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其々の思い
36:囲む ネイト&ラヴェル
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なんて事をしてくれてるんだ。この脳筋が…
目の前の騎士団長は涙目で口と腹を押さえている。
また過呼吸を起こすぞ。毎度、毎度運ぶのは面倒くさいんだ…
何処からか事情を聞いてきたウィルさんが、昼に交代を申し出でくれた。
城内、庭園、営舎、隊舎…思い付く限りの場所へ足を向け、エルデ殿を探し回り、やっと見つけたと思ったら…エルデ殿と一緒に居るのが兄と分かり、隊舎で会ったジーク副団長が意味ありげに笑っていたのはこの事だったのかと頭を抱えたくなった。
兄に意識を向けても、俺の全神経がエルデ殿に吸い寄せられてしまい全く意味がない……まさに拷問
しがみつく様に背中に腕を回し、泣きながら必死に訴えるエルデ殿は、兄の様子に全く気付いてない。
常装の胸元は涙でぐっしょり濡れ、小さな手で力いっぱい握り締めてる背面も、おそらく皺くちゃになってるだろう。
睫毛の先に着いた涙が、魔灯に反射して光る。この世の何よりも美しい宝石。
爪が喰い込む程に拳を握り、固く目を閉じ、思い切り歯を食いしばる。
抱き締めたい、このまま攫いたい、誰の目も届かない奥深くに閉じ込めてしまいたい…
頼む、俺の理性、もう少しだけ…
「……毎日っ好きって言ってくれるって……っ…ひ、膝の上に乗せてっ、いっしょ……っに…お茶を飲んでくれるって……まだっ、まだ何もしてもらってないっっ……」
もう…限界だろーー兄に斬られる前に、エルデ殿に逝かされてしまう…
ーーー
『アズール伯爵家のエルデ嬢?近衛の中では、王宮侍女を押さえて一番人気だ。デュバル公爵令嬢と2人揃った姿は眼福だろう?輪番護衛は争奪戦だよ。やっぱりそっちでも人気なのか?』
ジークに探りを入れたら、聞き捨てならない答えが返ってきた。
何という体たらく…2年もの間、愚弟は何をしてきたのだ、進展どころか後退してるではないか!
だが、先刻の危機は即今の好機。
見かけない侍女の制服に声をかけたら、探し求めていたアズールオレンジ。こんな所に隠れていたのかアズールオレンジ。
見つけたからには逃しはしない、伊達に王宮騎士団長を務めているわけではない。
愚弟も来た。イアン達など待たせておけばいい。このまま鶴翼の陣で囲い込む。
「わ、私なんかじゃネイト様に釣り合わない……っ…家族も領地も…オレンジも大好きだけどっ……っ片田舎の伯爵家の娘なんて娶ったら、ネイト様が笑われてしまうっ…っ……」
泣かせるつもりはなかったが、やり過ぎてしまったか……?だが、ネイトが面白すぎて止められない。
脳筋と兄を小馬鹿にしている弟が、目の前で必死に理性と闘う姿に笑いが込み上げる。
いかん、このままではまた過呼吸を起こしてしまう…今日は俺を運んでくれる人間がいない。
耐えなければ…
ーーー
「エルデ殿、水をどうぞ」
兄の茶番に振り回されたエルデ殿は腰を抜かしてしまい、今は芝生で胡座をかいた俺の膝の上で、俺の胸に凭れ、俺の携帯していた水筒の水で喉を潤している。
俺は固く後ろ手を組み、終わりの見えない拷問に耐えている。
「…ありがとうございます。すみません…まだ力が入らなくて…制服も汚してしまって…すみません。洗ってお返ししますので、お借りしてもいいですか?」
その潤んだ目で俺を見上げてくるのはやめてくれ。俺の理性は機能しないと言った事を覚えてないのか?
