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剣術大会
204:剣術大会当日〜開会
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ーードオンッ…ドドォォンッ…
腹を打つ様な音と共に打上げられた煙柳が、蒼穹のキャンバスに大きな枝垂れを描いていく。
「満員御礼だな…」
「どれどれ…」
呟いた声に反応したネイトが、閉じた帳の隙間に立つ俺の反対側から、そっと外を覗き見る。
観戦席上段の貴族席には、出場者名簿にチェックを入れている当主達と、軍服に身を包んだ各領地の騎士団の上官達。
学生達と平民達は、試合を間近で見れる下段で既に盛り上がっており、観客達が見下ろす闘技場の中央には、白い軍服姿の騎士生達が、緊張の面持ちで整列している。
「懐かしいな…」
「お前の演習場の半壊がきっかけで、此処が開催他になったんだよな」
「黙れ…人の黒い歴史を、抉り出すな…」
「眉間に皺を寄せちゃって…もう直ぐ幕が開きますよ?で、ん、か?」
ツンツンと眉間を突く不敬な指を掴んで、払いのけながら睨むと、女性なら腰を砕いてしまうだろう甘い笑顔を浮かべるネイトと目が合った。
「気持ち悪いっ!ネイト…新婚気分が抜けていない様だな」
「実際に、新婚だからな」
「フッ…お前も世帯を持って、何かと物入りだろう…不眠不休で働け。俺からの結婚祝いだ」
「俺に必要なのは金じゃない。エルデとの時間だ。祝うと言うなら、仕事じゃなく、俺とエルデの休みをよこせ」
「エルデには帰省休暇を与えるつもりだが?」
「新婚なのに、何故に帰省?!」
「フフッ…相変わらず仲がよろしいのですね?」
「オリヴィエ殿下、この2人は王都で熟れに売れている、男色界の好一対なのですよ?」
「存じてるわ、女生徒達の間で大人気だもの。今のお2人を見たら、皆んな大喜びよ」
「今日は間近で存分に楽しんで、皆さんに自慢して上げて下さい」
「フフッ…そうさせてもらうわ」
「「………」」
ユーリよ、余計な事を言うな。
皇女も、今日は剣術大会を楽しんで頂きたい…
聖皇国へと発つ日まで残り僅か。
それまでにオリヴィエ皇女の道を正す事が出来るのは、この2人しかいないのだが…
「ゾマ殿、この組の有力候補は……」
「私も、ルシアン殿下と同様の見立てです。ですが殿下、こちらの騎士生も…」
今日は騎士生に夢中らしい…
役目を果たしてもらえそうにない頼みの綱に苦笑いが漏れるが、ゾマ殿と共に出場者名簿にチェックを入れているルシアン殿と、ネイトとユーリと談笑しているオリヴィエ皇女に緊張の様子が見られない事に、同時に安堵の息も零れた。
『私達は、学生達に紛れて、こっそり楽しむつもりだったのですが…』
『ゾマ様も一緒ですし…私達はローザの人間なので…』
ローザの皇族だからと、賓客として王族席での観覧に難色を示していた兄妹だったが、教皇に選られし者と皇帝が発表し、教皇もそれを否定しなかった事で、貴族達の印象は概ね良好。
そして、何より…
「殿下方。開帳致しますので、ご準備願います」
ーーファン、ファファ~…ドンッ、ドルルルルッ…
「フラン王太子殿下、ローザ帝国第四皇子ルシアン殿下、並びにローザ帝国第六皇女オリヴィエ殿下の御成ですっ!!」
「「「「ワアァァァ~~ッ」」」」
叔父上の合図で管楽器と太鼓の音が鳴り、王族の観覧席が開帳されると、立ち上がって待っていた観客達の、俺達をーー
「「「「~~ッキャ~ッ!!」」」」
「オリヴィエ皇女様~」
「こっちにも、手を振って下さ~い!」
「オリヴィエ殿下~」
「フフッ…ありがとう、皆んな」
「「「「「「キャ~ッ!」」」」」」
……俺達ではなく、オリヴィエ皇女を迎える歓声が闘技場を包む。
「…オリヴィエ殿下の人気は凄まじいですね」
「この後の殿下方の挨拶は、オリヴィエ殿下だけで充分そうだな…」
「「………同意です」」
ゾマ殿の驚きの声と叔父上の揶揄いに、俺の笑顔は引き攣り、ルシアン殿の歓声に応えていた手も力なく下がっていく。
『この場にいる、元ローザの貴族子女達も、ダリアの貴族子女達も、よく聞け!ーーー国を愛し、民を思い、先へ導く王に仕える貴族としての矜持を、この学園生活で育てよ!ーーー血ではなく、人を見よ!』
あの日の様な挨拶を期待されても、お応えする事は出来ない…
「私のリボンを受け取って下さ~い!」
「私のも~!」
「おいおい…リボンまでかよ…」
「本気度が伺えますね…」
嫌な重圧に冷や汗を流す俺の耳に、更に追い討ちをかける様な声が届いて、とうとう笑顔も固まる。
「リボンて?」
「数多の勝利を捧げられるというのは女冥利に尽きます…が、貞淑さを求められる貴族令嬢が全てを受け取れば、貞操観念を疑われるという弊害もあります」
「その為の勝利の薔薇に応えるリボンなのです。想いを受け取る花の茎にはリボンを結び、そうでない花は義理として受け取る…分かり易いでしょう?」
「そうなのね…」
ネイトユーリの説明を聞いたオリヴィエ皇女が数瞬の間を置いて、一歩前に進み出た。
「殿下~、私達のリボンを~!」
「嬉しい申し出をありがとう!私はその言葉だけで充分……其方等の手に持つリボンは、ダリアの剣となり盾となる騎士生達の、感謝、友情、愛に応える為のもの!だから…大切なリボンは胸に仕舞って?私が望むのは、木漏れ日差すテラスでの、貴女達との楽しい一時よ?」
「「「「「~~ッキャ~ッ」」」」」
「そして……純白の軍服が眩い騎士生の皆っ!皆の日々の鍛錬と努力が、汗となり、泥となって其々の騎士色に染められてゆく…誇り高き騎士となりゆく、その瞬間に立ち会える事を、光栄に思う!勝利の喜びを自信に前を向け!敗北の悔しさを成長の糧に、高みを目指せ!磨いた剣を存分に振えっ!!」
「「「「「ウオォォォーーッ!!」」」」」
「……この後に、続けと…?」
「必要ない。騎士生達の士気が下がる」
失礼が極まった叔父上一言で、ご開帳の時間は終了。
苦笑いで壇上に立った学園長の挨拶も開会の宣言だけに留まり、続く騎士生の宣誓で大会が始まった。
ーーー
「両者、剣を構え前に……始めっ!」
大いに盛り上がる観客達が見守る中、四区画に仕切られた其々の区画では、準々決勝に進む8人を決めるトーナメントが行われている。
剣が手から離れる、区画の外に出る、膝を着く、降参するで決まる勝敗は、初戦から白熱した試合が繰り広げられ、応援にも熱が入る。
そして、試合と同じ位盛り上がるのは…
「オレリア嬢に!私の勝利のダリアを捧げますっ!」
「ありがとうございます」
ーーワアァァァァッ…
「ヨランダ嬢に!私の勝利のダリアを捧げます」
「…まあまあだったわね…」
ーーワアァァァァッ…
「エレノア嬢に!私の勝利のダリアを捧げます!」
「次も頑張って下さい」
ーーワアァァァァッ…
「オレリア嬢に!ーー」
「ヨランダ嬢に!ーー」
「エレノア嬢に!ーー」
「おいおい…あの3人ばかりじゃないか…」
「手合わせで、かなり扱いたらしいですよ…」
「…それを聞くと、師匠への勝利報告にしか見えなくなるな…」
苦笑いの叔父上の視線の先では、勝利報告の列を作る騎士生達の姿と、よくやったと言う様に、満足気に微笑む令嬢3人の姿が…
「プハッ…ックク…確かに…」
初戦は勝利報告で終わったが、2回戦以降は、剣術大会お馴染みの光景に戻り、至る所で黄色い声が上がる様になった。
婚約者や、意中の令嬢だけでなく、母親や教員に、感謝の言葉共に勝利を捧げる騎士生もいる。
そんな盛り上がりの中で、誰にも花を捧げる事なく、3本、4本と花を溜め込んでいるのは…
「エイデンは、何をやってるんだ?」
