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第一章*交差点
交差点とその後の2人
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※なろうでは二ヶ月記念限定で出していました。
会社へ行く時、綾乃は避けていた交差点を再び通るようになった。本来、ここが近道であり、今まで遠回りしていたのが不自然だったのだ。本当ならいつまでも遠回りしていたいぐらいなのだ。だが、ここを避けると携帯電話にクレームがくるようになっていたため、しぶしぶと通っている。
もちろん、クレームの主はここのすぐ傍のアパートの二階で暮らしている男。つまり、今まさに目の前に立っているこの男が犯人だ。
「よ~、綾乃。」
「・・・オハヨウゴザイマス、佐野さん。」
「他人行儀な。いい加減、昔みたいに名前で呼べよ。」
・・・・彼の名は佐野秋良。先ほども言ったように、このアパートで暮らしている男であり、綾乃にとっては『元彼』にあたる。
もっとも、秋良自身は『元彼』のレッテルがかなり不本意のようで、綾乃に会うたびに再アタックしている。今日も今日とて綾乃と話すために交差点で待ち伏せしていたようだ。
「・・・よく続きますね。再会してからもう三ヶ月の間、ずっとですよ?」
「はっ、2年以上も待ち続けたんだ。それに、今月で三ヶ月目だから、もう3年目になるな。今さら焦っても仕方がない。それに、長期戦は覚悟の上だ。」
ニヤリと笑う秋良を無視して綾乃は横断歩道を渡っていった。秋良が「おぃっ」と突っ込む間もなく、信号はすでに赤。綾乃は一旦振り返り、秋良を一瞥したが何も言わず再び会社の方へと歩き出した。
それを見送る秋良には、綾乃の複雑そうな表情が見えていたが次第に影となっていくのをしばらく眺めていた。
一方、会社で着替え終わった綾乃はというと、頭を団子ヘアにまとめながら席に座っていた。
「・・・はぁ、やっぱり会社が一番落ち着きます。」
「おはよう、綾乃さん。あれ、疲れてるね?そんな時はべっこう飴だよ☆」
「・・・本当に気が利きますわね、由利恵さんは。」
「もー褒めても何もでないよ~!!でも嬉しかったから、べっこう飴をもう一つあげちゃう。」
「ふふふ、ありがとうございます。」
「どういたしまして~☆」
由利恵さんがウィンク付きでくれたべっこう飴を一つ食べて、もう一つは引き出しにしまった。また疲れた時に食べるために。
絶妙な甘さが出ている飴を味わいながら仕事を再開した綾乃は、ふと朝に読んだ雑誌の記事を思い出していた。
『佐野カンパニーグループ本社代表取締役社長の佐野秋良だ。よろしくな。』
(・・・・まさかあの天下の佐野カンパニーグループの御曹司だったなんて。そんな男がなんであんな安いアパートで一人暮らしなんかしているのよ。)
佐野カンパニーグループは誰もが知る有名な大企業。著名な名に恥じず、様々な分野で幅広く活躍、どの会社でもかなりの功績を立てている大手会社だ。特に、情報セキュリティー関連会社と出版社の評判は昔から得意分野ということもあり、かなり評価が高い。
特に佐野出版社は芸能人のスキャンダルから大手会社の闇などを平然と取り上げるだめに、民衆受けが良いことで有名だった。
(・・・その佐野出版社が出した雑誌に載っている記事となれば、余計に信ぴょう性は高いわよね。)
「・・・だから、この雑誌に載っていることは本当の可能性があるってことよね。」
(・・・・佐野さんのことはもういいわ、それより仕事よ、仕事。)
今日は珍しくずっと会社にいることができた。普段ならあちこち出張なのでおそくなるのだが、久々に定時で帰れることが嬉しい。綾乃がうきうき気分で玄関を出ようとした時、黒いリムジンバスが目の前に現れた。
「この黒い車って・・・ああ、やっぱり、佐野さんですか。」
見知った車に固まった綾乃の前でドアが開き、やっぱりというか、秋良が座って手を振っていた。運転席にはやはり、秋良に振り回されていることで、綾乃とも顔見知りとなっている秘書の鹿島が座っていた。
「綾乃~今日も飯を食いに行こうぜ!」
「・・・・で、また当然のようにお越しになるわけですか。」
「毎回うちのバカ社長のせいで申し訳ございません。ですが、貴方と会わないと機嫌が悪く、翌日の仕事に悪影響を及ぼす可能性がございますので・・・。」
「貴方のせいではないのは解っているのだけれど・・・。」
秋良に振り回されている秘書とのやり取りもこれで何度目になるのだろうと綾乃は眉間に皺を寄せながらため息をついた。その様子に秘書も同感ですと同意するような表情で疲れている様子だった。
事実、長期の出張や都合が悪い時を除いてはほぼ毎回会いに来ている。
しかも、秘書を巻き込んで送り迎えまでさせている。秘書からすれば、いくら給料が良いとはいえ、やはり社長の行動を間近で見ている分、疲れる時もあるわけで。しかし、その2人を見て見ぬふりをしつつ、敢えて行動するのが秋良という人間である。綾乃はさっさと行くぞと急かしてくる秋良に根負けして車に乗り込んだ。・・・この風景もまた、三ヶ月間程、続いている日常であった。
「はー美味しかったな、綾乃はどうだった?」
