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危険な夏休み編
似て非なるもの【後編】
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「あれえ、槇村さん、今日も来てたんや」
飯塚はカウンターで一人酒を飲んでいた彰吾に声をかけた。
柚子ーユズカーは着替えに行き、ここにはいない。
彰吾は飯塚に一瞥を向ける。
普通の人間なら恐れ戦くような視線だが、飯塚は気にもせず彰吾の隣に座る。
「今日はユズカちゃんと食事できて、ホンマ楽しかったわあ。あ、ママ、焼酎ロックでお願いしますー!」
「飯塚様。テーブル席を取ってありますのでそちらに...」
「ユズカちゃん戻ってくるまで、ここで槇村さんと話しとくわ」
瑞樹のさり気ない気遣いを無視し、飯塚は彰吾の隣に居座った。
「この暑い中、スーツで大変ですなあ。堅苦しいて敵わんで」
「…ガキみたいな格好してる奴よりマシだ」
「焼鳥屋に行くのに、カッコつけてもしゃあないやん。これでも俺の一張羅やねんで!」
「食事に連れていく場所も、ガキくさいな」
「ユズカちゃんは、滅多に行けへんから嬉しいって言うてくれたでぇ」
「お世辞に決まってるだろ。真に受けるなんざ、ガキの極みだ」
「お高いとこ連れてって、カッコつけて自己満足に浸っとるんは、オッサンの極みやろ」
彰吾と飯塚は互いにけん制し合う。
「まあまあお二人とも、お酒は仲良く飲みましょうよ」
瑞樹は二人をなんとか取り持とうとする。
「ま、カッコつけてなんぼやもんなあ、ヤクザは」
飯塚は笑いながら小さく呟いた。彰吾は眉間にシワを寄せる。
「槇村組の跡取り、槇村彰吾。そんな人間が、年端もいかん女の子誑かすんやなあ。世も末や」
「さすが元警官。女の趣味にまで口出すとは、下品な職業病が抜けないと見える」
飯塚の顔から笑みが消えた。
「下品はどっちじゃい。人の弱み握って金稼ぐヤカラのくせに」
「権力振りかざして、自分達の都合のいいように善悪を決めてるお前らも、似たりよったりだ」
二人は睨み合う。
「お二人とも落ち着いてください。誰か、ユズカちゃんを呼んできてっ」
瑞樹は珍しく慌てている。
「屍肉に群がるハイエナが」
「権力者の元飼犬はよく吠える」
二人の異様な雰囲気に、周りの客も何事かと訝しむ。
一触即発となったその時、二人の背後から声がした。
「お二人とも、何のお話されてるんですか~」
二人は同時に振り向く。ベージュのレースのドレスを着た柚子ーユズカーがそこにいた。
「そんなに仲がいいなんて、知りませんでした」
柚子ーユズカーは二人の空気を察することなく、のほほんと笑っている。
「ユズカちゃん、待っとったで」
飯塚は柚子ーユズカーの腕を掴もうとした。
しかし、柚子ーユズカーはその手から逃れる。
「飯塚様、お顔が真っ赤ですよ。あちらのお席でゆっくり休んでくださいね~。ママ、お願いします」
柚子ーユズカーは優しくも、しかし有無を言わさぬ笑顔で言った。
「さぁ、飯塚様はこちらに。楽しいお話しましょ」
瑞樹は阿吽の呼吸で、飯塚をテーブルに引っ張っていく。
柚子は彰吾の隣りに座った。その顔からは笑顔が消えている。
「ここでケンカしないでください。出入り禁止にされますよ」
「アイツが言いがかりをつけてきただけだ。喧嘩なんざするかよ」
彰吾は言い返しながらも、ニヤリと笑う。
柚子が、飯塚より自分を優先したことが嬉しかった。
「楽しかったか?あの男とのデートは」
「デートじゃありません。彰吾さんには前もって言ったでしょう。お詫びを兼ねて、飯塚様とお食事するだけだって」
柚子は口元を尖らせた。
確かに彰吾は知っていた。だが、理由は何であれ、他の男と食事するのはいい気分はしない。
「お前、まだ焼鳥の匂いがするぞ」
「へっ!さっきしっかり拭き取ったんですけど...そんなに匂います?」
柚子は自分の肌の匂いを嗅ぐ。
他の人間ならば、気にしないだろう。
しかし、彰吾にとっては、自分の恋人が他の男と食事をした、という匂いだ。
ほんの少しあっても気になってしまう。
彰吾は柚子の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。
「他の男の匂いなんざ、消し去ってやる」
自分の匂いで。いや、柚子の女の匂いと、自分の匂いを混ざり合わせて。
柚子は一瞬、肩を震わせたが、冷静な目で彰吾を見上げた。
「今日はダメです」
「なに?」
「さっきケンカしてたでしょう。彰吾さんにも罰を与えないと」
「だからあれは...」
