迷家で居候始めませんか?

だっ。

文字の大きさ
上 下
3 / 7
ドタバタ宴会準備編

お知り合いですか?

しおりを挟む
 太陽の日差しが電車の窓から入り込む。
このお昼の時間帯は人があまりいなくて、座席に並んで座った私、そして自称雷獣、今は訳あってパーカー姿のホオノキさんに、自称座敷童子、可愛いフリしてお年寄り、カシワくん。

 酒瓶を手に、今は仲良く迷家へ帰り中。
ガタンゴトン、と揺れる路面電車。2人はずっと窓の外を眺めている。車と一緒に電車が走ることが楽しいらしい。

 私も高校の時は、よく嵐電に乗っては嵐山へ遊びに行っていた。それこそ親友の杆と、よく嵐電に乗って出かけた。映画村にも行ったっけ。

「あ、車折神社…。すみません、次降りていいですか?」
「なんで?なんかあるの?」
「芸能の神様がいらっしゃるんですよ。私、実は大好きなモデルさんがいて、推してるんですよね。最近、SNSで車折神社に来てたみたいなんですよ!」
「……モデルさん?」

 ホオノキさんとカシワくん、共に私の言葉に首を傾げた。モデルがそんなに気になる単語だろうか。

「車折神社って、芸能神社っていう末社があってですね、芸能人の方の名前が記された玉垣っていうのがあって、生で見たいんです!そのモデル様のお名前を!生で!」
「……あー、うん、分かったー…」
「……モデル…」
『次は車折神社前、車折神社前ー…』

 アナウンスが流れ、財布を取り出す。
半ば強引に2人を連れて、私達は電車を降りた。

 降りるとすぐ現れるのが車折神社だ。
赤い鳥居に加え、芸能人の名前が書かれた札がいくつも並んでいる。これだけ多いと、探すのが大変だ。

「モデル様のお名前は、かやさんです。探すの手伝ってくださいね」

 榧さんのお名前を聞いて、2人は「うぇっ」と声を出した。顔が青ざめていく。怯えたように体が震えて、ホオノキさんとカシワくんは揃って顔を見合わせる。

「知ってるんですか、榧さんのこと。テレビありましたもんね、迷家」
「その、ここに来たのっていつぐらいだった…?」
「えっと、SNSに投稿されたのが、一昨日あたりでしたけど」
「一昨日…!」

 2人して慌て始め、必死に名前を探し始めた。
ありがたいけど、気になる。知り合い?……な訳ないし。

 私も石畳のひかれた神社を歩き、名前を探す。SNSに投稿された写真は、足元あたりに名前が書かれた玉垣があったから…。

 あ、あった!
お笑い芸人とアイドルの間に、芸名の榧の名前がある!
すごいすごい、京都に来てたんや…。ああ、心がじーんとする。

「あ、ホオノキさん達呼ばな。どこ行ったんやろ」

 ホオノキさんは背が高い。カシワくんと一緒にいる筈やから、頭高い人探したらいい。
そんなに広い神社でもない。ぐるっと回るとすぐに見つけた。手を繋いで、芸能人の名前を指さし見たことある、ないを笑いながら話してる。

「ホオノキさん、カシワくん!こっち!榧さんのお名前ありました!」
「……それ見なきゃダメ?よもぎの姉ちゃん…」
「……僕、あまり見たくないなあ」

 2人揃ってげっそりする。
何故だ。

「見るだけ、見るだけですって」
「ねえ蓬ちゃん、ひとつ教えて。榧のどこが好きなんだ?」
「それ知りたい!」

 ホオノキさんの質問に、カシワくんが大はしゃぎで同調した。

 どこが好きか、そう言われて頭の中に色々な情報が巡る。
ダントツで顔が綺麗。髪が綺麗。スタイルがいい。服のセンスもいい。トークも面白い。

「全てですかね。だって可愛いし、面白いし」
「それはテレビ上でしょ。会ったら分かるよ、あの方の恐ろしいこと…」
「え?」

 あの方、という言い方も気になったし、会ったら分かる、と言う言い方もおかしい。
まるで会ったことがあるみたいやない。

「やっぱり、お知り合いですか?」
「まぁ…。うん、知り合い以上友達未満…?」
「知り合いと友達の間って何!?」

 もしかして、榧さんってあのキャラ作っているのか。
ニコニコ笑顔でたまにえげつない毒を吐くあのキャラが人気で、その美貌も合わさってテレビで見ない日は無いのだ。

「も、もう見れたしいいでしょ。帰ろう、蓬ちゃん」
「そだよ。帰って用意しなきゃ、多分すぐ来るから!」
「用意しなきゃって?それに来るって…?」

 恐る恐る尋ねると、2人は揃って真っ赤な顔で叫ぶ。

「榧さん!」
「榧のお姉様!」
「……今、なんて?」
「だから榧さん!」
「榧のお姉様!!」
「あの、榧さん?」
「その榧さん!」
「その榧のお姉様!!」
「ええー…」