「そうですね、最後のシメに出てきた雑炊が美味しかったです。」
「ああ、確かに。」
帰りの車の中で、頷いていた綾乃に手を延ばそうとする秋良だが、その手を叩き落とされて、ブーブーと頬を膨らませていた。そんなことをしても可愛くない・・・と思いながら、家に着いたのを確認した綾乃は毎度の如く、他人行儀なお礼を伝えた後、車から降りようとする。
が、秋良が綾乃の腕を引き留めた。いい加減この押し問答にも疲れたのだろうか、若干苛立ちが見られる。しかし、綾乃の方も内心では苛立っていた。
「では、おやすみなさい。」
「なぁ、綾乃、本音を聞きたいんだが、いつになったら名前呼びに戻ってくれる?んでもって、結婚も本気なんだが。」
「・・・とりあえず、付き合っている覚えもないですし、今は知り合いなので、一生名前呼びに戻すつもりはないですね。ついでに結婚相手にもなりえません。」
「じゃあ、どうやったら付き合えるんだ?」
「・・・そんなセリフに騙されません。貴方は変わっていない・・・この記事がいい証拠です。」
綾乃もそう簡単には折れたくないのか、雑誌を鞄から取り出して秋良に渡した。その雑誌を手に取るために秋良の手が外れたのを見計らって、綾乃はさっさとマンションの中へと帰っていった。
(・・・本当に、佐野さんに婚約者がいたとしても私には関係ないはずよ。それなのに、私は一体何をイライラしているのかしら。本当に・・・彼に再会してから、心を乱されてばかりだわ。)
車が去っていく音を感じながら、綾乃はコップに水を入れて飲みだした。朝に読んだ雑誌の記事には、彼がインタビューされている記事、そしてさらに別ページには彼に婚約者がいたという内容が載っていた。
何故かそれを見た瞬間、頭が真っ白になってしまっていた。そして次には、あの過去が瞬間的に思い浮かび、綾乃は気持ち悪くなっていた。それでも必死に仕事を終えられたのは、少しの間離れていた期間のお蔭だろう。
(本当に、三ヶ月前まで離れていたおかげで耐性が身についたってことよね・・・それはありがたいのかありがたくないのかわからないけれど。)
とりあえず、綾乃は冷静になろうと努めていた。綾乃本人は正直、こんなに動揺するなんて意外だと感じていた。まさかあの雑誌でこれほどまでに心が乱れるとは思っていなかったのだから。
(・・・改めて、自分がどれだけ馬鹿だったのか思い知らされるわ・・・大体、あの人に対する恋を自覚したのだって、クリスマスのちょっと前だったのに。)
だから、あの時計を買ったのだ。そして、クリスマスに渡して聞こうと思っていたのだ。自分との関係をどう思っているのかと確認したかったから。
もっとも、それも、あの日に全部壊れて、無駄になったけれども。
思い出すだけで手が震える。鼓動が激しくなる。
綾乃は目を瞑りながら思い知らされていた。
認めたくないけれども認めざるを得ない事実を。
(私は・・・まだ、あの日を・・・もう終わったはずの関係を引きずってしまっているんだわ・・・。)
それでも、その原因を考えまいと綾乃は首を何度も振りながら布団へと潜り込んだ。
その次の日、相変わらずの黒い車がやってきた。
またかと思いながらも、声が聞こえないなと窓を覗き込めば、珍しく、秋良がいなかった。その代わり、秘書が車から降りて、ため息をつきながら食事券を差し出してきた。
「・・・なんでしょうか、それは。」
「社長は、顧問から呼び出しを受けてこちらに来ることができません。それから、別件で、とある方がこの店で一緒に食事をしてほしいとのことです。」
「・・・顧問はそれほどに偉い方なのですか?」
「社長の父親でもありますので、社長にとっては頭が上がらない方の一人です。」
「・・・解りました。それと、教えて下さったお店、高そうなイメージがあるのですが服装については。」
「予約制で個室となっておりますので、問題ございません。心配であれば、念のため私が傍にいても構わないですが、お相手は社長ではないので全然問題ないかと。」
危険はない相手だと遠回しに言ってくる秘書の言葉がきっかけになったかはわからないが、綾乃は店へ行くことにした。連れて行ってほしいという綾乃にかしこまりましたと秘書は一礼した後、ドアを開けた。秋良がみれば、自分に対する態度と違うじゃないかと怒りそうな態度だった。
和風料理を専門とする店に着いた後、店員さんに個室へ案内される。部屋までわざわざ案内してくれるその恭しさから、相手がけっこうな相手であると解る。恐らく・・・社長である秋良の関係者だろうと予想していたと綾乃は一度深呼吸してから、部屋の襖を開いた。
下座にある座布団の上に座らず、その横に座って待っていたのは、秋良によく似た男性だった。一瞬、秋良かと勘違いした綾乃はうろたえながらも、硬直していた。
そんな綾乃の様子に苦笑しながら、男性はその場で綺麗な動作で頭を下げ、自己紹介を口にした。
「水上綾乃さんですね。初めてお目にかかります、佐野良和です。双子の兄がいつもご迷惑をかけているようで、申し訳ございません。」
自己紹介してきた良和に、一瞬目を丸くしたものの、慌てて綾乃も座ってお辞儀を返した。
「・・・っ・・・あ、は、初めまして。水上綾乃です。」
恐縮したように固まる綾乃に苦笑しながらも、良和は綾乃に上座を勧め、座らせ、自分は下座へと収まった。
