王国の彼是

紗華

文字の大きさ
上 下
168 / 206
デュバルの女傑

166:唯一 オレリア

しおりを挟む
悪夢を見ている様だった…


『オーリア、ナシェル殿は廃太子が決まった。スナイデル公爵家のフラン殿が王太子となり、お前の婚約者となる』

『……承知、致しました…』

『オーリア、ナシェル殿と、フラン殿の運命を変えたのは、お前だ』

『オーソンッ…なんて言い方を…』

『お前が全てを抱え込み、人を頼らず、ナシェル殿に心を開かず、自身を見せる努力を怠った事が原因だ。言われるがままに従い、拒絶されるままに距離を置いて、解決する事はないと分かっていただろう?』

『…申し訳…っ…ござい、ません…』

『オーリア……っ…ッオーソン…頼むっ…私も、悪かった…』

『義兄上、私達も悪いから話しているのです…ナシェル殿だけでなく、フラン殿は騎士として多大な努力をされていた。騎士として生きる事を望む青年の将来を、私達が潰えたのです。オーリア、フラン殿は結婚を望まれない方だった。それでも、国の為に決意をして下さった』

『……はい』

『他に心を寄せる方が在るフラン殿が、お前を望む事はない。だが、向き合い、歩み寄る努力をしてくれる、真摯な方だ。オーリア…その事を心に留め、誠心誠意向き合いなさい。フラン殿が明日の面会を望まれている。しっかり休んで、失態のない様に…』

『はい…お父様』

『オーリア…部屋へ戻ろう。伯父様が付いているから…』

『伯父様…っ……っありがとう…ございます…ごめんなさい…』

『オーリア……っ大丈夫だ…』


私の所為で、ナシェル様とフラン様の道が潰えたと言われ、望まれない存在と分かりながら婚約を結べと言われて、心が張り裂ける。
望まない結婚を受け入れる人がいるのだろうか、望まない存在と歩み寄る努力をしてくれる人がいるのだろうか。

愛する人との仲を引き割く私を、許して、くれるのだろうか…


『面を上げて楽にして下さい。初めまして、フラン・ダリア=スナイデルです』


オランド殿下の元に付く事が多かったというフラン様は、夜会でも殆ど見かけた事がなく、近くで拝見するのも、お声を聞くのも今回が初めて。

ナシェル様より頭一つ高い身長なのに、威圧感を感じないのは、柔らかく細められた瞳の中に緊張が見えたから。
癖一つない金髪、蒼穹を思わせる瞳。
低目の声で紡がれる言葉は、命令ではなく、ゆっくりと丁寧で、優しく同意を求めれると戸惑った。


『オレリア嬢。貴女がデュバル公爵からどの様に聞かされいるかは分かりませんが、私は望む者はおりません。公爵が誤解されてるだけです』


嘘でもない、気も使っていないと話すフラン様の目は鬼気迫る程に真剣で、抱き締められた腕の力は容赦なく、恥ずかしさと安心、前日の疲れも残っていた私は、初日から醜態を晒す事になってしまった。

それなのに、身体を労われと叱られるなんて…


『~~ッリアッ』


父と伯父からはオーリアと、母からはレリと、オーリアと呼んでいた兄からは、母が鬼籍に入って以降はレリと呼ばれている。
誰にも呼ばれた事がない、フラン様の口から飛び出したリアという愛称が、とても特別に思えて、呼ばれた事に恥ずかしいと思いながらも、もっと呼んでもらいたいと、はしたない事を考える程に嬉しく感じた。


『ーー君と共にこの国の民を護りたいとも思った。リア…協力してくれるか?』


名前を呼んで手を差し伸べて下さるフラン様、私の為に叱って下さるフラン様、私を受け入れて下さったフラン様…私の中で育つ気持ちに、温かさを感じて嬉しくなると同時に、フラン様にとっては義務なのだと思うと、とても淋しく、苦しかった。


『好きだ。リアーー』

『私を癒してくれる存在、私の寵を素直に受け入れる存在となる側妃が居てもいいと、考えを改めてみたんだが…はどう思う?』

『『王妃とは国母である。故に国を第一に考え、責務を全うし、王に分を超えた愛を求むべからず』オレリア嬢はこの領分に背くと?』

『俺が望むのは、リアだけだ』


温かく私を包み、どこまでも安心させてくれる家族の愛してると違って、フラン様の言葉は、苦しい程に痛くて、焼け焦げそうな程に熱くて…泣きたくないのに泣きたくなる。

身の置き所のない感情は、嵐の海に浮かぶ船の様に安定せず、曝け出せたら楽なのにと思いながらも、そんな勇気も出せないまま…マリー嬢の事があってから直ぐに、父の口から側妃名簿の話を聞く事になった。


