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日本
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「あぁ・・・、また暗い話になっちまった。 国の話だとか信念の話になると、どうも辛気臭くなっちまうな」
アーテムは頭を掻きながら、話を変えた。
彼自身、悩んでいるのかもしれない。組織のリーダーという立場になって、他の者の今後をも左右しかねないのだから。
「そうこうしてる内に、もうすぐ着くぜ。 ここの階段を登って表に出れば直ぐだからよ!」
地下通路はそれぞれ、地上への階段がある場所に広場が設けられており、そこに物資や多少の備蓄が準備されているようだった。
「この物資や食料は・・・?」
「こいつは昔の名残だな。 地上で何かあった時は、通信機を使って各広場の連中に連絡を取って対応してる。 まぁ、今は騎士達に裁かれそうになってる人達の保護だな。そして、保護された連中の中から、徐々に同士を募るって寸法よ!」
アーテムは誇らしげに言い放つ。
シュトラールの政策により、全ての悪が淘汰されているユスティーチだが、いざ我が身となると裁きを受け入れるのが怖くなる者も、決して少なくはない。
そういった者達にとってアーテム率いるルーフェン・ヴォルフは、良き支えとなっている事だろう。
「・・・けどよぉ、シュトラールの“裁き”による統治っつぅのは、国の治安を守るのには効果絶大でよ・・・。俺たちの活動に関心を持ってくれる人が増える反面、ここ市街地南部は、聖都ユスティーチの中でも一番治安が悪くなっちまってる・・・。それでも他の国に比べれば大分マシだがよ。 なんか複雑な気分だぜ・・・」
シュトラールの行なっている政策は謂わば、恐怖による統治。 しかしそれを上手く正義だ平和だと言葉を並べ誤魔化している。
一方で、市街地南部のルーフェン・ヴォルフの保護下にある街は、小さな悪ならまかり通ると思われている節もあるのだという。
勿論アーテム達は、そんな事を容認させる為に国民達を騎士達から保護しているのではない。
それでも人は、どうしても“甘さ”があれば緩みが出てしまうもの。無意識に他人に迷惑をかけてしまっても、アーテム達が守ってくれると甘えが生まれる。
二人は階段を上がると、別の入り口から入ってきたときのような仕掛けがあり、民家の床下から外へと出た。
民家を出ると、シンとミアが食べ歩いた屋台や店が並ぶ街並みをのぞかせる。
繁華街を歩いてしばらくすると、徐々に建物の数が減り始め、街の景色は少し貧しい印象を受けるものへと変わっていく。
「なんか・・・、街の様子が変わってきたな・・・」
「まぁ、そりゃぁ都市の全体が隅々まで栄えてる訳じゃねぇからな。 一番外側となりゃ、貧しいもんも出てくるわな・・・」
彼の口調は至って落ち着いていた。幼少期を貧しく過ごしていたと話してくれたアーテムにとってこういう所は、何か思うところがあるのかもしれない。
「さぁ着いた。 ここが俺が通ってた剣術道場だ!」
アーテムが立ち止まり、その先を下からゆっくり眺めてみると、そこにはシンにとっと馴染みのある装いをした建物があった。
「こ・・・これが!?」
「ふん! 驚いたか? 想像してた道場とは違ったかよ」
彼はシンのリアクションを楽しんでいるようであったが、シンにとっては、彼のそんな態度よりも目の前の建物への驚きの方が大きかった。
「なんで・・・。 これは、日本建築じゃないか・・・?」
アーテムは、シンの意外な反応と、シンの口走った言葉に疑問を持った。
「ニホン・・・? お前、この建物のこと知ってんのか?」
「俺の住んでた国にある建築だよ・・・。アーテム、これは一体?」