準々決勝に勝ち進んだ証のダリアを手に、友人達に揉みくちゃにされている騎士生を眺めながら、ネイトが苛立たし気に呟いた。
腹を打つ様な音と共に打上げられた煙柳が、蒼穹のキャンバスに大きな枝垂れを描いていく。
「満員御礼だな…」
「どれどれ…」
呟いた声に反応したネイトが、閉じた帳の隙間に立つ俺の反対側から、そっと外を覗き見る。
観戦席上段の貴族席には、出場者名簿にチェックを入れている当主達と、軍服に身を包んだ各領地の騎士団の上官達。
学生達と平民達は、試合を間近で見れる下段で既に盛り上がっており、観客達が見下ろす闘技場の中央には、白い軍服姿の騎士生達が、緊張の面持ちで整列している。
「懐かしいな…」
「お前の演習場の半壊がきっかけで、此処が開催他になったんだよな」
「黙れ…人の黒い歴史を、抉り出すな…」
「眉間に皺を寄せちゃって…もう直ぐ幕が開きますよ?で、ん、か?」
ツンツンと眉間を突く不敬な指を掴んで、払いのけながら睨むと、女性なら腰を砕いてしまうだろう甘い笑顔を浮かべるネイトと目が合った。
「気持ち悪いっ!ネイト…新婚気分が抜けていない様だな」
「実際に、新婚だからな」
「フッ…お前も世帯を持って、何かと物入りだろう…不眠不休で働け。俺からの結婚祝いだ」
「俺に必要なのは金じゃない。エルデとの時間だ。祝うと言うなら、仕事じゃなく、俺とエルデの休みをよこせ」
「エルデには帰省休暇を与えるつもりだが?」
「新婚なのに、何故に帰省?!」
「フフッ…相変わらず仲がよろしいのですね?」
「オリヴィエ殿下、この2人は王都で熟れに売れている、男色界の好一対なのですよ?」
「存じてるわ、女生徒達の間で大人気だもの。今のお2人を見たら、皆んな大喜びよ」
「今日は間近で存分に楽しんで、皆さんに自慢して上げて下さい」
「フフッ…そうさせてもらうわ」
「「………」」
ユーリよ、余計な事を言うな。
皇女も、今日は剣術大会を楽しんで頂きたい…
聖皇国へと発つ日まで残り僅か。
それまでにオリヴィエ皇女の道を正す事が出来るのは、この2人しかいないのだが…
「ゾマ殿、この組の有力候補は……」
「私も、ルシアン殿下と同様の見立てです。ですが殿下、こちらの騎士生も…」
今日は騎士生に夢中らしい…
役目を果たしてもらえそうにない頼みの綱に苦笑いが漏れるが、ゾマ殿と共に出場者名簿にチェックを入れているルシアン殿と、ネイトとユーリと談笑しているオリヴィエ皇女に緊張の様子が見られない事に、同時に安堵の息も零れた。
『私達は、学生達に紛れて、こっそり楽しむつもりだったのですが…』
『ゾマ様も一緒ですし…私達はローザの人間なので…』
ローザの皇族だからと、賓客として王族席での観覧に難色を示していた兄妹だったが、教皇に選られし者と皇帝が発表し、教皇もそれを否定しなかった事で、貴族達の印象は概ね良好。
そして、何より…
「殿下方。開帳致しますので、ご準備願います」
ーーファン、ファファ~…ドンッ、ドルルルルッ…
「フラン王太子殿下、ローザ帝国第四皇子ルシアン殿下、並びにローザ帝国第六皇女オリヴィエ殿下の御成ですっ!!」
「「「「ワアァァァ~~ッ」」」」
叔父上の合図で管楽器と太鼓の音が鳴り、王族の観覧席が開帳されると、立ち上がって待っていた観客達の、俺達をーー
「「「「~~ッキャ~ッ!!」」」」
「オリヴィエ皇女様~」
「こっちにも、手を振って下さ~い!」
「オリヴィエ殿下~」
「フフッ…ありがとう、皆んな」
「「「「「「キャ~ッ!」」」」」」
……俺達ではなく、オリヴィエ皇女を迎える歓声が闘技場を包む。
「…オリヴィエ殿下の人気は凄まじいですね」
「この後の殿下方の挨拶は、オリヴィエ殿下だけで充分そうだな…」
「「………同意です」」
ゾマ殿の驚きの声と叔父上の揶揄いに、俺の笑顔は引き攣り、ルシアン殿の歓声に応えていた手も力なく下がっていく。
