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8)手繰り寄せられた過去
しおりを挟む緊迫感のあった空気が一気に霧散したのは、召使いの2人がお菓子やお茶を持ってきた時。いきなり削がれた空気にアリエッタはため息とともにドーナツを口にした。
「ケイト王子、もしかしなくとも、私が養女だと知っていますよね?」
「一応はね」
アリエッタが確信をもって聞くと、否定するでもなく隠すでもなく、あっさりと告げたケイト。平然と紅茶を飲んで寛いでいる様子を見て、やっぱりと思いながら、アリエッタは目を瞑りながら少しずつ話し出した。記憶を手繰り寄せ、懐かしい過去を思い起こすために―――。
カルマリアでは生きているだけで苦痛だった
噎せ返るどぶの匂い
手足は泥がつき、あかぎれだらけ
服はボロボロの状態で何年も洗濯もできなかった
何を言われているのかもわからない
わかるのは怒られているということだけ
人に話しかけることすら怖かった
生きていたくなかった
それでも生きなければ・・・いけなかった
「確かに、カルマリアで暮らしていたことはあります。あまり思いだしたくないですけれど」
「それってさ、何歳ぐらいの時まで?」
「7歳ぐらいまでいました」
「それって俺と出会う少し前ぐらい?」
「ええ、ケイト王子殿下に対して怯えていた原因も実はカルマリア繋がりです」
いい機会だから話しますねと口を開いたアリエッタが語ったことは、両親が揃っていたケイトにとって衝撃的なことだった。
「気付いた時にはすでに親はいませんでした。だから、余計にあの国で暮らしていくのが大変だったんです。言葉が解らないから助けを求められないし、戸籍も無理で、住むところもありませんでした」
「気づいた時には・・・それは酷いな」
「街の様子はあまりにも酷いものでした。独裁政治のせいで、魔法を使える兵士や貴族が好き勝手していたし。そんな中、私は人目を潜り抜けて乞食のように裸足で歩き回って食べ物を漁って毎日を生きのびていました。でも、そんなある日、私は貴族に雇われていた賊に捕まって奴隷として売られたんですよ」
聞いていた以上に、悲惨な国の状況を黙って聞いていたケイトは、「奴隷」という言葉に反応した。
「奴隷に?何故だ?」
眉間に皺を寄せていきり立ったケイトに対し、アリエッタは淡々と言葉を紡いだ。
「親もおらず、戸籍もなく、言葉も話せなかった。でも、魔法だけは使えました。それがあいつらには都合が良かったんでしょう。幸いにして、魔法の代価からか、必要最低限の寝食は得られました。でも朝から晩まで働かされて疲れた頃に檻に戻り、パンを一切れ食べて水を一杯飲んで眠る。その繰り返しでしたよ。否が応でも言葉を覚えざるを得なかったのもこの頃です」
眉間に皺を寄せたケイトは落ちつこうと紅茶を一口飲んだ後、口を開いた。
「じゃあ、そこからどうやってルアー夫妻に会ったの?」
アリエッタは視線を入り口の方に向けた後、複雑そうな表情で話し出した。
「ある日、突然、無数の雷が降りました」
「雷が?」
「その雷は次々と兵士や貴族たちの頭上に降り注ぎました。そのため、街は大混乱だった。でも、すぐにブラパーラジュの国旗を掲げた大量の兵士がやってきました」
「そうか、父上の魔法だな」
「はい。奴隷から抜け出せるチャンスだと思って、戦火のどさくさに紛れて逃げたんです。とにかく国をでなければという一心で、気づいたら川の近くにいて。疲れ果てて眠ってしまったみたいで、起きた時にはもう保護されていた状態でした」
「なるほど、その保護した人達がルアー夫妻というわけだな」
「そうです。お父さんの実家で少し静養してから、戸籍を得るために王都に移り住みました。たこ焼き屋をはじめてからはずっとここで暮らして、今に至るわけです」
以上ですと締めくくったアリエッタは静かに紅茶を飲み干した。
「当然のように、私の身体には奴隷の印が刻まれています。これも王子に敬語を使っている理由の一つですね」
頑なに敬語を使い続ける意味も、身分を気にしてのことだと今になって気づいたケイトだったが、それでも納得できなかったようだ。
「この国で戸籍を持っているのなら、元奴隷であっても敬語だろうがなんだろうか問題ない。それより、俺に怯えていたのって、魔法を使う兵士や貴族たちの横暴さを思い出していたからかな?」
「・・・はい、そうです」
「なるほど納得いった。あの時、全部は聞きとれなかったけれど、あいつらと同じみたいなことを言われたのは記憶に残っていたから。そうか、あいつらって、あの国のバカ共のことだったんだな」
『やっ・・・・こわ、い・・・っ・・・もや、せるの・・・なんで、そんな、簡単に・・・それじゃ・・・・あいつらとかわらない・・っ・・・!』
(ああ・・・うん・・・あの時はパニックになっていたからね・・・さすがに暴言だった自覚はある)
それについては納得したと頷いていたケイトに対して、アリエッタはばつが悪そうな表情を見せた。
「あの時は申し訳ございませんでした。少々、パニックになっていたもので」
「別に謝らなくてもいい。前にも言ったけれど、俺は君に救われているから」
問題ないとばかりに手をひらひらとふったケイトに対してアリエッタは複雑だった。その時、メイドがお代わりを入れようと傍に近寄ってきた。それをなんとなく眺めていたアリエッタだが、すぐにメイドの手首を掴んだ。
「っ・・・!?」
手首を掴んだことによって、粉がテーブルへと落ちた。かろうじてアリエッタのカップに入らなかったことが幸いである。絨毯に落ちた白い粉を睨んだあと、アリエッタはまっすぐケイトを見据えた。
