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アズール遠征
91:その後の殿下 ウィル
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「公爵家まで送ってやりたいんだが…すまない」
「馬車寄せまでで充分です。本日はお時間を頂きありがとうございました。エルデも元気そうで…安心しました。明日からの遠征、フラン様と皆様の道中のご無事をお祈りしております」
「リアも、騎士科との合同演習で怪我などしない様に」
「はい、それでは御前失礼致します。ウィル様も、皆様もご機嫌よう」
車窓から小さく頭を下げるオレリア様に、殿下が手を上げて応え、輪番護衛達は敬礼で走り出した馬車を見送る。
陛下から知らされたというオレリア様の登城。
その目的はナシェル殿の墓参だとカイン殿に話す殿下は、口ではやむなしと言いながら、その目に強い意志を湛えて墓地へと向かわれた。
不意に頭を過ったのは、あの日の殿下。
取り巻く環境に抗い、模索し、己の道を周りに示したあの頃の殿下は、ナシェル殿に継ぐ王位継承順位に在りながらも、騎士で在り続ける事を疑わず、漸く手に入れた己の人生を生きていると思っていた。
だが、あの日、諦観と覚悟を宿したあの目を見た時に、殿下は騎士で在りながら、王位継承者でも在り続けていたのだと知った。
『本日より、フラン殿下の専属護衛に就きます。ウィル・ファン・ゼクトルです』
『ウィルさんが専属…ネイトから聞いてはいましたが、なんだか変な気分ですね』
『殿下、敬語は不要です』
『…その言葉……昨日から言われ続けて、ウィルさんで何人目になるだろう…』
『ウィルです』
『……分かった……ウィル、これからも世話になる』
これからも…その言葉で、騎士だった殿下が、俺とネイトのそばに置かれていたのは守られる為だったと、気付いていたと知った。
ネイトは知らされていないが、オランド殿下の輪番護衛に固定された殿下の面倒を見ていた俺と、隊舎で同室だったネイトは、殿下がナシェル殿のスペアだった頃からの専属。
そんな聡い殿下が、今回はどの様な覚悟を決めたのかと、とりあえず見守ったが…
「殿下…やり過ぎです」
俺と護衛達の突き刺す様な視線を受けた殿下が、力無く微笑まれた。
「…分かってる…だが、俺だって覚悟してーー」
「報告書」
「?!書くのか?!全部?!」
「当たり前でしょう。勿論、私だけではありません」
周りの輪番護衛も強く頷く。
カイン殿に釘を刺されたにも関わらず、墓参するオレリア様へ向けた視線と、かけた声は冷ややかだった。
ガゼボで席を勧めないどころか、オレリア様に膝まで着かせた時には、思わず顔を顰めた。
不敬とはいえ、声を上げてしまった事も致し方ないだろう。
「そんな事をしたら、公爵とアレンに…それだけじゃない、宰相に塵にされてしまうだろ!」
「塵でも残ればいい方では?第一、それも覚悟の上だったのでしょう?」
余所余所しい態度と言葉で、側妃を迎える為に協力しろと迫る殿下は、オレリア様を大いに戸惑わせ、そして傷付け泣かせた。
どんな理由があろうとも、徹頭徹尾容赦なく責め続け、オレリア様を泣かせた事については、大いに反省してもらう。
「…俺の名が刻まれた石が、ナシェルの隣りに並んでもいいのか?」
「殿下は何色のダリアがお好きですか?教えておいて頂ければ、毎日手向けに参りますよ」
「…くっ…明日は日の出前に出発するぞ」
「遅かれ早かれ塵にされるのであれば、出発を前倒ししたところで結果は変わらないでしょう」
「だったら王都には戻らない、アズールに骨を埋める」
「オレンジの質を落とさないで下さい」
「なんて酷い事を……」
酷い事をしたのはお前だろうが。
もっと責めてやりたいところだが、オレリア様に免じてこの辺りで剣を納めるか…
「私の建言など殿下の足下にも及びません。ですが、その様な事になったら、オレリア様が悲しみますからね…今回だけです。くれぐれも言っておきますが、オレリア様の為に書かないんです」
「ウィル…」
「なんでしょう?」
「いや…ウィルも話せば、話すんだなと…」
「………」
お前は…反省しているのか?
