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21話 スカーレットを守るもの
「無礼者! わたくしはじきに王太子妃となる身です。気安く話しかけてはなりません!」
(この国の妃ではないけれど、嘘は言っていないわ。それにこの男になんの権限があるっていうのよ!)
私はフンと鼻を鳴らし、わざと大きく靴音を響かせ歩いていく。私に恫喝され取り残された男は、呆然と立ち尽くしていた。しかし長年、聖女の私を下に見ていた彼のプライドは、かなり頑固だったようだ。
結界の部屋に続く奥の廊下に足を踏み入れた時、ふいに後ろから叫び声が聞こえてきた。
「こ、この……偽聖女が! よくも私に生意気な口を!」
その声に振り返ると、教育係の男が顔を赤くしてワナワナと体を震わせていた。血走った目で私を指差すその姿は、とても聖職者とは思えない。
「司教様だっておまえの力なんて信じちゃいない! 結界なんてあるものか! おまえはただお飾りの聖女で、王族から金を引き出すための道具なんだよ!」
男は思い知ったかという顔をしているけど、今さらだ。司教様くらいには見えているかと思ったけど、この国ではどうやら私以外魔力もなく、結界も見えてなかったみたい。
(傷つくよりも、一気に疲れがやってくる感じね……)
自分でももう少しショックを受けるかと思っていたけど、さほど心は動かなかった。
――君のことは一生、私が守る。
付き合いはまだ浅いのに、なぜかシモン様の言葉は信じられる。いっそ騙されてても幸せだと思うほど、私の心をあの言葉が守ってくれていた。
「話はそれだけですか? わたくしは急いでいますので、もう話しかけないでくださる?」
ゼエゼエと息を荒げ私を見ていた男は、その言葉にカッと目を見開いた。そしてゆらりと体を左右に動かし、顔を上げる。その顔はおぞましく、大切なものを奪われたような表情だった。
(しまったわ……私も怒りで言動を見誤ったかもしれない)
そう気づいた時には遅かった。男の気持ちを逆なでする言葉を言い過ぎたせいで、彼は私を捕まえようとこちらに駆け寄ってくる。中途半端な時間だからか、周囲には誰もおらず助けを求めることもできない。
(それに呼んだって教会の人が助けてくれるわけないわ! 逃げなきゃ!)
私はスカートをつまみ上げ、一目散に結界の部屋に向かって走っていく。あの部屋は私しか入れないようになっている。時間稼ぎにしかならないけど、きっとシモン様が助けに来てくれるはずだ。
(あと少し……!)
ようやく結界部屋の前にたどり着き、扉の取っ手を握った。その時だった。
「捕まえたぞ!」
「きゃあ!」
成人男性と体力のない私では勝ち目はなく、あっという間に腕を掴まれてしまった。男の手を引き剥がすように体を振ると、すぐさま胸ぐらをつかまれる。そしてもう片方の腕が振り上げられ、男はニヤリと笑い叫んだ。
「聖女様だなんて持ち上げられて勘違いしたのか! この詐欺師が!」
男のあざ笑う声と、ヒュンと腕が振り下ろされる音がした。
(殴られる!)
そう思って必死に身構えた、次の瞬間。
ドオンという爆音とともに、目の前にいた男の姿が消えていた。遠くからは「何事だ?」と騒ぐ人の声。周囲はもうもうと土煙が立っていて、私は思わず目を閉じた。
(い、いったい何が起こったの?)
しばらくすると煙は一陣の風に吹かれ、少しずつ周囲の様子が見えてきた。埃臭い廊下で口元を押さえ、そっと目を開ける。
すると廊下の奥に、横たわる人影があった。
「う、嘘でしょう……」
恐る恐る近づいてみると、そこに倒れていたのは、私を襲おうとしたあの男だった。苦しそうにうめき声をあげ、服がボロボロになっている。
(私たちが居た場所より、かなり遠くで倒れているなんて。吹き飛ばされたってこと? それにこの壁……)
一瞬で目の前から消え、男は壁にぶつかったらしい。私は彼がぶつかったであろう壁をじっと見つめ、ゴクリと喉を鳴らす。その嘘みたいな景色は、何度見ても変わらない。
「なにが起こったの……?」
ひゅうっと吹き込む風が、汗ばむ私の体を冷やしていく。そこにあるのは、壁に空いた大きな穴。その穴からは裏の森の木々が見えている。
私はただただ、信じられない思いで壁に空いた大穴から見える外の景色を見つめていた。
(この国の妃ではないけれど、嘘は言っていないわ。それにこの男になんの権限があるっていうのよ!)
