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束の間
48:騎士の士気
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「本日は副団長だけでなく、騎士としても名高い殿下がお見えになるという事で、生徒達も張り切っております」
「光栄だが…騎士の実力はネイトが上だな」
「勿論、ネイト殿の事も同寮達から伺っております」
「魚か?」
「ジーク副団長…勘弁して下さい」
「…二つ名も伺ってますが、剣術大会3連覇の偉業を達成したのはネイト殿だけだそうですね。1年生だった殿下との決勝戦は歴史に残るとも聞いております」
「演習場が半壊したんだ…歴史にも残るだろうな」
「演習場を半壊したのですか?!」
「半壊したのは殿下ですね、あの時は俺も死を覚悟しましたから」
「その死を覚悟したお前に、俺は女神ヘーレのお迎え一歩手前までになったぞ」
【創世物語】にも登場する女神ヘーレは、嫉妬と厄災だけでなく死の神としても有名で、子供の頃は事あるごとに女神ヘーレのお迎えが来ると脅された。
「最初の一振りでマナを使い切る馬鹿はいないだろ」
剣術大会の決勝戦で使用される模擬剣は、大量のマナを込めても壊れない特別な作りになっている。
当時1年生だった俺は、決勝戦の大舞台に立つ緊張でマナの制御に失敗し、最初の一振りで演習場が地割れしたことに驚き、その後はネイトに完膚なきまでまでに叩きのめされた。
「私も見てみたかったです」
「でしたら2人に対戦させますよ」
「「はあっ?!」」
「なんだ、いつもの訓練と変わらないだろう。身体を解す必要があるなら今から走ってこい。時間がないから素振りは五百でいい。カイン、演習場から模擬剣を借りてきてくれ」
「叔父上…冗談はその位にして下さい」
「ロイド先生も驚いてますよ…」
「………」
「ロイド先生、叔父上の戯れですのでお気になさらず」
叔父上の本気とも冗談とも取れる言動に戸惑うロイド先生の案内で演習場に足を踏み入れると、生徒達を鼓舞する教員の激が耳に入ってきた。
「お前ら!今日は剣舞の公開練習だ!見学したければ気合いを入れろ!!」
「「「「「「「「「「「ウオォォッー!!!」」」」」」」」」」」
「この声は……」
「……剣舞の公開練習だと?」
「王太子殿下にいいところを見せろ、とは言わないんだな…」
「フラン様では士気が上がらない様ですね」
模擬剣を掲げて雄叫びを上げる生徒達の士気は最高潮だが、ふざけた激を飛ばす教員は誰だ?
「……申し訳ございません、殿下」
「ロイド先生のその謝罪は、殿下の傷に塩を塗り込む様なものですね。さあ殿下、参りましょうか?」
「…叔父上、楽しんでますよね?」
「男共の士気を上げるには女性が常套。お前よりオレリア様においで頂いた方が良かったな」
「名誉挽回の為にも、ここはフラン様とネイト殿が頑張るしかない様ですね」
「名誉など些事。ネイト、ここに居る全員潰すぞ」
「清々しい程の狭量振りだな、矜持はないのか?」
「矜持はないが矜恃ならある。公開練習より、ここで俺と剣を合わせる方が興が乗ると分からせてやる」
「カイン殿、殿下も…冗談ですよね…?」
「残念ながら、フラン様は常には本気です」
「……こちらで暫くお待ち下さい」
諦めた様な溜め息を吐いて、ロイド先生が生徒達を挟んだ反対側に居る教員の元へ向かう。
模擬剣の感触を確かめながら待っていると、生徒達が立てる砂塵の中からロイド先生と共に現れたのは、まさかの兄上。
「やはりコーエンだったか、こんな所で何をしているんだ?」
「お久しぶりです義叔父上。今日はアレンの付き合いで来てるんですよ」
「アレンと?」
