〔完結済み〕カエルの大学 ✕ 世界のマホウ

弥良ぱるぱ

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CAPVT I. 寂しがり屋のこぼれ雨

XXV. 倉庫の密会

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「――おい、どこまで行ってんだよ!」

 肩を強く掴まれた。
 掴まれた方の肩から後ろを見ると、リベラさんが心配した様子をしていた。

「え? あ……リベラさん?」

 自分でもよく分からない。
 ただ気付いたらこの場所に来ていた。ただそれだけ。

「だがよ、この倉庫。奴らの根倉としちゃあおあつらえ向きじゃねぇか?」

「え?」

 リベラさんの指先を追うと、入口のど真ん中だった。重く固そうな扉には、泥棒は勿論、外の光すら受け付けない拒絶感がある。けれどもリベラさんは気ままに扉に近づくと、躊躇なく扉に両手をついて開けようとしていた。

「大丈夫なんですか? その……」

「許可なら後ででも取れるだろ。それにこっちは盗みはしねぇ、返してもらうだけだ」

 リベラさんに促され、しぶしぶ室内に入っていった。



 薄暗い室内。誰もいない倉庫には当然照明なんてものは無く、明かりといえば先ほど顔を出した月の光が窓から漏れる程度だった。

 倉庫ということもあり、周囲には様々な雑貨などがひしめき合っている。中でも本に限っては異常なほどで、いくつものが乱立している有様だった。

『世界魔法基礎』『魔法失敗大集3』『歴代教授の独自魔法』……。

 どれも“世界魔法”に関するものばかり。
 中には金などで彩られた装飾本まで転がっていた。

 仮に書籍を生業《なりわい》とする人達なら、果たしてこんな雑に放置するものなのだろうか。リベラさんが言うように、窃盗犯の巣窟に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

 とはいえ……。
 視界の隅に何度もちらつく一冊の本。

『歴代教授の独自魔法』

 卒業を目的とする私にとって、これ以上目を惹く題名は他になかった。

 ちょっと、ほんのちょっとでいいから内容が見たい、見てみたい。

「おい、下手に崩れでもしたらどうする」

「だ、大丈夫ですよ。このくらい」

 沸き立つ感情を堪えながらも、両手は既に本の表紙を掴んで離さない。そろりそろりと本を左右に振って何とか取り出した。

 やった!

 やった!

 取り出せた!

 卒業までの長い階段を一段も二段も飛ばしたような達成感。

「ほら! 何とかなりま――」

 ――ガラリガラガラ。
 雪崩が起きた。

 本であったのが幸いし、あまり大きな騒音にはならなかったのは良かった。けれど想定外の失敗に、私を含めてリベラさんも顔がすっかり固まってしまった。

「はぁ……バレねぇように魔法で元に戻しとけよ……ん?」

 リベラさんは散らばった本の中から、細長い水晶を手に取った。胴の部分には荒縄が巻き付けられているため、もし透明でなければ、何かしらの筆記用具として見間違えたかもしれない。

 そんな疑念を払拭するかのように、リベラさんはくるくると荒縄を解き、水晶を裸にしてしまった。

「悪戯にしちゃあ豪勢だな」

 水晶を何の躊躇《ちゅうちょ》もなく、ヒョイと後ろへ投げ捨てた。

 直後に響く高い音。

 恐らく入口近くでは粉々になった水晶の破片が散らばっていることだろう。

「試してみるか」

 リベラさんは再びガラス玉を取り出すと、念じるように握りしめた後に地面に落とす。するとコロコロと倉庫の奥へと転がっていった。

「よし。パティナはこの奥だ」

 つまりこの倉庫で当たりなようだ。球に置いていかれないよう、ゆっくりと歩き出す。

 とその時、入口の方から数人の足音が聞こえた。

「(先に行け。見つかんじゃねぇぞ)」

 激しく頷き、奥を目指した。



 球に導かれ奥へと進む。

 本達の影に隠れられたのとほぼ同時に倉庫の扉が勢いよく開かれた。

「リベラ……どうしてここに」

 後方から男性の驚き交じりの声が聞こえる。

「よぉ、男だらけの密会に興味があったんだ。どうだ? 床の飾り付けは」

「! ……この代償は高くつくぞ」

「やめとけ、治療費までは払えねぇだろ」

 物騒な言葉が頭上を飛び交う。

 リベラさんと話している人物はその口調からして、明らかに業者の人ではなかった。

 じゃあここは本当に窃盗犯の根城ってこと?