お酒や苦手なものはあるかと確認をしたうえで、店員に食事をもってくるようにと指示している良和をぼんやりと眺めていた。
「・・・双子だったことは知りませんでした。佐野さんからも教わっていませんし。」
「それは無理もありません。わざわざ公言なんてしていませんし、兄も言う必要性を感じなかったのでしょう。」
「・・・そ、うですか。それで、その何故私をお呼びになったのでしょうか。」
「どうやら、不安にさせてしまったようなので、謝罪をしたいと思いまして。まず、この雑誌を見ていただきたいのですが。」
「・・・あ、これは・・・」
綾乃の前に差し出された雑誌は昨日秋良に渡したのと同じものだった。綾乃の言いたいことが伝わったのだろう、何故ここにあるのかと。
雑誌に載っている写真の中に写っていた女性の肩を抱きしめている男の方を指さしながら、良和は申し訳なさそうに説明した。
「この雑誌で、秋良兄さんと断定されているこの男性は僕です。つまり、まぁ、婚約を雑誌にすっぱ抜かれた馬鹿が僕で、とばっちりをうけたのが僕の婚約者。そして、裏付けのとれていない記事のせいで被害を被ったのが秋良兄さんということになります。」
「え・・・・ということは。」
「秋良兄さんは、3年ほど彼女も遊び相手も作っていません。丁度、貴方と会えなくなった頃ですね。ですので、婚約者も作りようがないです。」
「・・・・・。」
良和のきっぱりとした物言いに、綾乃は何となくだが、悟った。きっと、秋良が良和に対して何かを言ったのだろうと。
「わざわざ説明をありがとうございます・・・その、この雑誌に載っていらっしゃる婚約者の方は大丈夫でしたでしょうか?」
「彼女なら大丈夫です。朝に電話したのですが、あらそうなんですか~って間延びした言い方で済まされましたよ。一応名のある出版社関係の方なので、報道の被害を受ける可能性は低いですしね。むしろ、兄の方を宥めるのが大変でした。」
「・・・・・・すみません、想像がついてしまう自分が悲しいです。」
「悪いのは、貴方ではなく、今までの行いが悪い兄なのですから、お気になさらず。」
それよりも食事をと進めてくる良和に綾乃は申し訳ないと思いつつも、箸を取った。その間にも場を和ませようといろいろと話かけてくれることに気づいた綾乃はさらに申し訳なさが募った。が、やはり良和もやはり秋良の兄弟で。
「・・・それで、今回綾乃さんが兄に雑誌を渡したということは、やはり婚約者がいるかどうかを気になされて?」
「――――っ!?」
いきなりの発言に思わずむせてしまうが、良和は微笑むだけだった。それに綾乃はすぐに油断ならないと気を引き締めたのか、先ほどまでの申し訳なさをすっぱりと消し去り、仕事モードにと表情を変化させた。
「・・・それをあの佐野様の弟にあたる貴方にわざわざ話すと思いですか?」
「やはり、兄が惚れるだけのことはありますね・・・見事な切り返しです。」
綾乃の表情の変化に満足そうに頷きながらも、酒を飲み干す良和には思うことがあったのだろう、人差し指を一本だけ立てて、綾乃に聞いた。それに眉をひそめながらも、綾乃は慎重に口にした。
「兄の恋路ですし、これ以上貴方と兄の関係に口を挟むつもりはありません。ですが、好奇心で一つだけ知りたいことがあるのですが、教えてくださいますか?」
「私で答えられる内容であれば、お答えしますが・・・。」
「海外で日系企業として名を馳せるマリン本社社長のご息女であるにも関わらず、日本の民間会社で働いておられるのには一体どんな理由が?」
秋良との関係の方を聞かれるとばかり思っていた綾乃は思わぬ質問に首をとられたような気分になった。
これはさすがに負けを認めるほかはない。せめての皮肉ぐらいは許してもらいたいと、綾乃は料理を口にしながらため息をついた。
「・・・かの有名なSANO探偵社にかかれば、父の会社も形無しのようですね。彼に弟がいらっしゃることは存じていましたが、さすがに双子という情報までは私の手元に入ってきませんでしたわ。」
「返事をはぐらかしてもダメですよ。」
さすがに隙が無い。綾乃は箸をおいてごちそうさまと一礼して立ちあがった。それに続いて良和もまた立ち上がり、店の外まで一緒に移動していく。玄関にたどり着いた時、綾乃はようやく、良和が望んでいた返事を返した。
「・・・我が家の家訓の一つに“職場の苦労知らず働かぬ者に家の名を継ぐ資格なし”というのがあります。コネ入社も当然禁止ですので、できる限り家とは関係ない会社で働き、個人情報もできる限り隠しております。」
「なるほど。そういうことでしたか。唯一の跡取り娘ということもあって、厳しい教育を受けておられたということですね。」
納得したように頷いた良和に対し、綾乃は暫くためらった末に口を開いた。
「・・・あなたがご存じのことであれば、当然、佐野さんもご存じでしょうね。」
「・・・どうでしょうね。知ったとしても有効でない限り、口にするかどうか。まぁ、どんな環境であろうと、あの兄が諦めるとは思えませんが。」
「何故言い切れるのです?」
秘書が迎えに来てくれたのだろう、玄関前には黒い車が鎮座していた。
