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覚悟
28:裏側 エルデ
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「クリームは必要なかったわね…」
「そうですね。それと、あれだけ独占欲が強いと小さなヤキモチも無理でしょうね」
私の呟きに対するあり得ない返事に、思わず隣りを仰ぎ見る。
「……ま、まさか…ネイト様…さっきの…き、聞かれて…」
「少しだけです。初心者の殿下には難易度が高すぎる要求でしたが、俺は挨拶のキスは大歓迎です。膝の上に乗せて手ずから食べさせるのは、うちの団長と同じ思考で笑えました。騎士なので抱き上げでベッドに運ぶのも問題ありません。ここからは男性としての意見ですが、指を絡めて髪にキスしながら口説くのは、カイン殿も言ってましたが、理性が保つか自信がないですね…」
努力はしますけど、などと言って笑ってるが、こっちはそれどころではない。
仕事なんて投げ出して、今すぐこの場から逃げたい。顔の温度がどんどん上がる。
泣いていいかしら、いや、今はダメよ、堪えるの。でも…泣きたい…
「~~すっ、少しって、全部じゃないですか!それに、カイン様もって……まさか…殿下も…?」
仕事中だからと聞き流すには、あまりにも衝撃が強すぎるネイトの話に声を潜めて抗議する。
聞き捨てならない名前まで出ており、このままでは己の進退に関わる。
「殿下が午前の仕事を早めに切り上げて、オレリア様の元に向かわれたんですよ。ノックしても返事がなかったので、様子を見るために、少し覗いたんです」
終わった…
侍女として、オレリア様のおそばに在り続ける事も、望んではいないが貴族令嬢として嫁ぐ道も、完全に、閉ざされた…
実家は、海に面した領地を持つ片田舎の伯爵家で特産品はオレンジ。
少ない雨量と、乾燥した土壌に糖度を高められた果実は、アズールオレンジと呼ばれて王都では評判だが、自ら畑に立ち、汗を流して果実を育てる事に専念する父には野望などというものはなく、当然ながら社交は皆無。
家族も領地も大好きだけど、結婚は早々に諦め、侍女として公爵家に入り、一生懸命務めてきたのに…こんなはしたない事を考えているなんて知られてしまったら…
「……お嫁に行けないわ…」
「…どこかに嫁ぐ予定でも…?」
「ただの比喩です。それ程恥ずかいのです……察して下さい」
「そうですか?エルデ殿のして欲しい事は、男としては嬉しいものばかりでしたけど?」
「?!あれはっ…だ、だって、オレリア様がーー」
「頭を撫でるくらいじゃ、シシリア王女殿下と同列ですからね。忠告しておきますが、殿下は撫でるというより掻き回しますから、オレリア様にはお勧めしません。王女殿下も髪型が崩れると怒るくせに、頭を撫でろと強請るんです。あの2人の挨拶ですね」
何だろう、ネイト様のこの余裕は…3歳しか違わないのに、恥ずかしくて、悔しくて堪らない。
「ご、誤解のない様言っておきますが、先程のは本音ではありませんから」
「大丈夫、分かってます。オレリア様を煽ったんですよね?」
本音だけど本音などと言えない私の、精一杯の意地にも絶対気付いてる。
気付いていながら、体のいい言い訳を提示してくるところがまた悔しい…
「煽ったわけではありませんが、あれ位言えば、もう少し欲を出して下さると思ったのは確かです」
「見ていてもどかしい位でしたからね」
「そうなのです。私だったらもっと積極的に……いえ…なんでもありません」
殿下との会話を聞いて常々思っていたが、ネイト様は言葉巧みに相手を誘導し、奥に隠した本音を引き出して、翻弄して楽しむ。
護衛より尋問職、いや、貴族当主でもやっていけるだろう。
「男は意気地が無いですから、積極的な方が助かります」
「…はしたないと思われないのですか?」
「誰にでもというわけではないのでしょう?」
「それは、そうですけど…申し訳ありません、仕事中に長話をしてしまいました」
「構いませんよ。仕事とはいえ、あの2人を見てるだけで砂糖が吐き出そうです。ウィルさんだったら無表情でいられるんでしょうけど…既婚者の余裕ってやつですかね」
それが騎士の通常ではないのかと思ったが、これ以上話を続けて墓穴を掘りたくない…
羞恥と緊張で、クタクタになって庭園から戻った私を迎えてくれたのは…
「ええっ!?クリームなしでいけたの!?」
「嘘でしょう…」
反応するのはそこなの?あんな破廉恥な話しを聞かれた事は恥ずかしくないのかしら?