ーーー
「フランよ…余は話せとは言ったが、泣かせろとは言っていないぞ?」
「全く…我が息子ながら呆れる。己の事を棚に上げて、オレリア嬢を泣かせるとは…言う事に欠いて、よもや女嫌いのお前が側妃だと?笑わせるなっ!!お前はまともに話合いも出来んのか?ディアに一発入れてもらうんだな」
「?!~っ熱っ…つ……失礼しました」
スナイデル公爵夫人の一発…この言葉に大きく肩を揺らして紅茶を溢した殿下は、明日どころか、面会から数刻後には全てがバレており、こうして陛下の執務室に呼び出されている。
護衛を押さえて安心したのだろうが、俺達護衛が報告せずとも、影が報告するのは当然の事。
詰めの甘い殿下に、少しだけ、ほんの少しだけ溜飲を下げる。
「デュバル公爵。己を抑え切れず、オレリア嬢を傷付けた事、猛省しております。申し訳ありません」
「殿下。例え間違っていたとしても、臣下に謝罪なさってはいけません。それに、父としては、私は感謝しています。父と兄、たまに伯父……娘は、気の利かない男ばかりの元で育ったせいか、自己肯定感が低く、おまけに頑固。その上、人一倍淋しがりやなんです。私も自分を抑え切れず、娘を泣かせてしまいましたが、あれ以来、壁がなくなった様に感じています。今日の殿下との面会で、殿下との壁も払えたのであれば、喜ばしい事です」
なんて寛大なお方なんだ…その海溝の如き懐の深さに感服する。
気が利かないなどと己を評しているが、デュバル海軍の元帥であられる閣下は、軍を率い、陛下の補佐もする忙しい身でありながら、再婚もせず、鬼籍に入った奥方を今も深く愛し、男手一つで子供2人を立派に育て上げられた。
愛情深く、男気溢れる元帥閣下はダリア中枢で一番まともなお方。
「これからは私の全てで、オレリア嬢を守り、慈しみ、愛すると誓います」
「ハハッ…その誓いはまだ早いですが…宜しくお願いします」
「オーソンは寛大過ぎるな…俺がオレリア嬢の父親だったら、フランなんぞ塵に……っく…」
「?!フーガ殿…?」
「父上?!」
「……気にするな、ディアンヌから届いた手紙に、産まれてくる孫は女の子かもしれないと書かれておったそうでな…ったく、ユリウスが2人いる様で本当に面倒くさい…」
スナイデル公爵には大いに同意するが、まだ産まれてもない孫の為に涙を流すなんて…孫が男児だった暁には暴れそうだな。
「義姉上の…?」
「余にはよく分からんが、男児と女児では、母親の顔付きが変わるそうだ…」
「エリーは…どうだったかな…?それにしても、順調な様で何よりですね。うちも、娘が先か、エルデが先か…もしかしたらアリーシャの3人目が先かも…」
「……残念ながら公爵、その前にオレリア嬢とエルデは再教育が必要です」
斬り捨てろ、男を辞めろ、初夜は儀式…事、オレリア様とエルデ殿に関してのみ、ポンコツに成り下がる宰相閣下のおかげで、先日のエルデ嬢との話合いは、俺達の断罪の場となった。
思い出すだけで縮む…
「馬車寄せまでで充分です。本日はお時間を頂きありがとうございました。エルデも元気そうで…安心しました。明日からの遠征、フラン様と皆様の道中のご無事をお祈りしております」
「リアも、騎士科との合同演習で怪我などしない様に」
「はい、それでは御前失礼致します。ウィル様も、皆様もご機嫌よう」
車窓から小さく頭を下げるオレリア様に、殿下が手を上げて応え、輪番護衛達は敬礼で走り出した馬車を見送る。
陛下から知らされたというオレリア様の登城。
その目的はナシェル殿の墓参だとカイン殿に話す殿下は、口ではやむなしと言いながら、その目に強い意志を湛えて墓地へと向かわれた。
不意に頭を過ったのは、あの日の殿下。
取り巻く環境に抗い、模索し、己の道を周りに示したあの頃の殿下は、ナシェル殿に継ぐ王位継承順位に在りながらも、騎士で在り続ける事を疑わず、漸く手に入れた己の人生を生きていると思っていた。
だが、あの日、諦観と覚悟を宿したあの目を見た時に、殿下は騎士で在りながら、王位継承者でも在り続けていたのだと知った。
『本日より、フラン殿下の専属護衛に就きます。ウィル・ファン・ゼクトルです』
『ウィルさんが専属…ネイトから聞いてはいましたが、なんだか変な気分ですね』
『殿下、敬語は不要です』
『…その言葉……昨日から言われ続けて、ウィルさんで何人目になるだろう…』
『ウィルです』
『……分かった……ウィル、これからも世話になる』
これからも…その言葉で、騎士だった殿下が、俺とネイトのそばに置かれていたのは守られる為だったと、気付いていたと知った。
ネイトは知らされていないが、オランド殿下の輪番護衛に固定された殿下の面倒を見ていた俺と、隊舎で同室だったネイトは、殿下がナシェル殿のスペアだった頃からの専属。
そんな聡い殿下が、今回はどの様な覚悟を決めたのかと、とりあえず見守ったが…
