それでもあなたは銀行に就職しますか 第2巻~彰司と佳奈子の勉強会~「木室建設事件」

リチャード・ウイス

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業務引継 そしてリッキーとの出会い

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 熊本県南部にある八代という町で、着任以来二年目となる工藤彩香は、企業向け融資をメインに扱う営業担当者として充実した日を送っていた。
 
 八代市は南九州に位置し、西は心地よい不知火海に面した比較的温暖な住みやすい街だった。熊本の南方の街とは言っても、県内第二の都市であり一大工場群を有していた。
 ちなみに、新日本製紙が国内有数の製紙工場を、ヤマハ発動機はバブル期はここの工場でクルーザーを(今では主に漁業用の船舶)を作っていた。また、包装用のフィルム大手の興人やメルシャンの工場などなど、名だたる大手が進出している。
西都銀行はここに昔から支店を二つ八代支店と八代中央通り支店を構えていた。

おおよそ、大手企業の八代の拠点が必要とする資金は、東京のそれぞれの本社が三菱UFJやみずほ銀から一括して調達し、必要に応じてこのような地方の出先に送金してきていた。工藤彩香もそういった大企業の資金繰りの手法は把握しており、自分たちのような地方の銀行の役割と言うものも十分に理解していた。すなはち、西都銀が目指すのは、このような大手企業の協力会社である地場の企業に食い込んで行くことだった。
 
「工藤さん、じゃあ、この三日間で引き継いだ取引先に関するファイル一式は、ここのキャビネットにしまっておくからね」
「わかりました、ありがとうございます。いち早く、それぞれの会社の社長さんや部長さんに気に入られるように・・頑張りまーす」そう言って彩香はうふっと笑った。そして
「三木主任も次の別府支店でご活躍くださいネ」と付け加えた。

 三木の代わりに広島支店から若手の営業担当が転勤してくるのだが、まだ、営業初体験という事だったので、八代支店としては三木が担当する重要な先を工藤に一部引き受けさせることとした。
支店長は当初、『任が重すぎますっ』と彩香が不服な顔をするかと思っていたが、
「大丈夫ですよ。お引き受けします」と明るく彩香は了解していた。
支店長も、彩香のこんな屈託のない前向きな性格は買っていた。

「なあに、温泉好きの俺としては、まず最初の一週間は温泉に浸りながら現地の状況観察と、戦略方針の検討、・・・だな」そう言って三木は笑った。続けるように
「まじめな話だが、工藤さんに今度から担当してもらうこの三社の、ええと・・・木室建設、南川紙業、松川建設の社長には、いいかい明日にでも挨拶に行くように。三社とも引継ぎの時にお会いした財務部長さんにお願いしたら段取りをしてくれるから。・・・よろしく」そう言って私物を整理するために四階のロッカー室に向かった。

            ◇

「えっ、その工藤さんって私より年次が一つ上のあの方かしら」
「ん?西村、知っているの彼女のこと」
「私が入行した四月の新人研修の時、私たちの班の一日リーダーとして支店から来ていた人だわ」
「ほう、それはそれは」
彰司はクアーズをもう一口、くちに含んだ。ビールにボロネーゼのパスタはとてもいい相性だと思った。
それを察してか「どう、味は」とマスターの和泉がカウンターの向こうから二人に問いかけた。
「美味しいですー」と佳奈子、
彰司も左手でサムアップし二度うなずいた。

「で、研修の時の話に戻るとね、夕方、女子みんなが集まっての茶話会があったの・・・その時に工藤さんの話がすごく分かり易くて、一言一言がすごい参考になったのを覚えている・・。工藤さん、しばらくは営業の仕事をやりながらも、将来は、新しい金融サービスの企画部門か広報・広告部門で仕事したいともおっしゃってた」
「新しい金融サービスってなんだよ?」
「ITなんだって、もうこれからはすべてがスマホとネットになっちゃうって」
彰司は思った(いい感覚を持っている)と。
佳奈子の記憶では
『昔は考えられなかったが、今では、クレジットカードのすべての履歴はスマホで見られる。住宅ローンだって、ユーザーは借り入れの申込みを、家に帰った夜中にネットでやっている。振込だってATMにも行かずにネットで家からやっている。
この流れに銀行も乗っていかなかったら、将来は絶対にしりすぼみになってしまう。まして言わんや、これだけ金利水準が1パーセント未満に下がってしまったら、今までの利ザヤを得るだけのスタイルでは利益が出なくなってしまう・・・』  
工藤は女子行員の皆に、そのように話して聞かせた。
「とにかく前向きな方!」と佳奈子は付け加えた。



「今日より、前任の三木に代わり、木室建設様を担当いたします工藤です。よろしくお願いします」そう言って彩香は木室社長に頭を下げた。
「ああそうですか、よろしくお願いしますよ。もう西都銀行さんには長く取引をさせてもらっていますからねえ」
社長の木室は七十に間もなくなろうかと言う白髪で、中肉中背の紳士だった。
八代の小さな工務店を、この道一筋で熊本県内建設業売上一位の会社に仕立て上げたものの、バリバリの色黒のたたき上げの建設業者と言うイメージではなかった。
『(社長は、義理堅い、まじめな人なんですよ・・・)』
と言っていた財務部の柴 部長の先日の言葉を思い出した。

「うわっ」
彩香は驚いて大きな声を立てた。
「ははは、これこれリッキー、向こうに行っていなさい、今はお客様だからね。
いやあ、すいません驚きましたか?ははは」社長が笑った。

リッキーは大きなシェパード。鼻の先からお尻までは彩香が両手を広げるくらいだった。
その大型シェパード犬が、座っている彩香の後ろからクンクンとしていたのであった。
「このフロアの中でごろりとしていたり、時々散歩しているんですよ」と。
もう一度彩香がヨコ目でチラリと見た時には、ちょこんと座り尻尾をパタパタとしていた。
よくよく見ると、リッキーは彩香に笑いかけているようにも見えた。
(・・・もう!三木さん、これもちゃんと引継の時に話しておいてくれればよかったのに。あーびっくりした)と思いつつも、その日は、社長にも気持ちよく挨拶でき、ホッとして支店に戻ったのだった。

            ◇

「マスター、ジントニックをお願いできます」佳奈子はピザを一口食べながら和泉に注文した。
「西村さんはジン系統が好きだねぇ、この前も頼んだでしょう」
「あら、そうでした」そう言って、リボンがほどけるような明るい笑顔を和泉にみせた。

「もしかして・・・姉波の偽装事件の影響を受けたのって、その木室建設とそして工藤さん・・ですか」
「ああ、その工藤さんだ」

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