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第3話
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そもそも、好きかどうかは置いておくとしても、琉斗のオフの日にまでわざわざ呼び出して来るくらいなのだから、憎からず思われているのは間違いないのだ。
そして、それに素直に応じた自分自身も、彼と同程度の気持ちではいるはずなのだが――その時ふと湧いた疑問に、琉斗が己の胸の内を省みる機会は失われた。
そういえば。
「せっかく南の島にご招待受けてんのに、なんで海に行かねぇの?」
琉斗はそれこそ、せっかく南国に来ているのだし、休みの日はここぞとばかりにビーチに繰り出していたものだが、ヴィルフリートには海を満喫する様子は見受けられない。プールでこんな風にがっつり泳ぐなら、海へ行くのも同じことのような気がするが、警備等で立場上難しいことでもあるのだろうか。
何ということもない、琉斗の興味本位の質問を受けたヴィルフリートはしかし、目に見えてバツの悪そうな表情を浮かべている。
「…………」
「え? なんか、聞いたらマズイこと?」
琉斗のこの気遣いは、負けず嫌いのヴィルフリートの口を緩める効果があったようだ。重大な事情があると取られることが逆に恥ずかしかったのか、整った顔に「言いたくない」とアリアリと貼り付けたまま、ボソリと呟く。
「――幼い頃、海で溺れたことがあるんだ」
同族で一つの企業体を形成するハンコックは、主に中東からヨーロッパに掛けての広範囲に拠点がある。勢力下の大半が内陸部か砂漠であるために、今日までこの苦手意識を克服することが叶わなかったということなのだろう。先程のように、プールではあれだけ泳げるのだから、それはもはや海水に対するトラウマに近い。
特に珍しい話ではないし、恥ずかしがるようなことでもないけれど、完璧を気取るCEO様にとっては、弱点としか思われないようだ――それこそ、セックスの経験と同じように。
「泳げるのに海だけダメなのかよ。お前『何でも出来ます』みたいな顔して、苦手なこと多すぎだろ」
「――黙れ」
「まぁ、多少弱点があるくらいの方が、人として好感は持てるよな、可愛くて」
「なっ、……取り消せ!」
憮然とした顔で琉斗の軽口を受け流そうとしたらしいヴィルフリートは、よほど「可愛い」という表現が気に入らなかったのか、語気を荒げた。深刻にならないよう、敢えて茶化した琉斗の意図通りだ。
揶揄い、ふざけ合ううちに、いつの間にかふたりの距離は近付いていたらしい。おそらくは琉斗のお喋りな口を塞ごうとしたらしいヴィルフリートが、驚いた様子で動きを止める。
しかし、身を離そうとはしなかった。それが彼からの好意の証のような気がして、何だか気分が良い。
琉斗はヴィルフリートのエメラルド色の瞳を、至近距離で覗き込んだ。そのまま逞しい身体に凭れ掛かるようにして、首の後ろに手を回す。
「――今日はオフだからな。じっくり愉しめるぜ?」
「………………」
情欲に染まったヴィルフリートの目が、琉斗の身体を舐め回すように見詰める。ゴクリと生唾を飲む音が聞こえて、琉斗は満足げに笑みを深めた。
出来た秘書官は、とっくに空気を読んで、席を外しているようだ。
ヴィルフリートの腕が琉斗の背に回され、しっかりと抱き寄せられる。
どちらからともなく噛み付くような口付けを交わした、それが行為の合図だった。
そして、それに素直に応じた自分自身も、彼と同程度の気持ちではいるはずなのだが――その時ふと湧いた疑問に、琉斗が己の胸の内を省みる機会は失われた。
そういえば。
「せっかく南の島にご招待受けてんのに、なんで海に行かねぇの?」
琉斗はそれこそ、せっかく南国に来ているのだし、休みの日はここぞとばかりにビーチに繰り出していたものだが、ヴィルフリートには海を満喫する様子は見受けられない。プールでこんな風にがっつり泳ぐなら、海へ行くのも同じことのような気がするが、警備等で立場上難しいことでもあるのだろうか。
何ということもない、琉斗の興味本位の質問を受けたヴィルフリートはしかし、目に見えてバツの悪そうな表情を浮かべている。
「…………」
「え? なんか、聞いたらマズイこと?」
琉斗のこの気遣いは、負けず嫌いのヴィルフリートの口を緩める効果があったようだ。重大な事情があると取られることが逆に恥ずかしかったのか、整った顔に「言いたくない」とアリアリと貼り付けたまま、ボソリと呟く。
「――幼い頃、海で溺れたことがあるんだ」
同族で一つの企業体を形成するハンコックは、主に中東からヨーロッパに掛けての広範囲に拠点がある。勢力下の大半が内陸部か砂漠であるために、今日までこの苦手意識を克服することが叶わなかったということなのだろう。先程のように、プールではあれだけ泳げるのだから、それはもはや海水に対するトラウマに近い。
特に珍しい話ではないし、恥ずかしがるようなことでもないけれど、完璧を気取るCEO様にとっては、弱点としか思われないようだ――それこそ、セックスの経験と同じように。
「泳げるのに海だけダメなのかよ。お前『何でも出来ます』みたいな顔して、苦手なこと多すぎだろ」
「――黙れ」
「まぁ、多少弱点があるくらいの方が、人として好感は持てるよな、可愛くて」
「なっ、……取り消せ!」
憮然とした顔で琉斗の軽口を受け流そうとしたらしいヴィルフリートは、よほど「可愛い」という表現が気に入らなかったのか、語気を荒げた。深刻にならないよう、敢えて茶化した琉斗の意図通りだ。
揶揄い、ふざけ合ううちに、いつの間にかふたりの距離は近付いていたらしい。おそらくは琉斗のお喋りな口を塞ごうとしたらしいヴィルフリートが、驚いた様子で動きを止める。
しかし、身を離そうとはしなかった。それが彼からの好意の証のような気がして、何だか気分が良い。
琉斗はヴィルフリートのエメラルド色の瞳を、至近距離で覗き込んだ。そのまま逞しい身体に凭れ掛かるようにして、首の後ろに手を回す。
「――今日はオフだからな。じっくり愉しめるぜ?」
「………………」
情欲に染まったヴィルフリートの目が、琉斗の身体を舐め回すように見詰める。ゴクリと生唾を飲む音が聞こえて、琉斗は満足げに笑みを深めた。
出来た秘書官は、とっくに空気を読んで、席を外しているようだ。
ヴィルフリートの腕が琉斗の背に回され、しっかりと抱き寄せられる。
どちらからともなく噛み付くような口付けを交わした、それが行為の合図だった。
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