「殿下…やり過ぎです」
俺と護衛達の突き刺す様な視線を受けた殿下が、力無く微笑まれた。
「…分かってる…だが、俺だって覚悟してーー」
「報告書」
「?!書くのか?!全部?!」
「当たり前でしょう。勿論、私だけではありません」
周りの輪番護衛も強く頷く。
カイン殿に釘を刺されたにも関わらず、墓参するオレリア様へ向けた視線と、かけた声は冷ややかだった。
ガゼボで席を勧めないどころか、オレリア様に膝まで着かせた時には、思わず顔を顰めた。
不敬とはいえ、声を上げてしまった事も致し方ないだろう。
「そんな事をしたら、公爵とアレンに…それだけじゃない、宰相に塵にされてしまうだろ!」
「塵でも残ればいい方では?第一、それも覚悟の上だったのでしょう?」
余所余所しい態度と言葉で、側妃を迎える為に協力しろと迫る殿下は、オレリア様を大いに戸惑わせ、そして傷付け泣かせた。
どんな理由があろうとも、徹頭徹尾容赦なく責め続け、オレリア様を泣かせた事については、大いに反省してもらう。
「…俺の名が刻まれた石が、ナシェルの隣りに並んでもいいのか?」
「殿下は何色のダリアがお好きですか?教えておいて頂ければ、毎日手向けに参りますよ」
「…くっ…明日は日の出前に出発するぞ」
「遅かれ早かれ塵にされるのであれば、出発を前倒ししたところで結果は変わらないでしょう」
「だったら王都には戻らない、アズールに骨を埋める」
「オレンジの質を落とさないで下さい」
「なんて酷い事を……」
酷い事をしたのはお前だろうが。
もっと責めてやりたいところだが、オレリア様に免じてこの辺りで剣を納めるか…
「私の建言など殿下の足下にも及びません。ですが、その様な事になったら、オレリア様が悲しみますからね…今回だけです。くれぐれも言っておきますが、オレリア様の為に書かないんです」
「ウィル…」
「なんでしょう?」
「いや…ウィルも話せば、話すんだなと…」
「………」
お前は…反省しているのか?
ーーー
「フランよ…余は話せとは言ったが、泣かせろとは言っていないぞ?」
「全く…我が息子ながら呆れる。己の事を棚に上げて、オレリア嬢を泣かせるとは…言う事に欠いて、よもや女嫌いのお前が側妃だと?笑わせるなっ!!お前はまともに話合いも出来んのか?ディアに一発入れてもらうんだな」
「?!~っ熱っ…つ……失礼しました」
スナイデル公爵夫人の一発…この言葉に大きく肩を揺らして紅茶を溢した殿下は、明日どころか、面会から数刻後には全てがバレており、こうして陛下の執務室に呼び出されている。
護衛を押さえて安心したのだろうが、俺達護衛が報告せずとも、影が報告するのは当然の事。
詰めの甘い殿下に、少しだけ、ほんの少しだけ溜飲を下げる。
「デュバル公爵。己を抑え切れず、オレリア嬢を傷付けた事、猛省しております。申し訳ありません」
「殿下。例え間違っていたとしても、臣下に謝罪なさってはいけません。それに、父としては、私は感謝しています。父と兄、たまに伯父……娘は、気の利かない男ばかりの元で育ったせいか、自己肯定感が低く、おまけに頑固。その上、人一倍淋しがりやなんです。私も自分を抑え切れず、娘を泣かせてしまいましたが、あれ以来、壁がなくなった様に感じています。今日の殿下との面会で、殿下との壁も払えたのであれば、喜ばしい事です」
なんて寛大なお方なんだ…その海溝の如き懐の深さに感服する。
気が利かないなどと己を評しているが、デュバル海軍の元帥であられる閣下は、軍を率い、陛下の補佐もする忙しい身でありながら、再婚もせず、鬼籍に入った奥方を今も深く愛し、男手一つで子供2人を立派に育て上げられた。
愛情深く、男気溢れる元帥閣下はダリア中枢で一番まともなお方。
「これからは私の全てで、オレリア嬢を守り、慈しみ、愛すると誓います」
「ハハッ…その誓いはまだ早いですが…宜しくお願いします」
「オーソンは寛大過ぎるな…俺がオレリア嬢の父親だったら、フランなんぞ塵に……っく…」
「?!フーガ殿…?」
「父上?!」
「……気にするな、ディアンヌから届いた手紙に、産まれてくる孫は女の子かもしれないと書かれておったそうでな…ったく、ユリウスが2人いる様で本当に面倒くさい…」
スナイデル公爵には大いに同意するが、まだ産まれてもない孫の為に涙を流すなんて…孫が男児だった暁には暴れそうだな。
「義姉上の…?」
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「エリーは…どうだったかな…?それにしても、順調な様で何よりですね。うちも、娘が先か、エルデが先か…もしかしたらアリーシャの3人目が先かも…」
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