王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

173:希望の塔 オレリア

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「希望の塔…?眺めは良いが…眺めが良いだけで、良い眺めしか…ないな」

答えを間違えてしまったわ…

腕を組んで考え込むフラン様に、慌てて申し出を撤回しようと口を開きかけた私は、口元に人差し指を当てるネイト様とユーリ様に微笑みかけられ、口を閉じた。

「行き先を決められなかった癖に、文句を言うな」

「眺めが良い、眺めが良いって…しつこい男は嫌われるぞ」

「ユーリ、しつこい男というのは撤回しろ」

「一々細かい事を気にする男も嫌われるな」

「ネイト、俺は細かくも、しつこくもない。塔に向かうぞ」

「フッ…な」

兄もよく、お父様や伯父様の事をチョロいと言って笑っている。
兄に意味を聞いたら、単純で扱い易い人の事を指すと教えてくれたけれど、同時に、本人の前で口にしてはいけないとも言っていたのに…

大丈夫なのかと心配する私に、大丈夫だと微笑む様に、ネイト様が馬車の扉を開いた。

「オレリア様、足元にお気を付けて」

「…ありがとうございます。ネイト様、ユーリ様」

「チョロい殿下に困った時は、私達に仰って下さいね…って、痛いし!」

フラン様に頭を叩かれたユーリ様を見て、やはり本人の前では口にしてはいけないのだと心に刻み直して、フラン様の手を取った。

走り出した馬車の車窓から塔の先端が見える。
建国時に建てられた希望の塔は、王城や大聖堂と並ぶダリアの象徴として王都民に親しまれ、塔の前の広場も憩いの場として、常に賑わっている。

「リアは、どうして塔へ?ああ、いや…しつこく気にしているわけではなくて…」

「あの方が眺めた風景を、眺めてみたかったのです」

「………あの方?」

ルスカス殿下が、思い描く国の未来をレイダ妃に語り、2人でルスカス殿下の夢を叶える事と、変わらない愛を誓い合った場所。


『この方が、ルスカス殿下とレイダ妃殿下……綺麗…』

『デュバル家の女子は、10歳から訓練に参加する事が決まっている。オーリアも、今年から訓練に参加する様に』

『お父様、どうしてこの絵は王城ではなく、お屋敷に飾られてるの?』

『話を聞いているのか…?まあ、いい……この絵を描いたのは、宮廷画家ではなく、デュバルのご先祖様だ。デュバルの家宝で秘密…この絵の事は誰にも話してはいけないよ』

『伯父様やエレノアにも?』

『伯父様やエレノアにも話してはいけない』

『素敵な絵なのに…』

『オーリアは、この絵が好きかい?』

『とてもっ!お2人がとても幸せそうで、私も嬉しくなってきます。私もこの塔に立って、同じ風景を眺めてみたいです』

『ハハッ…そうだね……海は、見えないけどね……』


父から全てを語られた日、螺鈿細工の宝石箱に仕舞われた宝石を、父に預けてお願いした。


『ーーオリアは俺のーー』


「着いたよ、リア」

「っは、はい」

名前を呼ばれて我に返る。
車窓から流れる景色を眺めていた筈だが、覚えていない程に思考に耽ってしまっていたらしい。
自分から行きたいと言っておきながら、黙って乗ってるだけなんて。
気分を害されてしまわれたかもと、フラン様をそっと窺い見て…

「?!…っあの…」

「ここからは階段を上るからね。危ないから、考え事はしない様に」

「はい…」

いい子だねと、目を細めて頭を撫でられて、居た堪れなくなる。


ーーー


「眺めはどうだ?」

白大理石で作られた塔に設えられた200段以上の階段を上ると、天辺にあるのは特別な日にだけ鳴らされる大鐘楼。
最近では、フラン様の立太子の儀と、女神ジュノーの立神の儀で鳴らされた。

「海は…見えないのですね」

鐘楼を囲む回廊を歩きながら、視線を遠くへ投げる。
見えないと分かっていたけど、もしかしたらと期待もしていた私の声は、フラン様には低く沈んで聞こえたのだろう。
繋いだ手と反対の手で、慰める様に頭を撫でられた。

