサの前に立ち、冷たい声で言った。
「俺は、お前が俺を殺そうとしたと考えている。当然婚約は破棄する。今後、二度と俺の前に現れるな」
メリッサは声にならない叫びを飲み込んだ。彼女は無実だと訴えた。涙を浮かべ、震える声で「どうして? 私はあなたを愛していたのに」と言ったが、ロイドの目にはもう情はなかった。
「信用できない女と、一生を共にできると思うか?」
そう言って、彼は去っていった。扉が閉まる音が、彼女の人生の終わりを告げるように響いた。
そして、社交界には「メリッサ嬢の毒殺未遂」の噂が猛スピードで広がっていった。真実は誰も探さなかった。美しい宝石が泥に塗れても、誰もそれを拭おうとはしない。メリッサの名は、一夜にして「危険な女」として、貴族社会の闇に葬られた。
彼女は窓辺に立ち、庭に散らばる枯れた薔薇の花びらを見つめた。風がカーテンを揺らし、まるで過去の幸福が遠ざかっていくようだった。
「私は……何もしていないのに……」
その声は、誰にも届かなかった。
186
あなたにおすすめの小説
[完結]だってあなたが望んだことでしょう?
青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。
アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。
やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー
【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……
小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。
この作品は『小説家になろう』でも公開中です。
悪役令嬢が残した破滅の種
八代奏多
恋愛
妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。
そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。
その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。
しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。
断罪した者は次々にこう口にした。
「どうか戻ってきてください」
しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。
何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。
※小説家になろう様でも連載中です。
9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。
【完結】「婚約者は妹のことが好きなようです。妹に婚約者を譲ったら元婚約者と妹の様子がおかしいのですが」
まほりろ
恋愛
※小説家になろうにて日間総合ランキング6位まで上がった作品です!2022/07/10
私の婚約者のエドワード様は私のことを「アリーシア」と呼び、私の妹のクラウディアのことを「ディア」と愛称で呼ぶ。
エドワード様は当家を訪ねて来るたびに私には黄色い薔薇を十五本、妹のクラウディアにはピンクの薔薇を七本渡す。
エドワード様は薔薇の花言葉が色と本数によって違うことをご存知ないのかしら?
それにピンクはエドワード様の髪と瞳の色。自分の髪や瞳の色の花を異性に贈る意味をエドワード様が知らないはずがないわ。
エドワード様はクラウディアを愛しているのね。二人が愛し合っているなら私は身を引くわ。
そう思って私はエドワード様との婚約を解消した。
なのに婚約を解消したはずのエドワード様が先触れもなく当家を訪れ、私のことを「シア」と呼び迫ってきて……。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。
誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。
無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。
ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。
「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。
アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。
そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?!
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています
婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
わざわざパーティで婚約破棄していただかなくても大丈夫ですよ。私もそのつもりでしたから。
しあ
恋愛
私の婚約者がパーティーで別の女性をパートナーに連れてきて、突然婚約破棄を宣言をし始めた。
わざわざここで始めなくてもいいものを…ですが、私も色々と用意してましたので、少しお話をして、私と魔道具研究所で共同開発を行った映像記録魔道具を見ていただくことにしました。
あら?映像をご覧になってから顔色が悪いですが、大丈夫でしょうか?
もし大丈夫ではなくても止める気はありませんけどね?
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる