王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

158:麗しいご兄妹 エレノア

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剣術大会の代表としての仕事は概ね終え、剣舞も衣装が出来上がり、後は本番を迎えるだけとなった今は、日常を取り戻している。

その日常を取り戻した事を何より喜んだのは補佐役だった騎士生達で、ロイド先生から本番までは仕事はないと聞いた時の、彼等の安堵の表情と溜め息には、流石のヨランダも居心地が悪そうだった。

「…蛍の会…?とは?」

貴族科のテラス席で、お紅茶を共にするオリヴィエ殿下の真っ赤なリボンは、水色リボンやクラヴァットの生徒達の中で一際目立つ。

いや、この場では目立っているのはリボンの色ではなく、隠し切れない高貴なオーラを放つ殿下自身なのだろう、周りの席から常より多くの視線を感じる。
好奇心と畏怖、その中には敵意も混ざっているが、視線に晒されるのが日常の私達には些末。
ヨランダも気にする風もなく、しなやかに扇を広げながら口を開いた。

「ネイト様を愛でる会にございます」

「ネイト様…?フラン殿下の護衛をされている?」

「「左様にございます!!」」

力強く声を揃えた私達に、少しだけ目を見開いた殿下が、口に持っていきかけたティーカップをそっとソーサーに戻し、下を向いて肩を震わせた。

「フフッ……クッ…ごめんなさい、あの日の夜会を思い出してしまって……だったわね?」

「…あの日は…お見苦しい姿を晒してしまいました…」

「本当に…不徳の致すところにございました…」

「構わないわ。とても驚いたけれど…あの時の貴女方の、好きなものを全力で愛でる情熱が伝わって…羨ましいとも感じたのよ」

「オリヴィエ殿下には、ローザにいらした時に憧れていた方とかは…いらっしゃらなかったのですか?」

「私?…残念ながら、殆ど後宮で過ごしていたから、外の事を知る機会が少なかったのよね…皇城に上がるのも年に数回程度だったし…後宮に訪れるは多かったけれどね…」

白く細い指を頬に添え、物憂げに溜め息を吐くオリヴィエ皇女が言う客とは、招かれざる客…刺客の事だろう、もしくは、異母兄弟か…

「不躾な質問をしてしまいました。お許し下さい、オリヴィエ殿下…」

「謝らないで、エレノアさん。今はとても穏やかに楽しく過ごせているわ…教皇に、レオン陛下にフラン殿下、大司教様や、学園長、ゾマ団長…そして貴女方にも、魔術科の皆さんにもとても感謝しているの。こうして、学園生活を送れるなんて…毎日夢心地なのよ」

学園生活を満喫したいと仰る殿下は、授業だけでなく、寮でも積極的に生徒達と交流をしていると言う。
寮が違う私達は、放課後になると魔術科の食堂へ通い、テラス席でリディア先生や他の生徒達と殿下を囲って楽しい時間を過ごしているが、今日は貴族科へ招待して、学園生活を満喫するなら蛍の会は必須と、殿下を口説いている。

「その学園生活をもっと楽しむには、殿下にも活力となり、癒しとなる存在が必要かと…」

「ネイト様に限らず、令嬢達の心を鷲掴む殿方は他にもおりますので、彼等の絵姿画集をお持ちしました…まあ、ルシアン殿下には敵いませんが…」

「あの暴力的なまでの色気は、反則ですものね…」

「そうね…だから、誰もルシアンの男色を疑わなかったのでしょうけど…」

「「「?!男色?!」」」

「し、失礼…致しました…」

「フフッ…話した事はなかったかしら?ルシアンは狡猾な貴族や、兄弟達から身を守る為に、幼い頃から男色の振りをしていたのよ。そのおかげで、私達は常に一緒にいられたの」

真っ赤な顔で謝罪するオレリアに、兄妹仲良く寝るのも一緒だったのよと笑う殿下だが、己と妹を守る為に、幼い時分に偽る事を決めなければならない人生とはどんな人生なのか…

そんな辛さをおくびにも出さず、オレリアへ顔を向けた殿下が、内緒話をする様に声を顰めた。

「オレリアさんの初恋は、お兄様かしら?」

「?!…はい…身近な男性は兄だけでしたから…優しくて、時々意地悪で、色々な事を教えてくれる…勇気を出して、兄の花嫁になる事が夢だと話したのですが、それは無理だと一蹴されて、笑われました…」

