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13)琴葉と『家族』の変化
しおりを挟む寅治郎が離婚届を書き終えたのを見届けるのと同時に、警察が令状を持って真琴を逮捕しにやってきた。真琴はそれを驚くこともなく、やってきた警察のみんなに対し、ご苦労様と話しかけて驚かせた。
玄関についた時、真琴は艶やかに微笑んで、寅治郎に向かい合って深くお辞儀をしてみせた。
「貴方は私にとっては最低の夫。それでも・・・愛する人だからこそ、傍にいたのですわ。もうお会いすることはないでしょうが、貴方がこれから子ども達と向き合って良き父親となられることを期待しておりますわ。・・・どうぞお元気で。」
全員を見渡して毅然とした笑みを浮かべてパトカーへと裾を翻して乗っていった真琴を見たのが、最後となった。それからはあっという間にテレビや新聞で報道されてニュースとなった。
有名な椛屋家の不祥事問題ということもあって、代々的に取り上げられ、マスコミは椛屋家の人間達を追いかけまわすのに躍起になっていた。
そんなマスコミたちへの対応に忙しかったこともあり、椛屋家は慌ただしくなっていた。
琴葉はというと、内密に城野宮家に帰され、世間から隔離された状態で静養していた。琴葉の無事を確認した小百合は早々に寮へと戻っていったが、入れ替わりで戻ってきた椿が看病していた。
「美琴姉様!」
「久しぶりね・・・ようやく貴方に会えてほっとしたわ。」
ようやく報道が落ち着いたある日、美琴が琴葉と会いたいと連絡があり、引き合わされた。
部屋は異様な雰囲気に包まれ、美琴が泣きそうな笑みを見せていることに気づいた。なぜか傍には、旦那様と黒川執事長も立っていて、椿でさえも困惑した顔を見せている。頭に包帯を巻いていた琴葉は重苦しい雰囲気に戸惑いながらも美琴に向かって口を開いた。
「あの、顔色が優れませんが、どうかなされたのでしょうか。」
「琴葉、よく聞いてちょうだい。お父様とお母様が離婚したことは聞いていますわね?」
「え、ええ。その関係で椛屋家はお忙しいところだとお聞きしました。」
「その通りよ。そしてその後すぐに、お母様が三郎を殺した容疑で逮捕されましたの。」
「・・・・・・え?!」
「そして・・・お母様は・・・うう・・・」
琴葉はようやくその時気づいた。みんなが黒い服を来ている意味に・・・つまり、喪服姿を着ているのだ。まさかと震えながらも紡いだ声は自分の声ながらもやけに遠く感じられた。
「・・・そんな、嘘でしょう・・・あの真琴様が・・・?」
目の前が真っ暗になっているのに、脳裏に過去の出来事が映像として次々と浮かんでくるのはなぜだろうか。懐かしい過去、思い出、全てが琴葉の脳裏の中で鮮やかに蘇(よみがえ)る。
(真琴様・・・いえ、お母様っ・・・どうして!)
小さい頃、お母様は優しかった。
髪の毛を編んでくれて、姉である琴華とお揃いの服を着せてくれたお母様。
「ふふ、可愛いですわね」って微笑んでは私達の頭を撫でてくれた時もあった。
それなのにいつから?
いつからお母様は鞭をふるうようになった?
いつから名前で呼ぶようになった?
いつ?
いつから――――???
(・・・っ・・・・頭が・・・痛い・・・っ!!)
『やめて、やめて、お兄ちゃん!!!』
『うるせー!!モノがしゃべるわけないだろ、黙って殴られていろ!』
また、あの光景だ。
脳裏に浮かぶ、手足を縛られて泣いているツインテールの女の子。
向かい合って立っている男の子も見えた。
(あの時の・・そうだ・・・・この子は昔の私だ・・・じゃあ、この男の子は一体だれなの?)
崖の上にあった水際の側に生えている木に縛られてサンドバックになっていた琴葉。
痛い痛いって泣いては叫んで、また叩かれ、蹴られての繰り返し。
まだ幼い琴葉の顔がバンバンに腫れ、折れた歯から血が出ている様子を見て笑っていた男の子の顔には愉悦の感情が浮かんでいた。
『あははっ!!』
『何をしているの!・・・・!』
(真琴様の・・・・声!? それに、この男の子を知っているの・・・?)
