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穏やかでない日常
146:今日も今日とて 騎士生達
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「…着いてしまいましたわね」
「着いてしまったわね」
「「………」」
いや、何の問題もないだろ…
だが、どうして魔物と遭遇しなかった事に肩を落とすのか?などと聞いたら俺達がやられる。
西から入って森を進んで来たが、何故か魔物と遭遇する事なく目的地の丘に着いてしまった。
道を間違えていないのかと責められながら進み、魔物を探しに行かんとするヨランダとエレノア嬢を宥めながらの行程には、領地で参加する魔物討伐より神経を使った。
「少しくらい汚れてないと、臨場感が出ないのに…」
「仕方ないですわね…貴方達、ちょっとお相手して下さる?」
「「………は?」」
やっとの思いで辿り着き、肩を撫で下ろしたところにヨランダの無茶振り…
「ヨランダ…それは無茶が過ぎるわよ」
「何故?折角ここまで用意したのに、綺麗なままの制服では再現出来ないわ」
「それなら、ちょっと丘で転がってきたら?」
「貴女…この私に地べたを這いつくばれと?」
「…フッ…幼い頃から土とは馴れ親しんできたのでしょう?」
「そう言う貴女は水に親しんできたのでしたわね…?塩分が足りませんが、そこの湖でよろしければ浸かっていらしてきては?」
「他国では、泥を使用した美顔もあるとお聞きしますが…山側の皆様は全身美容をしていらっしゃる様で…ヨランダ様の美しさは、自然を最大限に生かした結果でしたのね…?」
「エレノア様こそ、そのお紅茶にミルクをたっぷり入れた様な御髪…その色素の薄さが儚さを感じて羨ましいと常々思っておりましたの…ミルクではなく、潮焼けの効果でしたのね?」
陸の虎と、水のドラゴン…こうなると傍観する他に生き残る術はない。
エイデンは、ネイト殿が殿下の専属護衛だからという、ただのこじ付けで。
俺達はヨランダの幼馴染という理由だけで人選された、大会代表代理を務める3人の補佐。
騎士科の連中には羨ましがられたが、ヨランダとの付き合いなんて遥か昔の幼い頃だけで、学園に入学して以降は挨拶を交わす程度だったし、高等学園に進学以降は顔も合わせていなかった。オレリア嬢とエレノア嬢とは、一度だって話した事はない。
戸惑いを隠せない俺達に、昼食や放課後の訓練、時にはお茶会にも顔を出せと言う3人とは、補佐の仕事以外でも行動を共にする事が増え、友人同士としても良い関係性を築いているが、少なからず弊害もある。
その一つが今回のダリア農園で、スナイデル領へ行く事が決まってからは恋愛小説を何冊も読まされて、騎士科の制服を作る際には王都まで連れ出されて本日を迎えて今に至っているのだが…
「ヨランダ、あの、お相手なら私がしますから…」
「ソーマ?貴女がエレノアに勝てるとでも?」
「なんで、相手が代わってるんですか…」
勇者も時機を見誤っては返り討ちに遭うだけ。何とか収めようと頑張るソーマだが、このまま2人で戦えば、制服もいい具合に汚れるのでは…?
「ジャンッ!お前も何とかしろ!」
「近距離は返り討ちに遭う。どうしてもと言うなら、泥団子を作って遠方から投げるか?」
ちょうど制服も汚せるし、良策じゃないかと頷くジャンに頭を抱えたくなる。
騎士科の制服を作りに行くと聞いてから、嫌な予感はしていた。
ドレスでも戦えると言う3人が、わざわざ制服を着て丘を目指すのには小説が多分に影響している。
溜め息を吐きながら向けた視線の先には、ヨランダ達が制服を汚してから立ちたいという湖がある。
夜の湖で、岩の上に置かれた軍服が敵軍のものと知り、抜剣して近付いた大将が湖で身体を清める女騎士に目を奪われる…って、ただの覗きだろ。
官能小説であれば、そのまま事に及ぶのだが、恋愛小説はそうではない。
女騎士が軍服を身に着けるまでじっと耐えて姿を現した後、剣を向けた敵が初恋の相手と互いに知り、涙を流して再会を悲しみ、手を取る事なく背を向けて自陣に戻る。
官能場面を脚色しながらでないと読み進める事も出来ない恋愛小説を読まされ、最早小説の話と脚色した妄想の区別も付かなくなってしまったが、最後は丘で致してなかったか…?
