上 下
2 / 49

2)名乗りあった再会

しおりを挟む





「な、何故、兵士どもが…ま、まさか、もう嗅ぎつけたのというのか!?」


座っていた男も呆然としながら立ち上がっていた。目の前にいた男の首に3本ほど槍が突きつけられているのを眺めていると、横からフードを纏った誰かが手錠を外してくれた。
ぱっと顔をあげてみると、そこには不機嫌そうにフードを被った店長が立っていた。

「……店長さん」
「ん、巻き込んでごめん。こいつがここまでバカとは思ってなかったんだ」
「では…店長さんが、ケイト王子殿下なんですね?」
「あーあ、ここでバレるとは思ってなかったんだよ、本当に。しかも、よりによって、一番バレたくなかった子にばれるとかないよなぁ」

率直には言っていないが、肯定したも当然だ。唖然としてい立ち尽くしていると、王子の横から、1人の兵士が口を挟んでくる。王子はなんでもないかのように手を振って答えていた。

「ケイト王子、こいつらは連行しますが、そちらのお嬢さんはどうします?」
「アレス、この子は俺が送っていくよ。ルアーにも話をしなきゃいけないしな」

納得したのか、アレスと呼ばれていた兵士は再び辺りに指示を出しはじめた。…気のせいか、アレスという兵士はこちらを警戒している様子でもあった。
お父さんの名前がでたということは、お父さんも店長がケイト王子だと知っていたことになる。だから、毎回店から帰ってきた時に報告を気にしていたのだとやっと理解できた。
一気にいろんなことが起こって、頭が混乱しているが、それでも、確認しなければいけないことがあると思い直し、王子に向き直った。

「ケイト王子殿下、失礼ですがお聞きしてよろしいですか?」
「いいけれど、敬語は落ち着かないから普通に喋って」
「…それよりもお答えいただきたい。今の髪と目の色と、かつて見た紺色の髪に紫の目。どちらが本当の姿なのですか?」

目を見開いた王子はすぐに苦々しい表情になるが、それでも無理に笑おうとしていた。・・・目が笑えていなかったことにはすぐに気づいたけれど、そこには触れなかった。自分が敬語を崩さなかったせいだとすぐに解ったから。

「やっぱり君もあの時のことを覚えているんだな。正直、ずっと忘れていて欲しかったんだけれども」
「では、あの時に私が見た色は間違っていないってことですね。じゃあ、どうしてですか?もしかして髪を染めていらっしゃるのでしょうか?」
「はぁ……見てて」

そういうなり、王子は人差し指で魔方陣を作り出し、小さな炎を出した。見つめていても特に変化がないので、王子の方に顔を向けてみると、目の色が変わっていることに気づいた。
それはかつて見た紫の目と同じで。フードから少し見える髪の毛も紺色で、かつて見たことがある姿と重なり、完全に脳の中で一致した。
間違いなく店長はあの時の王子なのだと認識することができた。

(間違いない、あの時と同じ・・・紫の目に紺の髪!!)

「その目の色…!」
「見ての通り、魔法を使うとこうなる。普段は魔力を抑え込んでいるから、色素が薄くなって茶色になるっていうだけ。だから、どっちも本当の色だな。ちなみに、何かあったら危ないからと身近な人以外には一切公表していない。だから、このバカな誘拐犯が知らなくても当たり前」
「なるほど。人前で魔法を使いたがらなかったのは、それが理由だったんですね」
「そういうこと。後、相手が君だからっていうこともあったけれどね」

そのひっかかる言い方で、ようやく王子の方でもこっちのことを覚えているのだと思い当たった。そういえば、そうだ。だからこそ、私にはバレたくなかったってことなんだろう。

(ということはもしかして、あの時の暴言や手を振り払ったことも覚えているってこと?)

顔を真っ青にさせていると、王子が手を差し出してきた。

「嫌だとは思うけれど、転移魔法で君の家に行くから手を繋いでくれる?」
「あの時に私が言ったことも覚えていらっしゃるんですね」
「俺の人生の転機になったことを忘れはしないよ…いい意味で君は俺を壊したからね」
「え?」
「とにかく、行こう。ルアーが心配しているだろうから」

早くと急かしてくるので、意を決して手を添えると一瞬にして転移し、あっという間に店の前に立っていた。

「うわ、本当に、戻ってこれた……」
「アリエッタ!!」
「お父さん?」

お父さんの慌てる声が聞こえたのと同時に抱きしめられた。むちゃくちゃすぎて髪の毛がボサボサになるぐらい。泣いている父に心配かけたことを謝って、王子を家の中へと招き入れる。
正直、店の前だとフードを被っている店長の姿は目立つんですよ、ええ・・・やむなく、居間に通して、椅子に座らせてお茶を出しましたとも。

「ルアー、すまなかったな。俺の落ち度で娘を巻き込んでしまった」
「いえ、ケイト王子殿下。こうして娘が無事だったのであれば何も言うことはありません。むしろ、二回も助けていただいて…」
「そういえば、お父さんはどうしてケイト王子のことを知っていたの?」
「うむ、皇宮で聖女様の警護をしていたことが縁でな」
「ええ、知らなかったよ!」
「当然、ケイト様ともお会いしたこともあるし、本来の目と髪の色をお隠しになっていることも知っている。あの事件の後はなかなかお会いできなかったが、つい最近お店で働きだしたと兵士時代の時の仲間から話を聞いて心配にはなったが、わしは顔が割れているからなぁ。だから、代わりにお前を行かせていたんだ」
「ああ、そういうことだったのね」

納得とばかりに頷いていると、王子が補足とばかりに口を開いた。

「言っておくけれど、たこ焼きは本当に大好物だから。昔からこのお店に通っていたぐらい大好き。でも、あの誘拐事件の後、ルアーや君に会いにくくて、それでもどうしてもたこ焼きを食べたかったから、配達を頼んだんだ。よりによって一番会いたくなかった相手が配達に来たことには驚いたけど」
「それって、私のことですよね、やっぱり」
「ん。でも、君は忘れているのかなって思うぐらい普通に話しかけてきたから、もしかして気づいていないのかなと思って、じゃあ別にいいかなと」
「全然気づきませんでしたよ。あの時の姿と重ならなかったですから」
「だろうな。昨日まで気楽に会話していたのに、今じゃすっかり敬語になっているし」
「王子様相手に気楽に話せるはずがないです」
「王子といっても、皇太子と従弟関係にあたるだけで、そこまでたいそうな地位にいるわけじゃないと思うんだけれど」
「それでも、王子様ですし、皇族でいらっしゃいますよね」

王子がため息をついていると、これまたさっき出てきたアレスという兵士の声が店の方から聞こえてきた。

「すみませーん。こちらに王子はいらっしゃいますか」
「アレス。こっちだ」
「ああ、失礼します。王子、そろそろお戻りを」
「おい、『魔法のランプ』の方はどうしろと?この時間ならまだ店番が必要なんだぞ」
「ご心配なく、部下を変装させて配置しておきました。ちゃんと俺も後から見に行きますんで」
「不安しかないんだが」
「あと、そちらのお嬢様・・・アリエッタさんですかね。その方もどうぞお越しください」
「は?」「え?」

アレスの言葉に王子も自分も同時に固まった。驚きを見て取ったのか、アレスが説明を付け加えてきた。

「いえ、王子がいきなりお店で働きだした理由が解らなかったんですが、聖女様がもしかしたらこちらのアリエッタさんに関係あるかもねと言い出したため、皇帝陛下や皇太子殿下が面白がって連れてきなさいとおっしゃられまして。非公式ではあるが謁見の場を作ると……」
「叔父上ぇ。それにあのバカもか。父上はお止めになられなかったのか?」
「皇弟ザン殿下は……まぁ、その、最初は止めておられましたが、アリア様が何やら会いたいとおっしゃったようで一転して賛成にまわりました」
「だろうな!ああ、そうだったよ!父上なら母上の一言で一気に敵にまわることが簡単に予想できるじゃないか!くそ、聞いた俺が馬鹿だった!!」

ぐったりとしながらも頭を抱えた王子に、うんうんと頷いているアレス。2人を見比べながら驚いているとトドメとばかりに王子のとんでもない発言が耳に入った。

「えっと……ええと?」
「はぁ、申し訳ないけれどいくら俺でも、皇帝陛下の命令に背くわけにはいかない。申し訳ないけれど、城に一緒にあがってくれる?」
「わ、私がデスカ!!!」

まさかの展開に唖然としているが、驚く間もなく、あっという間に城門の前へと転移魔法で連れてこられた。

「私、平民なのに庶民なのに。お母さんやお父さんが元貴族とはいえ、一般人なのに。うう、昨日までこんな展開になるなんて予想だにしなかった」
「ああ…うん、イロイロとゴメン」
「王子様に謝られても」

正直、王子相手に文句は言えない。だが、ヤケで誰か殴らせてほしいぐらいには現実逃避したい気分になっている。

(うう・・・・皇族の方を見る機会はあっても、直接出会う場なんてそうそうない!!父は気楽にいっておいでというけれど、そんな気楽なもんじゃないでしょうに。)

まるでドナドナされた気分だと思いながら、大広間で皇帝を中心とした皇族たちと対面を果たすことになった。
正面にはかの有名なザリュルエルト皇帝とマリーゴールド皇妃が王座に座っていて、横には、皇太子と、皇帝の弟であるザン殿下が2人横並びで椅子に座っていた。そして正座で顔をあげずに平伏している私の隣では、ケイト王子が片膝をついて座っている。

(ちょっと豪華すぎないですか。平民の私がそんなに珍しいですかっ?!)

