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第一章 高校一年生(一学期)

ばかとあほ(美久里)

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「馬鹿って言うなよ! 阿呆の方がマシだ!」
「どうしてですか? どっちも一緒でしょう?」
「違うって言ってんだろ!?」
「あ、あの~……二人とも何してるの?」

 萌花との言い合いに、美久里が不安そうに入ってくる。
 美久里の様子に勢いをそがれた朔良は、険しい顔のまま萌花から顔を逸らした。
 萌花も気まづそうに目をしきりに動かしている。

「じ、実はね……些細なことで……その……朔良ちゃんに『馬鹿ですね』って柔らかい意味で言ったんですけど……でも……」
「馬鹿って言われたくないんだよなー。阿呆の方が何倍もいいよ」

 申し訳なさそうに顔を俯かせる萌花と、まだ怒りが抜けていないらしい朔良。
 そんな二人の様子を見て、美久里は不思議そうに首を傾げる。

「……馬鹿と阿呆って、同じじゃないの?」

 馬鹿と阿呆はどちらも、共に『愚かなこと』『愚かな人』を表す言葉だったはず。
 一体何が朔良をそこまで機嫌悪くさせるのだろうか。
 だが、美久里の言葉が不満だったようで、朔良は顔を逸らして視線も合わせずに言う。

「同じじゃねーよ。いいか? 阿呆にはないが馬鹿にはある言葉の意味ってのがあるんだよ」
「へー……そうなんだ……」

 それは初耳だ。
 純粋にそれは興味があった。
 阿呆にはなくて馬鹿にはある言葉の意味……どんなものが隠されているのだろう。

「それはな――度が過ぎていることや社会的常識に欠けている、って意味もあんだよ」
「……え、それ本当?」

 朔良は物知りらしい。
 美久里は心の底から感心した。
 つまり馬鹿という言葉にはそれがあり、阿呆という言葉にはそれがないようだ。

「それなのに萌花が馬鹿って言うからさー……」
「そ、それは……! 全然知らなくて――っていうか細すぎませんか!?」
「じゃあお前は馬鹿って言われたいか?」
「うぐっ……そ、それは……その……」

 まあ、この二人なら仲裁しなくてもそのうち仲直りするだろう。
 美久里は一つ賢くなった気がして、賑やかなその場を離れた。
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