「今はオレリアの所ですけどね。時々ですが、アレンとここで身体を解すついでに、生徒達の指導しているんです」
コーエン・ファン・スナイデル。
父と同じ癖のある金髪に、母親から受け継いだ白緑の瞳。後継者である兄とアレン殿は騎士科の出身ではないが、学生時代に長期休暇の度にデュバル領軍の訓練に参加していた為、学だけでなく剣も修めた文武両道。
兄に会うのはいつ以来だろうか…婚約の儀に参列していたが、オレリアと途中退場した為言葉は交わしていない…正直気まずい…
「学園長から愚弟が来ると聞きましてね、待っていたんですよ」
「さっきの激は故意ですね…兄上」
「おや?挨拶もなくいきなり怨言ですか、フラン殿下」
「くっ…お久しぶりです、兄上」
「本当に、ご無沙汰しております。フラン殿下に於かれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます」
「兄上も…息災の様で安心しました。母上と義姉上も息災でしょうか?」
「勿論元気にしてますよ。エリスの産月が近づいてきたので、今は2人共領地に居ます」
「義姉上の…もうそんな時期か……ん?兄上は王都に居ていいのですか?」
「……亭主は達者で留守がいいそうだ」
「なる程…兄上が居ない方が、お産の環境が整うという事ですね」
「歯に衣着せぬ物言いだな、愚弟よ」
兄は色素の薄い儚い佇まいから物事に頓着のない様に見えるが、意外にも過保護な一面がある。
「コーエンは過保護で口喧しいから、スナイデル夫人とエリスに領地へ来るなと言われたんですよ」
「アレン殿…お久し振りです」
「お久しぶりです殿下。その節は妹がお世話になりました。殿下のおかげで無事に復学出来て、今も元気に扇を振り回してましたよ」
「そ、そう、ですか…」
「?ネイトも、レリに聞いたよ。エルデと結婚するそうだな、おめでとう」
「あ、ああ…ありがとう」
「……2人共どうかしましたか?」
「何でもありません。ロイド先生は審判を頼む。ネイト行くぞ」
事情を知らないアレン殿の明るさに追い詰められる。
訝しげに問うアレン殿に片手を上げて答え、速やかに帰城するべく本来の目的を果たす為、カインに俺とネイトの上着を預け中央へ向かう。
ロイド先生の指示で剣を下ろし、生徒達が囲む演習場でネイトと向き合う。
「半壊するなよ」
「抜かせ…」
「両者、剣を前に…始め!」
ーガツッッキィィィンーー
刃と刃がぶつかり合う衝撃が腕にまで響く。
痺れる手に力を入れ、ネイトの剣を刃を滑らせて横に流し、斜め下から振り上げると、太刀筋を読んでいたネイトが真上から剣を振り下ろす。
ーーガキンッー
剣先に振り下ろされた刃の重みがズッシリとのし掛かる。
踏み締めた踵が地を抉るが、この重さに抵抗はしない。
腕の力を抜き、後ろに飛び退いて体勢を整え、休む間を与えず左真横から斬り込む。
避ける間のないネイトは、剣を逆手に持ち替えて横からの攻撃を受け止め、剣の持ち手をそのままに足を踏み込み下から掬い上げてくる。
「俺の名誉挽回に協力する気はなさそうだな」
「護衛対象より弱い護衛じゃ意味ないだろう?」
両者飛び退いて、再び体勢を整えると同時に地を蹴る。振り上げた剣と剣がぶつかってー
ーーッパアアァァンー
「「……あ……」」
「そこまで!両者模擬剣の破壊により続行不能!」
ーーー
演舞場のボックス席から見下ろした観客席は既に教員や生徒達で一杯だった。
「オペラグラスもないのに…」
「生徒達に見られたら騒ぎになるだろ、ここからでも充分見える」
「お粗末な模擬戦の後では前にも出れませんしね」
「「………」」
模擬剣の破壊というお粗末な結果に生徒達の士気は下がり、叔父上に演習場から追い出された俺達は、ボックス席のソファに身を潜めて公開練習の始まりを待っている。
