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儀式と夜会
79:盃 レオン&ナシェル&イアン
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「ダリア、サルビア、カトレヤ…おそらく他の国の魔物の出現率も上がっておるじゃろう」
「サルビアは特に深刻かもしれません。サルビア国王は今朝早くに帰国しましたから。サルビア王には国境にダリアの援軍を待機させる事にすると話しをしました」
「聖皇国からも四季団の派遣を検討しよう。女神ジュノーの目覚めは厄災の前触れ…眷属も言っておったが、オレリアに加護の力が齎されたのは僥倖じゃった。そう考えると、オレリアの伴侶となる役目をフランが引き継いで落着したとはいえ、ナシェルを塔に置いたままにも出来んな…」
「ナシェルに課す罰については決めております。妻にも納得してもらいました」
「なんじゃ、決めておるのか…ゾマに預けようと思っておったのじゃがな」
「それでは甘過ぎます。傾国だけでなく、世界に影響を及ぼすところだったのですから」
「厳しいのう…」
「私への戒めでもありますから…」
「全く…王とは難儀な仕事じゃな…」
教皇に時間をもらって妻の元へ向かい、ナシェルの事を伝えた。妻には納得してもらったと答えたが、決定事項を伝えただけの事。
結婚から数年を要して産まれたのは王女だった。周りの圧力と貴族達の心無い言葉に傷付きながら、側妃を持つ様勧めてきた妻を、その当時支えていたのは正しく妃であろうとする矜持だけだっただろう…
側妃が遺した王子も等しく愛し、幾つもの苦しみを飲み込んできた妻が、己の腹を痛めて産んだ息子に科される罰を聞いた時、今だけは王妃でいたくないと言って泣いた。
だが、二度と会う事は叶わない、最後に息子と会うかと訊ねると、王妃としてのけじめだと緩く首を振って微笑んだ。
「ええ…本当に」
妻と息子に強いるこれが、王の業…
ーーコンコンーカチャーー
「陛下、お連れしましたよ」
「イアンか、ご苦労だった」
イアンの後に続いて、国王の執務室に入ったナシェルが片膝を着き首を垂れる。
「教皇並びに国王陛下に拝謁致します」
「楽にしていい。其方がナシェルか…レオンによく似とる」
「…久しぶりだな、少し痩せたか?」
喉に込み上げた熱が鼻を伝い、涙となって膨れ上がる。
首を垂れていてよかった…固く目を閉じ、歯を食い縛り嗚咽を飲み込む。
「陛下に於かれましては、ご心労をおかけした事、深く反省しております」
4か月振りとなる親子の対面。
顔を上げた息子は父ではなく陛下と呼び、ダリア王族の証である碧眼は、あの日の夜会で見た諦観の色が消え、蒼炎の如く熱を取り戻している。
だが、もう遅い…膝の上に置いた拳を固く握りしめ、息子に問う。
「自身の犯した罪の重さを、其方は理解したと?」
「統べる意味を履き違え、加護者を手中に治めんとオレリア嬢を傷付けただけでなく、罪のない令嬢も巻き込み、最後は己の保身の為だけにフラン殿下にその地位ごと押し付け、傾国の騒ぎを起こしました」
無情の王、非情の父…だとしても、私はお前を愛している…
「傾国……王族にとって最も大きな罪を犯した其方に、この場で毒杯の刑に処す」
「………御意」
「「「?!」」」
ナシェルよ、お前の目には今の私がどう映っているのだろうか…
床に置いた拳を握り締め、だが、微笑む様に目を細めた息子が、首を垂れて返事をする。
あれは最期の晩餐だったという事か…相手がイアンだったというのは少々不満だが、己を振り返る事が出来たのであれば僥倖といってもいいな…
「ナシェルよ、母と妹に遺す言葉はあるか?」
「……っ…」
眼裏に浮かぶのは2人の笑顔。
こんな形で置いていく俺が言葉を遺していいのか…恥ずかしさが勝り、いつでも言えるのだからと飲み込み続けた言葉を…
『ナシェル、貴方はダリアの国父となる者。ですが、私の愛する息子である事も忘れないで』
