王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

175:空白の60年

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『軍人や平民、武の家門や地方貴族は、デュバルの女傑、救国の戦女神と呼んで敬意を表しているが、中央貴族は、王命に背いた戦狂乙女と呼んで口を歪める』


社交が皆無だった俺は、騎士や軍人から女神の如く崇められている、デュバルの女傑しか知らなかった。


『レイダ妃は復籍したのに、デュバルは、国の守りに重きを置けと王命を下され、その後60年間、中央から離れていたのは事実だーー』


今も海賊を相手に戦うデュバルが、国を守る事に重きを置くのは当然だろうと、レイダ妃とデュバルが、貴族達からどんな目で見られているかなんて、気にした事もなかった。


『戦時期を含めると、100年近く中央に顔を出していませんでしたからね。貴族名盤を見直して、ダンスや所作の授業を受けて……軍の訓練より大変でしたよ』


妻と母にマイナスから仕込まれたと、遠い目をして話していたデュバル公爵、いや、デュバル公爵家が中央へと戻るきっかけとなったのが、カイエンとの間で成立した婚姻。

この出会いは偶然で、カイエンとアズールの果汁工場建造の話し合いの場に、アズールを訪れていたデュバルが居合わせ、前カイエン公爵が当時後継者だったデュバル公爵を気に入った事で、ノエリア様との婚約が成立。
公爵は、領地と王都を行き来しながら人脈を広げ、結婚後から本格的に社交を再開したという。


『領の事もありますし、こうして王城に上がるまでは予定になかったのですが…娘が産まれてから、思ってもいない方向へと舵が切られましてね…』


デュバル公爵の人生という名の航海に嵐を呼び、舵取り不能とさせたのが、義兄である宰相。
姪が喋った、姪が歩いた、姪が熱を出した、姪が怪我をした…妹からの手紙が届く度に宰相が乱心し、王城に呼び出される様になった公爵は、王都と領の屋敷に高速艇を乗り入れる為の船着場を作ったのだと苦笑いを零していた。

「船着場は規格外だろ…」

「なんだ、フランか…」

「?!…叔父上…その物騒な物を下げて下さい」

月光に反射するのは剥き身の剣。
それも模擬剣じゃなく真剣を向けられて、両手を上げて後退る。

「物騒な物を向けられたくなければ、こんな時間に出歩くな。ユーリはどうした」

「…あそこで、寝てますけど…」

帰る時に起こしてくれと言ってベンチに横になっているが、このまま永遠の眠りに着かされるかもしれない。

「明日は特別訓練だな。で?フランは何に悩んでる?」

「………頭の中を読まないで下さい」

「頭の中も顔も見なくても分かるさ。陛下方が盛り上がってたからな」

「……社交を避けていた俺には人脈がないなと思った時に、デュバルも中央に戻ってから浅かった事を思い出して…」

「気に病んでると?」

「いえ…デュバルの事を何も知らないなと…」

「王族教育で学ばなかったのか?」

「四大公爵家ですからね。当然、学びましたよ」

「それじゃあ、何を知らないんだ?」

「………」

何もかも…


『レイダ妃に関して、王家が私見を述べるのは法度。相手がデュバルの人間であってもだ』


レイダ妃に関しては口を噤めと伯父上に言われたのは、復籍の手続きを終えた事を報告した時だった。
デュバルの女傑と呼ばれるレイダ妃の名を聞いたのは久し振りで、伯父上の言葉を疑問に思うより、驚いた事を覚えている。

ナシェルの話を聞いて、レイダ妃とデュバルについて何も知らない自分に驚いた。知らない事を気にかけもしなかった自分に更に驚いた。

そして、新たな疑問も生まれた…

「…まあ、教育と言ってもなぞる程度だしな…俺も、空白の60年と呼ばれている期間については知らん」

「空白の、60年…?」

「10になる年だったか?領土戦から数えて60年振りにデュバルが中央に姿を現したと、社交界が騒然となってな…空白の60年についての噂が飛び交った。赦免を与えられたなどと不敬な噂もあったが、閣下のあの容姿とお人柄に立ち消えたけどな…デビューした15の歳の夜会で、閣下を初めてお見かけした時の事は、よく覚えてるよ。紺青の正装軍服に、紺青のペリース。胸元には勲章が眩しいくらいに光ってた。白金髪に白藍の瞳の閣下と、銀髪に虹色の様な瞳のノエリア様の2人が、人ではなく精霊にも神にも見えたな…いつか紺青の軍服を纏いたいと、騎士になる事を決めた瞬間だったよ」

「紺青ではなく、濃紺ですけどね」

堅苦しい文官は嫌だと騎士の道を選んだ叔父上だが、真の理由は紺青の軍服への憧れだったとは初耳。

「黙れ。俺はまだ諦めていない」

「ジークからそんな話が聞けるなんてね。デュバルはいつでも歓迎するよ。セシルと一緒に来てくれるなら、カイエンの要塞から連れ出す事にも協力を惜しまないよ」

「?!元帥閣下っ!」

「デュバル公爵!」

カイエンの要塞…やはりデュバル公爵も皆と同じ事を思っていたのか。
それにしても、こんな時間に訓練場で会うなんて、やはり、昼間の事で揉めているのだろうか。

「ご機嫌様、殿下、ジークも。相変わらず仲が良いですね」

「「………」」

「ハッ…ハハハッ……ック……失礼しました。メラノ侯爵を宥めるのに骨を折りましてね…気分転換に剣を振りに来たんですよ」

「侯爵はどうされましたか?」

「殿下からを失くすのかと義兄に言われて、誠心誠意お仕えすると、決意を新たに帰りました…ック…」

「ックッ…アッハハハ…男色が加速してるな」

「…叔父上、笑い事ではありません…」

俺と侯爵の2人で収まる絵姿が、書店に出回る日も近いかもしれないと、その事は大いに気に病んでいるが、目尻を拭いながら笑う叔父上も、揺るぎない愛の相手ラヴェルと並ぶ絵姿が出回る日が近い筈。

「殿下。本日は娘がご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

「私は何も…皇女が全て解決してくれましたから…」

「…ククッ…殿下の救世主か?」

「ルシアン殿は、荒ぶる獅子と言ってましたけどね…」

「…ック……失礼。希望の塔にも連れて行って下さったそうで、ありがとうございます」

「海が見たかった様で…残念がっていました」

「…海が見えない事は、承知してたでしょう。私が教えていましたから…同じ風景を眺めるのが娘の夢だったのでね。喜んでいると思います」

「…夢を叶える手伝いが出来て…光栄です」

父親にまで語る程とは、どんな小説なのか非常に気になるところだが…公爵は娘が爛れた本を読んでいる事を知っている筈。そして、先日の叔父上の事も知っている筈…藪を突く事はしない。

「空白の60年と周りは期待してくれてますが、海に出ていただけなんですよ……海戦以降、軍人崩れの海賊が増えましてね。復興の傍ら海にも出る事は多かったそうです。領土戦の間も、デュバルは海で戦ってました。海賊の他に、海戦で共闘したサルビアや、川を下って海に出て来た他国とも剣を交えたと記録されています。領土戦以降は更に海賊が増えまして…王の許可の元、海戦後に和解した大陸や、同盟国となったサルビア、他国との貿易船を守る事に尽力してました。私が中央に出たのが24年前。それまでは、海と山で守りの要を担うセイドとは情報交換を、互いに貿易港を持つラスターとは海上警備の協力を、アズールには交易地点の会合の場として当主や代理が訪れるだけでした…実を言えば、もっと前に戻る事も出来たのですが、祖父母が面倒くさがりまして…」

「……面倒くさい…?まさか…サボり…って、痛っ?!」

「……失礼致しました。閣下」

「ハハッ…いいんだよ、ジーク。殿下の仰る通りです。が、領の仕事は真面目に取り組んでましたので、ご容赦下さい……デュバルの家訓に『己が胸に抱いたものは己が手で守れ』というのがありましてね。家族、民、領、国、そして夢も…なので、デュバルは女も戦います。デュバルの女となる者も戦います。アリーシャも毎日泣いてました…娘の時は……義兄も一緒に泣いてましたけどね……」

「では、歴代の夫人方も戦えるのですか?」

「母と祖母は戦えたよ。海に出る事もあったしね。デュバルの女性は10歳から訓練を始めるんだが、エリーとは結婚する1年前に出会ったからね、訓練は受けてないんだ。愛する妻に、あの訓練は絶対に受けさせたくなかったから、ちょうど良かったよ」

「……絶対って…」

「娘達と差があり過ぎでしょう…」

娘達には秘密でお願いしますと笑った公爵は、剣も振らずに戻って行った。

「己が胸に抱いたものは己が手で守れ…か」

「カイエンの要塞に乗り込みますか?」

「そうだな…その日に備えて鍛えるぞ。ユーリを起こしてこい」

公爵の話に刺激を受けたのか、俺が余計な事を口走ったからか…俺とユーリは、日付けが変わるまで付き合わされた。


ーーー


「やはり、レイダ妃の名は出なかったな…」

何故、王とデュバルはその名を口にしないのか…

「王家の罪に、レイダが関与していたから…?いや、そもそもデュバルは罪を知らないからな……それにしても、社交が面倒くさいって…考えも規格外だな…」

白金髪に白藍の瞳のデュバル公爵は、軍人とは思えない程に麗しく、穏やかで気品に満ちている。が、少し抜けているところがある。

「他人の事は言えないが、60年はないだろ…」

その一端が垣間見えた気がした。






























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