妄想かもしれないので声には出さない。
「でしたら、私もお手伝い致します」
「「?!オレリア嬢!」」
「皆さんも魔物に遭遇されなかった様ですね…」
「オレリア嬢達もですか?」
「ええ…それで?あの2人の制服を汚せばいいのですね?」
「いやっ!冗談です!制服を汚したいので相手をしろとは言われましたが、泥団子を投げろとは言われてませんから…」
「全く…魔物と遭遇せずに済んだのに、とんだ伏兵だな…」
「フフッ…大丈夫です」
「まさか…三つ巴戦か…?」
丘の形状が崩れると、本気とも冗談とも言い難い心配をするコーエン殿と共に、戦場に向かうオレリア嬢を見送る。
ジャンとソーマの及び腰とは違い、真っ直ぐ背筋を伸ばしたオレリア嬢が何を言ったのかは聞き取れないが、2人の甲高い悲鳴が響き渡り、湖で羽を休めていた鳥達が驚いて飛び立った。
「何を言ったんだ…?」
「…おそらく、ネイト殿の新作の絵姿でしょう。今日が発売日だと話していましたから、時間がなくなるとでも言えば一発で収まります」
「ネイトか…あの2人は妄信しているからな…」
「昨日も、ネイト殿に会って腰を抜かしていました」
「なんだか…申し訳ありません」
コーエン殿とレイン殿の会話に身の置き所がない。
話題の種となっている又従兄のネイトの人気は異常な程で、学園には蛍の会なるものも発足されている。因みに、初代会長は隣りに立つコーエン殿の奥方だそうで、ここへ着くまでの道中に苦労話を聞かされた。
又従兄と容姿は似ていると言われるが、何故か俺は可愛いと評される。ヨランダ嬢とエレノア嬢曰く、鋭さが足りないらしい。
ーーー
「この辺りに、サロンを造るのはどうかしら?」
「そうね!ここなら丘も湖も一望出来るわ」
「サロンの屋上を展望台の様にしてもいいわね」
「上から眺めるのも絶景でしょうね…」
「どの小説を絵画にしようかしら…」
「絵師も厳選しないと…」
昼食を終えた令嬢達の会話を聞きながら、俺だったら灼熱の一場面だなと心の中で答える。
丘を見て廻る制服は綺麗なままで、湖に入るわけでもなく、相手もおらず、なんなら時間も合ってない。
それでも、楽しそうに話をする3人の満足した様子に、此方もやり切った充足感が込み上げる。
後は王都の街で、ネイト又従兄さんの絵姿を手に入れるだけだな…
「どうせなら、インパクトのある場面を、壁に大きくドーンとーー」
ーーッドオオオンッ…
「「「「「?!」」」」」
「着いてしまったわね」
「「………」」
いや、何の問題もないだろ…
だが、どうして魔物と遭遇しなかった事に肩を落とすのか?などと聞いたら俺達がやられる。
西から入って森を進んで来たが、何故か魔物と遭遇する事なく目的地の丘に着いてしまった。
道を間違えていないのかと責められながら進み、魔物を探しに行かんとするヨランダとエレノア嬢を宥めながらの行程には、領地で参加する魔物討伐より神経を使った。
「少しくらい汚れてないと、臨場感が出ないのに…」
「仕方ないですわね…貴方達、ちょっとお相手して下さる?」
「「………は?」」
やっとの思いで辿り着き、肩を撫で下ろしたところにヨランダの無茶振り…
「ヨランダ…それは無茶が過ぎるわよ」
「何故?折角ここまで用意したのに、綺麗なままの制服では再現出来ないわ」
「それなら、ちょっと丘で転がってきたら?」
「貴女…この私に地べたを這いつくばれと?」
「…フッ…幼い頃から土とは馴れ親しんできたのでしょう?」
「そう言う貴女は水に親しんできたのでしたわね…?塩分が足りませんが、そこの湖でよろしければ浸かっていらしてきては?」
「他国では、泥を使用した美顔もあるとお聞きしますが…山側の皆様は全身美容をしていらっしゃる様で…ヨランダ様の美しさは、自然を最大限に生かした結果でしたのね…?」
「エレノア様こそ、そのお紅茶にミルクをたっぷり入れた様な御髪…その色素の薄さが儚さを感じて羨ましいと常々思っておりましたの…ミルクではなく、潮焼けの効果でしたのね?」
陸の虎と、水のドラゴン…こうなると傍観する他に生き残る術はない。
エイデンは、ネイト殿が殿下の専属護衛だからという、ただのこじ付けで。
俺達はヨランダの幼馴染という理由だけで人選された、大会代表代理を務める3人の補佐。
騎士科の連中には羨ましがられたが、ヨランダとの付き合いなんて遥か昔の幼い頃だけで、学園に入学して以降は挨拶を交わす程度だったし、高等学園に進学以降は顔も合わせていなかった。オレリア嬢とエレノア嬢とは、一度だって話した事はない。
戸惑いを隠せない俺達に、昼食や放課後の訓練、時にはお茶会にも顔を出せと言う3人とは、補佐の仕事以外でも行動を共にする事が増え、友人同士としても良い関係性を築いているが、少なからず弊害もある。
その一つが今回のダリア農園で、スナイデル領へ行く事が決まってからは恋愛小説を何冊も読まされて、騎士科の制服を作る際には王都まで連れ出されて本日を迎えて今に至っているのだが…
「ヨランダ、あの、お相手なら私がしますから…」
「ソーマ?貴女がエレノアに勝てるとでも?」
「なんで、相手が代わってるんですか…」
勇者も時機を見誤っては返り討ちに遭うだけ。何とか収めようと頑張るソーマだが、このまま2人で戦えば、制服もいい具合に汚れるのでは…?