『大好きよナシェルお兄様!だから、頭を撫でて下さい…』
「………愛してる…と……」
「……必ず伝えよう。ラヴェル、イアン、ジークは表に出ろ」
「っお待ち下さい陛下!ナシェル殿は女神の声をーー」
今宵、陛下からこの役目を任されたのは、俺がナシェル殿の専属護衛だったからに他ならないのだと、今、気付いた…
一騎士の声などで覆るものではないと分かっている。
それでも、己を認めてもらいのだと、ナシェルも苦しんでいたと伝えたい。
そのやり方は間違っていたとしても、気付くのが遅かったとしても、己の過ちに涙を流したナシェルの、小説のタイトルをなぞる指が震えていた事を伝えたい。
共に飲んだワインもまだ残っていると伝えたい…
「イアン団長…美味いワインだった…ありがとう」
「…っ……私はまだまだ飲み足りませんよ」
一瞬言葉を詰まらせたイアンは、眉を下げて冗談で返す。それでいいと小さく頷き、視線をずらしてラヴェルとジークに声をかける。
「ラヴェル騎士団長、ジーク副団長、陛下を頼む」
「「御意に」」
「それから…3人には世話になった、ありがとう」
凪いだ海の様な碧眼……貴方は覚悟を決められたのですね…
喉に迫り上がる全てを飲み込み、最敬礼で応えて部屋を後にする。
「…ラヴェル、ジーク付き合え」
「まだまだ飲み足りないんだったな…」
「とっておきの1本を開けるか…」
静かに閉められた扉を、暫くして開いたのは毒杯をトレーに乗せたウィルだった。
「ふむ…これが骨も残らないという毒か」
「教皇、あまり近づかないで下さい」
祭服に身を包んだ男にカズラを引っ張られながら、こちらに顔を向けた教皇が、祈る前に聞きたい事があると言ってきた。
「ナシェルよ、生まれ変わったら其方は何をしたい?」
「罪を犯した私が生まれ変わるなど…」
「徳を積んでも罪を重ねても、人は等しく死に、また生まれ変わる…其方はどうしたい?」
国を、多くの人を裏切り、母と妹を悲しませ、父に非情の決断をさせた…それでも赦されるのであれば…
「…ダリアで生きたい…どんな身分でも構わない、再びダリアで生を受けたい……それだけです…」
「ならば祈るかの」
「サルビアは特に深刻かもしれません。サルビア国王は今朝早くに帰国しましたから。サルビア王には国境にダリアの援軍を待機させる事にすると話しをしました」
「聖皇国からも四季団の派遣を検討しよう。女神ジュノーの目覚めは厄災の前触れ…眷属も言っておったが、オレリアに加護の力が齎されたのは僥倖じゃった。そう考えると、オレリアの伴侶となる役目をフランが引き継いで落着したとはいえ、ナシェルを塔に置いたままにも出来んな…」
「ナシェルに課す罰については決めております。妻にも納得してもらいました」
「なんじゃ、決めておるのか…ゾマに預けようと思っておったのじゃがな」
「それでは甘過ぎます。傾国だけでなく、世界に影響を及ぼすところだったのですから」
「厳しいのう…」
「私への戒めでもありますから…」
「全く…王とは難儀な仕事じゃな…」
教皇に時間をもらって妻の元へ向かい、ナシェルの事を伝えた。妻には納得してもらったと答えたが、決定事項を伝えただけの事。
結婚から数年を要して産まれたのは王女だった。周りの圧力と貴族達の心無い言葉に傷付きながら、側妃を持つ様勧めてきた妻を、その当時支えていたのは正しく妃であろうとする矜持だけだっただろう…
側妃が遺した王子も等しく愛し、幾つもの苦しみを飲み込んできた妻が、己の腹を痛めて産んだ息子に科される罰を聞いた時、今だけは王妃でいたくないと言って泣いた。
だが、二度と会う事は叶わない、最後に息子と会うかと訊ねると、王妃としてのけじめだと緩く首を振って微笑んだ。
「ええ…本当に」
妻と息子に強いるこれが、王の業…
ーーコンコンーカチャーー
「陛下、お連れしましたよ」
「イアンか、ご苦労だった」
イアンの後に続いて、国王の執務室に入ったナシェルが片膝を着き首を垂れる。
