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剣術大会
191:剣術大会8日前〜仕立て屋 エレノア
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王都のドレスショップが並び立つ通りを騎士生を従えて歩く私を、すれ違う女性達が振り返って見る…が、視線なんて気にしていられない。
大きな紙袋を抱えて居心地悪そうに歩く3人を見て見ぬふりしながら、ショーウィンドウに目もくれずズンズン進み、通りの外れにある茶色いブロック壁の建物の目の前で足を止める。
キィィッ…カンカンッ…コ、コンッーー
扉にかけられたウッドベルの音が来店の合図になっているらしく、声をかける前に作業室と書かれた扉が開かれ、オフホワイトのシャツにベージュのクラヴァットを巻いた、厳つい顔の店主らしき人が現れた。
「予約しておりました、エレノア・ファン・ラスターです」
「お待ちしておりました………軍服を、ご所望でしょうか…?」
貴族令嬢が来る様な店ではないからだろう、お待ちしておりましたという言葉の後に、たっぷりの間を置いて軍服を所望かと問う店主の、困惑に揺れる瞳は理解出来る。
此処は、王都に一軒しかない軍服専門の仕立て屋。
飾り気のない店内は、壁紙も絨毯も張られておらず、剥き出しの木目が重厚感を出していながらも、大きな鉢に植えられた観葉植物の緑が程よく雰囲気を和らげている。
左側の壁に埋め込みまれた棚には、近衛騎士団の濃紺、王宮騎士団のグレーに、王国軍の臙脂色の生地が置かれ、右側の壁沿いにはトルソーに掛けられた訓練着、常装、正装の見本が並んでいる。
ブーツや剣帯の小物も台の上に整然と置かれているが、今日の目当てはそれらではない。
バサバサバサッーー
失礼しますと言った3人が、持って来た紙袋の中身をカウンターの上に出し広げた。
「こ、これは…?」
カウンターから溢れ落ちそうな濃紺の生地を手で押さえながら、店主が恐る恐る尋ねる。
「デュバル海軍の軍服に使われている生地です。この生地で、このデザインのドレスを4着、3日で仕立てて下さいっ!」
バンッーー
「はひぃっ!!」
力みすぎたわ…
カウンターに置いた掌がジンジンする。
厳つい顔の割に気が小さいのか、大きな音に慄いた店主が返事とも悲鳴ともつかない声を上げるのを眺めながら、腕に伝わってくる痺れを微笑んで誤魔化した。
「これは…ロングコートでは…?」
「よく見て?足捌きに支障のない様に、コートより裾が広いでしょう?」
「た、確かに…」
「サイズ表はこっちの紙よ。襟はセイラーカラーだけど、中は白シャツにタイを締めるから深めに、ウエストの絞りは緩めで、剣帯は濃い目の皮素材で、カラーのラインとブレストのボタンは銀でお願いね?」
生地と一緒に通された作業室で、本格的な注文に入る。
裁縫師達は軍人並みの大きな体格をしており、手首に巻かれたピンクッションが不自然に感じる程に浮いているが、早口で捲し立てる私の説明を聞きながら、生地を手に取ってデザイン画を確認し、大きな紙に迷いない手付きで型紙を書き込み、引出しから取り出した様々な銀ボタンを生地の上に当てて見比べるその姿は、軍人ではなく慣れた職人といった感じ。
「令嬢方の軍服ドレスという事ですね?ですが…これを着てどちらに?」
「剣舞の衣装なの」
「剣舞の舞手さんでしたか…海の舞、デュバルの女傑ですか?」
「…分かります?」
「デュバル海軍の紺青といえば、デュバルの女傑ですからね。レイダ妃は本物ドレスで戦場に立ちましたが…レプリカがあるのですが、ご覧になりますか?」
「「「「是非っ!!」」」」
声を揃えた私達に、ニッコリと微笑んだ店主が、作業室の更に奥の部屋から布が掛けられたトルソーを抱えて来た。
「これが…レイダ妃の…」
「本当に、ドレスで戦ったんだな…」
「なんか、鳥肌が立ってきた…」
「どんなお方だったのかしらね…」
私達は、レイダ妃が白金髪に白藍の瞳だったという事しか知らない…何故なら、王城の画廊には名前の書かれたプレートしか残っていないから。
王都のデュバルの屋敷にもレイダ妃の肖像画はない。
領地の本屋敷には飾られているのかもしれないけれど、訓練でデュバル領を訪れる時は、本屋敷でなく別邸で過ごしている為、見る機会はなく、中央から遠ざかっていたという歴史から聞く事も憚れていた。
「私達も、お顔は存じ上げないのですよ…このドレスも、セイド公爵からお話を窺いながら創作された物なので、再現度は低いんですがね…」
「本物を見てみたかったですね…」
手を止めて集まって来た裁縫師達と、目を細めてドレスを眺める店主は王国軍の軍人で、レイダ妃に憧れる余りにドレスを作製したのだと、照れながら話してくれた。
厳つい顔と出来上がった身体は、兼業軍人だからだったのね…
「皆さんは、剣術大会にいらっしゃるの?」
「勿論です」
「君達も参加するんだろう?応援するよ」
「お嬢様方の剣舞も、楽しみにして行きますよ」
最高の軍服ドレスを作りますよと、力瘤を見せる裁縫師に、ちょっと違うのではと苦笑いが漏れる。
観客には当日まで秘密なんだけど、口止めしておけば問題ないわよね?
「その剣舞で、完璧なレプリカドレスを披露するわ」
「完璧って…まさか…デュバル家のご令嬢が…?」
「ええ。デュバルの服飾師が寝る間も惜しんで製作中よ」
あの日、興奮冷めやらぬ気持ちを鷹に乗せた私だったが、ヨランダは通信魔石でアリーシャ様に伝えていた。
顔を合わす度に舌戦を繰り広げる姉妹だが、仲は良いらしい…
その後も、毎日のようにヨランダと私から羽虫の愚痴を聞かされていたアリーシャ様は、最初の方こそ笑っていたけれど、衣装の件を聞いた時には通信魔石から怒りのオーラが立ち昇っていた。
通信魔石の前で震える私達に、三科合作の剣舞を考案し、オレリアにレイダ妃のドレスを着せると鼻息荒く宣言したアリーシャ様は、領地内の仕立て屋を呼び集めてドレスの製作にかかられている。
「レイダ妃の御子孫であられる、オレリア様が…」
「もう…思い残す事はありません」
「フフッ…その言葉は当日に言って下さいね…?皆さんには無理をお願いしたお詫びと、ドレスを見せて頂いたお礼のお返しで特別にお教えしましたが、これは機密事項なので他言無用でお願いします」
「機密ですか…益々楽しみになってきました」
「そう言って頂けて嬉しいです。それから、皆さんに…特別席の招待状です」
「ハハッ…賄賂ですね?」
ニヤリと笑う店主に、ご名答と微笑み返す。
「ご無理を強いますから…剣術大会代表の特権を使いました」
「職権濫用とも言いますけどね」
「ソーマ様?濫用ではなくーー」
「発動ですね」
「その通りよ?ジャン様はよく解ってるわね」
皆んなで一頻り笑い、注文を終えて気分良く店を出ると、厚い雲の隙間から天使の梯子が降りているのが目に入る。
「幸先良さそう…」
「きっと、成功しますよ」
「ゔぐっ…な、中々の破壊力ね…」
ネイト様によく似た面差しで微笑まれ、不覚にも膝を着きそうになってしまった…
大きな紙袋を抱えて居心地悪そうに歩く3人を見て見ぬふりしながら、ショーウィンドウに目もくれずズンズン進み、通りの外れにある茶色いブロック壁の建物の目の前で足を止める。
キィィッ…カンカンッ…コ、コンッーー
扉にかけられたウッドベルの音が来店の合図になっているらしく、声をかける前に作業室と書かれた扉が開かれ、オフホワイトのシャツにベージュのクラヴァットを巻いた、厳つい顔の店主らしき人が現れた。
「予約しておりました、エレノア・ファン・ラスターです」
「お待ちしておりました………軍服を、ご所望でしょうか…?」
貴族令嬢が来る様な店ではないからだろう、お待ちしておりましたという言葉の後に、たっぷりの間を置いて軍服を所望かと問う店主の、困惑に揺れる瞳は理解出来る。
此処は、王都に一軒しかない軍服専門の仕立て屋。
飾り気のない店内は、壁紙も絨毯も張られておらず、剥き出しの木目が重厚感を出していながらも、大きな鉢に植えられた観葉植物の緑が程よく雰囲気を和らげている。
左側の壁に埋め込みまれた棚には、近衛騎士団の濃紺、王宮騎士団のグレーに、王国軍の臙脂色の生地が置かれ、右側の壁沿いにはトルソーに掛けられた訓練着、常装、正装の見本が並んでいる。
ブーツや剣帯の小物も台の上に整然と置かれているが、今日の目当てはそれらではない。
バサバサバサッーー
失礼しますと言った3人が、持って来た紙袋の中身をカウンターの上に出し広げた。
「こ、これは…?」
カウンターから溢れ落ちそうな濃紺の生地を手で押さえながら、店主が恐る恐る尋ねる。
「デュバル海軍の軍服に使われている生地です。この生地で、このデザインのドレスを4着、3日で仕立てて下さいっ!」
バンッーー
「はひぃっ!!」
力みすぎたわ…
カウンターに置いた掌がジンジンする。
厳つい顔の割に気が小さいのか、大きな音に慄いた店主が返事とも悲鳴ともつかない声を上げるのを眺めながら、腕に伝わってくる痺れを微笑んで誤魔化した。
「これは…ロングコートでは…?」
「よく見て?足捌きに支障のない様に、コートより裾が広いでしょう?」
「た、確かに…」
「サイズ表はこっちの紙よ。襟はセイラーカラーだけど、中は白シャツにタイを締めるから深めに、ウエストの絞りは緩めで、剣帯は濃い目の皮素材で、カラーのラインとブレストのボタンは銀でお願いね?」