「ジャンッ!お前も何とかしろ!」
「近距離は返り討ちに遭う。どうしてもと言うなら、泥団子を作って遠方から投げるか?」
ちょうど制服も汚せるし、良策じゃないかと頷くジャンに頭を抱えたくなる。
騎士科の制服を作りに行くと聞いてから、嫌な予感はしていた。
ドレスでも戦えると言う3人が、わざわざ制服を着て丘を目指すのには小説が多分に影響している。
溜め息を吐きながら向けた視線の先には、ヨランダ達が制服を汚してから立ちたいという湖がある。
夜の湖で、岩の上に置かれた軍服が敵軍のものと知り、抜剣して近付いた大将が湖で身体を清める女騎士に目を奪われる…って、ただの覗きだろ。
官能小説であれば、そのまま事に及ぶのだが、恋愛小説はそうではない。
女騎士が軍服を身に着けるまでじっと耐えて姿を現した後、剣を向けた敵が初恋の相手と互いに知り、涙を流して再会を悲しみ、手を取る事なく背を向けて自陣に戻る。
官能場面を脚色しながらでないと読み進める事も出来ない恋愛小説を読まされ、最早小説の話と脚色した妄想の区別も付かなくなってしまったが、最後は丘で致してなかったか…?
妄想かもしれないので声には出さない。
「でしたら、私もお手伝い致します」
「「?!オレリア嬢!」」
「皆さんも魔物に遭遇されなかった様ですね…」
「オレリア嬢達もですか?」
「ええ…それで?あの2人の制服を汚せばいいのですね?」
「いやっ!冗談です!制服を汚したいので相手をしろとは言われましたが、泥団子を投げろとは言われてませんから…」
「全く…魔物と遭遇せずに済んだのに、とんだ伏兵だな…」
「フフッ…大丈夫です」
「まさか…三つ巴戦か…?」
丘の形状が崩れると、本気とも冗談とも言い難い心配をするコーエン殿と共に、戦場に向かうオレリア嬢を見送る。
ジャンとソーマの及び腰とは違い、真っ直ぐ背筋を伸ばしたオレリア嬢が何を言ったのかは聞き取れないが、2人の甲高い悲鳴が響き渡り、湖で羽を休めていた鳥達が驚いて飛び立った。
「何を言ったんだ…?」
「…おそらく、ネイト殿の新作の絵姿でしょう。今日が発売日だと話していましたから、時間がなくなるとでも言えば一発で収まります」
「ネイトか…あの2人は妄信しているからな…」
「昨日も、ネイト殿に会って腰を抜かしていました」
「なんだか…申し訳ありません」
コーエン殿とレイン殿の会話に身の置き所がない。
話題の種となっている又従兄のネイトの人気は異常な程で、学園には蛍の会なるものも発足されている。因みに、初代会長は隣りに立つコーエン殿の奥方だそうで、ここへ着くまでの道中に苦労話を聞かされた。
又従兄と容姿は似ていると言われるが、何故か俺は可愛いと評される。ヨランダ嬢とエレノア嬢曰く、鋭さが足りないらしい。
ーーー
「この辺りに、サロンを造るのはどうかしら?」
「そうね!ここなら丘も湖も一望出来るわ」
「サロンの屋上を展望台の様にしてもいいわね」
「上から眺めるのも絶景でしょうね…」
「どの小説を絵画にしようかしら…」
「絵師も厳選しないと…」
昼食を終えた令嬢達の会話を聞きながら、俺だったら灼熱の一場面だなと心の中で答える。
丘を見て廻る制服は綺麗なままで、湖に入るわけでもなく、相手もおらず、なんなら時間も合ってない。
それでも、楽しそうに話をする3人の満足した様子に、此方もやり切った充足感が込み上げる。
後は王都の街で、ネイト又従兄さんの絵姿を手に入れるだけだな…
「どうせなら、インパクトのある場面を、壁に大きくドーンとーー」
ーーッドオオオンッ…
「「「「「?!」」」」」
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