WoF自体は、ファンタジー空間のような世界観を持っているが、定期的に行われているイベントなんかでは、世界各国を舞台にしたステージや街、アイテムや武器などが登場することがある。
これは単に、シンが日本のサーバーで遊んでいたからなのか、またはシンがそのイベントを遊んでいなかっただけなのか、WoFの世界で日本を舞台にしたイベントをシンは知らなかった。
恐らくアーテムのいう、驚いたかとは珍しい建物であることや、想像よりもこじんまりしているのだとかのことを言っているのだろうが、シンの驚きはそれとはベクトルが全く違う方を向いていた。
「どういうことだ・・・? 何で日本の建物がここにある・・・」
それもそのはず。
いくら周りの建物の装いが変わったとはいえ、流石に周りから浮いた光景に、シンには見えていた。
「こいつは、先生が建築士に依頼して建ててもらったもんらしいぜ? 俺がここにきた時には既に建ってたしな」
アーテムの何気ない言動にシンは、更に衝撃を受けた。
「そんな前からここに!?」
「お・・・おう。 なんだってんださっきから。 そんなに珍しいことか? 他国との交流がありゃ、自ずとその国の文化が流れてくるもんだろ? 何もそんな珍しいことじゃ・・・」
確かに現実であればそうなのかもしれないが、どうもシンの頭の中はゲームの時の印象が離れない。WoFに現実の風景や建物などを取り入れていたのは、イベントの期間だけだった。それがこうして残っている。
「これは、イベントの一部なのか・・・? だとしたらどこから? ユスティーチに入った時か? それとも・・・」
難しく考え、ブツブツと独り言を言い始めたシンを、アーテムが強引に中へと進める。
「だぁぁぁッ! なら、直接聞いてみりゃいいだろ!? 先生に!」
彼の言うことは最もだ。
何も知らない自分が考えるよりも、それよりもいくらか知っているであろう人物がいるのなら、直接聞いてしまった方が早い。
だが、シンは一つ疑問に思った。
もしこの建物に入ることが、イベント開始のスイッチになっているとしたら、どうなってしまうのだろう。ミアとも離れることになってしまうのだろうか。
「うッ・・・! ア、アーテム! ちょっとッ・・・」
彼はシンの悩みを知る由もなく、グイグイと建物の中へと押し込んで行った。
小さな門を潜ると、馴染みのある引き戸を開ける。
「あ! あてむだ!」
「ぼるふのあてむ!」
中では道場の教え子だろうか、子供達が数人剣術の稽古をしていた。
「アテムじゃねぇ! アーテムだッ!」
彼が子供達の間違いを指摘すると、子供達は嬉しそうにはしゃぎ出した。
「おう、先生はどうした?」
「中にいるよ。 もうすぐ来るんじゃない?」
辺りを見渡すと、それは正しく剣道の稽古場のような造りで、シンはあっけに取られる。まさか仮想世界で現実世界を体験する羽目になろうとは、思ってもみなかった。
「オレ、アーテムみたいになりたい! 教えてよ!剣術!」
「ばーかッ! まずは基本だろ。 それに俺のは我流だから、教えられる程のもんじゃねぇんだよ」
彼はたまにこの道場にくるのだろうか、やけに子供達に慕われているなとシンは思う。これは地下のアジトで見た光景に似ている。
「アーテム、まだそんな言葉遣いをしているのですか・・・。 子供達が真似をするから道場ではちゃんとして欲しいとあれ程・・・」
建物の廊下の奥から、ギシギシと木造建築特有の軋む足音を立てながら、大人びた感じの声が聞こえてきた。
「せんせー!」
「久しぶりだな! 先生。 元気にしてたかよ」
今言ったばかりなのにという風に、ため息をつくその人は、女性と見紛うほどの綺麗な黒く長い髪を後ろで束ね、服装も建物と同じく、日本の袴姿で現れた。
「おや? お客人ですか? これはお見苦しいものをお見せしました・・・」
その男性は丁寧にシンへ謝罪をする。これもどこか馴染みのある作法。