そんな無防備な姿を晒したら…
「ダメだろ…」
「……ダメ?」
「…いえ、失礼しました。これは汚れではないので洗いません。それより、兄が驚かせてすみません。あんな大声で、怖かったですよね。脳筋なんで極端なんです」
絶対に洗わない、これはエルデ殿の愛の証。こんな常装じゃなく、正装を着ていればと悔やまれる。
「…私の方こそ、ラヴェル騎士団長様の家名を覚えておらず、大変失礼な事をしてしまいました。あんな醜態まで晒してしまって…もうーー」
両手で持った水筒で顔を隠しているが、真っ赤に染まった耳と、頸が丸見え。
この水筒も絶対に洗わない。
「お嫁に行けない。ですか?」
「……お嫁に行けないどころか、オレリア様にも顔向け出来ません…」
「オレリア様はこんな些末事、気にしませんよ。それに嫁ぎ先も心配ないでしょ。俺と結婚するんですから」
「あっ、あれはーー」
身体ごと向き直り、こちらを仰ぎ見てくる潤んだ瞳、蒸気した頬、言葉を紡ごうと開いた唇が、俺のなけなしの理性を吹き飛ばす。
「エルデ殿、先に謝っておきます。すみません」
エルデ殿の手から水筒を取り上げ放り投げる。腰を引き寄せ、頭を押さえ、噛み付く様に口付ける。
歯列を割って逃げる舌を絡め取り、吸い上げる。角度を変え、オレンジの香りがする唇と舌を味わい尽くす…何故だ…潤った先からどんどん渇いていく……
「…全然足りない」
失神したエルデ嬢を連れて帰った俺は、エイラ殿とドナ殿にこっ酷く叱られた。
ーーー
「遅いぞ、ラヴェル」
会議室の机に脚を乗せたまま、苛立った様子でイアンが低く声をかけてきた。
「すまない、捜索人を見つけてな」
「捜索人?そんな届出は近衛にきてないが…誰を捜索してたんだ?」
ジークが捜索届の書類を確認しながら聞いてくる。
「嫁だ」
「「………ヨメ?」」
お前らの部下達には悪いが、エルデ嬢とアズールオレンジはソアデン家が頂く。
愚弟は今頃どうしてるだろうか、今も己の理性と闘っているのだろうか…
「…ブハッ…ックク…」
「なんだ、気持ち悪いな…で?ネイトはエルデ嬢と上手くいったのか?」
イアンが机から脚を下ろし、お茶を一口飲んでニヤリと笑う。
「……何故、それを?」
「お前の頭の中なんて、覗かなくても分かるよ。俺の話を聞いて、エルデ嬢を探し回ってだんだろう?昼にウィルと交代して帰ってきたネイトも落ち着きがなかったしな」
「ジーク!謀ったのか!!」
「人聞きの悪い事を言うな。悩める部下の為に、仕上げを投じてやっただけだ」
「お前もいい加減学習したらどうなんだ?まあ、俺は楽しいからいいがな」
こいつらは、学園の頃からそうだった。
ジークが煽り、俺が空回る…イアンは黙って見てるだけ。
分かっているのに…俺は…
「お前らは絶対に結婚式に招待しない」
「ネイトの招待があれば、お前の招待は必要ないな」
俺はどうしても勝てない…
目の前の騎士団長は涙目で口と腹を押さえている。
また過呼吸を起こすぞ。毎度、毎度運ぶのは面倒くさいんだ…
何処からか事情を聞いてきたウィルさんが、昼に交代を申し出でくれた。
城内、庭園、営舎、隊舎…思い付く限りの場所へ足を向け、エルデ殿を探し回り、やっと見つけたと思ったら…エルデ殿と一緒に居るのが兄と分かり、隊舎で会ったジーク副団長が意味ありげに笑っていたのはこの事だったのかと頭を抱えたくなった。
兄に意識を向けても、俺の全神経がエルデ殿に吸い寄せられてしまい全く意味がない……まさに拷問
しがみつく様に背中に腕を回し、泣きながら必死に訴えるエルデ殿は、兄の様子に全く気付いてない。
常装の胸元は涙でぐっしょり濡れ、小さな手で力いっぱい握り締めてる背面も、おそらく皺くちゃになってるだろう。
睫毛の先に着いた涙が、魔灯に反射して光る。この世の何よりも美しい宝石。
爪が喰い込む程に拳を握り、固く目を閉じ、思い切り歯を食いしばる。
抱き締めたい、このまま攫いたい、誰の目も届かない奥深くに閉じ込めてしまいたい…
頼む、俺の理性、もう少しだけ…
「……毎日っ好きって言ってくれるって……っ…ひ、膝の上に乗せてっ、いっしょ……っに…お茶を飲んでくれるって……まだっ、まだ何もしてもらってないっっ……」
もう…限界だろーー兄に斬られる前に、エルデ殿に逝かされてしまう…
ーーー
『アズール伯爵家のエルデ嬢?近衛の中では、王宮侍女を押さえて一番人気だ。デュバル公爵令嬢と2人揃った姿は眼福だろう?輪番護衛は争奪戦だよ。やっぱりそっちでも人気なのか?』
ジークに探りを入れたら、聞き捨てならない答えが返ってきた。
何という体たらく…2年もの間、愚弟は何をしてきたのだ、進展どころか後退してるではないか!
