王国の彼是

紗華

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儀式と夜会

62:好きの一言 エルデ&ネイト

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「あれは…ネイト様と、ジークお義兄様…?」

「ネイト殿は時間を見つけては叔父上に挑みに行ってるんですよ」

カイン様に連れられて来た夜更けの訓練場に響くのは、剣と剣が打ち当たる音と、騎士達のを飛ばす……声?

「ネイト!負けろ!!」

「お前はアズールオレンジでも食ってろ!」

「骨になったらオレンジ畑に埋めてやるからな!安心しろ!」

「おいっ!ネイトの骨なんか埋めたらオレンジが不味くなるだろ」

「そうだな…すまんネイト!今のは取り消すっ!」

「そもそもだからなっ」

「「「ブッ…ワハハッ…」」」

「~~っうるせぇぞっ!お前らは訓練してろっ!!」

「黙れっ!俺達のエルデ嬢を攫いやがって!」

「そうだぞ!毎日令嬢達に囲まれてるくせに!よりによって…なんでエルデ嬢なんだっ!腹立たしい!!」

「濁った眼でエルデを見るなっ!エルデが汚れるけがれるだろ!」

「エルデ嬢に相手にされてないくせにっ」

「2人きりの時はエルデはデロデロの甘々だっ!」

「強がり言ってんじゃねえぞ!」

「デロデロの甘々って…自分の事ですかね」

「……なんですか?あれ…矜持?」

騎士達のに反応したネイト様が、剣を投げ捨て、ジークお義兄様そっちのけで騎士達と拳を交え始めてしまっている。
カイン様の話を聞いて自己嫌悪に陥っていたが、思った以上に元気な姿になんだか腹が立ってきた…

「……まあ、それ矜持はさて置き、既にお分かりでしょうけど、避けるどころかエルデ嬢への想いは日に日に暑苦しくなっています」

「……分かりません」

「は?」

「だって…好きって言われた事は一度もないんですから」

「……言われた事がない?一度も?」

「条件が合うから結婚しようとか、理性が機能しないとか、泣かせてやりたかったとか?…私が聞きたいのはそんな事じゃない……毎日好きって言ってもらいたいんです…矜持とか骨とか私にはどうでもいいことなんです…」

毎日どころか、一度も好きと言われたことがない。一緒にお茶を飲む時間もないし、挨拶のキスだってない…ない事だらけでもう…泣きそう…

「だ、そうですが…叔父上、どうします?」

「?!ジークおにい…副団長様」

「……叩き直す」

「?!?!」

いつの間にか隣りに立っていたジークお義兄様は、私の頬に手を当てて目尻の涙を拭うと、悪魔の様な形相で騎士達の元へ向かった。
団子状の騎士達をちぎって投げ、拳で殴り飛ばし、蹴り上げ、訓練場に立っているのはネイト様とジークお義兄様だけ。

「骨だけじゃなく、根性もないとは話にならんな」

「ッゴホッ…何の話ですか…」

「エルデに付き纏うばかりでの一言も言えないそうじゃないか、そんなに自信がないのか?」

「……」

「エルデ、こんな腑抜けはやめておけ。俺がもっといい男を見つけてやる」

「?!……カイン殿にエルデ?」

カイン様と私を視認したネイトが目を見開いて驚いて駆け寄って来たが、綺麗な顔は土埃で汚れ、髪はボサボサ、シャツのボタンは千切れてボロボロ、擦り傷まで作って、貴族令嬢達を虜にする麗しさは半減している。

