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VI.新たな世界の幕開け【心機一転、一新紀元】

C'est le ton qui fait la musique.

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「……待ちなさい」



 その背中を、ここに来て
初めて出した気すらする声で引き止めた。


振り返った彼は表情がなくて。

彼を問い詰める。



「貴方は、それでいいの?」

「良い訳、ないだろう。
お前を手放すくらいなら死んだ方がマシだとすら思ってるぜ俺は」

「なら、そう言いなさいよ。
本当に本音で話せるというのであれば、本音で話しなさい」

「!!」



 相手は王子。

幾度となく、叱咤されてきたはずなのに
説教じみた言葉で彼を咎めた。


私の言葉で、少しだけ動揺した彼は
バツが悪そうに顔を逸らして。

そのまま、黙り込んだ。



「今のは、一国の王子としての発言でしょう。
アレクサンドラ・レオ=シャルル・リルベートは
なんて、言ってるのかしら」



 だから、言いなさい。

貴方の、一人の男としての本音を。


彼の目の前まで歩みを進めて、
私より頭一つ分大きい彼の顔を見上げた。

その頬に手を添えて、
微笑むとレオは私の手に自分の手を重ねて。

意を決したように、小さく息を吸った。



「俺の、傍にいて欲しい」

「いなくなるな」

「公妾だの正妻だの、そんな形式ばったもの、クソ喰らえだ」

「喩え、それがお前の幸せじゃないとしても
俺は、お前がいるだけで幸せだ」



 言葉を途切らせながら、
今にも泣きそうな顔で彼は言いきった。


そんな彼に向かって、私は得意げに眉をあげる。



「あら、そう。奇遇ね」

「……奇遇?」

「私も、同じことを思っていたから」



 イタズラに微笑むと、
彼は不思議そうに瞬きを増やして。



「でも、お前は……公妾が、嫌、なんだろ?」

「いいえ。
公妾だろうと正妻だろうと。
私が恐れているのは、貴方の寵愛が無くなること。

ただ、それだけよ」



 わざとヒラッとドレスを翻して彼に背を向けて。

妖しさ満点で振り返った。



「さぁ、王子でない貴方は、どうする?」



 いつしか彼から言われたそれをやり返して言えば、
彼はやっぱり泣きそうな顔で私をキツく抱きしめた。






【調子が音楽をつくる】
C'est le ton qui fait la musique.

(私を手放そうだなんて、二度と考えないで)
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