だが、先刻の危機は即今の好機。
見かけない侍女の制服に声をかけたら、探し求めていたアズールオレンジ。こんな所に隠れていたのかアズールオレンジ。
見つけたからには逃しはしない、伊達に王宮騎士団長を務めているわけではない。
愚弟も来た。イアン達など待たせておけばいい。このまま鶴翼の陣で囲い込む。
「わ、私なんかじゃネイト様に釣り合わない……っ…家族も領地も…オレンジも大好きだけどっ……っ片田舎の伯爵家の娘なんて娶ったら、ネイト様が笑われてしまうっ…っ……」
泣かせるつもりはなかったが、やり過ぎてしまったか……?だが、ネイトが面白すぎて止められない。
脳筋と兄を小馬鹿にしている弟が、目の前で必死に理性と闘う姿に笑いが込み上げる。
いかん、このままではまた過呼吸を起こしてしまう…今日は俺を運んでくれる人間がいない。
耐えなければ…
ーーー
「エルデ殿、水をどうぞ」
兄の茶番に振り回されたエルデ殿は腰を抜かしてしまい、今は芝生で胡座をかいた俺の膝の上で、俺の胸に凭れ、俺の携帯していた水筒の水で喉を潤している。
俺は固く後ろ手を組み、終わりの見えない拷問に耐えている。
「…ありがとうございます。すみません…まだ力が入らなくて…制服も汚してしまって…すみません。洗ってお返ししますので、お借りしてもいいですか?」
その潤んだ目で俺を見上げてくるのはやめてくれ。俺の理性は機能しないと言った事を覚えてないのか?
そんな無防備な姿を晒したら…
「ダメだろ…」
「……ダメ?」
「…いえ、失礼しました。これは汚れではないので洗いません。それより、兄が驚かせてすみません。あんな大声で、怖かったですよね。脳筋なんで極端なんです」
絶対に洗わない、これはエルデ殿の愛の証。こんな常装じゃなく、正装を着ていればと悔やまれる。
「…私の方こそ、ラヴェル騎士団長様の家名を覚えておらず、大変失礼な事をしてしまいました。あんな醜態まで晒してしまって…もうーー」
両手で持った水筒で顔を隠しているが、真っ赤に染まった耳と、頸が丸見え。
この水筒も絶対に洗わない。
「お嫁に行けない。ですか?」
「……お嫁に行けないどころか、オレリア様にも顔向け出来ません…」
「オレリア様はこんな些末事、気にしませんよ。それに嫁ぎ先も心配ないでしょ。俺と結婚するんですから」
「あっ、あれはーー」
身体ごと向き直り、こちらを仰ぎ見てくる潤んだ瞳、蒸気した頬、言葉を紡ごうと開いた唇が、俺のなけなしの理性を吹き飛ばす。
「エルデ殿、先に謝っておきます。すみません」
エルデ殿の手から水筒を取り上げ放り投げる。腰を引き寄せ、頭を押さえ、噛み付く様に口付ける。
歯列を割って逃げる舌を絡め取り、吸い上げる。角度を変え、オレンジの香りがする唇と舌を味わい尽くす…何故だ…潤った先からどんどん渇いていく……
「…全然足りない」
失神したエルデ嬢を連れて帰った俺は、エイラ殿とドナ殿にこっ酷く叱られた。
ーーー
「遅いぞ、ラヴェル」
会議室の机に脚を乗せたまま、苛立った様子でイアンが低く声をかけてきた。
「すまない、捜索人を見つけてな」
「捜索人?そんな届出は近衛にきてないが…誰を捜索してたんだ?」
ジークが捜索届の書類を確認しながら聞いてくる。
「嫁だ」
「「………ヨメ?」」
お前らの部下達には悪いが、エルデ嬢とアズールオレンジはソアデン家が頂く。
愚弟は今頃どうしてるだろうか、今も己の理性と闘っているのだろうか…
「…ブハッ…ックク…」
「なんだ、気持ち悪いな…で?ネイトはエルデ嬢と上手くいったのか?」
イアンが机から脚を下ろし、お茶を一口飲んでニヤリと笑う。
「……何故、それを?」
「お前の頭の中なんて、覗かなくても分かるよ。俺の話を聞いて、エルデ嬢を探し回ってだんだろう?昼にウィルと交代して帰ってきたネイトも落ち着きがなかったしな」
「ジーク!謀ったのか!!」
「人聞きの悪い事を言うな。悩める部下の為に、仕上げを投じてやっただけだ」
「お前もいい加減学習したらどうなんだ?まあ、俺は楽しいからいいがな」
こいつらは、学園の頃からそうだった。
ジークが煽り、俺が空回る…イアンは黙って見てるだけ。
分かっているのに…俺は…
「お前らは絶対に結婚式に招待しない」
「ネイトの招待があれば、お前の招待は必要ないな」
俺はどうしても勝てない…
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