「本当に恥ずかしくて…逃げ出したかったです」
「エルデさん、よく頑張ったわ」
「それにしても、クリームなしでキスに告白って、殿下も見どころあるわね」
「そうね。次はどの手で煽ろうかしら」
「煽るって…まさか…お2人は殿下達に気付いてたんですか?!」
「オレリア様とエルデさんは扉に背を向けてたから、気付いてなかったけどね」
「そ、そんな…」
「それにしても、理性が保たないって…フッ…若いわね」
「本当に…可愛いわねぇ」
そう笑う2人が既婚者だった事を、今思い出した。
「そうですね。それと、あれだけ独占欲が強いと小さなヤキモチも無理でしょうね」
私の呟きに対するあり得ない返事に、思わず隣りを仰ぎ見る。
「……ま、まさか…ネイト様…さっきの…き、聞かれて…」
「少しだけです。初心者の殿下には難易度が高すぎる要求でしたが、俺は挨拶のキスは大歓迎です。膝の上に乗せて手ずから食べさせるのは、うちの団長と同じ思考で笑えました。騎士なので抱き上げでベッドに運ぶのも問題ありません。ここからは男性としての意見ですが、指を絡めて髪にキスしながら口説くのは、カイン殿も言ってましたが、理性が保つか自信がないですね…」
努力はしますけど、などと言って笑ってるが、こっちはそれどころではない。
仕事なんて投げ出して、今すぐこの場から逃げたい。顔の温度がどんどん上がる。
泣いていいかしら、いや、今はダメよ、堪えるの。でも…泣きたい…
「~~すっ、少しって、全部じゃないですか!それに、カイン様もって……まさか…殿下も…?」
仕事中だからと聞き流すには、あまりにも衝撃が強すぎるネイトの話に声を潜めて抗議する。
聞き捨てならない名前まで出ており、このままでは己の進退に関わる。
「殿下が午前の仕事を早めに切り上げて、オレリア様の元に向かわれたんですよ。ノックしても返事がなかったので、様子を見るために、少し覗いたんです」
終わった…
侍女として、オレリア様のおそばに在り続ける事も、望んではいないが貴族令嬢として嫁ぐ道も、完全に、閉ざされた…
実家は、海に面した領地を持つ片田舎の伯爵家で特産品はオレンジ。
少ない雨量と、乾燥した土壌に糖度を高められた果実は、アズールオレンジと呼ばれて王都では評判だが、自ら畑に立ち、汗を流して果実を育てる事に専念する父には野望などというものはなく、当然ながら社交は皆無。
家族も領地も大好きだけど、結婚は早々に諦め、侍女として公爵家に入り、一生懸命務めてきたのに…こんなはしたない事を考えているなんて知られてしまったら…
「……お嫁に行けないわ…」
「…どこかに嫁ぐ予定でも…?」
「ただの比喩です。それ程恥ずかいのです……察して下さい」
「そうですか?エルデ殿のして欲しい事は、男としては嬉しいものばかりでしたけど?」
「?!あれはっ…だ、だって、オレリア様がーー」
「頭を撫でるくらいじゃ、シシリア王女殿下と同列ですからね。忠告しておきますが、殿下は撫でるというより掻き回しますから、オレリア様にはお勧めしません。王女殿下も髪型が崩れると怒るくせに、頭を撫でろと強請るんです。あの2人の挨拶ですね」
何だろう、ネイト様のこの余裕は…3歳しか違わないのに、恥ずかしくて、悔しくて堪らない。
「ご、誤解のない様言っておきますが、先程のは本音ではありませんから」
「大丈夫、分かってます。オレリア様を煽ったんですよね?」
本音だけど本音などと言えない私の、精一杯の意地にも絶対気付いてる。
気付いていながら、体のいい言い訳を提示してくるところがまた悔しい…
「煽ったわけではありませんが、あれ位言えば、もう少し欲を出して下さると思ったのは確かです」
「見ていてもどかしい位でしたからね」
「そうなのです。私だったらもっと積極的に……いえ…なんでもありません」
殿下との会話を聞いて常々思っていたが、ネイト様は言葉巧みに相手を誘導し、奥に隠した本音を引き出して、翻弄して楽しむ。
護衛より尋問職、いや、貴族当主でもやっていけるだろう。
「男は意気地が無いですから、積極的な方が助かります」
「…はしたないと思われないのですか?」
「誰にでもというわけではないのでしょう?」
「それは、そうですけど…申し訳ありません、仕事中に長話をしてしまいました」
「構いませんよ。仕事とはいえ、あの2人を見てるだけで砂糖が吐き出そうです。ウィルさんだったら無表情でいられるんでしょうけど…既婚者の余裕ってやつですかね」
それが騎士の通常ではないのかと思ったが、これ以上話を続けて墓穴を掘りたくない…
羞恥と緊張で、クタクタになって庭園から戻った私を迎えてくれたのは…
「ええっ!?クリームなしでいけたの!?」
「嘘でしょう…」
反応するのはそこなの?あんな破廉恥な話しを聞かれた事は恥ずかしくないのかしら?
「本当に恥ずかしくて…逃げ出したかったです」
「エルデさん、よく頑張ったわ」
「それにしても、クリームなしでキスに告白って、殿下も見どころあるわね」
「そうね。次はどの手で煽ろうかしら」
「煽るって…まさか…お2人は殿下達に気付いてたんですか?!」
「オレリア様とエルデさんは扉に背を向けてたから、気付いてなかったけどね」
「そ、そんな…」
「それにしても、理性が保たないって…フッ…若いわね」
「本当に…可愛いわねぇ」
そう笑う2人が既婚者だった事を、今思い出した。
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