王国の彼是

紗華

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アズール遠征

86:令嬢とお紅茶 イアン&ネイト

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「騎士科の座学教員をしております、ロイド・ダ・ゼーラです。近衛騎士団長自ら届けて下さるとは…恐縮です。ネイト殿も久しぶりですね」

「先日は、お世話になりました」

「こちらの失態で、学生達には誠に申し訳ない事をしてしまいました。皆、優秀でとても助かりました。生徒達には騎士団への入団を待っていると伝えて下さい」

「お褒めの言葉痛み入ります。お茶をお出ししますのでこちらへどうぞ」

イアン団長から修了証を受け取った教員は先日学園で世話になったロイド先生。

学園長から修了証を受け取る様にと言われていたそうだが、学園の教員棟を訪れたのが近衛騎士団長であった事にしきりに恐縮している。
先日の案内もだが、ロイド先生は騎士科の客人の接待を担っているのだろう。厳つい教員より、爽やかな青年教員の方が客人受けが良いという意味では深く頷ける。
そんなロイド先生は、無骨な教員と違ってお茶まで勧める気遣いも見せてくれているが、団長と、俺にそんな気遣いは不要だ。一刻も早く帰城して、エルデと共に愛の証明書に署名をしなければならない。

「迷惑をかけた上に、押しかけて来た身でお茶まで…申し訳ない」

「とんでもないっ、ちょうど剣術大会の出場者名簿も出来上がったところです。お時間がおありでしたら、ご一読ください」

「時間は問題ありません、拝見させて頂きます」

……イアン団長、これは…わざとなのか?

「……ネイト様?」

「?!…オレリア様?」

「「ネイト様?!」」

「オレリア嬢?」

先日の酔い潰れた失態を取り返すべく、自らの手で修了証を届けに学園に来た。
一刻も早く帰城したいと目で訴えるネイトだが、剣術大会の名簿が完成しているのであれば確認しておきたい。を用意するというロイド教員に勧められて、ソファに座ったところで声をかけてきたのは、オレリア嬢と…共にいるのはセイドとラスターのご令嬢か?

「イアン団長様もご一緒だったのですね、ご機嫌様」

「ここでお会いするとは…奇遇ですね」

「彼女達の付き添いで参りました。イアン団長様、先日はありがとうございました」

齢13だったナシェル殿とオレリア嬢の間に愛はなく、その後も歪な4年を過ごした2人は、終ぞすれ違ったままに終えたと思っていた。だが、ナシェル殿の棺に入れて欲しいという、オレリア嬢からの手紙と共に届いた小説を目にした時、互いに信頼を得たいと、一頃でも同じ思いを持っていた事を知り、後悔と安堵が腹の底から込み上げて、再び涙となって流れ落ちた…

