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穏やかでない日常
132:純潔叢書
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立太子を命じられた日からこれまで、この3人には何度となく煽られ、揶揄われ、時に叱られてきたが、これは新手の嫌がらせなのか…溜め息を吐きながら伯父上の執務室に出向いた俺を迎えたのは、可愛らしい表紙の本を片手に、眉間に皺を寄せる例の3人。
「……失礼します。お呼びと聞き参じました」
「急に呼び出してすまなかったな。フランよ、今日から早朝訓練に復帰したそうだな?」
「はい。体力が落ちているので、暫くは基礎訓練を中心に身体を慣らしていこうと思います」
「無理はするなよ」
「治りかけが一番大切ですからね」
「はい……ところで、そこに積まれている本は…?シシーの本ですか?」
触れたくないが、触れずにいられない。
いい年の男3人が、恋愛小説を読む姿は滑稽を通り越して気持ちが悪い。
酷くつまらないそうに読み進める3人に、読みたくなければ読まなければいいのにと言いたくなるが、俺との話しは御座形に小説を読み進める姿からは、鬼気迫る何かを感じる。
「…あ、ああ…いや…オレリア嬢達から借りている本だ………俺がな…」
「………はい?」
たっぷりの間を置いて、オレリアからの借り物だと気まずそうに言う父を凝視すると、思い切り目を背けられた。
オレリアからダリアの話と領地の件で面会をすると聞いたが、どういう経緯で恋愛小説を借りる事になったのか…?
まさか、産まれてくる孫と恋愛小説の話でもしようと言うのか、母の言葉を鵜呑みにして浮かれている様だが、娘を持つ2人まで巻き込んで、何年先に備えているんだ?読むなら育児書にしろ、そもそも産まれてくるのが男児だったらどうするんだ?
「例の丘が舞台になっている本だそうで、小説の世界観を知っていれば、手入れをする時の参考になるだろうと娘達に言われて、フーガ殿とコーエンが一生懸命読んでいるのですが、この数なんでね…陛下と私もお手伝いしているんですよ」
俺の父へ向ける呆れた視線に気付いたデュバル公爵が、申し訳なさそうに眉を下げて説明してきた。
2度に渡ってお紅茶の指導を受けているイアン団長は、伯父上達に同情の目を向け、ラヴェル騎士団長も話を聞いているのだろう、明日の我が身を心配しているのか、顔が青褪めてしまっている。
「印象に残った場面を絵画に、話に出て来るお茶やお菓子を土産物にすると良いと言われて、余もこうして書き出しているんだが…話に出てくる男が皆、淡白でな…心配になる」
俺は伯父上の斜め上をいく感想に、一抹の不安を抱く。
「兄上は何を言っているんだ…官能小説じゃないんだから、当たり前だろ…」
「そういえば…純潔叢書にも丘の場面がありましたよね…あの表題は…」
デュバル公爵も読んでいるのか…?
公爵夫人への愛は薄らいでないと聞いたが、まあ、禁欲している訳ではないからな、独寝の夜を慰める事もあるだろう……などと、未来の義父の知りたくない男の事情に、必死の言い訳を考える俺の後ろでは、ネイトとユーリが小声でデュバル公爵の話を引き継いでいる。
「【灼熱の楔…】だったか…」
「【教会で破られた…】の教会も丘の上に建ってるだろ?」
「……教会は、やめろ…」
「…フッ…『司祭様、何故私を拒むのですか?我慢なさらないで…その楔で私の操をーー』」
「誰が貫くかっ!そもそも、なんで台詞を正確に覚えてるんだよ…」
「灼熱の次に読み込んだからな…因みに陛下は白薔薇だ」
「白薔薇か…正統派…?いや、一途が過ぎて重たかったな…」
「お、おい…お前達…」
純潔叢書は、選ぶ話によって読み手の好み…この場合は秘めた性癖とでも言えばいいのか?が曝されてしまう事が欠点。故に近衛にいた時も、純潔叢書が話題に上るのは新刊が出た時位で、普段は当たり障りのない小説の話しかしていなかった。
ユーリが何故、伯父上の好みを知っているのかは知らんが、伯父上の顔が見られない…
「妄想逞しい司祭様には理解が難しいだろ」
「あれは脳筋の勧めで読んだだけだ。俺はあんな変態じゃない。お前こそ、灼熱などと誰彼構わず杭を打つ節操無しだろうが」
「そう言うお前は何がいいんだよ」
「【鳥籠で啼く純潔】だ」
「執着激しいイカレ野郎だな」
「ネイトッ!ユーリッ!」
「「何だよ……あ…」」
話に夢中になり過ぎて声量が抑えられなくなっている2人は、勢い余って己の秘めた性癖まで曝し出したが、お前達の好みなどどうでもいい。
