老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第七章

戦の前の静けさ

朝露に濡れた薬草園は、静かな香りに満ちていた。
ラベンダーはすでに花を落とし、銀色の葉だけが残っている。それでも指で擦れば、鎮めと癒やしの香気が立ちのぼった。隣ではローズマリーが青々と茂り、針のような葉から強い芳香を放っている。血の巡りを促し、傷を腐らせぬ力を持つ草だ。

低く広がるタイムは秋風に揺れ、土に張り付くように伸びている。葉を煎じれば、熱を鎮める湯薬となる。少し離れた畝にはヤロウがまだ白い小花を残し、茎を折れば青臭い匂いが漂った。兵士の止血に欠かせぬ草である。オオバコもまた、葉を潰して塗れば傷口を覆う膜となり、虫刺されの腫れを静めてくれる。

セラは腰をかがめ、ひと枝ずつ慎重に摘み取っていった。籠の中に葉や茎が重なり、薬草の香りが濃くなっていく。
「これだけあれば、膏薬を十分に作れるでしょう」

王宮からは甲冑の軋み、馬蹄の響き、兵の声がかすかに届いてくる。出征の支度に追われる音が、朝の冷気の中で鋭く響いていた。

その傍らで、リゼットも黙々と作業をしていた。赤毛の侍女は、土をならし、枯れた枝を刈り取っている。普段なら明るく言葉を投げかけてくる彼女が、今朝に限っては一言も口を開かない。主を気遣い、あえて沈黙を守っているのだとセラは気づき、静かに微笑んだ。

ふと、園の片隅に目をやれば、いつも側にいた護衛兵の姿が見えなかった。
オスカー――顔に傷を持つ無骨な近衛騎士だが、意外にも器用で、よく上手に枝を整えてくれていた。

「オスカーがいませんね」
「はい。陛下のご出征に備えて、朝からお忙しいようです」
リゼットの答えに、セラはそっと頷いた。戦の影が、すでに日常を侵し始めている。

セラの脳裏に、遠い故郷エルダリスの光景が蘇った。
山も谷も緑に覆われ、穏やかな歌のように水が流れていた国。民は畑を耕し、収穫を祝い、祈りを捧げて日々を過ごしていた。そこには戦乱の影など一度も差さなかった。
「今思えば、私たちの故郷エルダリスは平和な国でした。人々はただ日々を営み、誰も剣を取る必要などなかったのです」

リゼットは作業の手を止め、主の横顔を見上げた。
「……この国も、そうなってほしいです」

セラは摘んだ薬草を籠に重ねながら、静かに告げる。
「だからこそ私は、このカルディアに嫁いだのよ。平和は何より尊い。その礎になるのなら、長年蓄えてきた知識を役に立たせねば」

朝の光が葉に反射してきらめいた。セラは深く息を吸い込み、言葉を続ける。
「老聖女である私は剣を取ることはできません。けれどこの知識を生かし、傷を癒やす薬を作ること。それが今の私にできるすべて」

籠を抱え上げると、薬草の香りが朝風に揺られて広がった。
セラはリゼットに向き直り、微笑みを添えて言った。
「さあ、午後からはこの薬草たちを煎じなければ。私たちの仕事をしましょう」


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