間違いない。
この人は、日本というものを知っている。
それか、若しくは日本人であるのかも知れないとシンは思った。
アーテムは頭を掻きながら、話を変えた。
彼自身、悩んでいるのかもしれない。組織のリーダーという立場になって、他の者の今後をも左右しかねないのだから。
「そうこうしてる内に、もうすぐ着くぜ。 ここの階段を登って表に出れば直ぐだからよ!」
地下通路はそれぞれ、地上への階段がある場所に広場が設けられており、そこに物資や多少の備蓄が準備されているようだった。
「この物資や食料は・・・?」
「こいつは昔の名残だな。 地上で何かあった時は、通信機を使って各広場の連中に連絡を取って対応してる。 まぁ、今は騎士達に裁かれそうになってる人達の保護だな。そして、保護された連中の中から、徐々に同士を募るって寸法よ!」
アーテムは誇らしげに言い放つ。
シュトラールの政策により、全ての悪が淘汰されているユスティーチだが、いざ我が身となると裁きを受け入れるのが怖くなる者も、決して少なくはない。
そういった者達にとってアーテム率いるルーフェン・ヴォルフは、良き支えとなっている事だろう。
「・・・けどよぉ、シュトラールの“裁き”による統治っつぅのは、国の治安を守るのには効果絶大でよ・・・。俺たちの活動に関心を持ってくれる人が増える反面、ここ市街地南部は、聖都ユスティーチの中でも一番治安が悪くなっちまってる・・・。それでも他の国に比べれば大分マシだがよ。 なんか複雑な気分だぜ・・・」
シュトラールの行なっている政策は謂わば、恐怖による統治。 しかしそれを上手く正義だ平和だと言葉を並べ誤魔化している。
一方で、市街地南部のルーフェン・ヴォルフの保護下にある街は、小さな悪ならまかり通ると思われている節もあるのだという。
勿論アーテム達は、そんな事を容認させる為に国民達を騎士達から保護しているのではない。
それでも人は、どうしても“甘さ”があれば緩みが出てしまうもの。無意識に他人に迷惑をかけてしまっても、アーテム達が守ってくれると甘えが生まれる。
二人は階段を上がると、別の入り口から入ってきたときのような仕掛けがあり、民家の床下から外へと出た。
民家を出ると、シンとミアが食べ歩いた屋台や店が並ぶ街並みをのぞかせる。
繁華街を歩いてしばらくすると、徐々に建物の数が減り始め、街の景色は少し貧しい印象を受けるものへと変わっていく。
「なんか・・・、街の様子が変わってきたな・・・」
「まぁ、そりゃぁ都市の全体が隅々まで栄えてる訳じゃねぇからな。 一番外側となりゃ、貧しいもんも出てくるわな・・・」
彼の口調は至って落ち着いていた。幼少期を貧しく過ごしていたと話してくれたアーテムにとってこういう所は、何か思うところがあるのかもしれない。
「さぁ着いた。 ここが俺が通ってた剣術道場だ!」
アーテムが立ち止まり、その先を下からゆっくり眺めてみると、そこにはシンにとっと馴染みのある装いをした建物があった。
「こ・・・これが!?」
「ふん! 驚いたか? 想像してた道場とは違ったかよ」
彼はシンのリアクションを楽しんでいるようであったが、シンにとっては、彼のそんな態度よりも目の前の建物への驚きの方が大きかった。
「なんで・・・。 これは、日本建築じゃないか・・・?」
アーテムは、シンの意外な反応と、シンの口走った言葉に疑問を持った。
「ニホン・・・? お前、この建物のこと知ってんのか?」
「俺の住んでた国にある建築だよ・・・。アーテム、これは一体?」
WoF自体は、ファンタジー空間のような世界観を持っているが、定期的に行われているイベントなんかでは、世界各国を舞台にしたステージや街、アイテムや武器などが登場することがある。
これは単に、シンが日本のサーバーで遊んでいたからなのか、またはシンがそのイベントを遊んでいなかっただけなのか、WoFの世界で日本を舞台にしたイベントをシンは知らなかった。