『あ、やっべ、見つかった。しょうがねぇなぁ。』
真琴の声に気づいた男の子は残念そうにハサミを鳴らした。琴葉の前に向けられたハサミを見た真琴は悲鳴をあげたが、男の子はそれを無視し、紐をばっさりと切った後、琴葉をおもいっきり押した。もともと崖にあった木に縛られていたこともあり、落ちるのは当然のように川がある方向。
琴葉の小さくて軽い身体は風にあおられて宙に浮き、川の方へと垂直に落ちていった。
最後に見たのは男の子の嗤った顏。
最後に耳に届いたのはあの人の声。
川へ落ちた時は痛みで気力もなかったが、それでも溺れまいと手を動かそうと必死だった記憶がある。
『やだっ・・・・・!!』
(そうだ・・・私はこの子に落とされて・・・そしたら、真琴様の声が・・・)
「大丈夫なのっ・・琴葉が・・・三郎、なんてことを!!!」
(さぶ・・・ろう・・・・・三郎・・・・あああっ!?)
三郎という名前を聞いたとたん、ずっとおかしいと思っていた違和感が一瞬にして剥がれていった。なぜか消し去っていた存在。
ずっと忘れていた懐かしいもう一人の兄の声。
バラバラになっていた記憶に思い出の破片がぴったりと次々とはまっていく。そのたびに鮮明になっていく思い出の中にずっと感じていた違和感が三郎の姿として形を成して現れた。
そうだ、私は兄様にいじめられていた。
いつも泣く私を見ては面白そうに笑っていた三番目の兄様。
体中に今もなお残る傷も、三郎兄様の仕業だった。
(私を突き落としたのは三郎兄様だった・・・あの水飛沫が記憶も一緒に吹き飛ばしたんだわ)
忘れていた名前と姿が結びつく。
あっという間に溢れ出た記憶から裏付けていくと真実が見えてくる。
やっと解った。ようやく気づいた。
何故、真琴様が敢えて名前を呼ぶようにしたのか。何故、鞭で打ち出したのか。
全部、この男の子のことを隠すためだったんだ・・・・!!
我に返ったとき、琴葉は一筋の涙を流していた。抱きしめていた美琴が気づかわし気に見守っていた。周りも心配そうに見守っていた。全員の顔を眺めて、最後に美琴を見た琴葉は涙をふき取って、ようやく目に光を宿した。その場にいた全員が、はっきりとした口調と三郎の名前が出たことで彼女が失っていた記憶を思い出したのだと悟った。
「琴葉?!」
「・・・もう、大丈夫です。美琴姉様。どうかお願い、お母様のところへ連れて行ってください。」
「でも、大丈夫なの?」
「お別れの挨拶とお礼ぐらいは直接言わせてください。あの人は、私のために、そして三郎兄様のために、母であることを捨ててしまった人です。だからこそ、せめて最後ぐらい母と呼びたいのです。だから、どうかお願いします。」
「・・・思い出したのですわね・・・解りました。明日葬式の予定なのです。だから、今夜しかなくて・・・琴葉が大丈夫であればと誘おうと思ってまいりましたの。」
そう言いながら美琴は鞄から喪服を取り出し、琴葉の前へと差し出した。着替え終わった琴葉を含めた全員が車に乗り、椛屋家の葬式会場へと向かった。琴葉は美琴と一緒に車の後座席に座っていた。その時になって琴葉は母が三郎を殺したことも含めて詳しい経緯を知った。
「・・・警察の実地検分の時に、お母様も立ちあったのです。その山へ着いた時、突然トイレを希望されたので、婦警が一人付き添っていたのですが、降りる隙をついて行方不明になったそうです。捜索して見つけた時には・・・毒を飲み、ナイフで首を掻っ切った状態で横たわっていたそうです。場所も丁度、三郎が死んでいた場所と同じだったと聞いていますわ。」
「毒にナイフって・・そんなのすぐに解るのでは?」
「いつもお母様が愛用していた扇にナイフが仕込まれていたのです。毒は・・・ネイルからでしたわ。」
「ネイル・・・あっ、あのいつも深紅に染めていた・・・」
「ええ。いやに真っ赤だったでしょう。あのネイルから毒が検出されたのです・・・。全てを告白した遺書も母様の部屋から見つかりました。」
目を瞑れば思い出す。母がいつも身に着けていた毒々しいほどの深紅