「そろそろですね」
客席の魔灯の灯りが落とされると、舞台と客席の境界線の向こう側に…
「…リア」
「光栄だが…騎士の実力はネイトが上だな」
「勿論、ネイト殿の事も同寮達から伺っております」
「魚か?」
「ジーク副団長…勘弁して下さい」
「…二つ名も伺ってますが、剣術大会3連覇の偉業を達成したのはネイト殿だけだそうですね。1年生だった殿下との決勝戦は歴史に残るとも聞いております」
「演習場が半壊したんだ…歴史にも残るだろうな」
「演習場を半壊したのですか?!」
「半壊したのは殿下ですね、あの時は俺も死を覚悟しましたから」
「その死を覚悟したお前に、俺は女神ヘーレのお迎え一歩手前までになったぞ」
【創世物語】にも登場する女神ヘーレは、嫉妬と厄災だけでなく死の神としても有名で、子供の頃は事あるごとに女神ヘーレのお迎えが来ると脅された。
「最初の一振りでマナを使い切る馬鹿はいないだろ」
剣術大会の決勝戦で使用される模擬剣は、大量のマナを込めても壊れない特別な作りになっている。
当時1年生だった俺は、決勝戦の大舞台に立つ緊張でマナの制御に失敗し、最初の一振りで演習場が地割れしたことに驚き、その後はネイトに完膚なきまでまでに叩きのめされた。
「私も見てみたかったです」
「でしたら2人に対戦させますよ」
「「はあっ?!」」
「なんだ、いつもの訓練と変わらないだろう。身体を解す必要があるなら今から走ってこい。時間がないから素振りは五百でいい。カイン、演習場から模擬剣を借りてきてくれ」
「叔父上…冗談はその位にして下さい」
「ロイド先生も驚いてますよ…」
「………」
「ロイド先生、叔父上の戯れですのでお気になさらず」
叔父上の本気とも冗談とも取れる言動に戸惑うロイド先生の案内で演習場に足を踏み入れると、生徒達を鼓舞する教員の激が耳に入ってきた。
「お前ら!今日は剣舞の公開練習だ!見学したければ気合いを入れろ!!」
「「「「「「「「「「「ウオォォッー!!!」」」」」」」」」」」
「この声は……」
「……剣舞の公開練習だと?」
「王太子殿下にいいところを見せろ、とは言わないんだな…」
「フラン様では士気が上がらない様ですね」
模擬剣を掲げて雄叫びを上げる生徒達の士気は最高潮だが、ふざけた激を飛ばす教員は誰だ?
「……申し訳ございません、殿下」
「ロイド先生のその謝罪は、殿下の傷に塩を塗り込む様なものですね。さあ殿下、参りましょうか?」
「…叔父上、楽しんでますよね?」
「男共の士気を上げるには女性が常套。お前よりオレリア様においで頂いた方が良かったな」
「名誉挽回の為にも、ここはフラン様とネイト殿が頑張るしかない様ですね」
「名誉など些事。ネイト、ここに居る全員潰すぞ」
「清々しい程の狭量振りだな、矜持はないのか?」
「矜持はないが矜恃ならある。公開練習より、ここで俺と剣を合わせる方が興が乗ると分からせてやる」
「カイン殿、殿下も…冗談ですよね…?」
「残念ながら、フラン様は常には本気です」
「……こちらで暫くお待ち下さい」
諦めた様な溜め息を吐いて、ロイド先生が生徒達を挟んだ反対側に居る教員の元へ向かう。
模擬剣の感触を確かめながら待っていると、生徒達が立てる砂塵の中からロイド先生と共に現れたのは、まさかの兄上。
「やはりコーエンだったか、こんな所で何をしているんだ?」
「お久しぶりです義叔父上。今日はアレンの付き合いで来てるんですよ」
「アレンと?」
「今はオレリアの所ですけどね。時々ですが、アレンとここで身体を解すついでに、生徒達の指導しているんです」
コーエン・ファン・スナイデル。
父と同じ癖のある金髪に、母親から受け継いだ白緑の瞳。後継者である兄とアレン殿は騎士科の出身ではないが、学生時代に長期休暇の度にデュバル領軍の訓練に参加していた為、学だけでなく剣も修めた文武両道。