恐らくアーテムのいう、驚いたかとは珍しい建物であることや、想像よりもこじんまりしているのだとかのことを言っているのだろうが、シンの驚きはそれとはベクトルが全く違う方を向いていた。
「どういうことだ・・・? 何で日本の建物がここにある・・・」
それもそのはず。
いくら周りの建物の装いが変わったとはいえ、流石に周りから浮いた光景に、シンには見えていた。
「こいつは、先生が建築士に依頼して建ててもらったもんらしいぜ? 俺がここにきた時には既に建ってたしな」
アーテムの何気ない言動にシンは、更に衝撃を受けた。
「そんな前からここに!?」
「お・・・おう。 なんだってんださっきから。 そんなに珍しいことか? 他国との交流がありゃ、自ずとその国の文化が流れてくるもんだろ? 何もそんな珍しいことじゃ・・・」
確かに現実であればそうなのかもしれないが、どうもシンの頭の中はゲームの時の印象が離れない。WoFに現実の風景や建物などを取り入れていたのは、イベントの期間だけだった。それがこうして残っている。
「これは、イベントの一部なのか・・・? だとしたらどこから? ユスティーチに入った時か? それとも・・・」
難しく考え、ブツブツと独り言を言い始めたシンを、アーテムが強引に中へと進める。
「だぁぁぁッ! なら、直接聞いてみりゃいいだろ!? 先生に!」
彼の言うことは最もだ。
何も知らない自分が考えるよりも、それよりもいくらか知っているであろう人物がいるのなら、直接聞いてしまった方が早い。
だが、シンは一つ疑問に思った。
もしこの建物に入ることが、イベント開始のスイッチになっているとしたら、どうなってしまうのだろう。ミアとも離れることになってしまうのだろうか。
「うッ・・・! ア、アーテム! ちょっとッ・・・」
彼はシンの悩みを知る由もなく、グイグイと建物の中へと押し込んで行った。
小さな門を潜ると、馴染みのある引き戸を開ける。
「あ! あてむだ!」
「ぼるふのあてむ!」
中では道場の教え子だろうか、子供達が数人剣術の稽古をしていた。
「アテムじゃねぇ! アーテムだッ!」
彼が子供達の間違いを指摘すると、子供達は嬉しそうにはしゃぎ出した。
「おう、先生はどうした?」
「中にいるよ。 もうすぐ来るんじゃない?」
辺りを見渡すと、それは正しく剣道の稽古場のような造りで、シンはあっけに取られる。まさか仮想世界で現実世界を体験する羽目になろうとは、思ってもみなかった。
「オレ、アーテムみたいになりたい! 教えてよ!剣術!」
「ばーかッ! まずは基本だろ。 それに俺のは我流だから、教えられる程のもんじゃねぇんだよ」
彼はたまにこの道場にくるのだろうか、やけに子供達に慕われているなとシンは思う。これは地下のアジトで見た光景に似ている。
「アーテム、まだそんな言葉遣いをしているのですか・・・。 子供達が真似をするから道場ではちゃんとして欲しいとあれ程・・・」
建物の廊下の奥から、ギシギシと木造建築特有の軋む足音を立てながら、大人びた感じの声が聞こえてきた。
「せんせー!」
「久しぶりだな! 先生。 元気にしてたかよ」
今言ったばかりなのにという風に、ため息をつくその人は、女性と見紛うほどの綺麗な黒く長い髪を後ろで束ね、服装も建物と同じく、日本の袴姿で現れた。
「おや? お客人ですか? これはお見苦しいものをお見せしました・・・」
その男性は丁寧にシンへ謝罪をする。これもどこか馴染みのある作法。
間違いない。
この人は、日本というものを知っている。
それか、若しくは日本人であるのかも知れないとシンは思った。
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