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穏やかでない日常
152:曝け出す ネイト
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何処にいるんだ、エルデ…
医務室の他に執務室、居住区、訓練場、ナシェル殿の墓と、エルデが迷わず1人で行ける所は少ない。
医務室に来ていないと言われ、ユーリには家出と言われて、更に見つからないエルデに焦りばかりが募る。
「気付かない振りをすればよかったのか…?」
お茶やお菓子と落ちてきた本に驚き、思わず口に出してしまったが、貴族令嬢が官能小説を読んでるなんて誰にも知られたくないに決まってる。
男の俺でも隠しているのだから、エルデが隠していた理由など考えるまでもないだろう。
思い至った考えと自身の失言に立ち止まって天を仰ぐ。
ユーリの言った通り、家出ならなぬ部屋出をしたかもしれない…生臭い云々は冗談でも、己が失言した事は冗談抜きで笑えない…踵を返して特舎に戻り、部屋の扉を開いた先に広がる予想通りの光景に心臓が大きく鼓動を打つ。
「?!ネイト様…」
「エルデ…何をしているんだ…?」
大きなトランクに荷物を詰めていたエルデは、戻って来た俺に目を見開き、俺の質問にそっと目を逸らした。
「……………部屋に…戻る事にしました…」
「…部屋って…エルデの部屋は此処だろう?」
戻る部屋とはエルデがこれまで寝起きしていた3階の部屋の事だろう。
部屋は空いているから退去は急がない、喧嘩した時の逃げ場所にするといいと、割腹のいい特舎の管理官が笑っていたのを思い出した。
だが、バナナ事件では俺が脳筋の所へ逃げ込んで、ネイト事件では俺が部屋から閉め出されており、あの部屋の必要性など皆無。
「…未婚の男女が同室というのは…よ、よろしくないと…思うんです」
間に合った事に安堵している場合ではない。
これは喧嘩でもなければ、一時的な避難でもない。このまま見送ったら間違いなく終わる…
「結婚証明書に署名もしてるし、今度の休日にソアデンに挨拶した後、聖堂に行くじゃないか。なんで今更ーー」
「ネイト様はっ!……ネイト様は、私の事を以前から思ってくれていると仰いますが…本当に私でいいのですか…?片田舎の伯爵家の娘で、貴族令嬢としての教育も中途半端。結婚後も仕事を続けたいと我儘を言って、夫人の役目も社交も疎かにする私より、ネイト様のお役に立てる令嬢を選んだ方がいいのではないですか?このまま結婚して後悔しませんか?」
「そう言うエルデはどうなんだ?あの時、兄の勢いに押されて俺と結婚するって言ったんじゃないのか?」
エルデとの婚約に浮かれながらも、ずっと不安に思っていた。
オレリア様が王城で療養している間、それなりに交流を持ってきたが、エルデから好意を持たれていると感じた事はない。
エルデが無表情で読みづらいというのもあるが、見つめる眼差しに熱が籠っているだとか、接する態度や会話の端々に好意を感じるだとか、今まで出会った女性達から感じ取れたものがエルデからは一つもなかった。
「……正直に言うと…その様な対象として見た事はありません」
「正直過ぎるだろ…」
「っ…申し訳ありません…ですが、ネイト様は完璧過ぎて…家柄も、容姿も、剣の腕も…護衛騎士という立場で殿下の信頼厚いネイト様は、とても遠い存在だと思っていたので…訓練場に見学にいらっしゃる令嬢達の中から素敵な人を見つけて恋をするんだろうなと…小説を読んでいる様な、劇を観ている様な気分で楽しんでました…」
褒めてもらうのは嬉しいが、傍観して楽しんでいたと言われるのは非常に複雑。
それに、王妃陛下から令嬢教育を受けていたエルデの評判はどんどん上がっており、エルデを狙う輩を牽制するのにも忙しくなっている。
人の気も知らないで…恨みがましい目を向けると、何故か向こうも同じ目をして此方を見ている。
「ですが、ネイト様も普通でいらっしゃいましたよね…?」
「っ…それは…」
周りに知られたくなかったからな…
フランやカイン殿にバレたらどうなるかなんて、火を見るより明らか。
フランには事ある毎に揶揄われ、カイン殿には生暖かい眼差しを向けられる。
そうならない様に、自分の気持ちを抑えるのに必死だった。
「…あの本…主人公何ネイト様の様な人物だから参考にするといいと言われて、お借りしたんです…」
「?!あんなのとっ?!」
同寮に閨教育を受け直していると話した時に、小説の方が勉強になると言われたというエルデが借りた本は、決まった相手も作らず最後まで節操無しを貫いて終わるが、俺は処女と人妻には手を出していない。そんな男と一緒にされてたまるか!