内心混乱中だったが、皇帝陛下から声がかかったので慌てて口を開く。

「ああ、突然呼び出してすまぬな。堅苦しさはいらぬゆえ、面をあげよ」
「し、しかし」
「構わぬ。城の中とはいえ非公式での呼び出しであるからの。なぁ、みんな」

皇帝陛下が気軽そうに他の面々に話しかけるともちろんとばかりに声が飛んだ。その声に恐る恐る顔をあげてみると、やはり、見目麗しい姿をした方々が目に入った。

「は、はい、では、お言葉に甘えて失礼いたします」

(うっわ・・・みんなやっぱり美男美女!さすが皇族…あ、でも、聖女様はおられないのね。あ、あの方が皇帝陛下の弟にあたるザン殿下・・・本当に紫色の目に紺色の髪なんだ。)

となると、ケイト王子の髪と目の色はやっぱり遺伝なのだと思い当たる。皇族と顔を合わせたことを実感して緊張いっぱいになったその時、ケイト王子から発言があった。

「陛下、これで彼女を一目見るという望みは果たされたと思います。もう家に返してもよろしいでしょうか」
「そう慌てるな、ケイト王子。アリエッタ殿、勝手ですまぬが、今回の事件をきっかけにそなたの過去や素性を調べさせてもらった」
「・・・・・・・・・」
「以前の事件にしても今回の事件にしても我が国の落ち度と考えている。特に、今回はケイト王子が独断で店で働くことを決めたことが発端で巻き込まれたも当然だ。違うかね、ケイト王子」
「うっ、まぁ、違いませんが……」

そっと目をそらした王子に対して、皇帝陛下は笑っていたが、すぐに自分の方を見てきたので、思わず身構えてしまった。だが、それはある意味正解だった。とんでもない発言をなんとか受け止められたのだから。

「であろう。アリエッタ殿、恐らく今回で解ったと思うが、そなたはケイト王子を敵だと認識している貴族に目を付けられている」
「失礼ながら発言してもよろしいでしょうか」
「むろんだ」
「あの、私にはよく解らないのですが、ケイト王子に関わって貴族が何故目を付けるのかわからないです。何か・・・その、平民には伝わっていない争い事とかがあるのでしょうか?」
「ああ、これはすまんな。説明不足であった」

思い直したように皇帝陛下は丁寧に説明して下さった。

「・・・つまり、その皇位継承が原因で派閥が2つに別れている状態が続いているということですか?」
「そうだな、平たく言えばその通り。我らには皇太子一人しか子がいない。そのため、ケイト王子は皇太子より3歳下だが、皇太子に次ぐ第二皇位継承者でもある」

皇帝陛下が説明をした時、ずっと黙っていた皇太子が口を開いた。

「そういうこと。そのため自分たちにもうまみがあるかもと思っているあいつらは、僕やケイトにすり寄って、お互いに足を引っ張り合っているんだよね。あそこまで面倒なことをよくできるなと思っているよ」
「その皇帝の地位につくための争いを皇太子殿下とケイト王子様は…望んでいらっしゃいませんね、その嫌そうな顔からして」

疑問に思ったことを口に出してしまったが、途中で皇太子や王子が嫌そうな表情を見せたので答えは言わずとも伝わった。隣にいた王子が嫌そうに話し出した。

「俺は正直、皇帝という面倒な立場なんて、皇太子殿下がやられるべきことだと思っている。でも、周りはいうと、そうはいかないんだ。父上や俺の意志を無視して今回のように何かとちょっかいを出してきたり、利用しようとしたりしてくるんだぜ。俺が表に出る気がしないのもそのせいだ」
「ああ、よく解りました」
「とまぁ、こういうことだ。その面倒くさい貴族に君は目を付けられてしまった。そして過去も知られてしまった以上、恐らく他の貴族達も君を狙ってくる可能性が高い」
「えええ、それはものすごく嫌だと思っているんですけど!あの、皇帝陛下!!」
「解っておる。わしとて、申し訳ない気持ちでいっぱいである。だが、貴族の粛清には時間がかかる。そこで、一番安全地帯とも言える我が皇宮で暮らしてみてはどうだろうか」



本日何度目になるか解らない驚きに頭が真っ白になってしまった自分は悪くない、と思う・・・・。



(これは夢よ・・・・・ええ、現実的じゃないわ、皇宮で暮らすなんて絶対無理、無理よ!!!)



しおりを挟む

処理中です...