「教皇並びに国王陛下に拝謁致します」
「楽にしていい。其方がナシェルか…レオンによく似とる」
「…久しぶりだな、少し痩せたか?」
喉に込み上げた熱が鼻を伝い、涙となって膨れ上がる。
首を垂れていてよかった…固く目を閉じ、歯を食い縛り嗚咽を飲み込む。
「陛下に於かれましては、ご心労をおかけした事、深く反省しております」
4か月振りとなる親子の対面。
顔を上げた息子は父ではなく陛下と呼び、ダリア王族の証である碧眼は、あの日の夜会で見た諦観の色が消え、蒼炎の如く熱を取り戻している。
だが、もう遅い…膝の上に置いた拳を固く握りしめ、息子に問う。
「自身の犯した罪の重さを、其方は理解したと?」
「統べる意味を履き違え、加護者を手中に治めんとオレリア嬢を傷付けただけでなく、罪のない令嬢も巻き込み、最後は己の保身の為だけにフラン殿下にその地位ごと押し付け、傾国の騒ぎを起こしました」
無情の王、非情の父…だとしても、私はお前を愛している…
「傾国……王族にとって最も大きな罪を犯した其方に、この場で毒杯の刑に処す」
「………御意」
「「「?!」」」
ナシェルよ、お前の目には今の私がどう映っているのだろうか…
床に置いた拳を握り締め、だが、微笑む様に目を細めた息子が、首を垂れて返事をする。
あれは最期の晩餐だったという事か…相手がイアンだったというのは少々不満だが、己を振り返る事が出来たのであれば僥倖といってもいいな…
「ナシェルよ、母と妹に遺す言葉はあるか?」
「……っ…」
眼裏に浮かぶのは2人の笑顔。
こんな形で置いていく俺が言葉を遺していいのか…恥ずかしさが勝り、いつでも言えるのだからと飲み込み続けた言葉を…
『ナシェル、貴方はダリアの国父となる者。ですが、私の愛する息子である事も忘れないで』
『大好きよナシェルお兄様!だから、頭を撫でて下さい…』
「………愛してる…と……」
「……必ず伝えよう。ラヴェル、イアン、ジークは表に出ろ」
「っお待ち下さい陛下!ナシェル殿は女神の声をーー」
今宵、陛下からこの役目を任されたのは、俺がナシェル殿の専属護衛だったからに他ならないのだと、今、気付いた…
一騎士の声などで覆るものではないと分かっている。
それでも、己を認めてもらいのだと、ナシェルも苦しんでいたと伝えたい。
そのやり方は間違っていたとしても、気付くのが遅かったとしても、己の過ちに涙を流したナシェルの、小説のタイトルをなぞる指が震えていた事を伝えたい。
共に飲んだワインもまだ残っていると伝えたい…
「イアン団長…美味いワインだった…ありがとう」
「…っ……私はまだまだ飲み足りませんよ」
一瞬言葉を詰まらせたイアンは、眉を下げて冗談で返す。それでいいと小さく頷き、視線をずらしてラヴェルとジークに声をかける。
「ラヴェル騎士団長、ジーク副団長、陛下を頼む」
「「御意に」」
「それから…3人には世話になった、ありがとう」
凪いだ海の様な碧眼……貴方は覚悟を決められたのですね…
喉に迫り上がる全てを飲み込み、最敬礼で応えて部屋を後にする。
「…ラヴェル、ジーク付き合え」
「まだまだ飲み足りないんだったな…」
「とっておきの1本を開けるか…」
静かに閉められた扉を、暫くして開いたのは毒杯をトレーに乗せたウィルだった。
「ふむ…これが骨も残らないという毒か」
「教皇、あまり近づかないで下さい」
祭服に身を包んだ男にカズラを引っ張られながら、こちらに顔を向けた教皇が、祈る前に聞きたい事があると言ってきた。
「ナシェルよ、生まれ変わったら其方は何をしたい?」
「罪を犯した私が生まれ変わるなど…」
「徳を積んでも罪を重ねても、人は等しく死に、また生まれ変わる…其方はどうしたい?」
国を、多くの人を裏切り、母と妹を悲しませ、父に非情の決断をさせた…それでも赦されるのであれば…
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