「これは、あなたの指示ですか、それとも、ザン殿下の?」
「指示していないよ。ということは、父上の仕業だろうね。だから言っただろう、ビビ、お前には無理だと」
最後はメイドに言い聞かせるように肩を竦めたケイトにビビと呼ばれたメイドはくすくすと笑いだした。
「ふふふ、そうですわね。さすがは、ケイト王子が自ら選ばれただけのことはあります。失礼いたしました。私はビビ・ポール。今日よりアリエッタ様付きのメイド兼護衛を任されました。以後お見知りおきくださいませ」
「以後?それに、ポールって聞いたことがあるような・・・」
「マシュー殿が護衛とはいえ、異性では目が行き届かない所もあろうと、私も護衛役に命じられました」
「監視役も兼ねているということですよね。ソレ」
「そうともいえるね。ちなみに、さっき会ったラティスの娘だよ」
「ええ、またなんか増えた?」
次から次と新情報が耳に入って驚くことだらけだ。とりあえずはとアリエッタは頭を整理しようとケイトに話しかけてみた。
「何かなんだかわかりませんが、これは私にとって悪いことではないってことですか?」
「そうだね、君にとっては悪いことではないよ。」
「それならもう考えることを放棄します」
「懸命だ」
「精一杯お仕えしますので、これからよろしくお願いいたします、アリエッタ様」
「でも、さっきも言ったように、身分というものが」
慌てふためくアリエッタを余所に、ケイトもビビもあっけらんと笑顔だ。
「心配無用でございます。この魔窟の中ではそのような身分差など些細なことですわ」
「ま、魔窟?それに些細って?」
「それに、アリエッタ様は、アリア様を目覚めさせる唯一の鍵をお持ちになっておられます。故に、皇帝陛下からもザン殿下からも決して無下に扱うなという厳命が城全体にでております」
「だから、アリエッタがここに入ってくることは問題ないよ」
ビビはケイトの言葉に頷いた後、下がっている。もちろん、テーブルの方は綺麗にしてから気配すらきれいさっぱり消してドア付近で待機していた。
ある意味、模範的ともいえるビビの行動を見たアリエッタはケイトに振り返った。
「ザン殿下は私のことをどこまで気づかれていたのでしょうか?」
「父上は君が養女であることを掴んでいたみたいだけれど、さすがに戸籍までは探せなかったみたいだから他国出身ということぐらいしか解っていないんじゃないかな、多分」
「さすがというべきか。もう驚きしか出てこないです」
「でも、奴隷ということはさすがの父上でも掴めてないと思うな、それも、今日すぐに伝わると思うけれど」
「な、何故です?」
「この城の中には皇帝陛下の目やら父上の目やらがわんさかいるからね」
(・・・つまり、いわゆる情報屋とか子飼いとかってことかな。)
「ということは、ケイト王子にもいらっしゃる?」
「うーん、俺は自分の目でしかみなければ信じないからなぁ。信用できる人間だって、ビビとマシューを含めても6名ぐらいしかいないかも」
「そうなんですか、結構めんどくさいんですね、皇族も」
呆れ果てるしかないアリエッタだが、ついに突っ込まないで欲しかったことをケイトに突っ込まれた。
「というかだね、アリエッタ」
「何でしょう?」
「敬語を取る気はどうしてもないんだね?」
「検討はしますって言ったじゃないですか」
「今も敬語ってことは、最終的には不可ってことになるのでは?」
「店長さん、私はもう嫌なんですよね。巻き込まれるのはたくさんなんです」
戸籍をもたない奴隷だからこそ、怯えていた。
いつ、殺されるか解らない恐怖の中で毎日を生きてきた。
今も思いだす、腐さを伴う焦げた臭(にお)いがいつだって臭っていた。そこを潜り抜けた。
兵士達が顔をのさばらせ、にやついた顔で街の中を歩き回っていた。そこを括りぬけた。
ボロボロにやせ細った脂肪の少ない身体で冷たい土の上をはだしで歩いた。
それがお父さんに拾われてからはどうだろう。
戸籍を得たことで、もう怯えることもなくなった。
いつ、殺されるか解らない恐怖とはもう戦わなくてもいい。
今は、靴を履き、食べ物や植物の匂いでいっぱいな商店街の中を歩ける。
兵士や騎士たちは民と触れ合い、会話をしながら街の中を見守ってもらえる。
ガリガリだった骨は一般的な筋肉や脂肪がつき、綺麗な服を纏い、靴で歩ける。
何より、もう檻の中で暮らす生活から人としての人並みの生活ができるようになった。
それは全部、ココだからこそだ。
そして、お父さん、お母さんが戸籍を作ってくれたお陰でもある。
「お父さんには感謝しかないです。お母さんだって優しくしてくれたのに、病気で死んでしまって。だからこそ、唯一頼れるお父さんに迷惑をかける行為だけは絶対に避けたいです」
(だからこそ・・・貴族とかには絶対関わりたくなかった。)
「ふーん、だから、俺達皇族や貴族とは関わりたくないって?」
「はい」
「でもね、アリエッタ。俺は君と出会えたからこそ、『人間』でいられたんだよ」
「以前も似たようなことを言ってましたね。どういう・・・い・・・」
ケイトの複雑な表情を気にしたアリエッタが質問しようとしたが言葉が続かなかった。入り口の方から慌ただしい足音が聞こえたのだ。
2人そろって何事かと驚いていると扉が開き、アレスが真っ青な顔で走ってくるのが見えた。アレスに続くように、マシューも入ってくるのが見えた。ただ、こちらはいつもの飄々とした顔だったが。
「ケイト王子!」
「アレスにマシュー。何かあったのか?」
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