『この場にいる、元ローザの貴族子女達も、ダリアの貴族子女達も、よく聞け!ーーー国を愛し、民を思い、先へ導く王に仕える貴族としての矜持を、この学園生活で育てよ!ーーー血ではなく、人を見よ!』
あの日の様な挨拶を期待されても、お応えする事は出来ない…
「私のリボンを受け取って下さ~い!」
「私のも~!」
「おいおい…リボンまでかよ…」
「本気度が伺えますね…」
嫌な重圧に冷や汗を流す俺の耳に、更に追い討ちをかける様な声が届いて、とうとう笑顔も固まる。
「リボンて?」
「数多の勝利を捧げられるというのは女冥利に尽きます…が、貞淑さを求められる貴族令嬢が全てを受け取れば、貞操観念を疑われるという弊害もあります」
「その為の勝利の薔薇に応えるリボンなのです。想いを受け取る花の茎にはリボンを結び、そうでない花は義理として受け取る…分かり易いでしょう?」
「そうなのね…」
ネイトユーリの説明を聞いたオリヴィエ皇女が数瞬の間を置いて、一歩前に進み出た。
「殿下~、私達のリボンを~!」
「嬉しい申し出をありがとう!私はその言葉だけで充分……其方等の手に持つリボンは、ダリアの剣となり盾となる騎士生達の、感謝、友情、愛に応える為のもの!だから…大切なリボンは胸に仕舞って?私が望むのは、木漏れ日差すテラスでの、貴女達との楽しい一時よ?」
「「「「「~~ッキャ~ッ」」」」」
「そして……純白の軍服が眩い騎士生の皆っ!皆の日々の鍛錬と努力が、汗となり、泥となって其々の騎士色に染められてゆく…誇り高き騎士となりゆく、その瞬間に立ち会える事を、光栄に思う!勝利の喜びを自信に前を向け!敗北の悔しさを成長の糧に、高みを目指せ!磨いた剣を存分に振えっ!!」
「「「「「ウオォォォーーッ!!」」」」」
「……この後に、続けと…?」
「必要ない。騎士生達の士気が下がる」
失礼が極まった叔父上一言で、ご開帳の時間は終了。
苦笑いで壇上に立った学園長の挨拶も開会の宣言だけに留まり、続く騎士生の宣誓で大会が始まった。
ーーー
「両者、剣を構え前に……始めっ!」
大いに盛り上がる観客達が見守る中、四区画に仕切られた其々の区画では、準々決勝に進む8人を決めるトーナメントが行われている。
剣が手から離れる、区画の外に出る、膝を着く、降参するで決まる勝敗は、初戦から白熱した試合が繰り広げられ、応援にも熱が入る。
そして、試合と同じ位盛り上がるのは…
「オレリア嬢に!私の勝利のダリアを捧げますっ!」
「ありがとうございます」
ーーワアァァァァッ…
「ヨランダ嬢に!私の勝利のダリアを捧げます」
「…まあまあだったわね…」
ーーワアァァァァッ…
「エレノア嬢に!私の勝利のダリアを捧げます!」
「次も頑張って下さい」
ーーワアァァァァッ…
「オレリア嬢に!ーー」
「ヨランダ嬢に!ーー」
「エレノア嬢に!ーー」
「おいおい…あの3人ばかりじゃないか…」
「手合わせで、かなり扱いたらしいですよ…」
「…それを聞くと、師匠への勝利報告にしか見えなくなるな…」
苦笑いの叔父上の視線の先では、勝利報告の列を作る騎士生達の姿と、よくやったと言う様に、満足気に微笑む令嬢3人の姿が…
「プハッ…ックク…確かに…」
初戦は勝利報告で終わったが、2回戦以降は、剣術大会お馴染みの光景に戻り、至る所で黄色い声が上がる様になった。
婚約者や、意中の令嬢だけでなく、母親や教員に、感謝の言葉共に勝利を捧げる騎士生もいる。
そんな盛り上がりの中で、誰にも花を捧げる事なく、3本、4本と花を溜め込んでいるのは…
「エイデンは、何をやってるんだ?」
準々決勝に勝ち進んだ証のダリアを手に、友人達に揉みくちゃにされている騎士生を眺めながら、ネイトが苛立たし気に呟いた。
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