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其々の思い
34:婚約者について
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オレリア・ファン・デュバル公爵家令嬢、17歳。父オーソンはデュバル海軍の元帥、兄アレンは将軍の地位に着いており、母のノエリアはオレリアが7歳の時に鬼籍に入っている。
伯父はダリア王国宰相のカイエン公爵。専属侍女のエルデを姉の様に慕い、一番仲の良い友人はラスター侯爵家令嬢。シシリア王女とも仲が良く、王妃にも気に入られている。
学園の成績は早期卒業も出来る程に優秀で、妃教育も完璧。
ナシェルの影響で自己評価は低く、感情を表すことは滅多にない。ダリアの国色と呼ばれ、銀髪とアイスブルーの瞳が冷たい印象を与えるが、貴族特有の高慢さや、選民意識はなく、侍女達に慕われており、城下町でも自ら進んで民達と接していた。
「この程度の事しか知らないのか…」
釣書に書かれた箇条書きの経歴程度の情報量に溜め息を吐く。これではただの他人、名前だけの婚約者。
だが、まだ婚約してニヶ月弱、想いを通わせてまだ数週間、今日は剣舞が得意な事を知った。細い腕で自在に剣を操り、剣帯を巻いた腰はコルセットなど必要ないほどに細く、スリットから覗く足は…
「…フラン様?」
「……すまない、考え事をしていた」
「いえ、許可も得ず話しかけてしまい申し訳ございません。ナシェル様の…事でいらっしゃいますよね?」
全く違うが、己の邪な思考を伝えるわけにもいかず、隣に座るオレリアの髪を梳きながら微笑んで誤魔化す。
「フラン様に相談もせず決めてしまい、申し訳ございません」
「リアが謝る必要はない。国を思って決めた事なんだろ?」
「それもありますが……私は、ナシェル様が私に何を求めているのか、私の何を厭うて拒絶なさるのか…ナシェル様の心中を何一つお察しする事が出来ませんでした…ナシェル様に叱られない様、己の保身ばかり考えて歩み寄ることを怖れてしまったのです。最後にもう一度向き合って、ナシェル様にあの様な事を言わせてしまった責任を取らなければならないと思っています。」
ナシェルに添う努力が足りなかったと、城下町でオレリアは言っていた。歩み寄る事を怖れながら、それでも尚、添う事を諦めなかったのは義務だからか、それとも特別な思いがあったのか…
どす黒い嫉妬が沸き上がる。
「…リアはナシェルのことをどう思っていたんだ?」
「ナシェル様のことは、仕えるに相応しい方と敬愛しておりました。父と母は貴族には珍しい恋愛結婚で、とても仲が良く、子供ながらに羨ましく感じる程でした。いつか両親の様になれるかもしれないと思った時期もありましたが、政略に恋情は不要…ナシェル様の時はそれで納得できました。ですが、フラン様と政略である事はとても辛く…悲しかった。幸せだけど苦しくて…これが恋慕う事なのだと知りました…」
睫毛を伏せ、頬を染めて己への想いを告げるオレリアが愛おし過ぎて、息が詰まりそうになる。
肩を引き寄せて抱き締めるが、細い身体を壊さないように加減するのももどかしい。白く細い首に噛みついて、思う存分味わいたい。
大きく息を吐き、指を滑る銀髪を握りしめて欲と力を散らす。
「ナシェルとの面会は、俺も同席する」
俺の耳元でオレリアが息をのんだ。やはり1人で会うつもりだったのかと苦笑いが零れる。
身体を離してオレリアと目線を合わせる。
「本当は会わせたくない、ナシェルに会わなくてもジュノーの事は解決出来ると言いたい」
「フラン様、それはーー」
「分かってる。これは俺の我儘だ。ジュノーについて何も知らないままでは国の憂いは晴れない。他国との関係にも影響が出る。国の為、王太子として知る権利があると陛下に同席を頼んだんだが…ナシェルへの嫉妬を見抜かれてたらしく、カインとネイトに俺の手綱をしっかり握っておくよう命じられた」
「……嫉妬?」
「カインとネイトに言わせると、俺は独占欲が強いらしい。小さなヤキモチは無理だそうだ」
「っその話はっ!…フラン様…もしかして…」