オレリア様と、ナシェル殿。それぞれの思い出と少しの後悔を挟んだ、2人の終わりが始まるきっかけとなった小説2冊を、空の棺に納めたと返事を認めた。

「礼を言われる程の事ではありませんよ」

「今度は自分で参りたいと思っております…それでは、私達はこれでーー」

「オレリア?!貴女、何を世迷言を言ってらっしゃるの?」

「…えっ?世迷言…?」

「お久し振りですネイト様。この様なつまらない場所でお会い出来るなんて…教員棟が夜会会場に見えてきたわ」

「ちょっと…エレノア、貴女まで何をーー」

「ソアデン卿、先日はご挨拶もせず失礼致しました。セイド公爵家が次女、ヨランダ・ファン・セイドと申します…ヨランダとお呼び下さい…」

「…ネイト・ファン・ソアデンと申します。私の事はネイトで構いません。ヨランダ嬢」

「…はぅっ……天上の呼声に、私の耳が浄められていく様だわ」

は不要かな…?」

不要どころか最早眼中になどない、訓練場を彷彿とさせる光景に苦笑いが零れる。

「おや?君達、何か用ーー」

「ロイド先生、そのはどなたに?」

「?近衛騎士団長とネイト殿にーー」

「なんて事を?!ネイト様に粗末なティーセットで粗茶をお出しするなんて…冒涜だわ」

「……はいいのか?」

「お、は淹れ直そう…ところで君達は授業はいいのかな?」

「授業?貴族科は実技試験期間なので授業はございません。更に言えば、私達は試験を免除されておりますから問題ございませんわ」

「仕方がありません…ネイト様のお紅茶は私が淹れ直します」

「ネイト様は2人掛けのソファをお使い下さい。ロイド先生とイアン団長様は適当にどうぞ」

「…ありがとう」

お紅茶まで共にする事になった上に、扱いが雑過ぎる。まあ、目当てはネイトだろうから、俺はゆっくり名簿を見て、ついでに授業の見学もさせてもらうかな…

「うん…すごく美味しい。私が淹れたのとは全然違う」

「ありがとうございます。丁度良かったわ、私達ロイド先生にもお聞きしたい事がございましたの」

「わ、私に?なんだろう…」

「ロイド先生は未婚でいらっしゃいますよね?恋人はいらっしゃるのですか?」

「こ、恋人?!…い、いや…いないけど…」

「では、華奢な女性と豊満な女性ではどちらがお好みですか?」

「そっ、それは…どちらでも…」

「ロイド先生は体格が良くていらっしゃるから、あまり細いと折れてしまいそう…手も大きくていらっしゃるから、豊満な方が合うと思いますわ」

「…ヨランダさんの助言は…留めておこう」

名簿を読む目が滑る…お紅茶を飲んで落ち着け、俺…

「年齢は?自立した年の近い女性がいいですか?それとも…無垢な少女を自分の色に染め上げるのを楽しみたいですか?」

「……ゴホッ、ッゲホ…ッ…」

「あら…大丈夫ですか?イアン団長様?」

「…ゴホッ…し、失礼…制服は大丈夫かな?」

「問題ございませんわ、汚れたとしても新しく購入すればいいだけの事ですから」

「うん…その時は近衛に請求を回してくれていいから」

令嬢とは思えない刺激的な言葉の数々に、飲んだお紅茶が喉に刺さって咽せてしまった…
俺も年をとったんだな…最近の令嬢の会話に全く付いていけない。

「質問を変えますわ、ロイド先生は身分違いの恋をどう思われます?」

「身分て…考えた事もないな」

「想像なさって下さい…人に言えない秘めた恋、逢瀬はいつも同じ場所…そう、月が照らすアキレアの丘。に忠誠を誓ったは攻め込まれた城で、負傷しながらも王女を守り抜く…」

随分と力説しているが、ヨランダ嬢の話には、ロイド先生のとやらはどこにも見当たらない。

「王女を守り抜いた騎士は王からの褒美に王女を望み、秘めた恋はやっと陽の目を浴びる。結婚式の後、迎えた初夜。騎士は王女の白いウェディングドレスを、震える指で花弁を剥くようにーー」

「ブフォッ…グッ、ケホッ…」

「おい!?ネイトッ、何やってんだ!令嬢方大丈夫ですか?!」

「オレリアさん、ヨランダさん、エレノアさんも大丈夫ですか?」

「何の問題ございませんわ」

「だが、お紅茶が顔にまで…こんなに汚して申し訳ない。一先ず着替えをーー」

ネイトが噴いたお紅茶は、目の前の令嬢達の制服だけでなく、顔にまで散飛びっている。どれだけ飛ばしてくれてるんだ…もっと上品に飲めないのかっ!

?イアン団長様、これは汚れではございません。訂正なさって下さい」

「……え?汚れじゃないの?」

「ええ、ご褒美ですわね」

俺のは汚れでネイトのはご褒美だと?扱いに差があり過ぎるだろ…そろそろ泣きたくなってきた。

「…ケホッ…失礼しました…制服は弁償します。一つお聞きしたいのですが…初夜のウェディングドレスとは…?」

「【アキレアの咲く丘で】の一節です。やっぱりネイト様も素敵だと思われます?」

「…ああ、いや……そうですね…」

「やっぱり!エルデのウェディングドレス…楽しみですね」

エレノア嬢の邪気のない笑顔にネイトの顔が引き攣る。
ネイトよ、拷問は終わらないのだと覚悟をするんだな。











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