泉の花園

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モテるということ

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 ザパーン……

 泉の水で遊ぶ影が一つ。腰まで伸びた長い翠色の髪に、水を含んだような淡い水色の瞳、頭に大きな角、エルフのような長い耳を持っている。

 その者の名は、ラシュカ・テティール。女である。
 しかしその実、スタイルが良く、性格もさっぱりしている。なので、女にモテモテで、よく告白されている。
 ラシュカは同性愛に寛容だが、その告白してくる人達の中に好きだと思う人はいないらしい。それゆえ、やんわりと断っている。

 そんなクールで優しい彼女だが、水浴びをしている時には人が変わったようになる。
 具体的に、どうなるかと言うと――

「あー、気持ちいい~~! さいっっこう! やっぱり水浴びはいいよなぁ!」

 テンションマックスにして叫ぶラシュカの姿があった。普段の二割……いや、五割増しのラシュカの声が響く。

 その声に釣られ、無数の小鳥達がピチピチと鳴きながら飛んでくる。
 そして、ラシュカと共に水浴びを楽しむ。和やかな光景。
 いつも通りの日常だ。そして――

「あの……こっちにまで声が聞こえて来たんですが……」

 木陰からぴょこっと顔を覗かせたのは、ミルフィー・サンドラ。
 ピンクのうさみみパーカーを被り、その下から雪のように白い髪と、炎のような真っ赤な瞳を覗かせる可愛らしい少女。如何にも女の子らしいそれはだが、その瞳が不安げに揺れている。

「あ、ほんと? でも今更ミルフィーには隠す気ないしなぁ~」
「いや……ほかの子に聞かれたらどうするんです……?」

 呆れ気味にミルフィーが半眼で問う。しかし、この泉は入り組んでいて、とても人がのこのこ入ってくる場所ではない。
 そのことを、ミルフィーも知らないはずはないのだが――

「こんなとこ、誰も来ないでしょ。だからへーきへーき」
「うーん……まあ、いっか……」

 と、呆れ気味にミルフィーの方が折れる。
 そして、「それよりも……」と続ける。

「とりあえずその服装……何とかしません?」
「?」

 ラシュカの姿は、首から胸にかけてまでのタオルがかけられていて、下半身にはバスタオルを巻いていてる。
 ……そう、その姿は控えめに言って人前には出られない格好をしていた。

「別にこれが普通なんだけどなぁ……」
「ラシュカの普通はみんなと少しズレてるんですよきっと」
「なんだよー、みんな違ってみんな良いだろー?」
「最低限のマナーは身につけてって言ってるんです……」

 ミルフィーは何を言っても揺らがないラシュカの信念にため息を吐いた。
 こんなでは、またいたちごっこになるばかりでまるで進展がない。

 まあ、これもいつも通りの日常だとミルフィーは認めがたいが認めるしかないと、嘆息する。
 だが、そんなミルフィーにお構い無しにラシュカは続ける。

「ミルフィー……ずっと前から思ってたんだけど……」
「ん? なんです?」
「実はさ…………」

 と、わざとらしく咳払いを一つ。

「ミルフィー、私のこと好きでしょ」

 ニヤリと口角を上げながらラシュカが告げると、ミルフィーは目を見開き、ラシュカをガン見した。

「な、なっ!? ななな、何ををを??」
「あはは、ミルフィー面白い」

 慌てふためくミルフィーを差し置いてラシュカが口を開けて笑う。

「冗談冗談」
「もう……ラシュカは冗談なんて言わないと思ってたから……油断しました……」

 なおも笑っているラシュカを遠目に見ながらミルフィーは考えた。
 ――自分はラシュカが好きなのか、と。

 もちろん友達としてというか、人として好きだ。しかし、その、恋愛感情も含まれているのかと聞かれればこう答えるだろう。
 ――分からない。と。

 ミルフィーはいかにも、世の中の考えるとても可愛い女の子。それゆえ言い寄ってきた男性は数しれない。
 だが、付き合ったことなんてなかった。根本的に“恋愛”と言うものが分からなかったのだ。

 ラシュカがどうこうではなく、ただ単に自分の中の問題なのだ。
 それをミルフィーは分かっていた。分かっていた……つもりだった。

 しかし、ラシュカがミルフィーの隠された本音を暴いたのではないか。ラシュカは本当はミルフィーの事をミルフィー以上に知っているのではないか。
 そう思わずにはいられなかった。

「おーい、ミルフィー?」
「ぴゃへっ!?」
「今すごい声出たな……」
「ご、ごめんなさい……ちょっとぼーっとしてた……」

 ラシュカの声に現実に戻ってきたミルフィーは、あの思考を置き去りにラシュカと共に歩き出した。

 ☆ ☆ ☆

「「あ、あのっ……ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」」
「「はぁ……」」

 ラシュカとミルフィーは同時に別の場所で、ラシュカは女から、ミルフィーは男から告白を受けていた。
 そして今回も――『うん、キッパリと断ろう』二人同時にそう思った。

 どうしてこうなるのか……二人は呆れ、言い寄ってくる者達を次第に“鬱陶しい”と思うまでになっていた。
 それは経験から生じる“負”の感情だった。経験したことがない人から言わせれば、控えめに言って“羨ましい”と思うだろう。