 有名なモデル事務所と共に榧の名が書かれた玉垣を指さして尋ねると、2人はこくこくと首を縦に振った。
その慌てっぷりに驚く。そしてすぐに帰るため、鏡、ガラスを探す。全身をうつすくらい大きくなくてもいいらしいから、駅内のトイレの鏡へと移動する。男子トイレには誰も人がいなかった…。助かった…。

「じゃ、手を繋いで」
「雲外鏡、迷家へ返して!」

 手を繋いだまま、そうっと鏡に触れる。水面のように揺れたあと、ぐいっと引っ張られる形で鏡の中へと入っていく。
思わず目を瞑っていたが、ホオノキさんの優しい声で目を開けた。
長い廊下に、高い天井。部屋がいくつも襖で区切られてる。間違いない、迷家や…。
帰ってきたらしい。

「ありがとう、雲外鏡」
「雲外鏡って、ここにいるんですか?」
「そう。人見知りだからこの静かな場所でひっそり暮らしてる。柏が彼女の住まう場所を与えたんだ」
「そだよ。だから、こうしてお礼してくれてるの!」

 私にはただの鏡にしか見えないが、私も力を貸してもらったお礼として、お辞儀をした。
それから顔を上げて、驚いた。鏡にうつる私の顔が、微笑んでいたから。私は笑顔じゃないのに。
驚いて一歩下がると、鏡にうつる私は手を振ってくれた。
これが、雲外鏡さん…?

「お、驚いてごめんなさい。あの、ありがとうございました!」
「…蓬ちゃーん?準備するよー」
「あっ、はーい!」

 先に客間へと移動していた2人に返事し、もう一度鏡を見た。そこにはへんてこな顔をした私しかうつっていなかった。

「…よもぎの姉ちゃん、雲外鏡とお話してたの?」
「え、あ、そやで。ちょっとびっくりしたわ」
「雲外鏡は恥ずかしがり屋だから、自分から話しかけるの驚いた!榧のお姉様が来るのも怖がってるだろうなあ」

 客間には2人はおらず、隣の台所で作業していた。カシワくんはお皿を片付けながらそう呟く。ホオノキさんは洗い物をし、私もなにか手伝おうとお皿を拭くことにした。

「なあ、その榧さんって、ほんまに私が知ってる榧さんなん?」
「うん…。すっごく怖いから、気をつけてね」
「……じゃあ、やっぱり榧さんって妖怪やったん?」
「そだよ」
「何の妖怪か聞いてもいい?」
「それは会ってからのお楽しみだね。蓬ちゃん、お酒1本常温で置いて、あとは冷やしとくから何か好きなの冷やしといてくれる?」
「あ、はーい」

 秋といえど外は寒い。酒蔵に1本いれておこう。
酒蔵は蔵の中の床下にある。取手を引っ張ると入口が現れる仕様だ。蔵は庭にあるので、サンダルを履いて取手を掴み、重い扉を開けた。

「…ういしょっと」
「蓬ちゃーん、急いで僕達を隠してくれる?」
「はーい!………………は?」

 ホオノキさんの大声が聞こえた。その声はいつもの屈託ない爛々とした声ではなく、震えていた。
ノリと勢いで返事してしまったが、隠してくれる、って何だ。先程からカシワくんの笑い声も聞こえない。どこかおかしい、と思い武器になりそうな箒を手にして、大急ぎで台所へと帰った。

 息を途切れさせ、台所の襖を勢いよく開けた時、そこにいた人物に絶句した。

「あらぁ?この子、人の子やないの。何でこないなとこに人の子がおるん?どういうことなん?のう、雷獣」

 紅く高級感のあるレトロな中華服に身を包み、紺色の長髪をなびかせ、袴から見える白い足は長く細く、そして紅色の瞳は真っ直ぐとした、この人は…!

「か、かか、榧さん……!」
しおりを挟む

処理中です...