 危ない場所に踏み入れてしまった事実が恐怖という形で忍び寄る。

 けれどあのリベラさんなら、もしかしたら窃盗犯を一人残らず倒してくれるかもしれない。

 思い起こしたのは今朝の記憶。

 図書館前で不良学徒に絡まれた時、リベラさんは不良学徒の攻撃を軽くいなしてしまうほどの実力を持っている。

 それに彼女が持っている特殊な魔具がある。軽警棒があれば窃盗団なんか攻撃をしようとしても出来ないのだ。

 そう、

 そう、

 だからリベラさんは大丈夫。

 だから私は言いつけ通り、見つからずに球の後を追って、パティナさんを取り返すんだ。その頃にはもうリベラさんが窃盗団を無力化させてくれていて、無事に先生の部屋まで戻る。

 戻ったら改めてパティナさんを先生と再会させてあげよう。

 長く苦しかった一日に別れを告げて、私はふかふかのベッドで寝てやるんだ、お昼まで――

 ――突如として響く打撃音。

 反射的に後ろを振り返る。

 続いて何かを叩く鈍い音、大小さまざまな悲鳴。男性の声が大半だが、明らかにリベラさんのものも混じっている。

 たとえ音しか聞こえなくとも、今まさに起きている惨状を知るには容易かった。

「(え? なんで……?)」

 思わず口から疑問が漏れる。

 だって、だって、リベラさんには軽警棒が…………あっ。

 恐る恐るポケットに手を突っ込む。

 探り当てた感触は、明らかに軽警棒のそれだった。

 直後に再生される回想。

 不良を成敗してくれたリベラさんは、同じことが起きないようにと、この魔具を私に貸してくれたのだ。

 どうしよう、

 どうしよう、

 どうしよう、

 呼吸は激しく小刻みになり、鼓動も準じて暴れ始める。

 仮に軽警棒を返すべく引き返した際に、万が一にでも見つかってしまったら……?

 想像したくもない。
 けれど既に頭の中には、半死半生の自分の姿が鏡のようにありありと映し出されていた。

 で、でも、でも、聞こえている大半の声は窃盗団のもの。つまりリベラさんは複数人が相手でも善戦していることになる。

 それにリベラさんは窃盗団が倉庫に戻ってくる直前に「先に行け、見つかるな」と言っていた。それはつまりパティナさんの救出を渡しに託したことに他ならない。

 だからこそ私は絶対に見つかってはならなかった。

 頭上を飛び交う暴力の音は止まらない。

 堪えきれない罪悪感で直ぐにでも体が硬直してしまいそうになる。

 けれど今は転がる球体を見失う方がよっぽど怖かった。

 這いつくばりながらも少しずつ、ほんの少しずつ、前へ前へと進んでいく。土汚れた石畳、散乱する本、そして転がるガラス玉。

 他には何も見えないし、見たくもなかった。



 球が止まった。

 長い苦痛から解放された気がして、嬉々として床から視線を上げる。
 月明りが降り注ぐ、本で出来た小高い丘。その頂上にパティナさんがひっそりと置かれていた。

「(パティナさん……?)」

『コルダ……? コルダか!』

「(よかったぁぁぁ……)」

 胸につかえていた様々なうっぷんが溜息としてすべて吐き出される。

 これで後は帰るだけ。

 帰るだけでいい。

 それでおしまい。

「(戻りましょ。会わせたい人が待ってるんです)」

 パティナさんは声を震わせながら『うん、うん』と何度も了承してくれた。何とも嬉し気なその声は、聞いているこっちまで涙を浮かべてしまいそうになるくらい透き通っていた。

 とはいえ感傷に浸っている暇はない。
 一刻も早く、この巣窟から抜け出さなければ。

 既に本を抱えていた腕にパティナさんを仕舞い込む。

「おい」

 背後から男の声がした。
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