「すみません……ネイト様の事を全く意識しなかったと言うのは…取り消します。本当は私が恋をしたらしてみたいと思っていた事を、はしたないと咎める事もなく、叶えてくれると仰ってくれた時から少し意識してました…だから、お義兄様の勢いに押された訳ではありません…いえ、少しは気圧されましたが、でもっ、ちゃんと自分で決めてネイト様の事を好きになりました。けれど、あの本を読んで………ネイト様の過去に嫉妬する自分がすごく嫌…無知な自分も恥ずかしい……私ばっかりって悔しく思う稚拙な自分が情けない…こんな私がネイト様と結婚なんてーー」
「…俺の2年を嘗めるなよ…」
「………え?」
官能小説の内容に恥じらっているのかと思いきや、主人公と俺を重ねて、嫉妬して落ち込んでいるだと…?
「俺は過去どころか、今も毎日嫉妬している。フランやカイン殿は仕方ないにしても、ナシェル殿と仲良く小説の貸し借りをするのも、ユーリの下手な冗談に付き合うのも、なんならエルデが義兄と呼んで脳筋や副団長に笑いかけるのにも腑が煮えくりかえる。騎士や文官達がエルデを目にするのだって許せない。最近は魔術師の奴らも調子に乗りやがって…」
「あ、あの…ネイト様…」
「このまま王城から連れ出して、誰の目も届かない所に閉じ込めて、俺だけのものにしたい。エルデの瞳に映るのは俺だけでいい、俺の名だけを口にして俺の事だけ考えていればいい…誰に借りたか知らないが、読む本を間違えている。俺は節操無しの放蕩野郎じゃなく、執着イカレ野郎だからな」
「…執着…?イカレ野郎…?」
狭量な性癖持ちだと告白する俺に後退りするエルデには少し傷付くが、形振り構ってなどいられない。
引き留められるなら、俺の愛読書を朗読して読み聞かせてもいい。
「よろしければ、ネイトの愛読書【鳥籠で啼く純潔】をお貸しますよ?エルデ嬢が借りた【灼熱~】より此方の方がネイトに近い人物像ですから」
「そうだな…エルデ、どうせ読むならこっちに…って?!ユーリッ?!お前っ…此処で何して……っく…そうだった…」
鍵をかけておくべきだったと後悔してももう遅い。
【鳥籠~】の本をヒラヒラと振りながら、扉に背を預けてニヤニヤ笑うユーリ…が、影だったという事を思い出して歯噛みする。
「司祭様の次は、執着イカレ貴公子か…まあ、お前は童貞ではないけどな?」
「黙れっ!俺はこの2年で浄化された!筆下ろし前と何も変わらないっ!」
「2年じゃ足りないだろ…使い過ぎて黒ずんでいるだろうに…」
熟れすぎたバナナみたいにと笑うユーリに、思わず抜剣しそうになる。
「馬鹿がっ…上手い例えだと得意になるなよ…本の中でしか放蕩出来ない連戦連敗の素人童貞がっ!」
「なっ?!」
「フッ…お前みたいな玄人ばかり相手している男は、初夜で間違いなく失敗する。空気を読めないお前は気遣いも出来ないからな」
煽動されて先導されるばかりの房事しか知らないだろうと鼻で笑ってやると、ヒスを起こした令嬢の様に本を投げつけてきた。
「何よっ!!性格と同じで房事もしつこいくせにっ!」
「ちょっ?!お前っ…その語弊しかない言い方はやめろっ?!」
「語弊じゃない!俺はお前よりお前の事を知っているんだぞ!」
影がどの様な術を使って何を知るのか…そんな事はどうでもよくないが、今はどうでもいい。
これでは側から見たら、ただの男色だろうが!
