王国の彼是

紗華

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アズール遠征

93:兄弟 ラヴェル&ジーク

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「ネイト?」

「兄上、何も聞かずに泊めて下さい」

騎士団詰所の仮眠室にやって来たのは、悲壮感を漂わせた愚弟。
エルデが王城に残る事が決まり、営舎で共に暮らしているが、初夜は結婚式までお預けと言われ、理性と闘う日々を送っている。

可哀想に……などとは全く、微塵も、思わない。

イアンとジークから聞いた時は笑い過ぎて呼吸困難に陥った。これまでも何度か命の危機はあったが、今回は走馬灯までよぎり覚悟をした程。
今では、近衛の制服を見るだけで笑いの発作が起きるまでになってしまったが、ラヴェル・ファン・ソアデン31歳。俺の人生はまだこれから。

レイン殿とアズールを盛り上げると約束したんだ、志半ばで死ぬわけにはいかない。

「ここは満床だ。お前が寝る所はない、帰れ」

明日からのアズール遠征に向け、心も身体も整えておかなければならないのに、お前は一体何しに来た!俺の道を阻むと言うなら容赦はしないぞ。

「満床って…そこの荷物を床に下ろせばいいじゃないですか」

「荷物ではない、だ」

レイン殿の計画を聞いて、ソアデンからも蜜蜂を提供しようと申し出た。
今回の遠征でアズールの地に蔓延る魔物を駆逐し、大地を浄め、オレンジ畑を拡大し、蜜蜂を解放する。

集めたオレンジの花の蜜で作るのは、その名も

この蜜蜂達は、アズールの地で蜜を採集するという重要な任務に着く大事な身、そして仮眠室のベッドは2つ。愚弟なんぞに譲る寝床はない。

「お前は営舎に部屋があるだろう。こんな時間に何しに来た?エルデと喧嘩でもしたのか?」

「脳筋が…何も聞くなと言いましたよね」

「押しかけて来た身で、随分と尊大だな」

「兄上が人の話を理解しないからでしょう」

「何をイライラしてるんだ?腹でも減ってるのか?」

遠征の準備に忙しくて夕食を食べ損ねたか?よもや、エルデの隣りで腹の虫を鳴かせながら眠るのが恥ずかしいなんて…全く、可愛いところもあるじゃないか。

「…だから、人の話をーー」

「ほら、これでも食え」

「?!それはっ……っく……ぅ…」

「?!お、お前……何故?」

「~~っなんっで、を出した!」

「いや……のはお前だろ…」

「まだっ!!出して!!ないっ!!!」

目の前で下の己のを押さえて蹲る愚弟に何が起こったのか…いや、起きたは分かるが、何が起因で?いや、本人がバナナと言っているからにはバナナが起因なのだろう。では、バナナが起因となった原因は?

「溜まっているんだな……バナナを食べているところでも想像したか?」

「それも……やめろ…っく…」

愚弟よ…お前は、本当に、一体、何を、しに来たんだ…?
…それにしても面白過ぎる…だが、このままでは発作が…抑え切れない…

「…ブフゥッ…ヒッ…グッ…」

「笑うな!そして息をしろ!」

「し…死ぬ…ッグ… 」

「脳筋がっ、普通に笑えないのか!」

「…い…いかん…ッブ…バ、バナナを…グッ…握り潰して…ッヒグ…ーー」

って言うなっ…ゔっ…く…勘弁してくれ…」

何故、俺達兄弟は床に転がっている…こんなところ、誰かに見られなどしたら、それこそソアデンの名にーー

「………何を…しているんだ?」

「「?!ジーク(副団長)!?!!」」

今回のアズール遠征は魔物の調査、討伐だけに留まらず、ネイトは伯爵に結婚の挨拶を、エルデは帰省を、レインは畑の拡大と養蜂の実地検証を、ラヴェルに至っては遠征の指揮官だけでなく、ソアデン伯爵の名代と、レインの協力者にまで手を挙げて、かく言う俺もセシルの見舞いを兼ねており、私情を大いに挟んだ遠征となっている。

明日の日の出と共に出発する遠征に向け、景気付けに一杯と…ラヴェルが泊まる騎士団詰所を訪れたが、この馬鹿兄弟は、一体、何をしているんだ?

「た、助った…ジーク副団長っ…今直ぐ脳筋をどこか遠くへーー」

「遠くへ行くのはお前だろうがっ!夜討とは卑怯な真似を…」

「今の時点でお前達が阿保だという事は再確認出来ているが…で?何をしているんだ?」

「…この話せと?」

「聞く分には問題ない」

「「………」」

武の家門として名高いソアデン伯爵家の兄弟。
兄は王宮騎士団長、弟は王太子専属護衛と、家名に恥じぬ役に就いているが、涙と鼻水で顔を汚して床に転がる兄と、下の己の押さえて涙目で蹲る弟は、ソアデン伯爵家の恥部と化している。

「この愚弟が腹を空かせてやって来たから、施しをやろうと、おやつに用意しておいたバナナをーー」

「黙れっ!!その単語を言うなっ…くっ…それに、俺は泊まらせろと言ったんだ、腹が減っているとは一言も言っていない。なのに…この脳筋が、あろう事か禁手を…」

か?」

「?!…ジークッ副団長……ううっ…くっ…」

チョロいな…

バナナに反応して呻くネイトに笑いが込み上げる。だが、そこにエルデが関わるのであれば見逃す事は出来ない。

「どうにもいるらしくてな、物を出したら、しまったんだ」

先に持ち直したラヴェルが、水差しで濡らした手巾で汚れた顔と手を拭いながら話す内容は、ネイトが苦行に耐え忍んでいる事を示している。

ネイトとエルデが一緒に暮らすと聞いた時は、フランとデュバル公爵を営舎諸共焼き払ってやろうかと考えた。

ネイトを隊舎に戻すと乗り込もうとした俺を、ラヴェルとイアンが止めに入った時に、何故そこまで怒るのかと聞かれ、セシルの事を話した。
8年もの間、何故黙っていたのかと追及されたが、俺は婚約を破棄したなどと言った覚えはない。
周りが勝手に噂を立てて、それを信じた2人がセシルの話を避けていただけの事。

未来の義妹を守る為、日々の訓練で立ち上がれない程に扱いているが、よもや兄に屈辱を与えられるまでに耐えていたのか…俺も大人気なかったか…?

「だからっ、出してないと言っているだろ!脳筋なんぞにイカされるなどと、そんな屈辱…」

「しぶといな…出した方が楽だろうに」

「…既に2度暴発してますよ」

「それで俺の所に逃げ込んで来たのか?お前の想像力も逞しいな…」

「想像なんて、そんな生優しいもんじゃない…エルデ本人に言われたんですよ」

「「…何を?」」

「…っく…私の手で…発作を鎮めると……っ…その為に、バナナで…れ、練習してきたと……っゔゔっ、くっ…………失礼します…」

よろよろと立ち上がって浴室の扉の向こうに消えたネイトを、ラヴェルが苦笑いで見送るが、ネイトの言葉は聞き捨てならない。

「出たんだな、愚弟よ……って、ジーク?!」

「バナナで…練習だと…?」

「柄から手を離せ、そして落ち着け。ネイトはここに逃げ込んで来たんだ。エルデは無事な筈」

柄に手をかけた俺を見たラヴェルが、浴室の扉の前に立ちはだかって説得するが、このまま捨て置きはしない。

「当たり前だっ!ネイトは今日は帰さん、そして俺もここに泊まる」

「ええ~…」

















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