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1章:ありえないほど最弱から究極で最強へ

【1】最弱の天職

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ジェイクが最初に絶望したのは十五歳の時だった。

この世界に生まれた者は、十五歳になると誰もが神から天職を与えられる。

それによって受ける恩恵を利用して、人々は生活していくのだ。

自分の天職を貰おうと、貧しい田舎を出て一番近い地方都市の神殿に向かったジェイク。

そんな彼を待っていたのは、自分の故郷が魔物の群れに襲われて全滅したという知らせと、世界に二百億分の一の確率でしか存在しないと言われる、最下位職だった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ふう、やっと終わった」

ジェイクはいつものように街へと運び込まれた荷を整理する仕事をしていた。

もうそろそろ日付が変わる。

夜行性種族にとってのランチ、つまりイブニングランチの時間だ。

ジェイクはこの日の賃金を受け取ると、帰路についた。

金額は他の者達の五分の一ほど。

誰にでもできる仕事だが、給料はいわゆる歩合制というやつで、この仕事で良い給料をもらうためには肉体を強化してくれる天職が必須だ。

同じ職場で働いているのは戦士とか、武道家とか、そういう力仕事を得意とする天職を持つ者達ばかり。

だが仕方がない。

ジェイクの天職は最下位職である<這いずる者>だ。

この天職の効果は、持ち主の身体能力を大きく低下させる。

……それだけだ。

どんな天職でも貰って損をすることがないこの世界における、唯一の例外。

それをジェイクは与えられていた。

サキュバスとかヴァンパイアで賑わう街を抜けて、裏道へと入る。

腹が減ったので何か食べたいが、懐にそんな余裕はない。

ちなみにだが、ジェイクは普通の人間だ。

つまり本来の身体能力もそんなに高くないし、何か特殊能力を持っているわけでもない。

「ただいま」

返事をしてくれる者などいるわけがない。

ボロいアパートの屋根裏。

本来は部屋として貸し出しているわけではないそこが、故郷を失った彼にとって唯一の帰る場所だ。

彼は固くなったパンを水で無理やり胃に流し込むと、明日に備えてすぐに布団に入った。

今年でいよいよ四十歳になる、冴えない中年の男。

それがジェイクだ。

……そう、この日の夜まではそうだったのだ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ちょうどジェイクが眠った頃。

人間の国から遠く離れた魔族の国にある廃城では、ある男がスキルを発動しようとしていた。

<悪魔を呼ぶ者>

それがこの男の天職だ。

漆黒の鎧とマントを身にまとった体から表情は読み取れないが、少なくとも穏やかな雰囲気ではない。

大地に描かれた魔法陣が光を放ち、暗闇に包まれていた玉座の間にとって唯一の光となっていた。

そんな彼の様子を玉座の手すりに腰掛けた少女が見ていた。

細身の剣と鎧を身に着けている様子からすると、おそらくは剣士系の天職を持っているのだろう。

本来ピンク色のはずの長い髪が、魔法陣に照らされてオレンジ色になっている。

「ニカド、本当にやるのね?」

「もちろんだ」

ニカドと呼ばれた黒騎士は即答した。

少女に対して背を向けたまま、振り返る気配はない。

「この世界の誰かの天職を<魔王>にするスキル<劣塔の影>。これは<悪魔を呼ぶ者>の天職持ちにしか使えないスキルだ。……お前、この意味がわかるか?」

「さあ?」

「手は手でしか洗えない。つまり神は俺にこれを使えって言ってるんだよ」

「あら、神って詩人だったのね。でもいいの? その<魔王>って、自分以外の天職を強制的にランクダウンさせる特殊スキルが付加されるんでしょ? そうなったら私達も影響受けるんだけど?」

「それも神の意志だ」

「言うだけ無駄ってことね」

少女がため息を吐いたのを同意と受け取ったニカドは剣を抜くと、下に向けて両手で構えた。

彼がいるのは魔法陣の中心だ。

「世界はここから変わるのさ。神は俺に『世界を変えろ』って言ってるんだよ。……いくぜ! 劣塔の影!」

<悪魔を呼ぶ者>ニカドはそう叫びながら、勢いよく地面に剣を突き刺した。

直後、激しい紫の光が発生し、世界全体をを包み込んだ。
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