生地と一緒に通された作業室で、本格的な注文に入る。
裁縫師達は軍人並みの大きな体格をしており、手首に巻かれたピンクッションが不自然に感じる程に浮いているが、早口で捲し立てる私の説明を聞きながら、生地を手に取ってデザイン画を確認し、大きな紙に迷いない手付きで型紙を書き込み、引出しから取り出した様々な銀ボタンを生地の上に当てて見比べるその姿は、軍人ではなく慣れた職人といった感じ。
「令嬢方の軍服ドレスという事ですね?ですが…これを着てどちらに?」
「剣舞の衣装なの」
「剣舞の舞手さんでしたか…海の舞、デュバルの女傑ですか?」
「…分かります?」
「デュバル海軍の紺青といえば、デュバルの女傑ですからね。レイダ妃は本物ドレスで戦場に立ちましたが…レプリカがあるのですが、ご覧になりますか?」
「「「「是非っ!!」」」」
声を揃えた私達に、ニッコリと微笑んだ店主が、作業室の更に奥の部屋から布が掛けられたトルソーを抱えて来た。
「これが…レイダ妃の…」
「本当に、ドレスで戦ったんだな…」
「なんか、鳥肌が立ってきた…」
「どんなお方だったのかしらね…」
私達は、レイダ妃が白金髪に白藍の瞳だったという事しか知らない…何故なら、王城の画廊には名前の書かれたプレートしか残っていないから。
王都のデュバルの屋敷にもレイダ妃の肖像画はない。
領地の本屋敷には飾られているのかもしれないけれど、訓練でデュバル領を訪れる時は、本屋敷でなく別邸で過ごしている為、見る機会はなく、中央から遠ざかっていたという歴史から聞く事も憚れていた。
「私達も、お顔は存じ上げないのですよ…このドレスも、セイド公爵からお話を窺いながら創作された物なので、再現度は低いんですがね…」
「本物を見てみたかったですね…」
手を止めて集まって来た裁縫師達と、目を細めてドレスを眺める店主は王国軍の軍人で、レイダ妃に憧れる余りにドレスを作製したのだと、照れながら話してくれた。
厳つい顔と出来上がった身体は、兼業軍人だからだったのね…
「皆さんは、剣術大会にいらっしゃるの?」
「勿論です」
「君達も参加するんだろう?応援するよ」
「お嬢様方の剣舞も、楽しみにして行きますよ」
最高の軍服ドレスを作りますよと、力瘤を見せる裁縫師に、ちょっと違うのではと苦笑いが漏れる。
観客には当日まで秘密なんだけど、口止めしておけば問題ないわよね?
「その剣舞で、完璧なレプリカドレスを披露するわ」
「完璧って…まさか…デュバル家のご令嬢が…?」
「ええ。デュバルの服飾師が寝る間も惜しんで製作中よ」
あの日、興奮冷めやらぬ気持ちを鷹に乗せた私だったが、ヨランダは通信魔石でアリーシャ様に伝えていた。
顔を合わす度に舌戦を繰り広げる姉妹だが、仲は良いらしい…
その後も、毎日のようにヨランダと私から羽虫の愚痴を聞かされていたアリーシャ様は、最初の方こそ笑っていたけれど、衣装の件を聞いた時には通信魔石から怒りのオーラが立ち昇っていた。
通信魔石の前で震える私達に、三科合作の剣舞を考案し、オレリアにレイダ妃のドレスを着せると鼻息荒く宣言したアリーシャ様は、領地内の仕立て屋を呼び集めてドレスの製作にかかられている。
「レイダ妃の御子孫であられる、オレリア様が…」
「もう…思い残す事はありません」
「フフッ…その言葉は当日に言って下さいね…?皆さんには無理をお願いしたお詫びと、ドレスを見せて頂いたお礼のお返しで特別にお教えしましたが、これは機密事項なので他言無用でお願いします」
「機密ですか…益々楽しみになってきました」
「そう言って頂けて嬉しいです。それから、皆さんに…特別席の招待状です」
「ハハッ…賄賂ですね?」
ニヤリと笑う店主に、ご名答と微笑み返す。
「ご無理を強いますから…剣術大会代表の特権を使いました」
「職権濫用とも言いますけどね」
「ソーマ様?濫用ではなくーー」
「発動ですね」
「その通りよ?ジャン様はよく解ってるわね」
皆んなで一頻り笑い、注文を終えて気分良く店を出ると、厚い雲の隙間から天使の梯子が降りているのが目に入る。
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