彼女たちの恋愛対象:シーズンⅢ

いちば なげのぶ

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シーズンⅢ-4 家族の反応

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 翌日の昼前に朝美は帰宅した。

 刻文で手に入れた投稿本はビニールの包装のままでまだカバンの中にある、涼子お姉ちゃんが帰ってきたらそのまま手渡す。

 夜になった。

「どう、載ってた?」

 お姉ちゃんに聞いてみた。

 お風呂も上がりさっきお姉ちゃんの部屋に本を持って来たのだ。

「載ってる」

「そう、よかったじゃない。あと二、三週間したら反応わかると思う」

「わかった。朝美、じゃまだからあっち行って」

「えぇぇーっ。私まだ見てないんだから、新春号だから早く見たいのに」

「明日、渡すから。あっち行って」

 しょうがなく部屋に戻る。

 自分勝手なんだからっ。

 本を手渡した時のお姉ちゃん、本を密閉しているビニールがなかなか破れなくて悪戦苦闘して結局、ハサミを持ち出したのに刃の先がどこにも入らなくてしまいにはハサミを広げたままで刃先で上からズブリって、どっかのページきっと傷ついてる気がする。

 そのページに投稿告白してる人がいたら可哀想って思う。

 いや、可哀想なのはお姉ちゃんの方なのかも知れない。

 これで反応が一つもなかったら何と言って慰めればいいのか。

 いまから考えたってしょうがない、その時になってみないと。

 それにしても昨日の美枝子さん。

 朝美の方が最初に体力が尽きてしまった。

 寝入ってしまい目が覚めた時に見た最初の光景はケダモノが何かを食べているって一瞬だが錯覚にとらわれた、美枝子さんがカップ麺を啜《すす》っている姿がそう見えるなんて。