「このまま抱き上げて奥に連れて行きたいが、今はこれで我慢するよ」
真っ赤な顔で、口元を押さえる両手をとり指を絡める。
額、頬、目尻にキスを落とす。長い睫毛が伏せられたのを合図に唇を重ねた。
ーーー
「エルデに縁談ですか?」
「デュバル公爵家に縁談の打診があったそうだ。だが、エルデには侍女の仕事を続けたいと断られた」
「そんなっ、私はエルデの幸せを邪魔するつもりはありませんっ!」
オレリアも適齢期を過ぎたエルデの嫁ぎ先を気にしていたのだろう。
エルデが断ったと聞いて、いつもの冷静さを失っている。
「大丈夫、エルデも分かってるよ。結婚するなら侍女の仕事を認めてくれる相手を望むとも言っていたからね」
「私は嬉しいですが…その条件は難しいと思います」
「俺もそう思ったんだが、その条件を聞いたネイトがエルデに結婚を申し込んだ」
「ネイト様が!?……申し訳ございません、大きな声を出してしまいました」
「謝る必要はない。それより、オレリアは2人をどう思う?」
「…ネイト様は私の恩人なのです。母が鬼籍に入り、父と兄は忙しく、私はいつも1人でした。淋しいと言えず、我儘を繰り返して父と兄を困らせる事しか出来なかった…ですが、ある時から父と兄が変わりました。いつもどちらかがそばに居てくれる様になったのです。後になって、屋敷を訪れたネイト様に諭されたと、兄が教えてくれました。エルデの気持ちもありますが、私はとても嬉しいです」
「アレン殿にも話を聞いてはいたが、そうか、ネイトが…」
ネイト・ファン・ソアデン。近衛で五本の指に入る腕前。剣だけの真剣勝負をしたら勝てる自信はない。鈍色の長めの前髪から覗く濃紺の瞳は月のない夜の様に深く、男から見ても綺麗だと思わせる顔立ちをしている。
女性からの人気も高く、訓練場にはネイト目当ての令嬢が沢山見学に来ていたが、当の本人は関心を示す事はなく、いつも俺と連んでいた。
専属護衛に付いた頃は、俺を嵌めに来た刺客かと思う程、引っ掻き回してくれたが、そのおかげで今に至る。
アレンの事も、オレリアはいい思い出の様に語ったが、寝込むアレンを突き回したに違いない。
「あの、それでエルデはネイト様の申し出を受けたのでしょうか?」
ああ、思考に耽って肝心な事を言ってなかったな…
「エルデは……逃げた」
「……逃げた?」
伯父はダリア王国宰相のカイエン公爵。専属侍女のエルデを姉の様に慕い、一番仲の良い友人はラスター侯爵家令嬢。シシリア王女とも仲が良く、王妃にも気に入られている。
学園の成績は早期卒業も出来る程に優秀で、妃教育も完璧。
ナシェルの影響で自己評価は低く、感情を表すことは滅多にない。ダリアの国色と呼ばれ、銀髪とアイスブルーの瞳が冷たい印象を与えるが、貴族特有の高慢さや、選民意識はなく、侍女達に慕われており、城下町でも自ら進んで民達と接していた。
「この程度の事しか知らないのか…」
釣書に書かれた箇条書きの経歴程度の情報量に溜め息を吐く。これではただの他人、名前だけの婚約者。
だが、まだ婚約してニヶ月弱、想いを通わせてまだ数週間、今日は剣舞が得意な事を知った。細い腕で自在に剣を操り、剣帯を巻いた腰はコルセットなど必要ないほどに細く、スリットから覗く足は…
「…フラン様?」
「……すまない、考え事をしていた」
「いえ、許可も得ず話しかけてしまい申し訳ございません。ナシェル様の…事でいらっしゃいますよね?」
全く違うが、己の邪な思考を伝えるわけにもいかず、隣に座るオレリアの髪を梳きながら微笑んで誤魔化す。
「フラン様に相談もせず決めてしまい、申し訳ございません」
「リアが謝る必要はない。国を思って決めた事なんだろ?」
「それもありますが……私は、ナシェル様が私に何を求めているのか、私の何を厭うて拒絶なさるのか…ナシェル様の心中を何一つお察しする事が出来ませんでした…ナシェル様に叱られない様、己の保身ばかり考えて歩み寄ることを怖れてしまったのです。最後にもう一度向き合って、ナシェル様にあの様な事を言わせてしまった責任を取らなければならないと思っています。」
ナシェルに添う努力が足りなかったと、城下町でオレリアは言っていた。歩み寄る事を怖れながら、それでも尚、添う事を諦めなかったのは義務だからか、それとも特別な思いがあったのか…