血の色でしかない妖しい色をのせた唇や爪
(あれも今にして思えば、お母様なりの決意・・・)
「・・・お母様は三郎兄様と同じ場所で自殺なされたのですね。」
「ええ。お母様なりの清算だったのかも知れません。もう、今となっては解りませんが・・・あの人らしいケジメだと思いましたわ。」
車が止まり、葬式会場に到着したのだと解る。車を降りると、執事の山田が複雑そうな顔で礼をして誘導しだした。それについていくと、祭壇が見えた。白くて長い桐箱・・・棺が目の前にある。
まだ時間の前と言うこともあり、誰もいない。琴葉はふらふらとその棺へと近寄って、そっと覗いた。そこには生前と変わらぬ肌白い真琴が目を瞑って横たわっていた。その死に顔の紅や爪はもう禊を済ませたかのように白くなっていた。
ずっとずっと呼べなかった『お母様』。
その呼び方を今になってようやく口にできることに安堵と悲しみが溢れた。
「ごめん、なさい・・・お母様・・・・!!」
(・・・記憶が戻った時に三郎兄様の存在を思い出せなかったのは、お母様の仕業だとすぐにわかりました。いつも優しく、私達を育てて下さったお母様が、いきなり豹変したのには驚いたけれども、どこかでおかしいと感じていたのもまた事実でしたから。)
貴方はおっしゃられた。これからは母ではなく名前でお呼びなさいと。
貴方はおっしゃられた。これからは琴華を様付けで呼びなさいと。
貴方はおっしゃられた。この家にいたことをを忘れなさいと。
貴方はおっしゃられた。この家は貴方の家じゃない、お前の居場所ではないわと。
今なら私のためだと言ってくださったことがわかります。
きっと、三郎兄様のことを思い出せたくなかった。私を虐待していた兄様に関わることを全て忘れさせようと、この家に関わらせないことで三郎様と私を結びつけるものを断ち切らせようと、色々工夫なさっておられたのでしょう。
それが、例え、自分を傷つけ、家族が離れ離れになるとしても、それが私のためになると信じて。
(旦那様のところへ行くように仕向けたのも、三郎の影響を強く受けてしまっている姉である琴華と引き離すため。そしておそらくは旦那様が医者であることも見越して何かあったときのためにと。姉を海外に行かせようとしたのもおそらく・・・私と琴華、2人のためですよね。)
あの人なりに私のことを愛してくれていた。
それはとても不器用で、そしてとてもやさしいやり方で。
それはかつて、私や姉を撫でてくれたあの頃の母を思い起こさせる。
気配を感じて振り返ると、そこには喪服姿の琴華が呆然と立っていた。思わず名前を呼んでしまったが、琴華は気づいていない。ふらふらと真琴が眠っている棺に縋りつき、涙を流しながら叫びだした。
「・・・何故よ、お母様。なんで死ななきゃいけなかったの?誰が悪いの?何が悪いの?ねぇ?私を・・・海外に行かせるほど嫌いだった?私が三郎兄様と一緒に琴葉をいじめていたから?もう・・・やらないわ。もう二度といじめないって約束するわ。だからどうか・・・・どうか・・・生き返って・・どうかお願い。昔のように私と琴葉を抱きしめて・・・愛してるって言って!!!」
涙を流しながら懇願するが、それでも真琴が生き返るわけではない。静かに眺めていた琴葉だったが、その後ろからやってきた美琴が手紙を取り出し、琴華に向かって差し出した。
「・・・母様からあなたへの手紙ですわ。」
「お母様から?」
ぼんやりとその手紙を受け取り、読みだした琴華の目にみるみるうちに涙が溢れ出る。読み終えた琴華は手紙を畳みながら口を開いた。
「・・・もう一度あの頃のように私と琴葉を抱きしめたかったって書いてあったわ。・・・でも、資格がないって。バカバカしい。だって、お母様はずっとお母様だもの。鬼なわけないでしょう。琴葉だって・・・大事な妹だって解っているわよ。でも・・・脳裏で解っていても・・どうしても否定してしまうの。身体がどうしても動いてしまうのよ。」
