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11. ジーク王子からの求婚

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 それは朝食を食べて、すぐのことだった。


「ローズ! 大変だ! お前に婚約の申し込みが来ている! 」


 父が突然大声を出して、母と一緒に私の部屋に駆け込んできた。先日サラとしての前世を思い出したばかりの私は、名前を呼ばても気づかずポカンとする。母親に「ローズしっかりして!」と肩を揺すられ、初めて「私だ!」と気づいたくらいだ。


「お父様、どうしたのですか? 私に婚約の申し出とは……?」


 まだ10歳なのに、いくらなんでも婚約は早いのではないだろうか?


「お前はキース王国のジーク王子に、見初められたんだ!」
「ええ!?」


 ぜえぜえと肩で息をしたお父様は、私に手紙を渡してくる。読んでみると、背中がぞわぞわする様な事が書かれてあった。代筆なのだろう、綺麗な筆跡で「ローズの美しさに一目惚れした」だの「一生大切にする」だの、甘い求婚の言葉がずらずらと並んでいる。


 ……絶対におかしい。昨日の様子では私を気に入っているそぶりは全くなく、反対に警戒しているように見えたけど。何か裏がありそうだと思った私は、両親に昨日あった事を話した。もちろん前世の事は抜きで。こういう時に1人で行動して、良い結果になった事はない。私も前世からちゃんと学んでいるんだからね!


「なに? 魔力? おまえ、知ってるか?」
「私の家系で魔力持ちは、いないですけど……」
「それに昨日は、ジーク王子が、お前を見初めた様子は無かったということか?」
「そうよ。むしろ私の体を調べたいと言って、部屋に連れ込もうとしたの」
「なんだと!?」
「フィリップ王子が助けてくれなかったら、私どうなっていたか……」
「なんですって!!」


 広い部屋なのに私達は顔を寄せ合い、なぜかこそこそと話す。しかし私の話を聞くにつれ両親は怒り始め、父は持っていた求婚の手紙をグシャリと握りしめていた。そして私達3人が出した結論は……


「「「怪しい……」」」



「よし! 父さんはちょっとこの手紙を持って、城に行ってくる。もしかしたら偽物かもしれないしな」


 そう言って父はあっという間に城に向かって、エドを連れて帰ってきた。なんで?


「こんにちは、ローズ嬢」


 エドはニコリと私に微笑んでいるけど、機嫌が悪いのがひと目でわかる。私だってこの展開は驚いているんだからね! 私達4人は早速応接室に向かい、話し合いを始めた。



「結論からお伝えしますと、この求婚はローズ嬢の魔力を狙っていると思われます」



 そう言ってエドは、魔力を測る魔術道具を出した。昔もこれで判定したんだっけ。懐かしいな。私がそこに1滴血を垂らすと、針が勢いよく数値の限界まで振り切った。


「判定不能なほど、魔力量が多いとは……」


 エドは眉間にしわを寄せ、私達家族は顔を見合わせる。両親は不安になったのだろう。母は私の手をぎゅっと握りしめ、父は私の肩を抱き寄せた。


「特別に話して良いと陛下から言われていますが、他言無用でお願いします」


 キース王国の王子との縁談に関してだから、もちろん誰にも話すわけはない。だけど陛下の名前まで出ると、大事になっていることを実感して怖くなってくる。私達親子は、こくりと頷いた。


「実はキース王国では最近、魔力を使った兵器を作っているという情報があります」
「へ、兵器ですと!?」
「伯爵は国境付近の山で、金が採掘され始めているのはご存知ですよね?」
「ええ、東のマリス王国との国境付近で、ここ最近採れるようになったとか」



 前世でエドの弟殿下と結婚して、王妃になったソフィア様の出身国だ。マリス王国とはずっと仲が良いんだよね。たしかエドの兄にあたる第2王子が、マリス王国に婿入りしたはず。



「はい、幸い昔からマリス王国とは良好ですが、西のキース王国とはあまり国交が無い状態なのです」
「昔からキース王国は、好戦的でしたからな」
「それが金が採れるようになってからというもの、頻繁に交流を求めてくるようになりまして…まあ、情報が欲しいのだと思います」
「それはつまり……」
「金鉱山がある、我が領土目当てでしょう。キース王国は、今かなり困窮しているようですから」



 父はこの国の宰相様の補佐をしている。本人は「簡単な書類仕事をしているだけだ」と言っているが、城で働いているのでいろんな情報は入ってくるのだろう。エドもそれを前提に話しているようだ。



