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第一章 高校一年生(三学期)

めんどう(萌花)

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 昨晩の残り物を片付けていたせいで遅刻ギリギリになったことを除けば、至って普通の学校生活が今日も放課後を迎える。

 放課後の教室は気楽である。
 家とは違った静けさがあり、残っている生徒も片手で数えられるほど。

 特に何を考えるでもないが、窓の外を見ながら少しボーっとして、その後に校舎裏の鳥に会いに行くのがいつもの流れだった。

 今日もそれに違わず、適当なタイミングで教室を出る。
 そして、たまたま教室を出るタイミングが同じだったのか、違うクラスのドアも開く音がする。

 ……あの人は確か『瑠衣』と言っただろうか。
 萌花は彼女のことをよく知らない。
 みんなと一緒にいるところはよく見かけるが。

(二人きりで話したことないけど……どんな人なんだろう)

 気にはなれど、声をかけてみる勇気があるわけもない。
 そのまま素通りしようとしたがしかし、後ろに居る萌花に気付いた瑠衣は道を譲ってくれた。

「……あ、ありがとう……ございます……」

 勇気を出してお礼を言ってみるが、あまり声量が出なかった。
 万が一にも聞こえていることはないだろうが、億が一にでも聞こえていたら恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。
 萌花は早足で校舎裏へと向かった。

 着いたそこは早くも完全な日陰になっており、草も生えっぱなしになっている。
 やはりここは教室よりも、そして家よりもずっと落ち着ける場所だった。
 その理由としてはやはり、大切な相手が居るということが大きいのだろう。

 萌花の足音に気づいてか、萌花が作った簡易の鳥かごから小さな鳥が顔を出してくる。
 数日前、この小鳥が校舎裏で翼を怪我しているのを見て以降、ここで密かに面倒を見ているのだ。

 早速、お弁当の残り物――ご飯粒を鞄の中から取り出す。
 普段ならピッピッと鳴いて餌をくれと催促するのだが、今日は珍しく静かなまま萌花を……というより、萌花の背後をじっと見ていた。

「チュピッ」

 視線の先に何か面白いものでもあるのだろうか。
 そう思って振り向こうと身体を傾けた——その時。

「鳥にあげるものかにゃ……?」
「ひゃあっ!?」

 突然後ろから浴びせられた声に、萌花は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
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