不°埒なロマンス〜発展途上なスパダリ候補様の性技指南役を拝命しました

朱童章絵

文字の大きさ
14 / 23
第4話

しおりを挟む
 休憩時間。琉斗りゅうとはメインロッジ裏手の庭園へと一人、足を運んだ。
 フワフワとしたまま何とか無難に仕事はこなせたものの、やはり頭を冷やす必要があると考えたからだ。
 招待客が外の空気を吸うために出歩くには少々距離があり、また人目を忍んだ密会をするにも、枝の茂らない南国の木々は見通しが良すぎて不向きな庭園は、しんと静まり返っている。
 舗装された小道をぼんやりと辿りながら、琉斗は重たい息をついた。「ヴィルフリートに想う相手が出来たらしいことに、ショックを受けている」――その事実さえもがショックで、思考が纏まらない。
 そこへ追い打ちをかけるように、割って入った声があった。
「――やぁ。こんな所に居たんだね」
 驚いて振り返ると、通り過ぎたばかりのオアシス風の池を迂回して、追い掛けて来る人物がある。
 見覚えのある姿に、琉斗は思わず眉をひそめた。スラリと背の高い、高級そうなタキシードを敢えて着崩した、金髪の欧米人――先程会場内で、しつこく声を掛けてきた男だ。同僚達の援護もあって、あの場は何とか事を荒立てないよう切り抜けられたのだが、運悪くまた鉢合わせてしまったらしい――いや、こんなひと気のない場所まで一人で忍んで来る者がいるとも思えないから、尾けられたという方が正しいのかもしれない。迂闊だった。
「東洋人に興味はなかったはずなんだが……君のその神秘的なアーモンド・アイに、心を揺さぶられてしまったようだ」
 琉斗の後悔をよそに、男は歯の浮くようなセリフを口にしながら、グイグイと距離を縮めて来る。「お前の好みなんか知らねえよ!」と吐き捨てられれば良いのだが、スタッフとしての素性がバレているため、邪険には出来ない。
「ええと、あの、スミマセン……」
 ゴニョゴニョと言葉にもならない単語を並べ立てながら、琉斗は無意識のうちに後退った。間近に迫った男の顔は、よく見ればなかなか綺麗に整っている。
 ――そういえば、アイツとの出逢いも、こんな感じだったな。
 宿泊客と従業員、身元が割れているために怒らせる訳にはいかないというシチュエーションに、琉斗の脳裏をヴィルフリートの影が掠める。
「――ッ!?」
 その隙を、男は見逃さなかった。慣れた手付きで腰に手が回され、抗う間もなく抱きすくめられる。
「後で僕の部屋へ来て。――いいね?」
 耳元でささやかれて、琉斗はゾッと総毛だった。咄嗟に突き飛ばそうともがいたところで、更に別の声が鋭く響き渡る。
「――何をしている!?」
 振り返ったのは男と琉斗で、ほとんど同時だった。それが脳裏に浮かんだ男――ヴィルフリートだとわかって、琉斗の身体から強張りが解ける。
 野性的な美貌に厳しい表情を浮かべたヴィルフリートは、颯爽と近付いてきた。
「彼は私のバトラーだが、何か?」
 その圧倒的な威圧感に、欧米人の優男がそそくさと退散したのは言うまでもない。こんな上流階級のパーティーに招かれる身分であるならば、男も当然、ヴィルフリート・ハンコックの容姿について、知らない訳がなかったのだろう。どんな分野でも、怒らせてはいけない相手というのは存在するものだ。
「……ありがとな」
 言い澱みながらも、琉斗は感謝を述べた。助けに来てくれたことは純粋に嬉しい。そんな自分の反応が、女の子みたいで気恥ずかしいというのもある。
 しかし改めて、彼には自分以外に大事に想う相手がいるのだという事実に、胸の奥がチクリと痛んだ。
 更には、当のヴィルフリートから返って来たのは、厳しい叱責。
「君は先程からどうしたんだ!」
 グイと腕を掴まれ、無理矢理視線を合わせられる。この口振りではどうやら、会場内で誘われていたところから、全部見られていたらしい。
 この時の琉斗は、ヴィルフリートが自分よりも年下で、なおかつ年齢よりも幾分子供っぽいところがあるという事実を失念していた。ヴィルフリートの複雑な(それでいてある意味では単純な)心境を見抜けるほどの余裕がなかった、というのが正しいのかもしれない。
 年下の男の心の機微きびに気付けなかった琉斗は、腕の痛みと相俟って、理不尽に叱られているような気分になってきた。
「なんでイチイチ上から目線なんだよ。お前は俺の上司かっての」
 反発を覚えるまでは正当であっても、言い分はほとんど因縁に近い。それはきっと、自分の知らない彼の想い人の存在が原因だ。それをわかっていながら、悪態を止めることが出来ない。
「CEO様だか何だか知らないけど、俺にだって色々あるんだよ! 年下にゴチャゴチャ言われることじゃねえわ!」
 琉斗の悪口あっこうに、ヴィルフリートはわずかに口元を歪める。自分に対しての歳の差という、決して覆すことの出来ない関係性が、彼のコンプレックスの一つでもあったらしいことに、その時琉斗は初めて思い至った。
 しかしヴィルフリートは、そこで同じように声を荒げるほど、幼くはなかった。悔しげな表情こそ浮かべているものの、反論は既に冷静さを取り戻している。
「確かに、私は君より若く、事によっては経験値で劣ることもあるだろう。――だが、
「!」
 琉斗はハッと目を見開いて、ヴィルフリートを凝視した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年── かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。 そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。 冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……? 若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...