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第二章 仲良しのその先へ!

特別を知った?

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 ○月○日

 ま、まさかさっちゃん先輩があんなこと言ってくれるなんて……!
 これはもう我慢する必要なんかないよね!
 だって両想いなんだもん!
 えへへ、幸せだなぁ~……もっともっと好きになってくれるように努力しなきゃ!
 そうと決まれば明日のお弁当張り切らないとね!

 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。

 ☆ ☆ ☆

 ――沙友理を取られないためならば何だってやる。
 それが二人の共通点……だったはずなのだが。

『華緒さん、こんにちは!』
『……こんにちは』

 理沙はとてもいい笑顔で、華緒に挨拶をしている。
 裏がなさそうなその笑顔に、華緒は少したじろいでしまった。

『華緒さん……その、昨日の続きを……』

 恍惚とした表情で、モジモジとオネダリする。
 付き合うようになったきっかけというのが、華緒から理沙への濃厚キッスで。
 それ以来気に入られたようで、華緒は少し戸惑っているが。

『……ま、いっか』

 こんな理沙と付き合うのも、悪くはなさそうだ。

「――はっ!」

 理沙はそこで目を覚ます。
 汗をたくさんかいていて、パジャマが皮膚に張り付いている。
 理沙にとっては相当な悪夢だったようだ。

「どうかしてる……なんでよりによって華緒さんと……」

 頭を抱えて、表情を険しくしている。
 夢の中だとはいえ、嫌っている人と結ばれるのは嫌悪感で心がいっぱいになる。
 いつもなら二度寝を楽しむのだが、あいにくそんな気分になれない。
 しかし、起き上がる気力もない。

「んー、どうしようか……」

 そう鬱陶しそうに呟くと、地鳴りのような音が理沙の耳に届く。
 初めは地震かと思ったが、どうやら違うようだ。
 その音はどんどん近づいてきて、気づいたらその音の主は理沙の部屋に入ってきていた。

「どったの、ねーちゃん」

 その音の主は、沙友理だった。
 沙友理はつかつかと真っ直ぐ理沙に歩み寄る。
 そんな沙友理の目がすごく真剣に揺らめいていたから、理沙は思わず息を呑む。

 こんな表情をした姉を、理沙は一度も見たことがなかった。
 謎の迫力があり、理沙は少し恐怖を抱く。

「ね、ねーちゃん……?」

 理沙はおそるおそる声をかける。
 すると、沙友理はおもむろに理沙の手を握る。

「え、は、な、なにすんだよ……っ!」

 理沙は照れ隠しをするように手を振り切るが、沙友理はその感触を確かめるように空を掴む。
 そして満足したように、

「うん。ありがとなのです」

 とてもいい笑顔で去っていった。
 残されたのは、ポカンと目も口も大きく開いている理沙だけだった。

 ――一方、沙友理はというと。
 世紀の大発見をしたような心持ちで走っている。
 はやく華緒に知らせたい。

 よく話す同級生や後輩、そして妹にも確認してようやくわかった。
 きっとこれが特別で、“好き”ってことなのだろう。

「いっちゃんも、きっとこんな気持ちだったのですね……」

 それはすごく幸せで、楽しいものだった。
 以前よりも自分を好きになれたような気もした。
 同時に、華緒への愛おしさが溢れ出してくる。

「いっちゃん……!!」

 沙友理は、公園のベンチに腰掛けている華緒を見かけて叫ぶ。
 華緒はすごく驚いたような顔をして沙友理を見る。
 沙友理がものすごい勢いで華緒に近づこうとするから、華緒は反射的に逃げ出そうとするも、沙友理はもう目の前にまで迫っていた。

「……な、なにか用ですか……」

 すごく気まずそうに目を逸らしながら話す華緒。

「すっごく大事な用なのです!」

 しかし、それとは対照的に真っ直ぐ華緒の顔を見ながら話す沙友理。
 そんな真っ直ぐな瞳に、華緒は逃げることを諦める。
 お互い言いたいことはたくさんあるだろうが、沙友理が今どうしても伝えたいことはこれだけだった。

「わたし、やっと“好き”がわかったのです!」

 その沙友理の言葉に、華緒は目を見開く。
 華緒は次に続くであろう沙友理の言葉を待つ。
 そして、ほどなくして期待通りの言葉を聞くことができた。

「色んな人に試してみて、ようやくわかったのです。いっちゃんが特別だってこと」

 沙友理はとても丁寧に言葉を紡いでいく。

「わたしはいっちゃんが好きなのです。いっちゃんが、わたしの一番の仲良しなのです」

 そう言うと、沙友理は突然華緒の手を取った。
 華緒は驚き、顔を真っ赤にさせる。

「な、ななな何を……っ!」
「こうやって触れて、こんなにもドキドキするのは……いっちゃんだけなのですよ?」
「……さ、さっちゃん先輩……」
「だからこれが、恋愛の意味での“好き”だと思うのです」

 沙友理は華緒の手を掴んだまま、自分の胸に手を持ってくる。
 そんな沙友理の心臓は、すごく脈打っていた。
 胸の膨らみがあまりないせいか、ダイレクトに華緒に伝わる。

「さ、さっちゃん先輩……あの、もうわかったので……その……手を離してもらえると……」

 華緒は赤い顔でいっぱいいっぱいになりながら身をよじる。
 ぶっちゃけると、華緒の理性は崩壊寸前だった。
 このままでは人目もはばからず襲ってしまいそうになる。

「あ、そうなのですね。ごめんなさいなのです」

 沙友理はあっさりと手を離す。
 華緒はそのことが嬉しいような、もどかしいような……複雑な気持ちになった。

「あ、そうだ。今日から手繋いで帰りたいのですが……いっちゃんはどうなのですか?」
「え……え!? い、いいんですか!?」
「もちろんなのですよ」

 沙友理と華緒はぎこちないながらも、仲睦まじく手を繋いで帰った。
 その日から、運命の歯車が少しずつ動いていくこととなる。
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