『オーリア…側妃名簿を作成する時期になった…』

『はい、承知しております』

『…そんな顔をするな…いや、そうじゃないな…それでいいんだ、オーリア。私やアレン、義兄上は、どんなお前も愛してる。泣いてもいい、怒ってもいい、嫌だと叫んでもいい。私達には、素直な気持ちを吐いて、もっと我儘になっていいんだ。我慢はしないでくれ』

『……っ…』

『レリ…?ここでは、オレリア嬢でなくていい。父上のオーリアで、俺のレリだ。父上も公爵でも、元帥でもない。俺も、小公爵でも、将軍でもない…この家では、レリの父と兄なんだから』

『……っ…そ、側妃はっ…嫌っ…名簿なんて、作らないでっ……私だけだって、言ってくれたの……私しか…望まないって……っ…だからっ…お願い…お父様…そんな話は、聞きたくないっ…』

『レリ……おいで』

『…っお兄様…っ…やっぱり、お兄様の花嫁になりたかった…そしたら、家族でずっと…一緒にいられたのにっ…』

『ハハッ…懐かしいな…それは無理だって笑ったら、嫉妬した父上に叱られたんだったな』

『普通の娘は、お父様と結婚すると言うものだろ?お前が何か吹き込んだに違いない』

『レリは普通じゃないからね』

『そんな事ないわっ!…だって……っお父様は、私より、っお母様といる時の方が…っ…嬉しそうだったから…』

『だそうですよ?父上?』

『ん…失敗したな…』

『……お父様と一緒にいる時のお母様が、とても幸せそうで…私も、お父様とお母様みたいになりたいって……フラン様と…幸せになりたいの…』

『オーリア…ちょっと、素直になり過ぎやしないか…?』

『素直になれと言ったり、過ぎると言ったり…この家で一番の我儘は、父上だな…』


したくもない結婚の相手が、フラン様の騎士の道を潰えた私であったにも関わらず、国の為に己を律し、私と向き合い、歩み寄る努力をして下さった。

そして、私だけだと…

「……私は、殿下の正妃となる人間です」

お父様、お兄様、伯父様…私の我儘を、許してくれる…?

「っ…だから?一番はご自分だと仰りたいのですか?」

「一番ではありません…私は殿下のです。勘違いされている様ですが、ダリア王国とローザ帝国での側妃とは、成り方も、その立場も大きく違います。ダリア王国の側妃とは王家の血を絶やさぬ為に作られたです。側妃名簿なる物は、その為のに過ぎません。私が男児を産めば、側妃は不要と判断され、側妃名簿も破棄されます……政略であっても、殿下が側妃を必要とする時がきても、私は、誰よりも殿下を慈しみ、癒し、愛する…殿下は私の唯一の存在です。私がいる限り、その唯一は私だけのものです」

自分で唯一なんて言って恥ずかしい…

正論を説いている様で、言っている事は我儘以外の何物でもない。
男児を産んでも、フラン様が側妃を望まないとは限らない。側妃名簿なんて関係ない、全てはフラン様のお心次第。
それでも、私は私の想いを抱えたままにはしたくない。
身体が震えても、自分の口から出た言葉に顔が赤くなっても、政略であっても、愛はあるのだと言いたい。

「正妃と言いながら、欲深く、はしたない……その様に、一方的に押し付けるのは高慢では?殿下が側妃を望まれたらーー」

「私が望むのは、だけだよ?」

……夢であって欲しい…まさか、本人に聞かれるなんて……今直ぐ、消えてしまいたい程に恥ずかしい…

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】花嫁引渡しの儀

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,230pt お気に入り:93

いつか愛してると言える日まで

BL / 連載中 24h.ポイント:674pt お気に入り:413

氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:1,595

幸子ばあさんの異世界ご飯

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:135

イバラの鎖

BL / 連載中 24h.ポイント:1,925pt お気に入り:229

我慢するだけの日々はもう終わりにします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:887pt お気に入り:5,961

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:830pt お気に入り:976

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:3

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,878pt お気に入り:1,710

処理中です...