私はフンと鼻を鳴らし、わざと大きく靴音を響かせ歩いていく。私に恫喝され取り残された男は、呆然と立ち尽くしていた。しかし長年、聖女の私を下に見ていた彼のプライドは、かなり頑固だったようだ。
結界の部屋に続く奥の廊下に足を踏み入れた時、ふいに後ろから叫び声が聞こえてきた。
「こ、この……偽聖女が! よくも私に生意気な口を!」
その声に振り返ると、教育係の男が顔を赤くしてワナワナと体を震わせていた。血走った目で私を指差すその姿は、とても聖職者とは思えない。
「司教様だっておまえの力なんて信じちゃいない! 結界なんてあるものか! おまえはただお飾りの聖女で、王族から金を引き出すための道具なんだよ!」
男は思い知ったかという顔をしているけど、今さらだ。司教様くらいには見えているかと思ったけど、この国ではどうやら私以外魔力もなく、結界も見えてなかったみたい。
(傷つくよりも、一気に疲れがやってくる感じね……)
自分でももう少しショックを受けるかと思っていたけど、さほど心は動かなかった。
――君のことは一生、私が守る。
付き合いはまだ浅いのに、なぜかシモン様の言葉は信じられる。いっそ騙されてても幸せだと思うほど、私の心をあの言葉が守ってくれていた。
「話はそれだけですか? わたくしは急いでいますので、もう話しかけないでくださる?」
ゼエゼエと息を荒げ私を見ていた男は、その言葉にカッと目を見開いた。そしてゆらりと体を左右に動かし、顔を上げる。その顔はおぞましく、大切なものを奪われたような表情だった。
(しまったわ……私も怒りで言動を見誤ったかもしれない)
そう気づいた時には遅かった。男の気持ちを逆なでする言葉を言い過ぎたせいで、彼は私を捕まえようとこちらに駆け寄ってくる。中途半端な時間だからか、周囲には誰もおらず助けを求めることもできない。
(それに呼んだって教会の人が助けてくれるわけないわ! 逃げなきゃ!)
私はスカートをつまみ上げ、一目散に結界の部屋に向かって走っていく。あの部屋は私しか入れないようになっている。時間稼ぎにしかならないけど、きっとシモン様が助けに来てくれるはずだ。
(あと少し……!)
ようやく結界部屋の前にたどり着き、扉の取っ手を握った。その時だった。
「捕まえたぞ!」
「きゃあ!」
成人男性と体力のない私では勝ち目はなく、あっという間に腕を掴まれてしまった。男の手を引き剥がすように体を振ると、すぐさま胸ぐらをつかまれる。そしてもう片方の腕が振り上げられ、男はニヤリと笑い叫んだ。
「聖女様だなんて持ち上げられて勘違いしたのか! この詐欺師が!」
男のあざ笑う声と、ヒュンと腕が振り下ろされる音がした。
(殴られる!)
そう思って必死に身構えた、次の瞬間。
ドオンという爆音とともに、目の前にいた男の姿が消えていた。遠くからは「何事だ?」と騒ぐ人の声。周囲はもうもうと土煙が立っていて、私は思わず目を閉じた。
(い、いったい何が起こったの?)
しばらくすると煙は一陣の風に吹かれ、少しずつ周囲の様子が見えてきた。埃臭い廊下で口元を押さえ、そっと目を開ける。
すると廊下の奥に、横たわる人影があった。
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「なにが起こったの……?」
ひゅうっと吹き込む風が、汗ばむ私の体を冷やしていく。そこにあるのは、壁に空いた大きな穴。その穴からは裏の森の木々が見えている。
私はただただ、信じられない思いで壁に空いた大穴から見える外の景色を見つめていた。
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