「エルデが誤解する様な言い方はやめろっ!第一、俺はお前の事など何も知らないし、興味もない!」
「知らないなら興味が湧く様教えてやる。一から十まで手取り足取りな!」
「気持ちの悪い事を言うなっ!お前の性癖などーー」
「……そこまでだ」
「「?!」」
医務室の他に執務室、居住区、訓練場、ナシェル殿の墓と、エルデが迷わず1人で行ける所は少ない。
医務室に来ていないと言われ、ユーリには家出と言われて、更に見つからないエルデに焦りばかりが募る。
「気付かない振りをすればよかったのか…?」
お茶やお菓子と落ちてきた本に驚き、思わず口に出してしまったが、貴族令嬢が官能小説を読んでるなんて誰にも知られたくないに決まってる。
男の俺でも隠しているのだから、エルデが隠していた理由など考えるまでもないだろう。
思い至った考えと自身の失言に立ち止まって天を仰ぐ。
ユーリの言った通り、家出ならなぬ部屋出をしたかもしれない…生臭い云々は冗談でも、己が失言した事は冗談抜きで笑えない…踵を返して特舎に戻り、部屋の扉を開いた先に広がる予想通りの光景に心臓が大きく鼓動を打つ。
「?!ネイト様…」
「エルデ…何をしているんだ…?」
大きなトランクに荷物を詰めていたエルデは、戻って来た俺に目を見開き、俺の質問にそっと目を逸らした。
「……………部屋に…戻る事にしました…」
「…部屋って…エルデの部屋は此処だろう?」
戻る部屋とはエルデがこれまで寝起きしていた3階の部屋の事だろう。
部屋は空いているから退去は急がない、喧嘩した時の逃げ場所にするといいと、割腹のいい特舎の管理官が笑っていたのを思い出した。
だが、バナナ事件では俺が脳筋の所へ逃げ込んで、ネイト事件では俺が部屋から閉め出されており、あの部屋の必要性など皆無。
「…未婚の男女が同室というのは…よ、よろしくないと…思うんです」
間に合った事に安堵している場合ではない。
これは喧嘩でもなければ、一時的な避難でもない。このまま見送ったら間違いなく終わる…
「結婚証明書に署名もしてるし、今度の休日にソアデンに挨拶した後、聖堂に行くじゃないか。なんで今更ーー」
「ネイト様はっ!……ネイト様は、私の事を以前から思ってくれていると仰いますが…本当に私でいいのですか…?片田舎の伯爵家の娘で、貴族令嬢としての教育も中途半端。結婚後も仕事を続けたいと我儘を言って、夫人の役目も社交も疎かにする私より、ネイト様のお役に立てる令嬢を選んだ方がいいのではないですか?このまま結婚して後悔しませんか?」
「そう言うエルデはどうなんだ?あの時、兄の勢いに押されて俺と結婚するって言ったんじゃないのか?」
エルデとの婚約に浮かれながらも、ずっと不安に思っていた。
オレリア様が王城で療養している間、それなりに交流を持ってきたが、エルデから好意を持たれていると感じた事はない。
エルデが無表情で読みづらいというのもあるが、見つめる眼差しに熱が籠っているだとか、接する態度や会話の端々に好意を感じるだとか、今まで出会った女性達から感じ取れたものがエルデからは一つもなかった。
「……正直に言うと…その様な対象として見た事はありません」
「正直過ぎるだろ…」
「っ…申し訳ありません…ですが、ネイト様は完璧過ぎて…家柄も、容姿も、剣の腕も…護衛騎士という立場で殿下の信頼厚いネイト様は、とても遠い存在だと思っていたので…訓練場に見学にいらっしゃる令嬢達の中から素敵な人を見つけて恋をするんだろうなと…小説を読んでいる様な、劇を観ている様な気分で楽しんでました…」
褒めてもらうのは嬉しいが、傍観して楽しんでいたと言われるのは非常に複雑。
それに、王妃陛下から令嬢教育を受けていたエルデの評判はどんどん上がっており、エルデを狙う輩を牽制するのにも忙しくなっている。
人の気も知らないで…恨みがましい目を向けると、何故か向こうも同じ目をして此方を見ている。
「ですが、ネイト様も普通でいらっしゃいましたよね…?」
「っ…それは…」
周りに知られたくなかったからな…
フランやカイン殿にバレたらどうなるかなんて、火を見るより明らか。
フランには事ある毎に揶揄われ、カイン殿には生暖かい眼差しを向けられる。
そうならない様に、自分の気持ちを抑えるのに必死だった。
「…あの本…主人公何ネイト様の様な人物だから参考にするといいと言われて、お借りしたんです…」
「?!あんなのとっ?!」
同寮に閨教育を受け直していると話した時に、小説の方が勉強になると言われたというエルデが借りた本は、決まった相手も作らず最後まで節操無しを貫いて終わるが、俺は処女と人妻には手を出していない。そんな男と一緒にされてたまるか!