柚子はにっこりとほほ笑み、彰吾から離れる。
「喧嘩両成敗です。お客様同士、仲良くしてくださいね」
飯塚はカウンターで一人酒を飲んでいた彰吾に声をかけた。
柚子ーユズカーは着替えに行き、ここにはいない。
彰吾は飯塚に一瞥を向ける。
普通の人間なら恐れ戦くような視線だが、飯塚は気にもせず彰吾の隣に座る。
「今日はユズカちゃんと食事できて、ホンマ楽しかったわあ。あ、ママ、焼酎ロックでお願いしますー!」
「飯塚様。テーブル席を取ってありますのでそちらに...」
「ユズカちゃん戻ってくるまで、ここで槇村さんと話しとくわ」
瑞樹のさり気ない気遣いを無視し、飯塚は彰吾の隣に居座った。
「この暑い中、スーツで大変ですなあ。堅苦しいて敵わんで」
「…ガキみたいな格好してる奴よりマシだ」
「焼鳥屋に行くのに、カッコつけてもしゃあないやん。これでも俺の一張羅やねんで!」
「食事に連れていく場所も、ガキくさいな」
「ユズカちゃんは、滅多に行けへんから嬉しいって言うてくれたでぇ」
「お世辞に決まってるだろ。真に受けるなんざ、ガキの極みだ」
「お高いとこ連れてって、カッコつけて自己満足に浸っとるんは、オッサンの極みやろ」
彰吾と飯塚は互いにけん制し合う。
「まあまあお二人とも、お酒は仲良く飲みましょうよ」
瑞樹は二人をなんとか取り持とうとする。
「ま、カッコつけてなんぼやもんなあ、ヤクザは」
飯塚は笑いながら小さく呟いた。彰吾は眉間にシワを寄せる。
「槇村組の跡取り、槇村彰吾。そんな人間が、年端もいかん女の子誑かすんやなあ。世も末や」
「さすが元警官。女の趣味にまで口出すとは、下品な職業病が抜けないと見える」
飯塚の顔から笑みが消えた。
「下品はどっちじゃい。人の弱み握って金稼ぐヤカラのくせに」
「権力振りかざして、自分達の都合のいいように善悪を決めてるお前らも、似たりよったりだ」
二人は睨み合う。
「お二人とも落ち着いてください。誰か、ユズカちゃんを呼んできてっ」
瑞樹は珍しく慌てている。
「屍肉に群がるハイエナが」
「権力者の元飼犬はよく吠える」
二人の異様な雰囲気に、周りの客も何事かと訝しむ。
一触即発となったその時、二人の背後から声がした。
「お二人とも、何のお話されてるんですか~」
二人は同時に振り向く。ベージュのレースのドレスを着た柚子ーユズカーがそこにいた。
「そんなに仲がいいなんて、知りませんでした」
柚子ーユズカーは二人の空気を察することなく、のほほんと笑っている。
「ユズカちゃん、待っとったで」
飯塚は柚子ーユズカーの腕を掴もうとした。
しかし、柚子ーユズカーはその手から逃れる。
「飯塚様、お顔が真っ赤ですよ。あちらのお席でゆっくり休んでくださいね~。ママ、お願いします」
柚子ーユズカーは優しくも、しかし有無を言わさぬ笑顔で言った。
「さぁ、飯塚様はこちらに。楽しいお話しましょ」
瑞樹は阿吽の呼吸で、飯塚をテーブルに引っ張っていく。
柚子は彰吾の隣りに座った。その顔からは笑顔が消えている。
「ここでケンカしないでください。出入り禁止にされますよ」
「アイツが言いがかりをつけてきただけだ。喧嘩なんざするかよ」
彰吾は言い返しながらも、ニヤリと笑う。
柚子が、飯塚より自分を優先したことが嬉しかった。
「楽しかったか?あの男とのデートは」
「デートじゃありません。彰吾さんには前もって言ったでしょう。お詫びを兼ねて、飯塚様とお食事するだけだって」
柚子は口元を尖らせた。
確かに彰吾は知っていた。だが、理由は何であれ、他の男と食事するのはいい気分はしない。
「お前、まだ焼鳥の匂いがするぞ」
「へっ!さっきしっかり拭き取ったんですけど...そんなに匂います?」
柚子は自分の肌の匂いを嗅ぐ。
他の人間ならば、気にしないだろう。
しかし、彰吾にとっては、自分の恋人が他の男と食事をした、という匂いだ。
ほんの少しあっても気になってしまう。
彰吾は柚子の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。
「他の男の匂いなんざ、消し去ってやる」
自分の匂いで。いや、柚子の女の匂いと、自分の匂いを混ざり合わせて。
柚子は一瞬、肩を震わせたが、冷静な目で彰吾を見上げた。
「今日はダメです」
「なに?」
「さっきケンカしてたでしょう。彰吾さんにも罰を与えないと」
「だからあれは...」
柚子はにっこりとほほ笑み、彰吾から離れる。
「喧嘩両成敗です。お客様同士、仲良くしてくださいね」
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