「叔父上の言う通り、エルデ嬢が望まれる毎日だと告げてくれる人を探しましょう。エルデ嬢、明日の夜会はちょうど良い機会ですね」

「ちょっ!?ダメだっ!待った!好きだ!!好きだよエルデ、好きで好きで、好き過ぎて…俺の妄想なんじゃないかって…今が信じられないくらい好きなんだ…」

いつだって自信に溢れていると思っていたネイト様が、私に対してこんなにも臆病になっている…ネイト様の擦り傷だらけの手を取り、頬に寄せると、ぎこちなく撫でてきた。

「…私はここに居るのに?こうして触れられるのに?信じられませんか?」

「……好きだよエルデ、ずっと前から好きだった」

「私も…ネイト様をお慕いしてます」

「好きだよエルデ、明日の夜会は男に近づくな」

「明日はオレリア様とアリーシャ様と一緒にいます」

「好きだよエルデ、それでいい」

「…あの、ネイト様?」

「どうした?好きだよエルデ」

という名前みたいになっていますが…どうやらネイト殿の箍が外れてしまった様ですね」

「仕方ないな…締め直すか」

「ちょっと、2人共!ここは気をきかせて去るところでしょう!なんでまだ居るんですか?!」

「ほう…未来の義兄に向かってそんな口をきいていいのか?」

「っく…それが一番信じられない…」


ーーー


「ネイト様、手当てをする前に顔を拭くので、目を閉じて下さい…って…キャアッ?!」

「手当てはいらない…それよりもこうしていたい」

濡らした手巾をエルデの手から奪い、力いっぱい抱き締め、エルデの匂い、エルデの息づかい、エルデの感触を五感全てで感じ取る…何もかもどうでもよくなってきた…いや、どうでもよくはないが今は考えたくない。

「ネイト様…汗臭いです…」

「エルデはいい香りだから大丈夫」

「……」

「変態だと思っただろ…でもそれでも離さない。この数日、嫉妬で気が狂いそうだったんだ」

「黙っていてすみませんでした…ジークお義兄様と姉の婚約の事は私も先程知ったんです…ただ、それを抜きにしても姉の事でネイト様にお話出来る事はとても限られているから…誤解されてるのは分かっていても言えませんでした。それと…悪ノリしてしまった事もすみませんでした」

「姉君の事はカイン殿から聞いたよ。緘口令が敷かれているんだ、エルデは何も話さなくていいし、俺も何も聞かない。あの紛らわしい態度もジーク副団長に言われたんだろ?想像つくよ…」

「ジークお義兄様に言われたからだけではないんです……本当はネイト様が令嬢達に囲まれてるのがイヤだった…好きって言ってもらえなくて不安で、悔しくて悲しかったんです」

エルデ、お前は俺をどうしたいんだ……

そして俺は、何故エルデを俺の部屋に連れて来たんだ…いや、ここはその為の部屋だ。

もうすぐ籍も入れる、その後はこの部屋で2人、共に寝起きし生活する。少し順番が狂ったところで……ところで?

「エルデ嬢、確認だが…君は公爵家に戻るのか?」

「…嬢?はい。アズール領の遠征に同行後、暫く実家で過ごして公爵家に戻ります」

「俺の初夜!?…くそっ…迂闊だった…」

周りに白い目で見られながら既婚者用の部屋を勝ち取ったのに、肝心のエルデがいないとは…

「もしかして…ネイト様がこの部屋を選んだのは、先に籍を入れるからですか?」

「………」

「言っておきますけど、しょ、初夜は…結婚式の後です。ウエディングドレスを…その…ぬ……してもらうんですから…」

膝から崩れ落ちた俺にトドメの一言。
エルデが言っているのはあれか?初夜に夫がウエディングドレスを脱がせるとかいう、男の理性の葛藤をくだらない見栄で浪漫として語られている拷問の事か?

俺は贈り物の包装には拘らない人間だ、むしろ包装ドレスなど不要。

「エ、エルデ嬢、結婚式はだいぶ先なんだが…」

「それが何か?問題でも?」

問題しかないだろう!俺の右手は剣を握る為にあるんだ、を握る為では断じてない!

ーーチュッ…

「好き…おやすみなさい、ネイト様」

ーーカチャ、パタン…

「…ウエディングドレスで籍を入れに行けばいいんじゃないか…?」




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