「いろんな情報を集めたところ、その兵器のために魔力を必要としているのがわかりました。魔力をたくさん持っているローゼ嬢を、確保しておこうと思っているのかと思います」



「こんな小さいのに…魔力だけで王妃にしようと思ってるのかしら」


 母は今すぐにでも私が連れ去られるのでは?と考え、手が震え始めた。それを聞き、エドは顔を歪めて話を続ける。



「……それが最近キース王国は、王族が妃を多く迎えられるように法を改正したのです。今までは一夫一妻制でしたが、王位を継ぐものなら何人でも妃を持つことができるようになりました。それも魔力の補充のためだと思われます」

「それでは王妃などではなく、ローズを愛人の1人の様に置いておくだけかもしれないのですね!」
「魔力が目当てだ。表に出さずにどんな扱いを受けるかわからんぞ!」



 女性を人としてではなく、魔力を吸い取れるモノだとみているの? ジーク王子のあの傲慢な態度を思い出し、ゾッとする。


「今にして思えば、今回の訪問も魔力を多く持った女性を探すためなのでしょう」



 この国の貴族でも隣国の王族になれるならと、娘をキース王国に嫁がせる人はたくさんいそうだ。



「でもその兵器をなんのために……」そこまで言って母は黙り込む。10歳の私に、これ以上血なまぐさいことを聞かせたくないのだろう。エドも両親も黙ってしまった。それでも私は妃教育まで受けた前世の知識があるので、これから起こる事が予想できる。



 キース王国が金を狙って、戦争をしかけてくるのね。どのような兵器かわからないけど、王都全体を狙ったものか、それとも王族だけを狙っているのか。後者だろうな。



 王族だけキース王国に変えればいいだけだもんね。国民や領土を荒らしても修復にお金がかかったり、税金が少なくなるだけで良いことないし。でもどうやって王族だけを狙おうと思ってるのだろう? 私は自分の身に降りかかる危険より、エドの事を心配していた。


 エドを守りたい。
 私は真剣にそれだけを考える。



「そういうことなので、先日ローズ嬢のドレスを汚したお詫びのお茶会ができなくなりました。ローズ嬢はなるべく外出しないように」


 エドが残念そうに私を見つめる。私だってエドと2人で話せないのはつらい。私は自分の気持ちに正直になって、エドに提案をした。


「あの、フィリップ様さえ良ければ、今日少しだけお時間をいただけませんか? お茶にご招待したいのです」


 私の提案を聞いたエドは、ものすごく嬉しそうな顔をしている。たとえ次の予定があったとしても断りそうな勢いだ。


「ぜひ!」
「わあ! 嬉しい! 私2人でお庭のガゼボで、お茶をしたいです!」
「まあ! それは素敵ね。殿下、娘のためにありがとうございます」


 両親も喜んで、メイドにお茶の支度を指示している。不安な話が続いて緊張していた私達に、少しだけ笑顔が戻った。するとエドがにっこり微笑んで、ポケットから小さな箱を出す。


「そうだ、忘れるところだった。これを君に」


 私に見えるように箱を開けると、そこには水色の石がついた指輪が2つ入っていた。よく見るとその石の中には、転移の魔法陣が書いてある。エドは両親と私に、指輪が魔術具で転移ができることを説明した。


「ここに血をたらしてくれる?」


 石に少しだけ血をたらすと、ほんの少し光った。続けてエドも同じ様に、石に血をたらす。


「これで君の場所まで、転移できるようにしたからね。何かあったら、僕がすぐに駆けつける。それでもあまりにも遠くに行かれると、魔力を感知するのが難しくなって時間がかかるけど」



 そう言うとエドは跪き、私の指に指輪をはめる。エドは「はい」と言って、自分用の指輪を私に渡してきた。意地悪そうに笑っちゃって。私が慌てると思ってるんだろうけど、私の気持ちはもう決まっている。


「私も殿下になにかあったら、駆けつけます」


 そう言って、エドの指に指輪をはめた。エドは驚いた顔をしていたが、はめられた指輪を見て幸せそうにしている。


 絶対にエドを守りたい。実際には駆けつけるよりも、私がジーク王子から逃げ続ければいい。それでも同じ気持ちだという事を伝えたかった。



 ジーク王子と戦うなんてことはしない。そんな事してもすぐに捕まって、魔力を吸い取られ利用されるだけ。もうバカな事は考えず、私にできる最良のことをして、エドを守るんだ!



 それを見ていた母は「まあ!王子様からのプロポーズみたい!」と顔を真っ赤にして喜んでいたが、父はあからさまに嫌な顔をして「ローズは駆けつけんで良し!」とふてくされていた。

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