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第4話
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休憩時間。琉斗はメインロッジ裏手の庭園へと一人、足を運んだ。
フワフワとしたまま何とか無難に仕事はこなせたものの、やはり頭を冷やす必要があると考えたからだ。
招待客が外の空気を吸うために出歩くには少々距離があり、また人目を忍んだ密会をするにも、枝の茂らない南国の木々は見通しが良すぎて不向きな庭園は、しんと静まり返っている。
舗装された小道をぼんやりと辿りながら、琉斗は重たい息をついた。「ヴィルフリートに想う相手が出来たらしいことに、ショックを受けている」――その事実さえもがショックで、思考が纏まらない。
そこへ追い打ちをかけるように、割って入った声があった。
「――やぁ。こんな所に居たんだね」
驚いて振り返ると、通り過ぎたばかりのオアシス風の池を迂回して、追い掛けて来る人物がある。
見覚えのある姿に、琉斗は思わず眉をひそめた。スラリと背の高い、高級そうなタキシードを敢えて着崩した、金髪の欧米人――先程会場内で、しつこく声を掛けてきた男だ。同僚達の援護もあって、あの場は何とか事を荒立てないよう切り抜けられたのだが、運悪くまた鉢合わせてしまったらしい――いや、こんなひと気のない場所まで一人で忍んで来る者がいるとも思えないから、尾けられたという方が正しいのかもしれない。迂闊だった。
「東洋人に興味はなかったはずなんだが……君のその神秘的なアーモンド・アイに、心を揺さぶられてしまったようだ」
琉斗の後悔をよそに、男は歯の浮くようなセリフを口にしながら、グイグイと距離を縮めて来る。「お前の好みなんか知らねえよ!」と吐き捨てられれば良いのだが、スタッフとしての素性がバレているため、邪険には出来ない。
「ええと、あの、スミマセン……」
ゴニョゴニョと言葉にもならない単語を並べ立てながら、琉斗は無意識のうちに後退った。間近に迫った男の顔は、よく見ればなかなか綺麗に整っている。
――そういえば、アイツとの出逢いも、こんな感じだったな。
宿泊客と従業員、身元が割れているために怒らせる訳にはいかないというシチュエーションに、琉斗の脳裏をヴィルフリートの影が掠める。
「――ッ!?」
その隙を、男は見逃さなかった。慣れた手付きで腰に手が回され、抗う間もなく抱きすくめられる。
「後で僕の部屋へ来て。――いいね?」
耳元でささやかれて、琉斗はゾッと総毛だった。咄嗟に突き飛ばそうともがいたところで、更に別の声が鋭く響き渡る。
「――何をしている!?」
振り返ったのは男と琉斗で、ほとんど同時だった。それが脳裏に浮かんだ男――ヴィルフリートだとわかって、琉斗の身体から強張りが解ける。
野性的な美貌に厳しい表情を浮かべたヴィルフリートは、颯爽と近付いてきた。
「彼は私のバトラーだが、何か?」
その圧倒的な威圧感に、欧米人の優男がそそくさと退散したのは言うまでもない。こんな上流階級のパーティーに招かれる身分であるならば、男も当然、ヴィルフリート・ハンコックの容姿について、知らない訳がなかったのだろう。どんな分野でも、怒らせてはいけない相手というのは存在するものだ。
「……ありがとな」
言い澱みながらも、琉斗は感謝を述べた。助けに来てくれたことは純粋に嬉しい。そんな自分の反応が、女の子みたいで気恥ずかしいというのもある。
しかし改めて、彼には自分以外に大事に想う相手がいるのだという事実に、胸の奥がチクリと痛んだ。
更には、当のヴィルフリートから返って来たのは、厳しい叱責。
「君は先程からどうしたんだ!」
グイと腕を掴まれ、無理矢理視線を合わせられる。この口振りではどうやら、会場内で誘われていたところから、全部見られていたらしい。
この時の琉斗は、ヴィルフリートが自分よりも年下で、なおかつ年齢よりも幾分子供っぽいところがあるという事実を失念していた。ヴィルフリートの複雑な(それでいてある意味では単純な)心境を見抜けるほどの余裕がなかった、というのが正しいのかもしれない。
年下の男の心の機微に気付けなかった琉斗は、腕の痛みと相俟って、理不尽に叱られているような気分になってきた。
「なんでイチイチ上から目線なんだよ。お前は俺の上司かっての」
反発を覚えるまでは正当であっても、言い分はほとんど因縁に近い。それはきっと、自分の知らない彼の想い人の存在が原因だ。それをわかっていながら、悪態を止めることが出来ない。
「CEO様だか何だか知らないけど、俺にだって色々あるんだよ! 年下にゴチャゴチャ言われることじゃねえわ!」
琉斗の悪口に、ヴィルフリートはわずかに口元を歪める。自分に対しての歳の差という、決して覆すことの出来ない関係性が、彼のコンプレックスの一つでもあったらしいことに、その時琉斗は初めて思い至った。
しかしヴィルフリートは、そこで同じように声を荒げるほど、幼くはなかった。悔しげな表情こそ浮かべているものの、反論は既に冷静さを取り戻している。
「確かに、私は君より若く、事によっては経験値で劣ることもあるだろう。――だが、成すべきことや、やりたいことから目を背けるような真似はしていない」