兄に会うのはいつ以来だろうか…婚約の儀に参列していたが、オレリアと途中退場した為言葉は交わしていない…正直気まずい…
「学園長から愚弟が来ると聞きましてね、待っていたんですよ」
「さっきの激は故意ですね…兄上」
「おや?挨拶もなくいきなり怨言ですか、フラン殿下」
「くっ…お久しぶりです、兄上」
「本当に、ご無沙汰しております。フラン殿下に於かれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます」
「兄上も…息災の様で安心しました。母上と義姉上も息災でしょうか?」
「勿論元気にしてますよ。エリスの産月が近づいてきたので、今は2人共領地に居ます」
「義姉上の…もうそんな時期か……ん?兄上は王都に居ていいのですか?」
「……亭主は達者で留守がいいそうだ」
「なる程…兄上が居ない方が、お産の環境が整うという事ですね」
「歯に衣着せぬ物言いだな、愚弟よ」
兄は色素の薄い儚い佇まいから物事に頓着のない様に見えるが、意外にも過保護な一面がある。
「コーエンは過保護で口喧しいから、スナイデル夫人とエリスに領地へ来るなと言われたんですよ」
「アレン殿…お久し振りです」
「お久しぶりです殿下。その節は妹がお世話になりました。殿下のおかげで無事に復学出来て、今も元気に扇を振り回してましたよ」
「そ、そう、ですか…」
「?ネイトも、レリに聞いたよ。エルデと結婚するそうだな、おめでとう」
「あ、ああ…ありがとう」
「……2人共どうかしましたか?」
「何でもありません。ロイド先生は審判を頼む。ネイト行くぞ」
事情を知らないアレン殿の明るさに追い詰められる。
訝しげに問うアレン殿に片手を上げて答え、速やかに帰城するべく本来の目的を果たす為、カインに俺とネイトの上着を預け中央へ向かう。
ロイド先生の指示で剣を下ろし、生徒達が囲む演習場でネイトと向き合う。
「半壊するなよ」
「抜かせ…」
「両者、剣を前に…始め!」
ーガツッッキィィィンーー
刃と刃がぶつかり合う衝撃が腕にまで響く。
痺れる手に力を入れ、ネイトの剣を刃を滑らせて横に流し、斜め下から振り上げると、太刀筋を読んでいたネイトが真上から剣を振り下ろす。
ーーガキンッー
剣先に振り下ろされた刃の重みがズッシリとのし掛かる。
踏み締めた踵が地を抉るが、この重さに抵抗はしない。
腕の力を抜き、後ろに飛び退いて体勢を整え、休む間を与えず左真横から斬り込む。
避ける間のないネイトは、剣を逆手に持ち替えて横からの攻撃を受け止め、剣の持ち手をそのままに足を踏み込み下から掬い上げてくる。
「俺の名誉挽回に協力する気はなさそうだな」
「護衛対象より弱い護衛じゃ意味ないだろう?」
両者飛び退いて、再び体勢を整えると同時に地を蹴る。振り上げた剣と剣がぶつかってー
ーーッパアアァァンー
「「……あ……」」
「そこまで!両者模擬剣の破壊により続行不能!」
ーーー
演舞場のボックス席から見下ろした観客席は既に教員や生徒達で一杯だった。
「オペラグラスもないのに…」
「生徒達に見られたら騒ぎになるだろ、ここからでも充分見える」
「お粗末な模擬戦の後では前にも出れませんしね」
「「………」」
模擬剣の破壊というお粗末な結果に生徒達の士気は下がり、叔父上に演習場から追い出された俺達は、ボックス席のソファに身を潜めて公開練習の始まりを待っている。
「そろそろですね」
客席の魔灯の灯りが落とされると、舞台と客席の境界線の向こう側に…
「…リア」
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