「・・・お母様はその反応こそが三郎に影響を受けている証拠だと。だからこそ、貴方を海外にやって、精神科に強いお医者様の診断を受けさせたかったのですって。貴方の婚約者となるはずだった方は昔貴方と幼馴染だったそうで、よく遊んだこともあるから貴方への理解もあるとか。どうするおつもりですの?」
美琴の言葉に意を決したように琴華が涙を拭いた。いきなり話を振られた琴葉だが、姉を見る姿にいつもの他人行儀な仕草はせず、毅然とした態度でかつて仲が良かった頃と同じように対等に話しはじめた。
「・・・琴葉、貴方は私をどう思っているの?」
「琴華、私とあなたは双子で生まれた。あなたが姉とはいえ、場合によっては私があなただったかも知れない。貴方が私だったかもしれない。だからこそ・・・お互いの傷をなめあうようなことはしたくない。だからこそ、私は貴方を警察に突き出すなんて優しいことはするつもりはないです。」
「・・・・ええ、私もあんたと一緒に傷をなめあうなんてしたくない。だって、私達は姉妹だもの。」
「初めて意見が一致しましたね・・・しばらくお会いすることはないと思いますが、お元気で。」
「・・・ええ。あんたも、ね。」
聞いていた美琴はまったくさっぱりだったが、不思議と琴葉には姉の言いたいことが解っていた。そして、姉の方でも、琴葉の気持ちを正しく受け止めたのだろう。その証拠に立ち上がった琴華に涙はなかった。すっくと立ちあがり、ずかずかとがに股で歩き出した。
それを唖然と見ていた美琴が慌てて止めようとするが、そこで振り返った琴華にいつものつんつんとした態度はみられず、それどころか凛とした雰囲気で、どことなく真琴を思い出させた。
「ちょっと、どこへ行きますの?」
「・・・どこへって決まってるでしょ。婚約者の所よ。ああ、住所も大丈夫。・・・お母様の遺言に書いてあったわ。それに・・・『椛屋家の人間として自分のやったことへのケジメをつけなさい。そして、できるならば、お互いの幸せのために琴葉と離れなさい』とも。・・・もう遅いけれど、せっかく琴葉やお母様が与えてくれたチャンスだし、もう逃げないつもりよ。これからはお母様のように・・・自分に厳しく生きていくわ。それから、私の所業に婚約者が逃げたとしても、海外には別の方法で行くのでご心配なく。じゃあね。」
言い切った時、琴華は後ろを振り返らず、まっすぐにドアを開けて出ていった。思わぬ妹の成長に唖然としていた美琴だったが、琴葉は当然とばかりに微笑んでいた。
「え・・・今のは・・・あの琴華なの?え?立ち直りが早くないかしら?」
「美琴姉様。お忘れですか、私達はお母様の血を引いています。それに、私の双子の姉ですよ。その気になれば、三郎兄様の悪影響なんてすぐに吹っ飛ばしてくれますわ。」
「・・・そう、ね。それで、琴葉にも手紙があるのだけれど、見るかしら?」
「受け取りますが読むのは夜にします。今は、静かにお母様と向き合いたいので。」
「そう。それからね、お母様はすでに遺産の整理もしていて、貴方の分もあるの。」
「え・・・。」
「その遺産は通帳に振り込まれてて、すでに手紙と一緒にこの封筒に入っていたわ。貴方の名義でね。それをどうするかは貴方がお決めなさいな。城野宮家との関係についても、これから考えるべきことでしょうし、いつまでも城野宮様との曖昧な関係のままではいられないでしょう?いい加減旦那様と向き合いなさいな。」
「・・・はっきり、言いますね、美琴姉様も。」
「うふふ、貴方の言葉を借りれば、私もお母様の血を引いているのですよ?というところかしら。」
「ありがたく、頂戴します。私自身の今後も含めて検討させていただきます。」
葬式が始まるまではゆっくりなさいと美琴もまたその場を離れていった。他家に嫁いだとはいえ、長女として切り盛りする必要がある姉。いつも助けられてばかりだなと思いながらも、琴葉は式が始まるまでずっと遺影を眺めることにした。