「セイドの山脈は見えるが、海は…見えないな。海が見たかったのか?」

「いえ…これだけ高ければ、見えるかもしれないと思っただけです」

「海は残念だが、王都の全ては見える。ほら、リアと初めて出掛けた通りも」

あの辺りだとフラン様が指し示した城下の一画には、手指程の大きさの人々と、小箱の様な馬車が通りを行き交っている。

「人が沢山…あの日も、こんなに居たのでしょうか…」

「居たんだろうな…こうして見ると、あんな人混みにリアを連れて行ったのは無謀だったな。リアが迷子にならなくてよかった」

「初めての経験ばかりで、皆さんにも親切にして頂いて、とても楽しかったです」

美味しい屋台が並ぶ通りも、皆んなの笑顔が温かい町も、フラン様と初めて口付けを交わした広場も、私にとって、とても特別で大切な場所。

私の言葉に、ありがとうと微笑んだフラン様が街を見下ろす。

「…全ての臣民を笑顔にする事は出来ない。だが、誰もが一日に一度は笑顔になれる瞬間がある…そんな国にしたいと、リアと歩きながら思ったんだ」

「…その言葉は…もしかして…っいえ…」

「ん?」

フラン様の風に靡く髪が、金の光芒の様に夕陽の赤に溶けて流れる様子に見惚れていた私は、無意識に聞きかけて、慌てて口を噤んだ。


『涙が止まらない日も、怒りが収まらない日も、ほんの一瞬でいい、民達が笑顔になれる、ダリアの民で幸せだと思ってもらえる、そんな国にしたいんだ』

『ルスカス様がーー』


「………フラン様が…お、思い描く、ダリアの未来を……フ、フラン様の隣りで、見たい…です…」

レイダ妃の日記に書かれていた、ルスカス殿下とのやり取りを思い出して、レイダ妃の言葉を真似してみたけれど、恥ずかしさに言葉が詰まって失敗してしまい、顔も上げられない。

「フハッ…ありがとう。だが、下を向いたままじゃなく、俺を見て言って欲しい。そういえば…さっきの罰も受けてもらってないな」

「?!そ、それはっ…」

また今度って仰ったのに…今なの?!

「リア…不安なんだ…俺の唯一と言いながら、俺の知らない誰かと同じ風景を眺めてみたいと言う君の心は、誰にある?」

楽しそうに微笑みながら不安と仰るフラン様に、揶揄われているのだと分かっていても、動揺してしまう。

「……だ、誰と言うよりは…」

「言うよりは?」

「……し、小説で…」

「ハハッ…リアは本当に小説が好きだな」

「………はい」

デュバル家の者が、レイダ妃に関する話をする事は法度。

その相手が、婚約者であっても…


『もう!いやっ!!爪は割れるし、髪はボロボロ、ドレスはビリビリッ!……ゔっ…ふっ……なんで…私が……ひぐっ…こんなっ…』

『ア、アリーシャ…っしゃま…っふぇっ…』

『おいで、オーリア。泣かなくても大丈夫だよ…アリーシャには魔法をかけてるからね』

『まほー……?』

『…お、おぎにっ、入りのっ!ドレスっ…なのにぃっ…ふぇっ…』

『まほーはとけてるわ、おにいしゃま』

『…大丈夫な、筈…』


帰りたいと涙を流す、当時はまだ兄の婚約者だった10歳の義姉と、もらい泣きしそうになる私。そして、あの頃はオーリアと呼んでいた、私を抱き上げ慰める兄が、訓練場でのお馴染みの光景だった。
その義姉も、兄と結婚する頃には立派なデュバルの女傑となっていらっしゃった。


『この絵を見たくて、ドレスを犠牲にして頑張ってきたの。俺と結婚したら、この世で一番美しい絵を見せて上げるって、君と一緒に見たいって言われてね…我ながらチョロいと思ったけれど…これで、私もデュバルの人間になった……っ…レイダ妃の信念を継ぐ…っ…資格を、得られたのね…っ…』

『兄を、デュバルを…宜しくお願い致します。お義姉様』


そういえば…義姉は自身の事をーー

「今度は何を考えている?」

「?!について…?!っではなくてっーー」

「チョロい?」

「……義姉が…兄の言葉に乗せられて…訓練を頑張ったと…ご自身の事をチョロいと…仰っていたのを思い出して…」

「…ックハッ……フッ…夫人にそこまで慕われているアレン殿が羨ましいな…慕う者の前では、人は皆んなチョロくなる。俺もそうだしね。それにしても…俺といるのに、リアの頭の中は小説と夫人の事ばかりか…その様子だと、放課後までの間も俺の事は忘れていたかな…」

「そっ、その様な事はございません!フラン様の事をずっと、一番にーー」

「フッ…な」

「……え?」

…チョロい…?私の…事?
フラン様の口から出た言葉が信じられず、顔をまじまじと見て気が付いた。

今日、初めて、フラン様と、まともに目が合った…

「…この世の誰よりも愛してる。凛としたリアも、我慢と遠慮が過ぎるリアも、民と笑顔で接するリアも、俺の一言に振り回されてくれるリアも……俺の唯一だ」

「…わ、私の…唯一は、フラン様だけです。側妃を迎える事になっても、フラン様のお心が変わられても…私は、フラン様だけが唯一の方と誓います」

「俺も、リアだけだと誓うよ…」

目尻に、頬に、唇に…優しい熱が与えられる。


『レイダ…君は私の唯一で、私は君の唯一でありたい…この身が朽ちても、レイダの唯一は私だけだと誓ってくれるか?』

『この身が朽ちても、ルスカス様の唯一であると誓います』

『私も、レイダだけだと誓うよ』

あの日の2人と同じ場所で、フラン様と2人だけの誓いを…

















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