どす黒い嫉妬が沸き上がる。
「…リアはナシェルのことをどう思っていたんだ?」
「ナシェル様のことは、仕えるに相応しい方と敬愛しておりました。父と母は貴族には珍しい恋愛結婚で、とても仲が良く、子供ながらに羨ましく感じる程でした。いつか両親の様になれるかもしれないと思った時期もありましたが、政略に恋情は不要…ナシェル様の時はそれで納得できました。ですが、フラン様と政略である事はとても辛く…悲しかった。幸せだけど苦しくて…これが恋慕う事なのだと知りました…」
睫毛を伏せ、頬を染めて己への想いを告げるオレリアが愛おし過ぎて、息が詰まりそうになる。
肩を引き寄せて抱き締めるが、細い身体を壊さないように加減するのももどかしい。白く細い首に噛みついて、思う存分味わいたい。
大きく息を吐き、指を滑る銀髪を握りしめて欲と力を散らす。
「ナシェルとの面会は、俺も同席する」
俺の耳元でオレリアが息をのんだ。やはり1人で会うつもりだったのかと苦笑いが零れる。
身体を離してオレリアと目線を合わせる。
「本当は会わせたくない、ナシェルに会わなくてもジュノーの事は解決出来ると言いたい」
「フラン様、それはーー」
「分かってる。これは俺の我儘だ。ジュノーについて何も知らないままでは国の憂いは晴れない。他国との関係にも影響が出る。国の為、王太子として知る権利があると陛下に同席を頼んだんだが…ナシェルへの嫉妬を見抜かれてたらしく、カインとネイトに俺の手綱をしっかり握っておくよう命じられた」
「……嫉妬?」
「カインとネイトに言わせると、俺は独占欲が強いらしい。小さなヤキモチは無理だそうだ」
「っその話はっ!…フラン様…もしかして…」
「このまま抱き上げて奥に連れて行きたいが、今はこれで我慢するよ」
真っ赤な顔で、口元を押さえる両手をとり指を絡める。
額、頬、目尻にキスを落とす。長い睫毛が伏せられたのを合図に唇を重ねた。
ーーー
「エルデに縁談ですか?」
「デュバル公爵家に縁談の打診があったそうだ。だが、エルデには侍女の仕事を続けたいと断られた」
「そんなっ、私はエルデの幸せを邪魔するつもりはありませんっ!」
オレリアも適齢期を過ぎたエルデの嫁ぎ先を気にしていたのだろう。
エルデが断ったと聞いて、いつもの冷静さを失っている。
「大丈夫、エルデも分かってるよ。結婚するなら侍女の仕事を認めてくれる相手を望むとも言っていたからね」
「私は嬉しいですが…その条件は難しいと思います」
「俺もそう思ったんだが、その条件を聞いたネイトがエルデに結婚を申し込んだ」
「ネイト様が!?……申し訳ございません、大きな声を出してしまいました」
「謝る必要はない。それより、オレリアは2人をどう思う?」
「…ネイト様は私の恩人なのです。母が鬼籍に入り、父と兄は忙しく、私はいつも1人でした。淋しいと言えず、我儘を繰り返して父と兄を困らせる事しか出来なかった…ですが、ある時から父と兄が変わりました。いつもどちらかがそばに居てくれる様になったのです。後になって、屋敷を訪れたネイト様に諭されたと、兄が教えてくれました。エルデの気持ちもありますが、私はとても嬉しいです」
「アレン殿にも話を聞いてはいたが、そうか、ネイトが…」
ネイト・ファン・ソアデン。近衛で五本の指に入る腕前。剣だけの真剣勝負をしたら勝てる自信はない。鈍色の長めの前髪から覗く濃紺の瞳は月のない夜の様に深く、男から見ても綺麗だと思わせる顔立ちをしている。
女性からの人気も高く、訓練場にはネイト目当ての令嬢が沢山見学に来ていたが、当の本人は関心を示す事はなく、いつも俺と連んでいた。
専属護衛に付いた頃は、俺を嵌めに来た刺客かと思う程、引っ掻き回してくれたが、そのおかげで今に至る。
アレンの事も、オレリアはいい思い出の様に語ったが、寝込むアレンを突き回したに違いない。
「あの、それでエルデはネイト様の申し出を受けたのでしょうか?」
ああ、思考に耽って肝心な事を言ってなかったな…
「エルデは……逃げた」
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