車のドアを開けながら清々しいほどに断言して見せた良和に綾乃は背筋に伝う寒さを感じながら車に乗り込み、座席へと座った。そして、やはりというか、良和はあの秋良と重なる笑みで言い切りながら車のドアを閉め、一礼してきた。
「貴家の家訓のように、我が家にも家訓があるのですよ。“本気で惚れた奴は何としても全力で落とせ。そのために邪魔になるようなものは例え誰であろうとも一切切り捨てて排除しろ。”というものがね。」
はっきりと宣った良和が小さくなっていくのを窓から見届けた綾乃は、車の中で何度目になるかわからない実感を改めて感じとった。
(嫌いではないけれど、やはり双子で血のつながりがあるだけにあの人と同類だわ・・・喰えない上にあの微笑み。まったく、やりにくい人ね。)
会社に再び秋良が来るようになったのは、一週間後だった。雑誌を渡したあの日がなかったかのようにいつものように笑顔でやってきていた。
そんな秋良にため息をつきながら綾乃はまたですかといつものパターンで返事を返していた。
いつもの如く、綾乃の家に着いた時、秋良の方から躊躇いながらも、綾乃に話しかけてきた。
「・・・確かに良和には文句を言ったけれど、まさか直接お前と会うとは思っていなかった。何か嫌なことを言われなかったか?」
躊躇いながら聞いてくるということは弟の性格をよくわかっているのだろうなと思いつつ、綾乃は微笑みで応えた。
「・・・さすが、佐野さんの弟ですね。とても有意義な時間を過ごせましたよ。」
「あ、綾乃。さすがに俺でもわかるぞ、その言葉の真意は。お前のその微笑みは絶対言葉とは裏腹だ。」
「そんなことないですよ?本当に・・・少なくとも、」
「・・・少なくとも?」
急かすように聞いてくる秋良をじっと眺めた綾乃は口を開いたが、その言葉を聞いた秋良は即座にはぐらかした。
「・・・私に対する佐野さんの笑顔が嘘でないということが解っただけでも良かったかと。本来の貴方は多分、弟さんと同じ・・・いえ、恐らくそれ以上の性格なのでは?」
「・・・・・綾乃に対してはいつだって本気なんだけれど?」
「どうでしょうね・・・前に、聞いてきましたね。いつになったら名前を呼ぶのか、結婚も考えているし、どうすれば付き合ってくれるのかと。」
「ああ。確かに聞いたな。」
そこに繋がるのは何故だと言いたげに秋良が首を傾げる。そんな秋良に綾乃は微笑みながら指さした。
「少なくとも、お互いに全てを暴き合った後でなければ、私達の関係ははじまらないと、弟さんと話していて確信しました。なので・・・今ですら、はぐらかそうとする貴方相手では、永遠に名前を呼ぶ気にはなりませんわね。」
「・・・・そうくるか。おぃおぃ、一体どれだけかかるんだ?」
「さぁ・・・でも、きっかけと期限だけは作って差し上げます。長期戦は覚悟の上なのでしょう?それに、そのチャンスをつかめるかどうかは、貴方次第だと思うのですが?」
綾乃の言葉にぐうの音も出なかったのだろう、秋良の顔が一気に悔し気な表情に変わった。それでも、別れの挨拶は忘れないあたりが秋良である。
「くそ、わかった。・・・またな、綾乃。」
「ええ、おやすみなさい、佐野さん。」
その表情を満足そうに見届けた綾乃はお辞儀をしてマンションの中へと入った。いつもの見慣れた寝室へ入ると、ソファーになだれ込んだ。
(・・・・お互いに全てを暴き合った後。つまり、立場を同じにしてから話し合いましょうということ。)
「・・・だから、名前を呼ぶにしろ、結婚を前提にした付き合いにしろ、佐野さんは『水上家の娘である綾乃』との繋がりを世間に示さなければならないし、父にも表明しなければいけない。うん、これなら勝てますわね。ちょっと卑怯かも知れませんが、こうでもしなければ、彼の場合ずっと諦めきれないおもちゃを諦めそうにないですもの。さすがに家名だけは捨てられないでしょうし。」
絶対彼は意固地になっているだけだと思うのですし・・・と、呟きながら、満足そうに結論を出した。
不思議なことに最近イライラしていた綾乃の気分は打って変わってすっきりしていた。綾乃自身、雑誌問題の解決がすっきりした原因に繋がっていることには気づいていたが、絶対に認めることはできなかった。
(・・・まだ認めませんわよ。この気持ちは。少なくとも、あの時も今も、彼と私の関係ははっきりしていないのですから。)
さしあたり、父に電話をしなければと思い直した綾乃は携帯を取り出した。
一ヶ月後、世界に名立たるマリン企業のトップに立つ社長が日本にやってきた。
珍しくも、とある雑誌をはじめ、様々なインタビューに応じ、日本に『綾乃』という跡取り娘がいること、そしてその娘の婿に相応しい相手を探しているのでいい相手がいれば紹介をということを大々的にアピールした。
そのインタビュー記事が最初に載ったとある雑誌が佐野出版社から発行されたものであることはおそらく偶然なのであろう・・・多分。
・・・もちろん、今の綾乃が未来を知る由も先読みできる訳もない。
だが、後に、彼女は後悔することになる。
良和の言っていた家訓の重さを甘く見たこと。そして、秋良が家名を守ろうとするどころか、正反対の行動を決断してしまうことを想定するどころか全く計算に入れていなかったことを。
おわり☆
・・・まあ、この出来事をきっかけに、佐野家三男の輪が実家を継ぐことに決まったわけです☆
