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33話 スカーレットの覚醒②
「ふむ。これなら国境を出たら、すぐに転移でカリエントに帰れそうだな」
「そ、そんなすごい魔術も使えるのですか!」
妃教育でカリエントの王族は魔術に長けているとは聞いていたけれど、人が瞬時に移動できる魔術なんて夢物語だと思っていた。
「魔力量が多くないと発動しないから、この魔術は俺だけだ。消耗も激しいから頻繁にはできないしな。それにスカーレットに治癒の能力があるという噂はあっという間に広がるだろう。すぐにでも国に帰らないと、大変なことになるぞ」
「でもまだ結界があるので、怪我人はいないのでは?」
もちろんこの国を早く出たいけど、転移の魔術は体力の消耗が激しいみたいだ。それなら馬車でいいのにと思って提案したのだけど、シモン様は呆れたように私の頬をふにっとつまんだ。
「屋敷でも言っただろう? 君の力は国を出たとたん各国が攫おうとするほど、とてつもないものなんだって。治癒の能力などみんな欲しがるんだ。それに君たちは気づいていないが、たくさんの国の者が身分を隠してこの国に入るんだよ」
「そ、そうなのですか」
「ああ、だから陛下たちのことを『平和ぼけしている連中』と言ったんだ」
そう言うとシモン様は軽く手を上げ、どこかに目配せをした。すると今までどこに隠れていたのか、シモン様のお付きの人が私たちのもとに駆け寄ってきた。
「ほらね。まだ他にもいるから、ランディ達の移住に関しては彼らに任せよう。私たちはこのまま国を出るよ」
「は、はい!」
シモン様に背中を押され、私たちはそっと王宮を抜け出した。騎士たちも騒ぐ民衆を制圧するので手一杯で、私たちが出て行ったことにも気づかない。
「さあ、ここから国境までは馬車だ。疲れただろう。少し眠るといい」
「……はい。でも気持ちが高ぶっていて、眠れそうにないですわ。それに……あっ!」
「どうした!」
突然、体にピリッとした痛みが走り、うずくまる。すぐにそれは過ぎ去ったが、不思議と何が起こったかわかった。私は空を見上げ、物悲しい気持ちで呟いた。
「結界が壊れ始めましたわ……」
薄い透明の膜にヒビが入っている。そしてパラパラとその欠片が剥がれていくのが見えた。
「……本当だな。急ごう」
「はい」
私たちはすぐさま馬車に乗り込み、国境まで急いだ。時々馬車の窓から空を見上げると、少しずつ結界が壊れていく様が見え、気持ちが落ち着かない。
「結界が壊れたら、国境を出なくても転移できそうだ」
国の中心にある王都から国境までは三日ほどかかる。たしかにこの様子では予想以上に早く結界が壊れそうだ。そう思って空を見上げると、ピシッと大きな亀裂が入った。
「あっ! もう壊れます!」
「そうか! では馬車を降りて転移で帰るぞ」
「はい!」
急いで外に出ると、頭上でパアンと結界が割れる音がした。私にだけ聞こえる音。この国が崩壊に向かう始まりの音だ。
私はしばらく空を見上げ、大きく息を吸った。そして王宮がある方向に視線を動かす。
(さようなら。みなさん。次に会う時はわたくしにひざまずいて下さいね)
「行くぞ。しっかり俺につかまっていてくれ」
「はい!」
あの人たちに思いを馳せている時間はない。私は目をぎゅっとつむって、シモン様の体にしがみつく。すると私とシモン様のまわりをグルグルと魔力が回り始め、ふっと体が浮く感覚がした。
そして次の瞬間、ズンと体が地面に押し込まれるような重さを感じ、シモン様が口を開いた。
「着いたぞ。ここがカリエントの王宮だ」
(王宮! 王宮に転移したの?)
その言葉にあわてて目を開けたけど、シモン様に抱きしめられているので景色が見えない。すると背後から突然、女性の声が聞こえてきた。
「あら、シモン。あなたは私の婚約者なのに、なぜ女性を抱きしめているのかしら?」
不機嫌そうな女性の声に、私の心臓はバクンと跳ね上がる。
(婚約者! シモン様のこと、私の婚約者って言った? じゃあ、後ろにいる人は……)
「カリナじゃないか。どうしてここに?」
「あら、もちろんあなたが帰国するって手紙を送ってくるから、迎えに来たんじゃないの」
(手紙……シモン様は彼女と連絡を取り合っていたんだ……)
二人の会話に頭がついていかない。カリエントに婚約者がいると言っていたのは承知の上だ。それなのに二人が手紙のやり取りをしていたという事だけで、私の胸はカッと熱くなっていく。
「さあ、そろそろその女性の正体を教えてちょうだい。顔を見せてくださいな」
(私は悪女になるって決めたじゃない! スカーレット頑張りなさい!)
