谷神は死せず

乍冥かたる

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一色へ

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「わたし」

囀りながら、小鳥が空高く舞った。

時期外れのヒバリだろうか。

「引きこもりだったんです」

「ほお」

「日中は、一歩も外に出ず、出られず、、」

なんでこんな事を話しているんだろう。

「夜になって、皆が寝静まった頃、ひとりでこっそり外に出ていたんです」

胸はキリキリして、吐き出すように話してはいる。だけど、なんだか、ニッコリしながら話してる。

「気持ちだけは、こんなはずじゃない、いつかきっと、なんとかなるって」

ちらっと佐藤さんを見ると、じっとこちらを見つめている。その目は、大人の方の目か、子供の方の目か、パッと見では分からなかった。

そういえば、わたしをこんな風に見つめてくれた人など、誰もいない。

「赤にもなれるはず。青にも、紫にも、ピンクにだって。いつか、こんなはずじゃない。いつかって」

過去のわたしを語るわたし。その過去のわたしは、もう遠かった。

「手も伸ばさず、追いかけもせず、ううん、見つめることさえせずに、なんとかなるって求めていた。いえ、求めてもいなかったんです。なんとかなるって投げやりに思っていただけ」

そう、遠くなったから、話せているんだ。

「花たちを見ていたら、黙って生きる彼らに共感して、泣いちゃいました。そして、彼らが教えてくれました。黙って、雄弁に。寡黙に、多弁に」

佐藤さんが笑った。

「色んな色になる必要はないんだよって。私たちを見てごらんって」

「うんっ」

「わたし、、」

なにか熱い柱が、両脇の下の方から上ってきた気がする。

ふいに涙が出てきた。

「普通の一色で生きていきたい」

考える前から言葉が飛び出す。

「佐藤さん」

「はい」

「すいません、わたし、絵は描けません」

「素晴らしい」

「え?」

涙が止まった。

「絵は描けないんです。せっかくお誘いいただいたのに」

「うんうん、素晴らしい」

「怒ってないんですか?」

「まさか! 虹色の迷路に迷い込んでいた人が、一色の光を見つけだしたんですから、こんな素晴らしいことはないです。普通の一色の大切さが分かった人に、他を出し抜く極彩色を求める野暮はいたしません」

「その一色、何色か、まだ分かりませんけどね」

「でも、迷路に舞い戻ることはないでしょう。この丘の景色がある限り」


振り向くと、一色一色が織りなす色の曼荼羅があった。

曼荼羅とは宇宙であり、宇宙とは、一色一色が作っている。

自然は、常に人にヒントを与え続けている。


「絵は描かなくていいです。ただ、、、」

「はい?」

「今度の選考の審査員の一人になっていただきたい。さらに、今後の画廊の運営のお手伝いもお願いしたいです。もちろん、報酬は出ますよ」

「ええ?」

「どうですか、まずはこんな一色から」

「素敵すぎます」

「僕は、頑張ってくださいという、突き放した言葉が嫌いで。どうせなら、一緒に頑張りましょうって行きたいじゃないですか」

「また涙が出るじゃないですか」

「谷神は死せず」

「え?」

「谷の神様は人にだけ、涙という沢を与え賜うた。植物たちは嫉妬してるらしい」

「今日は沢が氾濫しがちです」

「谷神は玄牝げんぴんともいい、女性そのもの。女の幸せのほうの潤いも、、ってそんな時代じゃないかな」

「いえいえ、がんばりますよーっ」

谷の潤い、メスの玄妙。

なんだか微妙に艶めかしい表現だったので、不自然なまでに無理矢理に、元気に返しておいた。


夕飯にはまだ時間がある。

だけど、一気におなかが減った。




Fin
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