「すみません……ネイト様の事を全く意識しなかったと言うのは…取り消します。本当は私が恋をしたらしてみたいと思っていた事を、はしたないと咎める事もなく、叶えてくれると仰ってくれた時から少し意識してました…だから、お義兄様の勢いに押された訳ではありません…いえ、少しは気圧されましたが、でもっ、ちゃんと自分で決めてネイト様の事を好きになりました。けれど、あの本を読んで………ネイト様の過去に嫉妬する自分がすごく嫌…無知な自分も恥ずかしい……私ばっかりって悔しく思う稚拙な自分が情けない…こんな私がネイト様と結婚なんてーー」
「…俺の2年を嘗めるなよ…」
「………え?」
官能小説の内容に恥じらっているのかと思いきや、主人公と俺を重ねて、嫉妬して落ち込んでいるだと…?
「俺は過去どころか、今も毎日嫉妬している。フランやカイン殿は仕方ないにしても、ナシェル殿と仲良く小説の貸し借りをするのも、ユーリの下手な冗談に付き合うのも、なんならエルデが義兄と呼んで脳筋や副団長に笑いかけるのにも腑が煮えくりかえる。騎士や文官達がエルデを目にするのだって許せない。最近は魔術師の奴らも調子に乗りやがって…」
「あ、あの…ネイト様…」
「このまま王城から連れ出して、誰の目も届かない所に閉じ込めて、俺だけのものにしたい。エルデの瞳に映るのは俺だけでいい、俺の名だけを口にして俺の事だけ考えていればいい…誰に借りたか知らないが、読む本を間違えている。俺は節操無しの放蕩野郎じゃなく、執着イカレ野郎だからな」
「…執着…?イカレ野郎…?」
狭量な性癖持ちだと告白する俺に後退りするエルデには少し傷付くが、形振り構ってなどいられない。
引き留められるなら、俺の愛読書を朗読して読み聞かせてもいい。
「よろしければ、ネイトの愛読書【鳥籠で啼く純潔】をお貸しますよ?エルデ嬢が借りた【灼熱~】より此方の方がネイトに近い人物像ですから」
「そうだな…エルデ、どうせ読むならこっちに…って?!ユーリッ?!お前っ…此処で何して……っく…そうだった…」
鍵をかけておくべきだったと後悔してももう遅い。
【鳥籠~】の本をヒラヒラと振りながら、扉に背を預けてニヤニヤ笑うユーリ…が、影だったという事を思い出して歯噛みする。
「司祭様の次は、執着イカレ貴公子か…まあ、お前は童貞ではないけどな?」
「黙れっ!俺はこの2年で浄化された!筆下ろし前と何も変わらないっ!」
「2年じゃ足りないだろ…使い過ぎて黒ずんでいるだろうに…」
熟れすぎたバナナみたいにと笑うユーリに、思わず抜剣しそうになる。
「馬鹿がっ…上手い例えだと得意になるなよ…本の中でしか放蕩出来ない連戦連敗の素人童貞がっ!」
「なっ?!」
「フッ…お前みたいな玄人ばかり相手している男は、初夜で間違いなく失敗する。空気を読めないお前は気遣いも出来ないからな」
煽動されて先導されるばかりの房事しか知らないだろうと鼻で笑ってやると、ヒスを起こした令嬢の様に本を投げつけてきた。
「何よっ!!性格と同じで房事もしつこいくせにっ!」
「ちょっ?!お前っ…その語弊しかない言い方はやめろっ?!」
「語弊じゃない!俺はお前よりお前の事を知っているんだぞ!」
影がどの様な術を使って何を知るのか…そんな事はどうでもよくないが、今はどうでもいい。
これでは側から見たら、ただの男色だろうが!
「エルデが誤解する様な言い方はやめろっ!第一、俺はお前の事など何も知らないし、興味もない!」
「知らないなら興味が湧く様教えてやる。一から十まで手取り足取りな!」
「気持ちの悪い事を言うなっ!お前の性癖などーー」
「……そこまでだ」
「「?!」」
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