 美枝子さんは、尽きることのない性欲を内に秘めているケダモノなのかも知れない、そんなふうにすら思える。

 ケダモノに犯され続けたんだ。

 何度お母さんの名前を言わされたことか。

 時計を見た、まだ眠くない。

 自然と指が向かうべき場所に向かって行く。

 自分のなら美枝子さんのより細い。

 いざ始めてみると躊躇が先に立ってなかなか前に進めない。

 止めるかどうか迷っていると「五本が欲しいくせに」という悪魔の囁きが聞こえてきた、まるで美枝子さんがすぐ傍にいるみたいだ。

 悪魔と一緒ならやり遂げれるかも知れない。


****


 二週間後、二月中旬。

「ご苦労、小柴の件で少し健将抜きで話がしたい」

 理事長室に呼ばれた美枝子を待っていたのは北部栄心理事長だけで他には誰もいない。
 
「はい」

 小柴次郎への報復の件だ、緊張が走る。

「健将には荷が重いか、工藤理事はどう思う?」

「健将様はやるしかないとのお覚悟をされておりますが」

「儂《わし》が命じたのだからそうなるのは分かるが、しかし、工藤理事の本音を聞かせてもらおう。そのために呼んだのだ、どうだ」

「はい、あのお優しいご性格では限界があるかと」

「うむ。では、どうすればいい」

「私にご命令ください、どんなことでも。もともとは小柴の担当だった私の不手際です、健将様のためにもやらせて下さい。お願いします」

「小柴に会ってこい」

 小柴は今週から病欠扱いで休職させれらている。

 後任の人事部長も同時に発令され、業務に支障は出ていない。

 前日まで元気だっただけに銀行の行内でも休職理由が病気ではないらしいとの噂が出ている、それは当然だろう。

 誰の目にも分かるような転落劇がこれから起こる。 

 当然の報いだ。

 小柴に会うにあたって理事長から受けた命令が一つある。

 美枝子は小柴へ連絡を入れ、その週に自宅に伺う旨を伝えた。


****


「今日は北部宗家の使いで参りました」

「・・・・・・」

「ご家族はご主人の状況をご存じですか」

「あなた、何のこと?」

「いや、それが」

「お父さん、なんかあったの?」

「奥様もお嬢さんもどうして休みを取ってるかご存じじゃないようですね」

「有給休暇でしょ。違うの?なんだか変だわね、あなたっ」

 理事長からの命令は「小柴の家族がいる前で小柴の裏切りを詳細に伝えろ」というもの、そして「家族の反応を見てこい」だ。

 美枝子は裏切りの詳細を家族がいる目の前で小柴が制止するのも構わずに伝えた。

 妻と娘の反応は美枝子が想像したものと驚くほどかけ離れている、まったく違う、なにこの反応ってぐらいに美枝子が思っていたのと違う。

 心配や不安の表情が出て泣き崩れることも覚悟していたのに。

 二人とも怒りだけが全面に出てくる。

 どちらかに釣られて怒るのではない、普通に自分の感情で二人とも怒りを出している。

「あなたっ、なんてことしてくれたのよっ。この泥船がっ」

 なんとなく分かる、自分が嫁いだ男が泥船だったことを知り、知らずに乗船した自分にも腹が立つ、自分が見る目がなかったことに小柴の妻は腹を立てている。

「やっと二年生まで来たのに、あと四年どうしてくれんの。授業料払えないで退学って、もう終わり。お父さんっ、私の人生返して」

 これも分かる。

 だが。

 小柴の反応が分からない、なにも反論しないなんて。

 どこまでも続く妻と娘の罵声を聞いて少し小柴が可哀想になった。

「休職明け、だいたい一か月後ぐらいにもう一度伺います。それまでにご家族でよく話し合っておいて下さい」

「何を話し合えって言うのですか?」

 小柴の妻がすかさず聞いてきた。

「宗家を裏切った皆様の行く末についてです」

 美枝子は小柴だけを外に連れ出すことに決めた。

 近くの公園にしようかとも思ったが寒すぎるのでファミレスに小柴を連れていくことにする。

「ご迷惑をお掛けしました」

「裏切者の末路がどうなるか知らなかったとでも」

「・・・・・・」

「小柴部長、いや、もうただの小柴さん。ご実家からの相続じゃなかったの?お金に困っていたってこと?」

「兄弟五人いますので、実家はそれなりに大きな農家なんですけど」

「ふぅーん、そうなの。刻文からはいったいいくら貰うことになっていたの」

「一億円です」

「えっ」

 詳細を聞くことができた。

 娘の学費と家のローンだけではなかった、小柴の妻の浪費癖が止まらないことが小柴に裏切りの決断をさせていたのだ。

 一億円あれば卒業までの学費と残りの住宅ローンを完済しても手元にまだ三分の一が残るという。

「北部宗家と刻文宗家の話し合いはもう終わっています。一円も手に入りませんよ」

「そうですか、自業自得です」

「あなたはこの後、すぐに役員を解任されます。復職後は関連会社の総務部付でただのスタッフに降格、そして、そう遠からずの間にその関連会社からも放り出されます。その後の勤め先は北部と中野が邪魔をしますので普通のお勤めはムリになるでしょう」