そして輪の孫がマスターシリーズの彼女にあたると(笑)
END
会社へ行く時、綾乃は避けていた交差点を再び通るようになった。本来、ここが近道であり、今まで遠回りしていたのが不自然だったのだ。本当ならいつまでも遠回りしていたいぐらいなのだ。だが、ここを避けると携帯電話にクレームがくるようになっていたため、しぶしぶと通っている。
もちろん、クレームの主はここのすぐ傍のアパートの二階で暮らしている男。つまり、今まさに目の前に立っているこの男が犯人だ。
「よ~、綾乃。」
「・・・オハヨウゴザイマス、佐野さん。」
「他人行儀な。いい加減、昔みたいに名前で呼べよ。」
・・・・彼の名は佐野秋良。先ほども言ったように、このアパートで暮らしている男であり、綾乃にとっては『元彼』にあたる。
もっとも、秋良自身は『元彼』のレッテルがかなり不本意のようで、綾乃に会うたびに再アタックしている。今日も今日とて綾乃と話すために交差点で待ち伏せしていたようだ。
「・・・よく続きますね。再会してからもう三ヶ月の間、ずっとですよ?」
「はっ、2年以上も待ち続けたんだ。それに、今月で三ヶ月目だから、もう3年目になるな。今さら焦っても仕方がない。それに、長期戦は覚悟の上だ。」
ニヤリと笑う秋良を無視して綾乃は横断歩道を渡っていった。秋良が「おぃっ」と突っ込む間もなく、信号はすでに赤。綾乃は一旦振り返り、秋良を一瞥したが何も言わず再び会社の方へと歩き出した。
それを見送る秋良には、綾乃の複雑そうな表情が見えていたが次第に影となっていくのをしばらく眺めていた。
一方、会社で着替え終わった綾乃はというと、頭を団子ヘアにまとめながら席に座っていた。
「・・・はぁ、やっぱり会社が一番落ち着きます。」
「おはよう、綾乃さん。あれ、疲れてるね?そんな時はべっこう飴だよ☆」
「・・・本当に気が利きますわね、由利恵さんは。」
「もー褒めても何もでないよ~!!でも嬉しかったから、べっこう飴をもう一つあげちゃう。」
「ふふふ、ありがとうございます。」
「どういたしまして~☆」
由利恵さんがウィンク付きでくれたべっこう飴を一つ食べて、もう一つは引き出しにしまった。また疲れた時に食べるために。
絶妙な甘さが出ている飴を味わいながら仕事を再開した綾乃は、ふと朝に読んだ雑誌の記事を思い出していた。
『佐野カンパニーグループ本社代表取締役社長の佐野秋良だ。よろしくな。』
(・・・・まさかあの天下の佐野カンパニーグループの御曹司だったなんて。そんな男がなんであんな安いアパートで一人暮らしなんかしているのよ。)
佐野カンパニーグループは誰もが知る有名な大企業。著名な名に恥じず、様々な分野で幅広く活躍、どの会社でもかなりの功績を立てている大手会社だ。特に、情報セキュリティー関連会社と出版社の評判は昔から得意分野ということもあり、かなり評価が高い。
特に佐野出版社は芸能人のスキャンダルから大手会社の闇などを平然と取り上げるだめに、民衆受けが良いことで有名だった。
(・・・その佐野出版社が出した雑誌に載っている記事となれば、余計に信ぴょう性は高いわよね。)
「・・・だから、この雑誌に載っていることは本当の可能性があるってことよね。」
(・・・・佐野さんのことはもういいわ、それより仕事よ、仕事。)
今日は珍しくずっと会社にいることができた。普段ならあちこち出張なのでおそくなるのだが、久々に定時で帰れることが嬉しい。綾乃がうきうき気分で玄関を出ようとした時、黒いリムジンバスが目の前に現れた。
「この黒い車って・・・ああ、やっぱり、佐野さんですか。」
見知った車に固まった綾乃の前でドアが開き、やっぱりというか、秋良が座って手を振っていた。運転席にはやはり、秋良に振り回されていることで、綾乃とも顔見知りとなっている秘書の鹿島が座っていた。
「綾乃~今日も飯を食いに行こうぜ!」
「・・・・で、また当然のようにお越しになるわけですか。」
「毎回うちのバカ社長のせいで申し訳ございません。ですが、貴方と会わないと機嫌が悪く、翌日の仕事に悪影響を及ぼす可能性がございますので・・・。」
「貴方のせいではないのは解っているのだけれど・・・。」
秋良に振り回されている秘書とのやり取りもこれで何度目になるのだろうと綾乃は眉間に皺を寄せながらため息をついた。その様子に秘書も同感ですと同意するような表情で疲れている様子だった。
事実、長期の出張や都合が悪い時を除いてはほぼ毎回会いに来ている。
しかも、秘書を巻き込んで送り迎えまでさせている。秘書からすれば、いくら給料が良いとはいえ、やはり社長の行動を間近で見ている分、疲れる時もあるわけで。しかし、その2人を見て見ぬふりをしつつ、敢えて行動するのが秋良という人間である。綾乃はさっさと行くぞと急かしてくる秋良に根負けして車に乗り込んだ。・・・この風景もまた、三ヶ月間程、続いている日常であった。
「はー美味しかったな、綾乃はどうだった?」
「そうですね、最後のシメに出てきた雑炊が美味しかったです。」
「ああ、確かに。」
帰りの車の中で、頷いていた綾乃に手を延ばそうとする秋良だが、その手を叩き落とされて、ブーブーと頬を膨らませていた。そんなことをしても可愛くない・・・と思いながら、家に着いたのを確認した綾乃は毎度の如く、他人行儀なお礼を伝えた後、車から降りようとする。