私はカリナというシモン様の婚約者の声に従い、ゆっくりと振り返った。
「そ、そんなすごい魔術も使えるのですか!」
妃教育でカリエントの王族は魔術に長けているとは聞いていたけれど、人が瞬時に移動できる魔術なんて夢物語だと思っていた。
「魔力量が多くないと発動しないから、この魔術は俺だけだ。消耗も激しいから頻繁にはできないしな。それにスカーレットに治癒の能力があるという噂はあっという間に広がるだろう。すぐにでも国に帰らないと、大変なことになるぞ」
「でもまだ結界があるので、怪我人はいないのでは?」
もちろんこの国を早く出たいけど、転移の魔術は体力の消耗が激しいみたいだ。それなら馬車でいいのにと思って提案したのだけど、シモン様は呆れたように私の頬をふにっとつまんだ。
「屋敷でも言っただろう? 君の力は国を出たとたん各国が攫おうとするほど、とてつもないものなんだって。治癒の能力などみんな欲しがるんだ。それに君たちは気づいていないが、たくさんの国の者が身分を隠してこの国に入るんだよ」
「そ、そうなのですか」
「ああ、だから陛下たちのことを『平和ぼけしている連中』と言ったんだ」
そう言うとシモン様は軽く手を上げ、どこかに目配せをした。すると今までどこに隠れていたのか、シモン様のお付きの人が私たちのもとに駆け寄ってきた。
「ほらね。まだ他にもいるから、ランディ達の移住に関しては彼らに任せよう。私たちはこのまま国を出るよ」
「は、はい!」
シモン様に背中を押され、私たちはそっと王宮を抜け出した。騎士たちも騒ぐ民衆を制圧するので手一杯で、私たちが出て行ったことにも気づかない。
「さあ、ここから国境までは馬車だ。疲れただろう。少し眠るといい」
「……はい。でも気持ちが高ぶっていて、眠れそうにないですわ。それに……あっ!」
「どうした!」
突然、体にピリッとした痛みが走り、うずくまる。すぐにそれは過ぎ去ったが、不思議と何が起こったかわかった。私は空を見上げ、物悲しい気持ちで呟いた。
「結界が壊れ始めましたわ……」
薄い透明の膜にヒビが入っている。そしてパラパラとその欠片が剥がれていくのが見えた。
「……本当だな。急ごう」
「はい」
私たちはすぐさま馬車に乗り込み、国境まで急いだ。時々馬車の窓から空を見上げると、少しずつ結界が壊れていく様が見え、気持ちが落ち着かない。
「結界が壊れたら、国境を出なくても転移できそうだ」
国の中心にある王都から国境までは三日ほどかかる。たしかにこの様子では予想以上に早く結界が壊れそうだ。そう思って空を見上げると、ピシッと大きな亀裂が入った。
「あっ! もう壊れます!」
「そうか! では馬車を降りて転移で帰るぞ」
「はい!」
急いで外に出ると、頭上でパアンと結界が割れる音がした。私にだけ聞こえる音。この国が崩壊に向かう始まりの音だ。
私はしばらく空を見上げ、大きく息を吸った。そして王宮がある方向に視線を動かす。
(さようなら。みなさん。次に会う時はわたくしにひざまずいて下さいね)
「行くぞ。しっかり俺につかまっていてくれ」
「はい!」
あの人たちに思いを馳せている時間はない。私は目をぎゅっとつむって、シモン様の体にしがみつく。すると私とシモン様のまわりをグルグルと魔力が回り始め、ふっと体が浮く感覚がした。
そして次の瞬間、ズンと体が地面に押し込まれるような重さを感じ、シモン様が口を開いた。
「着いたぞ。ここがカリエントの王宮だ」
(王宮! 王宮に転移したの?)
その言葉にあわてて目を開けたけど、シモン様に抱きしめられているので景色が見えない。すると背後から突然、女性の声が聞こえてきた。
「あら、シモン。あなたは私の婚約者なのに、なぜ女性を抱きしめているのかしら?」
不機嫌そうな女性の声に、私の心臓はバクンと跳ね上がる。
(婚約者! シモン様のこと、私の婚約者って言った? じゃあ、後ろにいる人は……)
「カリナじゃないか。どうしてここに?」
「あら、もちろんあなたが帰国するって手紙を送ってくるから、迎えに来たんじゃないの」
(手紙……シモン様は彼女と連絡を取り合っていたんだ……)
二人の会話に頭がついていかない。カリエントに婚約者がいると言っていたのは承知の上だ。それなのに二人が手紙のやり取りをしていたという事だけで、私の胸はカッと熱くなっていく。
「さあ、そろそろその女性の正体を教えてちょうだい。顔を見せてくださいな」
(私は悪女になるって決めたじゃない! スカーレット頑張りなさい!)
私はカリナというシモン様の婚約者の声に従い、ゆっくりと振り返った。
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