「よく分かりました。すべて受け入れます」

「最後に一つだけ聞かせて下さい。あの場であなたが裏切らなければ白紙投票は誰も出なかった、五対四で前田頭取は解任されなかったのをご存じでしたか」

「・・・・・・」

「どうなんですっ」

「知っていました」

 確信犯だったか。

 だが、ここにいる小柴次郎という人間はあっけないくらい反論も弁解もしてこない、もぬけの殻になってしまったということか。

 美枝子に浮かんだ疑念が一つある。

 息子の正樹から聞いていたあの役員と小柴は違うのかも知れない、今日の今日まで小柴だとばかり思っていたのだがあまりにもイメージが違う、違い過ぎる。

 セクハラ、パワハラ、不倫、何一つ小柴には当てはまらない。


****


 美枝子は報告のためいま理事長室にいる。

 報告を終えた。

 理事長は「さて、どうしたもんか」と言ったきりまったく言葉を発していない、もう、五分ぐらい経過している。

「小柴に一億円の話をもって来たのはどこのどいつなんだ」

 やっと口を開いてくれた。

「刻文銀行の内田紗栄子経営企画部長本人だそうす」

「あの女か。刻文宗家が直接動いたってことだな、一億で北部銀行が手に入るなら安いもんだという発想か。刻文頭取らしい発想でカネの恐ろしさを熟知している」

「はい」

「これからどうすればいい?考えがあるなら言いなさい」

「小柴からすべてを取り上げるという前提ならば、家族も例外ではないのかと」

「と、言うと?」

「離婚させるのはどうでしょうか」

「工藤理事っ、よう言った。儂《わし》と同じ考えだ」

「ありがとうございます」

「うむ。離婚するなら学費を貸し付ける、この条件だけでも破格だと思うが」

「はい、今の小柴家に融資する金融機関は一つもありません、その条件があればあの母娘は承諾すると思います」

「その後はどうする、小柴と裏で繋がらないとも限らんぞ。母娘共に監視せねばならん」

「はい」

「工藤理事が窓口になって監視してくれ」

「はい、そう致します」

「その上でだが、母娘にも甘い顔を見せてはならん」

「・・・・・・」

「学費の方は年ごとに貸し付けるが学費だけだ、学費以外で諸経費があるとしても面倒は見ない。あの家も手放すだろう、母娘にはアパートの手配をしてやる、家賃の面倒は見ない。あの二人によく言い聞かせてやれ」

「わかりました。離婚した場合、それまで専業主婦だった小柴の妻ですが」

「なんだ」

「我々の手元に置いておくというのはいかがでしょうか」

「具体的な考えがあるのか」

「学園の雑用係にすれば誰の目から見ても、家族といえども夫が裏切ればこうなるというのが分かるのではないでしょうか」

「小柴の妻が納得するとは思えんが」

「今のうちから、三年後にはグループのどこかの役職に就けることを提示してやれば、納得するのではないかと」

「さらし者にできるなら儂《わし》に異存はない、すぐに取り掛かってくれ。結果がダメなら次の手を考える」

「承知いたしました」

「すぐにだぞ」

「はい」


****


 理事長室を後にした。

 急がねばならない。

 美枝子はその足で北部健将がいる理事室に向かった。

 同じ理事でも美枝子には個室はない、あるのは次期理事長の健将様だけだ。

「今しがた理事長に呼ばれました」

「何かあったの、慌ててる様子だけど」

 健将様に一通りの経緯を説明し、今後は美枝子自身が小柴一家と交渉することも伝えた。

「何もかも工藤理事に任せきりで申し訳ないです」

「何をおっしゃいます、次期理事長が自ら出向く案件ではありません。ただし、次期理事長が動いたと皆に分からせねば健将様の時代にまた裏切者が出てしまいます、私が動けば健将様のご命令で動いたと誰もが察します」

「よく理解しました。何かあれば言って下さい、全力で協力します」

 理事室を出た。 

 小柴順子の顔が浮かぶ。

 薄顔でツリ目だが化粧の仕方がうまい、小柴は五十歳だが順子の方も同い年ぐらいだろうか、いや、もっと若い、細身のくせに高級品を身にまとって貫禄めいた雰囲気を醸し出しているから年相応より上に見えてしまうのだろう。

 監視するには近くに置いておくのが一番だ。

 雑用係を引き受けさせるのは難しいだろう、そこをどうやるか、やり遂げれば健将様を見る一族の目も大きく変わる、イヤな仕事だが小柴の裏切りは北部一族の最大関心事でもある。

 末路が分かるようにしなければ次の段階に進めない。
 
 北部銀行を取り戻すための動きが次の段階だ、理事長と北部一族は協議に入り何らかの手段を探すことになるだろう、ここまでは美枝子でも想像がつく。

 取り戻しの先頭に誰が立つのか、理事長自らなのか、健将様になるのか、そこは分からないが重要な命令が美枝子に下されるのだけは分かる。

 二〇十六年が波乱の年になるのか、波乱を迎える下準備の年になるのか。

 朝美の顔が浮かぶ。

 肉体的にも精神的にも激務になる中で心のよりどころは朝美しかいない。

 なのに美枝子がこの前したことは綱渡りに等しい、朝美が本当に怒るように仕向けるなんて、そんな恋人同士なんかいない。

 どうしよう。

 今のやり方は美枝子だけが満足しているのかも知れない。

 今度会ったら優しく抱いてやるのはどうだろう、そうだ、そうしよう、言葉をいっぱい掛けて最後まで優しく接してみる。

 どんな反応を見せてくれるか、朝美っ、この前はゴメンね。

 よしっ、これで少し落ち着いた。

 仕事、頑張れる。

 ありがとう、公衆便所。

 あっ、いま何て思ったの、しっくりくる。

 やっぱりこの前のが忘れられない。

 
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