が、秋良が綾乃の腕を引き留めた。いい加減この押し問答にも疲れたのだろうか、若干苛立ちが見られる。しかし、綾乃の方も内心では苛立っていた。
「では、おやすみなさい。」
「なぁ、綾乃、本音を聞きたいんだが、いつになったら名前呼びに戻ってくれる?んでもって、結婚も本気なんだが。」
「・・・とりあえず、付き合っている覚えもないですし、今は知り合いなので、一生名前呼びに戻すつもりはないですね。ついでに結婚相手にもなりえません。」
「じゃあ、どうやったら付き合えるんだ?」
「・・・そんなセリフに騙されません。貴方は変わっていない・・・この記事がいい証拠です。」
綾乃もそう簡単には折れたくないのか、雑誌を鞄から取り出して秋良に渡した。その雑誌を手に取るために秋良の手が外れたのを見計らって、綾乃はさっさとマンションの中へと帰っていった。
(・・・本当に、佐野さんに婚約者がいたとしても私には関係ないはずよ。それなのに、私は一体何をイライラしているのかしら。本当に・・・彼に再会してから、心を乱されてばかりだわ。)
車が去っていく音を感じながら、綾乃はコップに水を入れて飲みだした。朝に読んだ雑誌の記事には、彼がインタビューされている記事、そしてさらに別ページには彼に婚約者がいたという内容が載っていた。
何故かそれを見た瞬間、頭が真っ白になってしまっていた。そして次には、あの過去が瞬間的に思い浮かび、綾乃は気持ち悪くなっていた。それでも必死に仕事を終えられたのは、少しの間離れていた期間のお蔭だろう。
(本当に、三ヶ月前まで離れていたおかげで耐性が身についたってことよね・・・それはありがたいのかありがたくないのかわからないけれど。)
とりあえず、綾乃は冷静になろうと努めていた。綾乃本人は正直、こんなに動揺するなんて意外だと感じていた。まさかあの雑誌でこれほどまでに心が乱れるとは思っていなかったのだから。
(・・・改めて、自分がどれだけ馬鹿だったのか思い知らされるわ・・・大体、あの人に対する恋を自覚したのだって、クリスマスのちょっと前だったのに。)
だから、あの時計を買ったのだ。そして、クリスマスに渡して聞こうと思っていたのだ。自分との関係をどう思っているのかと確認したかったから。
もっとも、それも、あの日に全部壊れて、無駄になったけれども。
思い出すだけで手が震える。鼓動が激しくなる。
綾乃は目を瞑りながら思い知らされていた。
認めたくないけれども認めざるを得ない事実を。
(私は・・・まだ、あの日を・・・もう終わったはずの関係を引きずってしまっているんだわ・・・。)
それでも、その原因を考えまいと綾乃は首を何度も振りながら布団へと潜り込んだ。
その次の日、相変わらずの黒い車がやってきた。
またかと思いながらも、声が聞こえないなと窓を覗き込めば、珍しく、秋良がいなかった。その代わり、秘書が車から降りて、ため息をつきながら食事券を差し出してきた。
「・・・なんでしょうか、それは。」
「社長は、顧問から呼び出しを受けてこちらに来ることができません。それから、別件で、とある方がこの店で一緒に食事をしてほしいとのことです。」
「・・・顧問はそれほどに偉い方なのですか?」
「社長の父親でもありますので、社長にとっては頭が上がらない方の一人です。」
「・・・解りました。それと、教えて下さったお店、高そうなイメージがあるのですが服装については。」
「予約制で個室となっておりますので、問題ございません。心配であれば、念のため私が傍にいても構わないですが、お相手は社長ではないので全然問題ないかと。」
危険はない相手だと遠回しに言ってくる秘書の言葉がきっかけになったかはわからないが、綾乃は店へ行くことにした。連れて行ってほしいという綾乃にかしこまりましたと秘書は一礼した後、ドアを開けた。秋良がみれば、自分に対する態度と違うじゃないかと怒りそうな態度だった。
和風料理を専門とする店に着いた後、店員さんに個室へ案内される。部屋までわざわざ案内してくれるその恭しさから、相手がけっこうな相手であると解る。恐らく・・・社長である秋良の関係者だろうと予想していたと綾乃は一度深呼吸してから、部屋の襖を開いた。
下座にある座布団の上に座らず、その横に座って待っていたのは、秋良によく似た男性だった。一瞬、秋良かと勘違いした綾乃はうろたえながらも、硬直していた。
そんな綾乃の様子に苦笑しながら、男性はその場で綺麗な動作で頭を下げ、自己紹介を口にした。
「水上綾乃さんですね。初めてお目にかかります、佐野良和です。双子の兄がいつもご迷惑をかけているようで、申し訳ございません。」
自己紹介してきた良和に、一瞬目を丸くしたものの、慌てて綾乃も座ってお辞儀を返した。
「・・・っ・・・あ、は、初めまして。水上綾乃です。」
恐縮したように固まる綾乃に苦笑しながらも、良和は綾乃に上座を勧め、座らせ、自分は下座へと収まった。
お酒や苦手なものはあるかと確認をしたうえで、店員に食事をもってくるようにと指示している良和をぼんやりと眺めていた。
「・・・双子だったことは知りませんでした。佐野さんからも教わっていませんし。」
