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アスリート
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本条支店に関する監査部内の会議が終わった後、十一時過ぎに彰司は鈴木審議役から呼ばれた。
「あのあと、すぐに本条支店から第二報が入り、不正預金の容疑者が分かった。
君に明日、私と一緒にその支店に行ってもらうことになるからそのつもりで。明日は終日そこに詰めることになる」
「わかりました」
「本条支店の支店長が事件の経緯の詳細を、本人に今から聞くらしい。しかし、それでどれくらい本当のことが聞けるか分からない」続けて
「だから似た様な事に昔たずさわった経験がある私にも、『直接会って面談をしてこい』と上からの指示なんだよ。容疑者がまだ支店長に隠している何かがある可能性は大だからな」
「それで、私は明日、何の担当をすれば?」
「支店の田中次長が、容疑者が関係したこの一年の取引伝票や融資依頼案件をすべてチェックしている。かなりの量だから、君も手伝ってやってほしいんだ」
次の日の八時五十分、東郷は支店三階の小会議室のドアを開けた。そこには会議用の机が教室状に並べられ、伝票綴りや融資案件に関するファイルが整然と置かれていた。
一部のページや伝票にすでに付箋がつけられているところを見ると、昨日からすでに、かなりのチェックが進められているようだった。
「ああ東郷さん、おはようございます、次長の田中です」田中が出迎えた。
「監査部の東郷です、よろしくお願いします。それで私は何から見ましょうか」
「容疑者の担当する顧客リストをそちらの机に乗せています。伝票を見ながら、該当顧客の分に付箋をはり、もし内容に不自然な点があったら私に知らせてください。例えば、高額の定期預金の途中解約を受け付けている場合とか」続けて
「それが終わったら、業務日誌を見てもらって不明な点があったらそれも教えてください。その不明な内容について私が再点検をして、それでもどうもおかしいと言う場合は容疑者に確認を入れますので」
「本人は来ているのですか」
「隣の小会議室に控えています」
彰司は、指示された作業を黙々と続けた。別のテーブルでは田中と営業課長の村山が同じ作業を続けていた。
しばらくして鈴木審議役が到着した。鈴木は支店長と二十分ほど話をしたのち、容疑者と面談のため小会議室に一人入っていった。
それに合わせて、彰司は田中から頼まれ、その部屋に融資関連ファイル五冊を持って行った。
「失礼します」
彰司は小会議室にファイルをかかえて入った。
そこには折りたたみ椅子に座った大野と鈴木が、一畳ほどの机を挟んで向かい合って座っていた。鈴木は支店長が作成した昨日の面談記録書に目を落としていた。
大野は憔悴しきった様子で、背中を丸めて座っていた。
「(・・・・・大野とは、やはりこの人だったか)」東郷彰司は・・・・彼を知っていた。
昨日の帰りの電車の中で、彰司は自分の記憶の中に大野と言う行員が一人いることを、ふと思い出していたのだった。
その人物を見たのは、彰司の記憶では社会人バスケットの全国大会でのことだった。
二十九歳当時、彰司は東京で仕事をする機会を与えられていた。
この社会人大会は年に一回、代々木の体育館で行われていた。
西都銀行は企業イメージアップとスポーツを通した地域貢献をめざし、昔からバスケ部、サッカー部、柔道部、を積極的に強化していた。
そんなバスケ部が全国大会出場ともなると、応援する者が必要となる。東京勤務者とその家族は決まってそういう時はお弁当付きで駆り出されていたのである。
その時、大野と言うその人物は、ポイント・ガードとして俊敏な動きを見せていた。
当時のバスケ部の監督は、各大学で活躍していた九州出身の選手を、人事部の承諾の上で、積極的に銀行に引き入れていた。
大野もその一人だった。
その大野がリバウンドの後に、華麗なドリブルで敵陣に潜り込んでいく様は、彰司たち応援団を沸かせていた。
