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其々の思い
30:王
しおりを挟む「ジュノーの事だが、女神ユノンと双子の女神だそうだ」
「双子の女神…」
「王城の記録ですか?」
「いや、大聖堂の秘密記録保管室にあった古い書物に名前が残っていたらしい」
儀式の日から国と大聖堂は、謎の声とジュノーについて調査を始めたが、国と大聖堂はお互い干渉しない事が不文律。
加えて緘口令も敷かれており、表立った共同調査が出来ない為、情報を共有しながら、それぞれ秘密裏に調査を進めている。
歴代の王族の中に女神と契約した者も在ると、王城の記録保管庫に記録が残されていたが、詳細までは記されておらず、進展もないまま数週間が過ぎている。
「それで?」
「…それでとは?」
「双子の女神の他に情報はないのかと聞いてるんです」
「ないな」
朝一番に呼び出されたスナイデル公爵とデュバル公爵は、新しい情報に目を輝かせたが、国王の言葉に肩透かしを喰らう。
「ないって…兄上、私もオーソンも暇じゃないんです。その程度の情報なら手紙で充分でしょう」
「そうなんだが、ナシェルの事でな…」
脈絡のない話を始める国王に、スナイデル公爵とデュバル公爵は顔を見合わせる。
「…オーソン。ナシェルがオレリア嬢に会いたいと言っているんだが、許可出来るか?」
元ダリア王国王太子、ナシェル。
廃太子宣言をした即日に王族廃籍となり、罪を犯した王族を幽閉する為の塔に入れられ、今は辺境伯領への移送を待つ身。
娘の傷はまだ深い。二会わせたくないと答えたい。だが、あれだけ拒絶した元婚約者に会いたいと言うからには何かあるに違いない。
このタイミングで陛下がナシェルの話を出した事がそれを示唆している。
「………考えさせて下さい」
沈黙の後、息を吐き出す様に一言。
国の中枢の一旦を担う公爵として、オレリアの父として、是とも否とも答えられず、デュバル公爵は考えたいと返答した。
「兄上、ナシェルは何故、オレリア嬢と面会を?」
「…ジュノーの加護を持つ者」
『ジュノーの加護を持つ者』
大聖堂で聞いた声を、塔に幽閉されているナシェルが聞く術はない。が、何か術を持って塔の中で聞いたのか?それとも以前からジュノーを知っていたのか?
「…何故、ナシェルがその言葉を知ってるのです?」
「声を聞いたと言っているがそれ以上語らなくてな…辺境伯領への移送は延ばす事になる」
「この事はフランには?」
「…これから話す。迎えを寄越したから、そろそろ来るだろう」
立太子、謎の声、ナシェル…
息子に次々降り掛かる困難に、父として何をしてやれるのか。
スナイデル公爵は目を閉じて思考に耽る。
ーーー
「陛下。お呼びと聞き参じました……父上に、デュバル公爵も…お揃いでしたか」
また、この3人…
溜め息をつきたいのをぐっと堪えるが、声のトーンは下がってしまう。
「お久しぶりですね、殿下。娘は息災でしょうか?」
「ええ、学園の課題や、友人達と手紙のやり取りをして過ごしています」
「私とアレンにも手紙が届いてます。殿下に良くして頂いてると書いてありました。ありがとうございます」
デュバル公爵は、王族の居住区で静養しているオレリアと会う事が出来ない。オレリアとの面会の場を整える事は可能だが、デュバル公爵もアレンもジュノーの事を調べるのに忙しく、手紙でやり取りをしている。
「既に連絡が行ってるかと思いますが、来週には公爵家に戻れるでしょう。アレンにもその様に伝えて下さい」
「ええ、アレンにも伝えておきます。それと殿下。私に敬語は不要です」
「……分かった」
「結構」
臣下となったデュバル公爵に、敬語は不要と言われても直ぐには慣れない。気まずい思いで一言だけ返すと、満足気に深く頷き微笑まれた。
「オレリア嬢と上手くいってる様だな、フランよ」
「…ええ、まあ…」
「なんだ歯切れが悪いな、照れておるのか?」
「照れてはおりませんが…」
この展開は間違いない。前回は軌道修正に失敗したが、今回は何としてでもーー
「だろうな、庭園で愛を告げるくらいだからな」
「っ父上!?」
「余も聞いたぞ!昼の余暇を楽しむ者達が、逃げ出す程の熱烈な告白だったそうではないか」
「い、いえ。至って普通のーー」
「『俺の瞳は君しか映さない』だったか?」
「違います。『君の瞳には俺しか映させない』です」
「余が聞いたのは、『その瞳に映るのは俺だけでいい』だったぞ?どうだ?フラン」
「…覚えて…おりません」
「なんだ、仕方ないのう…イアン。余の執務机の上にある報告書を取ってくれ」
「御意」
「陛下がっ!!!陛下が正解です!」
「やはりな」
何がやはりだ。これは一体、何の呼び出しだ。そもそも俺は男色と思われてるんじゃないのか?…まさか、両方いけるなどと…?
「それで?オレリア嬢と普通にお茶を飲んだそうだが、何故?」
「…何故?…何故とは?」
「膝の上に乗せてお茶を飲まなかったのは何故だと聞いておるんだが?」
質問の意味が全く分からない。が、これ以上の誤解は全力で阻止しなければ己の沽券に関わる。
「その質問にお答えする前に…陛下。申し上げたい事がございます」
「なんだ?」
「私は、男色でも、両性愛者でもありません」
「「「知っておるが?(るが?)(おりますが?)」」」
「…………知ってる?」
否定を肯定された?聞き間違えたか?
「国を治める者が、噂に振り回されていては話しにならんだろう」
「お前は女性に消極的だからな、ちょっと煽っただけだ」
「義兄上もやぶさかではありませんでしたね」
あまりの衝撃に言葉が出ない。
ラヴェル騎士団長と、イアン団長も伯父上の後ろで固まっている。
「フランよ。国を治めるというのは常に孤独との闘い。人や物事を狐疑と疑念の目で見続けるのは難儀であり辛苦。だが、それを埋めてくれるのもまた、人なのだ」
「まあ、お前は羽翼已成だ。問題ないだろう」
「今回の事はいい篩になりましたね」
これが国を治める者の真の姿…侮れない
ーーー
「けしからんっ!実にけしからん!クリームを…接吻で拭うなど……けしからん…」
「兄上…羨ましいなら羨ましいと素直に言ったらどうですか…」
件の報告書を持つ国王の手は震えており、先程の威厳は見る影もない。
「随分と賑やかですね。先程すれ違った殿下とは大違いだ。やはり、ナシェル殿の事がショックでしたか?」
「「「あっ……」」」
書類を片手に執務室に現れた宰相の言葉に、本来の目的を思い出したが時既に遅し。
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