「それは無理もありません。わざわざ公言なんてしていませんし、兄も言う必要性を感じなかったのでしょう。」
「・・・そ、うですか。それで、その何故私をお呼びになったのでしょうか。」
「どうやら、不安にさせてしまったようなので、謝罪をしたいと思いまして。まず、この雑誌を見ていただきたいのですが。」
「・・・あ、これは・・・」
綾乃の前に差し出された雑誌は昨日秋良に渡したのと同じものだった。綾乃の言いたいことが伝わったのだろう、何故ここにあるのかと。
雑誌に載っている写真の中に写っていた女性の肩を抱きしめている男の方を指さしながら、良和は申し訳なさそうに説明した。
「この雑誌で、秋良兄さんと断定されているこの男性は僕です。つまり、まぁ、婚約を雑誌にすっぱ抜かれた馬鹿が僕で、とばっちりをうけたのが僕の婚約者。そして、裏付けのとれていない記事のせいで被害を被ったのが秋良兄さんということになります。」
「え・・・・ということは。」
「秋良兄さんは、3年ほど彼女も遊び相手も作っていません。丁度、貴方と会えなくなった頃ですね。ですので、婚約者も作りようがないです。」
「・・・・・。」
良和のきっぱりとした物言いに、綾乃は何となくだが、悟った。きっと、秋良が良和に対して何かを言ったのだろうと。
「わざわざ説明をありがとうございます・・・その、この雑誌に載っていらっしゃる婚約者の方は大丈夫でしたでしょうか?」
「彼女なら大丈夫です。朝に電話したのですが、あらそうなんですか~って間延びした言い方で済まされましたよ。一応名のある出版社関係の方なので、報道の被害を受ける可能性は低いですしね。むしろ、兄の方を宥めるのが大変でした。」
「・・・・・・すみません、想像がついてしまう自分が悲しいです。」
「悪いのは、貴方ではなく、今までの行いが悪い兄なのですから、お気になさらず。」
それよりも食事をと進めてくる良和に綾乃は申し訳ないと思いつつも、箸を取った。その間にも場を和ませようといろいろと話かけてくれることに気づいた綾乃はさらに申し訳なさが募った。が、やはり良和もやはり秋良の兄弟で。
「・・・それで、今回綾乃さんが兄に雑誌を渡したということは、やはり婚約者がいるかどうかを気になされて?」
「――――っ!?」
いきなりの発言に思わずむせてしまうが、良和は微笑むだけだった。それに綾乃はすぐに油断ならないと気を引き締めたのか、先ほどまでの申し訳なさをすっぱりと消し去り、仕事モードにと表情を変化させた。
「・・・それをあの佐野様の弟にあたる貴方にわざわざ話すと思いですか?」
「やはり、兄が惚れるだけのことはありますね・・・見事な切り返しです。」
綾乃の表情の変化に満足そうに頷きながらも、酒を飲み干す良和には思うことがあったのだろう、人差し指を一本だけ立てて、綾乃に聞いた。それに眉をひそめながらも、綾乃は慎重に口にした。
「兄の恋路ですし、これ以上貴方と兄の関係に口を挟むつもりはありません。ですが、好奇心で一つだけ知りたいことがあるのですが、教えてくださいますか?」
「私で答えられる内容であれば、お答えしますが・・・。」
「海外で日系企業として名を馳せるマリン本社社長のご息女であるにも関わらず、日本の民間会社で働いておられるのには一体どんな理由が?」
秋良との関係の方を聞かれるとばかり思っていた綾乃は思わぬ質問に首をとられたような気分になった。
これはさすがに負けを認めるほかはない。せめての皮肉ぐらいは許してもらいたいと、綾乃は料理を口にしながらため息をついた。
「・・・かの有名なSANO探偵社にかかれば、父の会社も形無しのようですね。彼に弟がいらっしゃることは存じていましたが、さすがに双子という情報までは私の手元に入ってきませんでしたわ。」
「返事をはぐらかしてもダメですよ。」
さすがに隙が無い。綾乃は箸をおいてごちそうさまと一礼して立ちあがった。それに続いて良和もまた立ち上がり、店の外まで一緒に移動していく。玄関にたどり着いた時、綾乃はようやく、良和が望んでいた返事を返した。
「・・・我が家の家訓の一つに“職場の苦労知らず働かぬ者に家の名を継ぐ資格なし”というのがあります。コネ入社も当然禁止ですので、できる限り家とは関係ない会社で働き、個人情報もできる限り隠しております。」
「なるほど。そういうことでしたか。唯一の跡取り娘ということもあって、厳しい教育を受けておられたということですね。」
納得したように頷いた良和に対し、綾乃は暫くためらった末に口を開いた。
「・・・あなたがご存じのことであれば、当然、佐野さんもご存じでしょうね。」
「・・・どうでしょうね。知ったとしても有効でない限り、口にするかどうか。まぁ、どんな環境であろうと、あの兄が諦めるとは思えませんが。」
「何故言い切れるのです?」
秘書が迎えに来てくれたのだろう、玄関前には黒い車が鎮座していた。
車のドアを開けながら清々しいほどに断言して見せた良和に綾乃は背筋に伝う寒さを感じながら車に乗り込み、座席へと座った。そして、やはりというか、良和はあの秋良と重なる笑みで言い切りながら車のドアを閉め、一礼してきた。
