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居場所
しおりを挟む夢かも現実かも分からないような日々を送っている。
僕には僕の名前が分からない。記憶もない。何故生きているのか、いやそもそも本当に自分が生きているのかどうかも分からない。僕は一体何者なのか。誰かにそう尋ねることも叶わない。だって僕には一欠片だって僕のことが分からないのだから。僕に分からないことを他人が知るはずがない。知っていたとしても、それは僕ではない、誰かから見た僕でしかない。
誰も僕を知らない。僕は僕を知らない。何者でもない僕は、ただ何となく、生きてる、っぽいことをしている。死に方が分からないからだ。始まりを知らない僕は終わりを知らない。ただ惰性で動いてるだけ。生きてるっぽい、そんな動きをしてるだけ。
「さようなら、愚かなヒト。貴方を心底愛していました」
昔、誰かにそんなことを言われた気がする。
それが誰だったか何故だったかは思い出せないけど。その言葉の悲しさとか切なさとかは、なんとなく、覚えてる。でも、その時僕はどんな風に思ったのだっけ。感じたのだっけ。分からない。何も、思い出すことが出来ない。
それは何も持たない僕が唯一持つ記憶だった。でも、ただ持ってるだけだ。それがあったところで僕にはどうすることも出来ない。それは、ただそれでしかなく、僕の生きる理由にも、死ぬ理由にもなり得なかった。
何者でもない僕には居場所がない。居場所のない僕には前も後ろも分からない。だから、ただよく分からないまま、僕は動いてみた。歩くような、動きをした。僕は歩いた。どこともいえないような道を。てくてくと、進んだ。
理由なんてなかった。ただ惰性で動いただけだ。本能みたいなものだったのだと思う。
*
意味のない言葉で頭のなかがいっぱいになって、眠れない。そんな夜は沢山ある。今日は何回か目のそんな夜だった。
「おいおいー、ナナシのオニーちゃん?どうしたんだよぉ?」
目を開いたまま、ぼおっと天井を見つめている僕を見て、いつの間にか僕のベッドのすぐ近くまで来ていた、白髪の鳥の巣頭の酔いどれ少女はケラケラと機嫌良さそうに笑いながら僕に問いかける。
「……どうも、しないよ」
「眠れないなら、俺が子守唄でも歌ってやろうか?」
僕達の会話を側で聞いていた同じく白髪の三つ編み縛りの美青年が、僕をからかうようにそんなことを言う。
「……しなくていい」
「本当に?」
「本当に」
そう、じゃあお休み。不機嫌を丸出しで返事した僕の様子に余計に楽しげに笑いながら、そう言って、二人はそれぞれの寝床へと帰っていく。
一体何しにここに来たのか。そうため息を吐くのと同時に、さっきまで頭の中を占めていた意味のない言葉達が頭の中からすっかり消えていることに気が付く。
「…………」
もしかして、彼らなりの気遣いだったりしたんだろうか。なんて、そんなことを思いながら、僕はゆっくりと目を閉じた。チック、ジュリ、ありがとう。心の中で二人にそう唱えて。
薄汚れた硬い材質で出来た建物の中では、一言じゃ説明できないようなおかしな奴らが、集まって生活している。惰性で動いていたら、いつの間にか、こんなところに来てしまった。
はたしてここは僕の居場所になるんだろうか。 それは分からない。でもきっと端から見たら、僕もきっと、このおかしな奴らの一員に思われるのだろう。それは何故だかさほど悪い気分がしなかった。
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