「!」
琉斗はハッと目を見開いて、ヴィルフリートを凝視した。
フワフワとしたまま何とか無難に仕事はこなせたものの、やはり頭を冷やす必要があると考えたからだ。
招待客が外の空気を吸うために出歩くには少々距離があり、また人目を忍んだ密会をするにも、枝の茂らない南国の木々は見通しが良すぎて不向きな庭園は、しんと静まり返っている。
舗装された小道をぼんやりと辿りながら、琉斗は重たい息をついた。「ヴィルフリートに想う相手が出来たらしいことに、ショックを受けている」――その事実さえもがショックで、思考が纏まらない。
そこへ追い打ちをかけるように、割って入った声があった。
「――やぁ。こんな所に居たんだね」
驚いて振り返ると、通り過ぎたばかりのオアシス風の池を迂回して、追い掛けて来る人物がある。
見覚えのある姿に、琉斗は思わず眉をひそめた。スラリと背の高い、高級そうなタキシードを敢えて着崩した、金髪の欧米人――先程会場内で、しつこく声を掛けてきた男だ。同僚達の援護もあって、あの場は何とか事を荒立てないよう切り抜けられたのだが、運悪くまた鉢合わせてしまったらしい――いや、こんなひと気のない場所まで一人で忍んで来る者がいるとも思えないから、尾けられたという方が正しいのかもしれない。迂闊だった。
「東洋人に興味はなかったはずなんだが……君のその神秘的なアーモンド・アイに、心を揺さぶられてしまったようだ」
琉斗の後悔をよそに、男は歯の浮くようなセリフを口にしながら、グイグイと距離を縮めて来る。「お前の好みなんか知らねえよ!」と吐き捨てられれば良いのだが、スタッフとしての素性がバレているため、邪険には出来ない。
「ええと、あの、スミマセン……」
ゴニョゴニョと言葉にもならない単語を並べ立てながら、琉斗は無意識のうちに後退った。間近に迫った男の顔は、よく見ればなかなか綺麗に整っている。
――そういえば、アイツとの出逢いも、こんな感じだったな。
宿泊客と従業員、身元が割れているために怒らせる訳にはいかないというシチュエーションに、琉斗の脳裏をヴィルフリートの影が掠める。
「――ッ!?」
その隙を、男は見逃さなかった。慣れた手付きで腰に手が回され、抗う間もなく抱きすくめられる。
「後で僕の部屋へ来て。――いいね?」
耳元でささやかれて、琉斗はゾッと総毛だった。咄嗟に突き飛ばそうともがいたところで、更に別の声が鋭く響き渡る。
「――何をしている!?」
振り返ったのは男と琉斗で、ほとんど同時だった。それが脳裏に浮かんだ男――ヴィルフリートだとわかって、琉斗の身体から強張りが解ける。
野性的な美貌に厳しい表情を浮かべたヴィルフリートは、颯爽と近付いてきた。
「彼は私のバトラーだが、何か?」
その圧倒的な威圧感に、欧米人の優男がそそくさと退散したのは言うまでもない。こんな上流階級のパーティーに招かれる身分であるならば、男も当然、ヴィルフリート・ハンコックの容姿について、知らない訳がなかったのだろう。どんな分野でも、怒らせてはいけない相手というのは存在するものだ。
「……ありがとな」
言い澱みながらも、琉斗は感謝を述べた。助けに来てくれたことは純粋に嬉しい。そんな自分の反応が、女の子みたいで気恥ずかしいというのもある。
しかし改めて、彼には自分以外に大事に想う相手がいるのだという事実に、胸の奥がチクリと痛んだ。
更には、当のヴィルフリートから返って来たのは、厳しい叱責。
「君は先程からどうしたんだ!」
グイと腕を掴まれ、無理矢理視線を合わせられる。この口振りではどうやら、会場内で誘われていたところから、全部見られていたらしい。
この時の琉斗は、ヴィルフリートが自分よりも年下で、なおかつ年齢よりも幾分子供っぽいところがあるという事実を失念していた。ヴィルフリートの複雑な(それでいてある意味では単純な)心境を見抜けるほどの余裕がなかった、というのが正しいのかもしれない。
年下の男の心の機微に気付けなかった琉斗は、腕の痛みと相俟って、理不尽に叱られているような気分になってきた。
「なんでイチイチ上から目線なんだよ。お前は俺の上司かっての」
反発を覚えるまでは正当であっても、言い分はほとんど因縁に近い。それはきっと、自分の知らない彼の想い人の存在が原因だ。それをわかっていながら、悪態を止めることが出来ない。
「CEO様だか何だか知らないけど、俺にだって色々あるんだよ! 年下にゴチャゴチャ言われることじゃねえわ!」
琉斗の悪口に、ヴィルフリートはわずかに口元を歪める。自分に対しての歳の差という、決して覆すことの出来ない関係性が、彼のコンプレックスの一つでもあったらしいことに、その時琉斗は初めて思い至った。
しかしヴィルフリートは、そこで同じように声を荒げるほど、幼くはなかった。悔しげな表情こそ浮かべているものの、反論は既に冷静さを取り戻している。
「確かに、私は君より若く、事によっては経験値で劣ることもあるだろう。――だが、成すべきことや、やりたいことから目を背けるような真似はしていない」
「!」
琉斗はハッと目を見開いて、ヴィルフリートを凝視した。
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