 だが、考えても見てほしい。好きでもない無数の人間から一方的に好意を向けられ、それをいちいち丁寧に断らなければいけないという面倒な“作業”がいるのだ。

 そんな楽しくもない“ただ振るだけの作業”を沢山しなくてはならない二人の気持ちなんて、一体誰が分かるのだろうか。

 それは――“多分”、“同じ経験をした人にしか分かり得ない”だろう。

「これでもまだ羨ましいなんて言うやつは……ただのマゾだぞ……」

 ラシュカはため息混じりにそう零す。
 ミルフィーに至っては精神的に限界なのか、取り乱しそうになる心を必死で抑えて静かに泣く。

「こんなの……もう嫌だよ……」

 嗚咽混じりに零した声はしかし、誰にも拾われることなく風に乗って消えた。

 ☆ ☆ ☆

 陽の光が真っ赤に染まり、この世の終わりを体現するような淡く儚い茜色の空が広がる。
 水も紅い空を写し、なんとも言えない幻想さが残る。

 そんな時刻に、林が茂った――暗く淀んだ場所を徘徊する影が一つ。
 影は林の先にある泉を視界に捉えると同時、無性に飛び込みたい衝動を抑え、深呼吸をする。
 そして辺りを入念に見渡し、誰もいないことを確認すると――

「ヒャッホー!」

 元気よく明るい声で泉へと飛び込んだ。
 さっきまでシリアスな空気感満載だったはずなのだが、もうとっくにシリアスさんは消えていた。

「最高すぎる……ずっとここにいたい……」

 悦に浸る翠髪の少女。ラシュカ・テティールは大きな角を振りかざし、頭から泉へと再び潜っていった。
 ラシュカは普段クールで綺麗な少女だ。しかし、水を浴びるとたちまち子供みたいな幼い少女な雰囲気を身に纏う。

「うーん……ちょっと手ぇしわしわになっちゃった……」

 時間を忘れて水を浴びているのでそこかしこに不調が生じる。
 そんなラシュカを陰でひっそりとのぞき込む影が一つ揺らめいた。

「もー、そんなに浸かってるからですよ……! 時間配分には気をつけてください!」

 ぷんすか、という擬音語が聞こえそうな叱り方をしたのはミルフィー・サンドラ。
 ピンクのうさみみパーカーを深く被り、その奥からちらりと顔を覗かせた。

「むー、ミルフィーってお母さんみたい……うざい」
「うざいってなんですか!? 私はラシュカのために叱ってるのに!」
「ますますお母さん感が増した……」

 街の喧騒とは程遠い場所の、静かで穏やかな場所のはずなのだが…………泉の近くではあらゆる音が絶えなかった。
 だが不思議と心地よいものがあり、今日も平和だなと感じさせる何かがあった。

「ねぇ、ミルフィー」
「なんですか? 水浴びしたいなら止めますよ」
「いや、そうじゃなくて……」

 水浴びしたいのは山々なんだけど……と付け加えて、

「付き合わない?」

 唐突な告白がラシュカの口から出た。
 ミルフィーは目を白黒させながらラシュカを見る。ラシュカも今更自分の言ったことの重みを理解し、慌てふためいた。

 「あ、い、いやっ……あのね? ミルフィーなら気心知れてるしいいかなってね? その、お互い色々悩んでるじゃん?? だったらいっそ付き合っちゃうのもありかなー……なんてね??」

 一息で捲し立てたせいかラシュカは肩で息をしている。一方、ミルフィーは突然のことに混乱してキャパオーバーになっているのか、頭から何やら蒸気みたいなものが出ている。

「え、ちょ……え??」
「あ~、すまん。もう忘れてくれ! なんかすごく恥ずかしくなってきた!」

 ラシュカは自分の顔を自分の手で隠した。その下には、顔を真っ赤にしたラシュカがいた。
 ミルフィーはようやく思考が追いついてきたようで――目を回しながらではあるが――一応理解はしたようだ。

「いいですよ」

 あっさりミルフィーの口から『OK』が零れた。
 炎のような真っ赤な瞳で真っ直ぐに“彼女”を見つめる。
 ラシュカはそれに気付き、“彼女”の方に水を含んだように淡い水色の瞳で応える。

「え、い、いいのか……?」
「ええ。まあ、ぶっちゃけ男性の告白を断る口実にもなりますしね」
「あー……まあな。私も元々女子からの告白を断る口実に使うつもりだったし」

 ツンとした態度――照れ隠しをしたミルフィーと、苦笑して確かにとミルフィーの意見を肯定するラシュカの姿があった。

 「でも……まあ、あなたのことは好きですよ――ラシュカ様」
 「あはは、そりゃ嬉し……ってええ!? 様付け!?」
 「何かおかしいですか? 付き合うってそういうことでしょ?」

 グイグイ迫ってくるミルフィーにどう対応すればいいのか分からず困惑しているラシュカ。
 微笑ましいその光景はだが、ラシュカにとっては心穏やかなものではなく――

 「ちょ! 落ち着こ?? ね??」
 「駄目です。待ちませんから」

 ラシュカの静止の声を聞かず、ラシュカの肌に指を滑らせるミルフィー。
 ぶっちゃけラシュカの貞操がやばい。という状態だった。

「ひぇっ。ちょ……タンマタンマ!」
「やです。ラシュカ様の全てをください」

 今日も泉の花園には、百合の花が咲き誇っていた……
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