「フフッ…ヨランダさんは?」

「兄は生粋の軍人でしたから…無骨で粗野で、おまけに脳筋…初恋どころか、あの大きな体躯と大きな声は軽くトラウマでした」

流行り病には勝てませんでしたけどと笑うヨランダだが、微妙に笑えない…

「あ、あのっ、殿下の初恋もルシアン殿下でいらしたのですか?」

「ええ、そうよ」

「…ル、ルシアン殿下も…ですか?」

「どうかしら…そうであったら嬉しいわね」

「「「~~~っ…」」」

小首を傾げて笑う殿下の、此方も暴力的な妖艶さと思わせぶりな言葉はどこまで計算されたものなのか。
大人の色気と背徳感に悶える私達に、不躾な声が届く。

「いつもと違う空気を感じると思ったら…この様な場で、であられる皇女殿下の御尊顔を拝見出来るとは、恐悦至極にございます」

太陽の光がないと輝けないと、遠回しに揶揄する令嬢、マリー・ファン・メラネ。
その後ろには取り巻きの令嬢達が侮蔑の笑みを浮かべている。

2年前にローザ帝国から亡命してきたメラネ家の令嬢で、私達と同齢なのだが、マリーが学園の貴族科に編入してきてから、ダリアと元ローザの派閥が出来上がり、貴族科は常にピリピリと緊張感に包まれている。

何故、マリーがここまで強気に出られるのか…

亡命して来た貴族家は、当主は王都に、家族はデュバルとセイドの領地で、軍の監視下に置かれながら生活する。
爵位の継承は認められず、子供達は、寮のある高等学園から入学が認められるが、その将来は爵位に関係なく、男児は文官か、騎士。女児は貴族家の侍女、文官、または政略結婚と道が決められており、ダリアに限らず、どの国に亡命しても一家離散の上、お家断絶となる。

だが、ローザの宰相補佐官だったいうメラネ侯爵は、一家揃って王都に居を構え、侯爵は宰相閣下の下で働いているという、破格の待遇。

ローザでも影響力があったのであろうメラネ家の令嬢に、元ローザの令嬢達が集うのは当然とも言えるが、子供はマリーだけなので、メラネ侯爵家も今の当主で終わり。
どう頑張っても家の存続は免れないが、このマリーは中々に野心家の様で、侍女や文官ではなく公侯爵家に輿入れを意気込んでいる。

四大公爵家最後の独身者だったフラン殿下が王太子となり、オレリアと婚約した事で、オレリアに抱く敵対心は言わずもがな。

「私も会えて嬉しいわ。を避けながら辿り着いたダリアで、充実した日々を送れている様ね…マリー嬢…?」

「…っ…お陰様で、恙無く過ごさせて頂いております…」

月の輝きにさえも怯えながら、命からがら逃げ延びて来たのだろうと返した殿下に、マリーが声を詰まらせた。

「ところで、マリー嬢?皇族である私に、許可なく話かけてきたのは、私に会えた嬉しさからかしら?それとも…末席の皇族だからと侮っているのかしら?」

「そっ、その様な事はーー」

「私に礼を失しても、貴女方が仕える国の公侯爵家の令嬢に礼を失するのは如何なものかしら…?特に、オレリアさんは、未来の王太子妃殿下になられる方よ。学園では、平等を説いているとは言え、挨拶もなく、人の時間を邪魔する事はまた別じゃなくて?」

「……殿下の仰る通りにございます。大変失礼致しました…」

両手に持った扇を、折れそうな程に握り締めながら頭を下げたマリーの後ろで、取り巻きの令嬢達が顔を青褪めさせて膝を着いた。

同じ席に着く私達でさえ、膝を着きたくなる程のオーラが周りを圧倒する。

「オリヴィエ…怒っていている君も美しいな…その美しさに、私も膝を着きたくなるよ…」

「?!ルシアンッ!」

「「「「「「「「ルシアン殿下?!」」」」」」」」

極上の笑みを浮かべ、私の愛おしい女神と甘い声で奏でるルシアン殿下が、オリヴィエ皇女の手を取り立たせると、その手首にキスを落とす。

「ちょっとっ?!ルシアッーー」

「はうっ…」

「?!」

「キッ…キキキキキキギ~ッ…」

「「「「「?!」」」」」

非難の声を上げかけたオリヴィエ殿下の顎を掬い、腰に手を回したルシアン殿下は、その秀麗な顔を口付けるギリギリまで寄せた。

突如始まったルシアン殿下の背徳劇の目的は、この場を納める為のものと分かっている。
分かっているのに、低いドラムの音が出す振動の様に、心臓の鼓動が腹に響く。

キスとでも言いたいのだろうか、劇の見せ場を邪魔する、下手なバイオリンの如きヨランダの声がテラス席を包み、至近距離で見ているオレリアは舞台設置された小道具の様に固まり、微動だにしない。

初めて目にしたマリー達は、真っ赤な顔で腰を抜かして、男色はと呟いている。

「その唇で紡ぐのは、私の名と、私への愛だけにしてくれ…オリヴィエ…?」





















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