「貴家の家訓のように、我が家にも家訓があるのですよ。“本気で惚れた奴は何としても全力で落とせ。そのために邪魔になるようなものは例え誰であろうとも一切切り捨てて排除しろ。”というものがね。」
はっきりと宣った良和が小さくなっていくのを窓から見届けた綾乃は、車の中で何度目になるかわからない実感を改めて感じとった。
(嫌いではないけれど、やはり双子で血のつながりがあるだけにあの人と同類だわ・・・喰えない上にあの微笑み。まったく、やりにくい人ね。)
会社に再び秋良が来るようになったのは、一週間後だった。雑誌を渡したあの日がなかったかのようにいつものように笑顔でやってきていた。
そんな秋良にため息をつきながら綾乃はまたですかといつものパターンで返事を返していた。
いつもの如く、綾乃の家に着いた時、秋良の方から躊躇いながらも、綾乃に話しかけてきた。
「・・・確かに良和には文句を言ったけれど、まさか直接お前と会うとは思っていなかった。何か嫌なことを言われなかったか?」
躊躇いながら聞いてくるということは弟の性格をよくわかっているのだろうなと思いつつ、綾乃は微笑みで応えた。
「・・・さすが、佐野さんの弟ですね。とても有意義な時間を過ごせましたよ。」
「あ、綾乃。さすがに俺でもわかるぞ、その言葉の真意は。お前のその微笑みは絶対言葉とは裏腹だ。」
「そんなことないですよ?本当に・・・少なくとも、」
「・・・少なくとも?」
急かすように聞いてくる秋良をじっと眺めた綾乃は口を開いたが、その言葉を聞いた秋良は即座にはぐらかした。
「・・・私に対する佐野さんの笑顔が嘘でないということが解っただけでも良かったかと。本来の貴方は多分、弟さんと同じ・・・いえ、恐らくそれ以上の性格なのでは?」
「・・・・・綾乃に対してはいつだって本気なんだけれど?」
「どうでしょうね・・・前に、聞いてきましたね。いつになったら名前を呼ぶのか、結婚も考えているし、どうすれば付き合ってくれるのかと。」
「ああ。確かに聞いたな。」
そこに繋がるのは何故だと言いたげに秋良が首を傾げる。そんな秋良に綾乃は微笑みながら指さした。
「少なくとも、お互いに全てを暴き合った後でなければ、私達の関係ははじまらないと、弟さんと話していて確信しました。なので・・・今ですら、はぐらかそうとする貴方相手では、永遠に名前を呼ぶ気にはなりませんわね。」
「・・・・そうくるか。おぃおぃ、一体どれだけかかるんだ?」
「さぁ・・・でも、きっかけと期限だけは作って差し上げます。長期戦は覚悟の上なのでしょう?それに、そのチャンスをつかめるかどうかは、貴方次第だと思うのですが?」
綾乃の言葉にぐうの音も出なかったのだろう、秋良の顔が一気に悔し気な表情に変わった。それでも、別れの挨拶は忘れないあたりが秋良である。
「くそ、わかった。・・・またな、綾乃。」
「ええ、おやすみなさい、佐野さん。」
その表情を満足そうに見届けた綾乃はお辞儀をしてマンションの中へと入った。いつもの見慣れた寝室へ入ると、ソファーになだれ込んだ。
(・・・・お互いに全てを暴き合った後。つまり、立場を同じにしてから話し合いましょうということ。)
「・・・だから、名前を呼ぶにしろ、結婚を前提にした付き合いにしろ、佐野さんは『水上家の娘である綾乃』との繋がりを世間に示さなければならないし、父にも表明しなければいけない。うん、これなら勝てますわね。ちょっと卑怯かも知れませんが、こうでもしなければ、彼の場合ずっと諦めきれないおもちゃを諦めそうにないですもの。さすがに家名だけは捨てられないでしょうし。」
絶対彼は意固地になっているだけだと思うのですし・・・と、呟きながら、満足そうに結論を出した。
不思議なことに最近イライラしていた綾乃の気分は打って変わってすっきりしていた。綾乃自身、雑誌問題の解決がすっきりした原因に繋がっていることには気づいていたが、絶対に認めることはできなかった。
(・・・まだ認めませんわよ。この気持ちは。少なくとも、あの時も今も、彼と私の関係ははっきりしていないのですから。)
さしあたり、父に電話をしなければと思い直した綾乃は携帯を取り出した。
一ヶ月後、世界に名立たるマリン企業のトップに立つ社長が日本にやってきた。
珍しくも、とある雑誌をはじめ、様々なインタビューに応じ、日本に『綾乃』という跡取り娘がいること、そしてその娘の婿に相応しい相手を探しているのでいい相手がいれば紹介をということを大々的にアピールした。
そのインタビュー記事が最初に載ったとある雑誌が佐野出版社から発行されたものであることはおそらく偶然なのであろう・・・多分。
・・・もちろん、今の綾乃が未来を知る由も先読みできる訳もない。
だが、後に、彼女は後悔することになる。
良和の言っていた家訓の重さを甘く見たこと。そして、秋良が家名を守ろうとするどころか、正反対の行動を決断してしまうことを想定するどころか全く計算に入れていなかったことを。
おわり☆
・・・まあ、この出来事をきっかけに、佐野家三男の輪が実家を継ぐことに決まったわけです☆
そして輪の孫がマスターシリーズの彼女にあたると(笑)
END
10
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