愛が重いと言われた伯父上は項垂れ、変態と言われたラヴェル騎士団長の青かった顔は、羞恥の赤に変わっている。父とデュバル公爵、そしてイアン団長の3人は、気まずいのか、それとも思い当たる節があるのか…何も読み取らせまいと固く目を閉じている。
ネイトとユーリの暴走の被害は甚大で、最早、収拾は不可能。ならば、このまま突き進むしかない。
「……失礼しました。それでは、本題をどうぞ」
「この状況で本題に入れと…?」
「私は何も気にしません」
「…お前はそうでも余はーー」
「『この程度で恥ずかしがっていては、先に進めないぞ…これまでの事は些事と思える程の事を俺とするのだから』」
「?!フ、フラン……?お前…まさか…」
「執務机の下に置いてあった櫃…幼い頃にかくれんぼで使わせてもらっていましたが、孫も産まれる事ですし、鍵を着ける事をお勧めします」
寡の貴族が、親子程に歳の離れた後妻を女にしていく【箱庭で開かれる純潔】は調教もの。
この台詞に線が引かれていたのは、母と結婚した時に試そうとでも思っていたからか…残念ながら寡に後妻という状況は同じでも、父と母は歳も近いし、何なら違う意味で調教され、尻に敷かれている。
「イアン団長」
「?!な、なんでしょう…殿下」
次は俺かとでも言う様に、拒絶と覚悟が入り混じった顔を向けてきたイアン団長に、苦笑いが溢れる。
補佐をしていたユーリなら知っているのかもしれないが、俺はイアン団長の好みを知らないので、そこまで警戒しないで頂きたい。
「学園から魔物補充の依頼がきているんだが、豊熟の代は遠征にしてはどうかと、学園長に提案しようと思っている」
「……本当に仕事の話に入るんですね…殿下の御心のままに…下の学年の分だけであれば、なんとかなるでしょう。近衛は裏の森に入るという事で準備しておきます」
「剣術大会の前に入るから、そのつもりで。それから父上」
「まだ何か?!」
「…そんなに構えなくても…スナイデルの森ですが、オレリア嬢達にレインを同行させるので宜しくお願いします」
「わ、分かった…」
「それでは、これで失礼します」
白薔薇、箱庭、灼熱、教会…イアン団長だけが分からず仕舞いなのは少々心残りだが、今日はこの辺りで剣を納めるか…
「失礼ながら、この場をお借りして…イアン団長、私の荷物に団長の【軍服に抗えない純潔】が紛れ込んでいたので城内便でお届けします。厳重に包装しますので、ご心配には及びません」
「「「「「………」」」」」
完全制覇だな。
「……失礼します。お呼びと聞き参じました」
「急に呼び出してすまなかったな。フランよ、今日から早朝訓練に復帰したそうだな?」
「はい。体力が落ちているので、暫くは基礎訓練を中心に身体を慣らしていこうと思います」
「無理はするなよ」
「治りかけが一番大切ですからね」
「はい……ところで、そこに積まれている本は…?シシーの本ですか?」
触れたくないが、触れずにいられない。
いい年の男3人が、恋愛小説を読む姿は滑稽を通り越して気持ちが悪い。
酷くつまらないそうに読み進める3人に、読みたくなければ読まなければいいのにと言いたくなるが、俺との話しは御座形に小説を読み進める姿からは、鬼気迫る何かを感じる。
「…あ、ああ…いや…オレリア嬢達から借りている本だ………俺がな…」
「………はい?」
たっぷりの間を置いて、オレリアからの借り物だと気まずそうに言う父を凝視すると、思い切り目を背けられた。
オレリアからダリアの話と領地の件で面会をすると聞いたが、どういう経緯で恋愛小説を借りる事になったのか…?
まさか、産まれてくる孫と恋愛小説の話でもしようと言うのか、母の言葉を鵜呑みにして浮かれている様だが、娘を持つ2人まで巻き込んで、何年先に備えているんだ?読むなら育児書にしろ、そもそも産まれてくるのが男児だったらどうするんだ?
「例の丘が舞台になっている本だそうで、小説の世界観を知っていれば、手入れをする時の参考になるだろうと娘達に言われて、フーガ殿とコーエンが一生懸命読んでいるのですが、この数なんでね…陛下と私もお手伝いしているんですよ」
俺の父へ向ける呆れた視線に気付いたデュバル公爵が、申し訳なさそうに眉を下げて説明してきた。
2度に渡ってお紅茶の指導を受けているイアン団長は、伯父上達に同情の目を向け、ラヴェル騎士団長も話を聞いているのだろう、明日の我が身を心配しているのか、顔が青褪めてしまっている。
「印象に残った場面を絵画に、話に出て来るお茶やお菓子を土産物にすると良いと言われて、余もこうして書き出しているんだが…話に出てくる男が皆、淡白でな…心配になる」
俺は伯父上の斜め上をいく感想に、一抹の不安を抱く。
「兄上は何を言っているんだ…官能小説じゃないんだから、当たり前だろ…」
「そういえば…純潔叢書にも丘の場面がありましたよね…あの表題は…」
デュバル公爵も読んでいるのか…?