「お母様と呼ぶのは何年ぶりでしょうか。私が三郎兄様につけられた傷も・・・お母様からのだと誤解するぐらいすっかり忘れてしまっていたのですね。私が安寧を得ている間、お母様はずっと傷ついて・・・だけれどそれすら、お母様は受け止めていらしたのですね。自分への罰だと・・・そんなことをする必要はなかったのに・・・。」
過去を思い出しては頬に涙が流れる。ひとしきり泣いた後ハンカチを取り出そうとしたが、其れより先に大きなハンカチが差し出された。それに驚きながら見上げると、父親である寅治郎が立っていた。慌ててそのハンカチを受け取る琴葉の隣に寅治郎が座り込んだ。
「あれは、誰よりも自分に厳しいからの・・・ほれ、ハンカチじゃ。」
「寅治郎様・・・ありがとうございます。」
「ふふ、今さら父とは呼べんか。真琴から言われた良き父親になれという言葉が耳に痛いわい。」
「・・・お母様は厳しいお方でいらしたから。」
「そうだ、他人にも自分にもな。それに甘えていたと思うのだ・・・今なら、何かできることはあったのでは、無理やり時間を作れたのではと思えてならぬ。そうだ、琴葉は手紙を受け取ったか?」
「・・・はい、寅治郎様にも届いたのでは?」
「うむ。遺言書とは別に個人的な手紙も受け取った。だが、恐らく家族の中では一番短いものであろうな。」
「何故そんなことが解るのですか?」
「たった一文しかかかれとらんかったからだ。恐らく言いたいことは言いつくしたのか・・・それとも・・・今さら言っても無駄だと墓場へ持っていったか・・・。」
「・・・どっちも考えられますね。」
「うむ。だから、こうやって真琴に返事を返しに来たのじゃ。」
「え?」
驚く琴葉をよそに、寅治郎は立ち上がり、大声で叫んだ。
「真琴よ、手紙を確かに受け取った。『来世ではもうちょっとマシなあなたと結婚したいと思います。』とな、そなたらしいわい。だからこそ、今・・・返事を返したい。」
叫んだあと、寅治郎は棺に収まっている真琴の顔と向かい合って語り掛ける。その声が震えていたのはきっと気のせいだろう。
「来世では今よりマシな男になってそなたに結婚を申し込むと約束しよう。それまでまた待たせてしまうが、後少しだけ待っててくれ・・・必ず子どもたちの幸せを見届けてから逝くからの。」
葬式といっても派手な葬式ではない。世間的な目も考え、家族だけの密葬という形で真琴との別れを惜しむことを決めたのは喪主でもある寅治郎だった。
(確かに世間的な目も考えたのかも知れない・・・・でもきっと・・・)
琴葉は思う。最後ぐらいは子どもたちの母親として、そして最愛の妻として眠らせてやりたかったのではないのかと。
涙で肩を震わせている寅治郎からそっと離れると、廊下にいた巽と目が合った。
「・・・別れは済ませたのか?」
「はい、旦那様。」
「いろいろと話し合うべきことはあるだろうが、ひとまずは喪が明けるまでは現状維持だ。」
「・・・相変わらず、そういう先手だけは上手ですね・・・かしこまりました。」
「先に言っておくが、父上も母上も俺も、真琴様からの手紙を頂いている。」
「えっ」
「いずれも、君のことをくれぐれもよろしく頼むと書かれていた・・・母も父も実の息子である俺より君に甘い。きっと君が望むようにしてくれるだろうから、よく考えておくといい。黒川、俺は仕事があるから母上と一緒に戻る。お前は琴葉と一緒に帰ってこい。」
「は、かしこまりました。」
言うだけ言い切った巽は、用はもうないとばかりに玄関へと向かって行った。家族だけの密葬なので、本来なら来れる立場ではなかっただろうが、父親が元はお抱え医者だったこと、そして、私や琴華と関わりがあるということで受け入られたのだろう。琴葉は巽を見送った後、もう一度真琴の遺影を遠くから眺めた。その遺影には変わらぬ凛とした真琴の表情が写っていて、今にも生き返りそうな雰囲気がある。
だが、もうお母様は還ってこない。
琴葉は小さくポツリと呟いた。
「・・・私もまたあなたの血を継ぐ娘です。あなたが鬼となったならば、私は鬼の娘でいい。」
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