「(・・・・・ショックだ)」その彼が目の前に座っていた。
「あのあと、すぐに本条支店から第二報が入り、不正預金の容疑者が分かった。
君に明日、私と一緒にその支店に行ってもらうことになるからそのつもりで。明日は終日そこに詰めることになる」
「わかりました」
「本条支店の支店長が事件の経緯の詳細を、本人に今から聞くらしい。しかし、それでどれくらい本当のことが聞けるか分からない」続けて
「だから似た様な事に昔たずさわった経験がある私にも、『直接会って面談をしてこい』と上からの指示なんだよ。容疑者がまだ支店長に隠している何かがある可能性は大だからな」
「それで、私は明日、何の担当をすれば?」
「支店の田中次長が、容疑者が関係したこの一年の取引伝票や融資依頼案件をすべてチェックしている。かなりの量だから、君も手伝ってやってほしいんだ」
次の日の八時五十分、東郷は支店三階の小会議室のドアを開けた。そこには会議用の机が教室状に並べられ、伝票綴りや融資案件に関するファイルが整然と置かれていた。
一部のページや伝票にすでに付箋がつけられているところを見ると、昨日からすでに、かなりのチェックが進められているようだった。
「ああ東郷さん、おはようございます、次長の田中です」田中が出迎えた。
「監査部の東郷です、よろしくお願いします。それで私は何から見ましょうか」
「容疑者の担当する顧客リストをそちらの机に乗せています。伝票を見ながら、該当顧客の分に付箋をはり、もし内容に不自然な点があったら私に知らせてください。例えば、高額の定期預金の途中解約を受け付けている場合とか」続けて
「それが終わったら、業務日誌を見てもらって不明な点があったらそれも教えてください。その不明な内容について私が再点検をして、それでもどうもおかしいと言う場合は容疑者に確認を入れますので」
「本人は来ているのですか」
「隣の小会議室に控えています」
彰司は、指示された作業を黙々と続けた。別のテーブルでは田中と営業課長の村山が同じ作業を続けていた。
しばらくして鈴木審議役が到着した。鈴木は支店長と二十分ほど話をしたのち、容疑者と面談のため小会議室に一人入っていった。
それに合わせて、彰司は田中から頼まれ、その部屋に融資関連ファイル五冊を持って行った。
「失礼します」
彰司は小会議室にファイルをかかえて入った。
そこには折りたたみ椅子に座った大野と鈴木が、一畳ほどの机を挟んで向かい合って座っていた。鈴木は支店長が作成した昨日の面談記録書に目を落としていた。
大野は憔悴しきった様子で、背中を丸めて座っていた。
「(・・・・・大野とは、やはりこの人だったか)」東郷彰司は・・・・彼を知っていた。
昨日の帰りの電車の中で、彰司は自分の記憶の中に大野と言う行員が一人いることを、ふと思い出していたのだった。
その人物を見たのは、彰司の記憶では社会人バスケットの全国大会でのことだった。
二十九歳当時、彰司は東京で仕事をする機会を与えられていた。
この社会人大会は年に一回、代々木の体育館で行われていた。
西都銀行は企業イメージアップとスポーツを通した地域貢献をめざし、昔からバスケ部、サッカー部、柔道部、を積極的に強化していた。
そんなバスケ部が全国大会出場ともなると、応援する者が必要となる。東京勤務者とその家族は決まってそういう時はお弁当付きで駆り出されていたのである。
その時、大野と言うその人物は、ポイント・ガードとして俊敏な動きを見せていた。
当時のバスケ部の監督は、各大学で活躍していた九州出身の選手を、人事部の承諾の上で、積極的に銀行に引き入れていた。
大野もその一人だった。
その大野がリバウンドの後に、華麗なドリブルで敵陣に潜り込んでいく様は、彰司たち応援団を沸かせていた。
「(・・・・・ショックだ)」その彼が目の前に座っていた。
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