公爵夫人への愛は薄らいでないと聞いたが、まあ、禁欲している訳ではないからな、独寝の夜を慰める事もあるだろう……などと、未来の義父の知りたくない男の事情に、必死の言い訳を考える俺の後ろでは、ネイトとユーリが小声でデュバル公爵の話を引き継いでいる。
「【灼熱の楔…】だったか…」
「【教会で破られた…】の教会も丘の上に建ってるだろ?」
「……教会は、やめろ…」
「…フッ…『司祭様、何故私を拒むのですか?我慢なさらないで…その楔で私の操をーー』」
「誰が貫くかっ!そもそも、なんで台詞を正確に覚えてるんだよ…」
「灼熱の次に読み込んだからな…因みに陛下は白薔薇だ」
「白薔薇か…正統派…?いや、一途が過ぎて重たかったな…」
「お、おい…お前達…」
純潔叢書は、選ぶ話によって読み手の好み…この場合は秘めた性癖とでも言えばいいのか?が曝されてしまう事が欠点。故に近衛にいた時も、純潔叢書が話題に上るのは新刊が出た時位で、普段は当たり障りのない小説の話しかしていなかった。
ユーリが何故、伯父上の好みを知っているのかは知らんが、伯父上の顔が見られない…
「妄想逞しい司祭様には理解が難しいだろ」
「あれは脳筋の勧めで読んだだけだ。俺はあんな変態じゃない。お前こそ、灼熱などと誰彼構わず杭を打つ節操無しだろうが」
「そう言うお前は何がいいんだよ」
「【鳥籠で啼く純潔】だ」
「執着激しいイカレ野郎だな」
「ネイトッ!ユーリッ!」
「「何だよ……あ…」」
話に夢中になり過ぎて声量が抑えられなくなっている2人は、勢い余って己の秘めた性癖まで曝し出したが、お前達の好みなどどうでもいい。
愛が重いと言われた伯父上は項垂れ、変態と言われたラヴェル騎士団長の青かった顔は、羞恥の赤に変わっている。父とデュバル公爵、そしてイアン団長の3人は、気まずいのか、それとも思い当たる節があるのか…何も読み取らせまいと固く目を閉じている。
ネイトとユーリの暴走の被害は甚大で、最早、収拾は不可能。ならば、このまま突き進むしかない。
「……失礼しました。それでは、本題をどうぞ」
「この状況で本題に入れと…?」
「私は何も気にしません」
「…お前はそうでも余はーー」
「『この程度で恥ずかしがっていては、先に進めないぞ…これまでの事は些事と思える程の事を俺とするのだから』」
「?!フ、フラン……?お前…まさか…」
「執務机の下に置いてあった櫃…幼い頃にかくれんぼで使わせてもらっていましたが、孫も産まれる事ですし、鍵を着ける事をお勧めします」
寡の貴族が、親子程に歳の離れた後妻を女にしていく【箱庭で開かれる純潔】は調教もの。
この台詞に線が引かれていたのは、母と結婚した時に試そうとでも思っていたからか…残念ながら寡に後妻という状況は同じでも、父と母は歳も近いし、何なら違う意味で調教され、尻に敷かれている。
「イアン団長」
「?!な、なんでしょう…殿下」
次は俺かとでも言う様に、拒絶と覚悟が入り混じった顔を向けてきたイアン団長に、苦笑いが溢れる。
補佐をしていたユーリなら知っているのかもしれないが、俺はイアン団長の好みを知らないので、そこまで警戒しないで頂きたい。
「学園から魔物補充の依頼がきているんだが、豊熟の代は遠征にしてはどうかと、学園長に提案しようと思っている」
「……本当に仕事の話に入るんですね…殿下の御心のままに…下の学年の分だけであれば、なんとかなるでしょう。近衛は裏の森に入るという事で準備しておきます」
「剣術大会の前に入るから、そのつもりで。それから父上」
「まだ何か?!」
「…そんなに構えなくても…スナイデルの森ですが、オレリア嬢達にレインを同行させるので宜しくお願いします」
「わ、分かった…」
「それでは、これで失礼します」
白薔薇、箱庭、灼熱、教会…イアン団長だけが分からず仕舞いなのは少々心残りだが、今日はこの辺りで剣を納めるか…
「失礼ながら、この場をお借りして…イアン団長、私の荷物に団長の【軍服に抗えない純潔】が紛れ込んでいたので城内便でお届けします。厳重に包装しますので、ご心配には及びません」
「「「「「………」」」」」
完全制覇だな。
応援ありがとうございます!
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