王国の彼是

紗華

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アズール遠征

83:恋の話 エレノア

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「話といっても…そんな付き合いでもなかったし…」

「その様な事はございません。斯様な流言まで生む程に女性を厭われていらっしゃる殿下が、学園時代に令嬢と交流があったなんて、おもしろ…いえ、興味がありますわ」 

ヨランダ…本音が出そうになったわね、でもいい仕事をしているわ。

ヨランダも実のところは元気のないオレリアを心配していて、何かに付けて声をかけてくる様になった。今もオレリアの手を握り、身を乗り出してリディア先生に迫っている。
オレリアが夜会の日から元気がないのは、ナシェル様の事も勿論あるけど、殿下と何かがあったのは明白。
フラン様から殿下に呼び方が戻っただけでなく、さっきも声をかけてきたリディア先生の顔を見た時に顔色が変わった。

ダリアの王族は側妃を持つ事が許されている。殿下とリディア先生の間に、浅からぬ縁があるのであれば、その縁が側妃へと繋がる可能性は否定出来ない。

おそらくオレリアは、正妃の領分と恋心の板挟みに心を傷めているのでしょうね…

「…魔術科の生徒より厄介ね……仕方ない…殿下と知り合ったのは14歳の頃よ。その当時はまだ婚約者だった義兄コーエンが殿下を連れて姉に会いに来たのよ…」

殿下は警戒心の強い野良猫の様で、挨拶を交わしただけなのに、勘違いするなと言ってきたらしい。
聞いてるこちらが恥ずかしくなる程の自意識過剰振りだわ…とはいえ、王族の血を引く公爵家の次男は、数少ない優良物件。縁を繋ごうと迫る令嬢達に、殿下が辟易していたのも知っている。

「私は伯爵家の三女だから、家に縛られる事もなく比較的自由に過ごしていたの。鬼籍に入っている祖母が祖父と結婚する前に魔術師団員だったのもあって、令嬢教育より魔術の勉強ばかりしていたわ。殿下には令嬢らしくない私が珍しく映ったんじゃないかしら?少しずつ会話も続く様になって、帰る頃には殿下から話かけてくる程に懐いていたから」

という表現をするリディア先生は、自身で評価する通り、口調も仕草も貴族令嬢らしくない。常に人より優位であれとする貴族科の先生とは全然違う。
魔術科の生徒は闊達な子が多いと、オレリアも話していたから、魔術科特有のものなのかも。

殿下の調教に成功したリディア先生は、学園に戻ってからも殿下と交流を続けていたが、令嬢達に目を付けられて嫌がらせを受ける様になったという。その事に怒った殿下が抗議するとリディア先生に詰め寄ったそうだが、先生はそれを断って2人の交流はなくなった…と。

「私を助けようとしてくれた殿下の気持ちは嬉しかったけど、殿下の身に流れる血は高貴なもの。私も魔術師を目指していたから、2人の未来は交わる事はないと殿下に話して交流もそれきり」

「リディア先生は殿下の事がお好きだったのですか?」

「……残念ながら私の好みとは外れているのよね…」

殿下の失恋決定ね。オレリアは目を丸くしているけど、これで少しは憂いも晴れたかしら?とは言え、殿下がリディア先生を側妃に望む可能性もある。恋人同士を割いてまで側妃に召し上げる様な節操なしではないだろうから、ここはオレリアの為にもリディア先生に身を固めてもらわないと…

「では、どの様な殿方が好みなのですか?」

「ええっ?!?それは…今は関係ないわよね?」

「殿下でもなく、ネイト様でもない。リディア先生はどの様な殿方でしたら心を動かされるのですか?身近な所でこの学園に好みの殿方はいらっしゃいますの?」

ヨランダよ、ネイト様の絵姿が捩れてしまっているけど気付いているかしら…まあ、購入し直すと言うなら付き合って上げなくなもないけど…お茶会、星見、膝枕…そして迎える朝!正に出会いから結ばれるまでの疑似体験。この選集を考案した方は天才だわ。

「この学園て…まだ赴任したばかりなんだけど…」

「教員棟で先生方と顔合わせはされたのですよね?好みの殿方はいらっしゃらなかったのですか?はっ、まさか…学園生とか……?」

「ちょっと?!そんな節操なしに見えるかしら?お子様には興味ないわ」

「カイン様と私は7歳違いですが?」

「女の子は精神年齢が高いからね、7歳違いでちょうどいいんじゃない?私の年齢で4歳下はあり得ないでしょ…」

「ではやはり先生の中に…?」

オレリアも少し身を乗り出して聞いている。分かるわ、打算抜きにしても人の恋の話って、時に甘いケーキより美味しく感じるわよね。

「……魔術科の生徒より強引ね、声をかけなければよかったわ…」

「失礼。リディア先生、騎士科と魔術科の合同演習の日程が変更になったので、新しい日程表をお持ちしました。目を通しておいて下さい」

「ロイド先生っ?!し、承知致しましたわ、わ、わわわわざわざ…ありがとうございます…」

「いえいえ、楽しい時間を邪魔してしまいましたが、こうして見るとリディア先生の生徒達と歓談している姿は学生に見えますね…っと、今のは失礼に当たってしまうかな…」

「い、いいえ…」 

「ロイド先生、肩の具合はいかがですか?」

「オレリアさんもご一緒でしたか、おかげ様で大分動く様になって、最近は実技も担当してるんですよ」

「良かった…父にも伝えます。きっと喜びます」

「旦那様にも、それから殿下にもよろしくお伝え下さい。では」

「「「失礼致します」」」

ロイド先生は元デュバル軍人。怪我で退役して学園の騎士科で教鞭をとっている。鈍色の髪と瞳、大きな体格と鋭い目つきは、一見すると近寄り難いが、デュバルでも教職に就いてた先生は、科の違う私達にも気さくに声をかけてくれて、見た目に反して爽やか。

そんなロイド先生の背中を見送るリディア先生は…

「もしかして…ロイド先生がお好きなのですか?」

「えっ?!ち、違うわよっ」

「よかった…でいらっしゃるから…」

「うそっ?!…そうなの……?」

「さあ?私達は騎士科の先生方の事は詳しく存じませんので」

「ちょっと、エレノアさん?」

「フフッ…素直じゃない先生に鎌をかけてみました」

「応援しますわ、リディア先生」

「先ずはロイド先生の情報を集めないと…オレリア」

「大丈夫、私がお父様にそれとなく聞いてみるわ」

「堂々と職権濫用宣言したわね…」

「濫用ではございません。置かれた状況に合わせて必要な時に、必要な情報を正確に得る為に使う、と仰って下さい」

ヨランダの言う通り、今必要なのは貴族令嬢の慎ましさではない。貴族の既得権益、教職の職権、あらゆる権利を行使しなければ…

「となると…騎士科との合同演習を利用しない手はないわね」

「合同演習ね、私も参加するからお手伝い出来るわ」

「いや…ちょっと…?」

「その合同演習、私とヨランダも参加出来ないかしら?」

「あら奇遇ね、私もエレノアと同じ事を考えていたところよ」

「それなら、授業の選択変更届を出してみたら?私もダンスから魔術に選択変更したから、きっと大丈夫だと思うわ」

「「それよ!」」



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