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自分を殺す常識
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カウンター席に残ったシンとミアに対し、マスターが声をかける。自分の店が荒らされたというのに、それ程動揺することもなく、それどころかこの町で起きる乱闘騒ぎを初めて目の当たりにしたシン達を気遣う余裕すら感じる。
「お二人とも大丈夫でしたか?お怪我の方もされているようですが・・・」
ミアの顔を見て、自らの口元を指差しながら切れている部位を彼女に教えるマスター。それを見て本人も気づかなかった様子で、マスターの指し示す部位を手の甲で縫ううと、その手には血液が付着していた。
現実世界の怪我とは違い、プレイヤーは防御や体力といったステータスの恩恵があるため、痛みに鈍感になっている。故に殴られた衝撃こそはあれど、ミアには口元が切れているという見た目程の痛みもダメージもなかったため、気づいていなかったようだ。
「あぁ、この程度大したことはない。それよりこっちこそ悪かった・・・。弁償を・・・」
「いいえ、それには及びません。この町では良くある事なんですよ」
苦笑いをしながら手と首を横に振り、ミアの申し出を断る。内心彼らもマスターの気遣いにホッとしていた。店の修理代や破壊した机や椅子、グラスなどの弁償代など払っていては、今晩泊まる宿もままならなくなってしまうからだ。
「それにしたって、この状態では・・・。暫く営業も出来ないのでは?」
辺りを見渡せば、キングの仲間達により店内はある程度掃除されたものの、物品がすっかりなくなってしまい、入ってきた時よりも広くは感じるが、とても殺風景になってしまっている。こんな事が日常茶飯事で起こるというのだろうか。
「この港町で開いている店の殆どが、先程のキングさんや他の同盟組織の方々の提携を受けているんです。なので彼らの騒ぎで破損した建物や商品などは、彼らが請け負ってくれますし、仮に誰かによって襲撃されれば、彼らが守ってくれたりもします」
流石はその界隈で名の知れたギャングといったところだろうか。自分達が提携する店の資金面や営業の支援などを行う代わりに、店を自由に利用することができる上、無料で買い物もできる。そして客から得た情報などを代わりに受け取るというWIN-WINの関係を築いているのだ。
「だからあの時、あんな忠告を・・・」
「えぇ、キングは残忍な方ではありませんが容赦の無い方です。自分のテリトリーや所有物に手をつけられれば、それ相応の報復を行います。・・・彼も気の毒でしたね。何も知らないというのはそれだけで世界を狭め、災難を呼び寄せます。あなた方もどうかお気をつけて」
そう言うとマスターは軽く会釈をして、店の片付けをする人の群れに合流する。会話をしているうちにミアの外傷もすっかり良くなったため、二人は一度ツクヨ達の元へ行き合流することにした。
一方、ウィリアムの店を後にしたツクヨとヘラルトは、彼から教えてもらった安くて質の良い宿屋を巡り、部屋の予約をとりに行っていた。しかし何処もレースを見に来た客でいっぱいになっており、苦戦していた。再度断られたツクヨが、頭を掻きながら俯き加減で宿屋からで出来ると、焦る気持ちを含みながら外で待つヘラルトに、最早その様子だけでも伝わってくる結果を報告する。
「満室だって。いやぁ・・・マズイよ、この調子じゃゆっくり寝ることも出来なくなるな。ミアに何て言われるか・・・。ハッ・・・!まさか酒なんて飲んでないだろうな!?」
一人、この後の展開を想像し青ざめるツクヨだったが、ヘラルトは陽の光が地平線の彼方へ沈み行き、赤く染まる町並みに陰を落とし込もうとする中で、ある一点の方向をジッと見つめていた。
「・・・ツクヨさん、あれ・・・」
彼がそう言って指さす方向に首を傾けると、そこには人目のつかない路地で、数人の大人達に囲まれている荷物を抱えたツバキの姿があった。
「ん・・・?あれは、ツバキ君じゃないか。彼らは知り合い・・・」
と、ツクヨが言いかけたところで、一人の男がツバキを押し退けている場面を目撃し、どうやら穏やかな状態ではないことを察する。
「じゃぁ・・・なさそうだね。行こうッ!ヘラ、あんまりいい雰囲気じゃなさそうだ・・・」
彼の申し出に驚き、足が竦むヘラルトは身体が硬直し、前に進むことを拒んだ。
「まッ・・・待ってください!きっと揉め事になりますよ!?誰かを呼んだ方が・・・」
ヘラルトのとった行動は、何も臆病者だったからという訳だけではない。目の前で起きている危険な状況に、何も考えず無闇に飛び込んでいくのはとても危険なことであり、自らの身の安全を脅かすことにもなる。事態の収束を図れる人数や人員を揃えて、確実に沈静化できる状態、環境にしてから向かうのが賢い選択だろう。
助けたいという気持ちがありながら、自らの身の安全を考えることが出来るのは、彼が迷い焦る気持ちの中でも冷静さを保てる本能を持っている証拠だ。
例えそれが、自分の本当の気持ちを押し殺していたとしても・・・。
「誰かが助けてくれるのを待っていたら、彼は怪我をするかもいれないよ?そうなる前に助けなきゃ。ヘラ、君は誰か呼んできてくれ」
そう言ってツバキの方へと向きを変え、走り出そうとするツクヨの背中を見て、ヘラルトは胸が苦しくなる。確かに安全策をとるのであれば彼の選択は間違っていないのかも知れない。それでも自分の気持ちを優先して立ち向かえるツクヨの姿に、彼の心は奮い立つ気持ちが前面に飛び出し、動かなかった身体を前へと動かした。
「ぼッ・・・!僕も行きますッ!」
彼の言葉に振り返りながら走るツクヨは、子供にしてはやけに大人びた感性を持っているヘラルトが、自分の気持ちを優先し動き出したことに感動し、思わず顔が綻んだ。
「お二人とも大丈夫でしたか?お怪我の方もされているようですが・・・」
ミアの顔を見て、自らの口元を指差しながら切れている部位を彼女に教えるマスター。それを見て本人も気づかなかった様子で、マスターの指し示す部位を手の甲で縫ううと、その手には血液が付着していた。
現実世界の怪我とは違い、プレイヤーは防御や体力といったステータスの恩恵があるため、痛みに鈍感になっている。故に殴られた衝撃こそはあれど、ミアには口元が切れているという見た目程の痛みもダメージもなかったため、気づいていなかったようだ。
「あぁ、この程度大したことはない。それよりこっちこそ悪かった・・・。弁償を・・・」
「いいえ、それには及びません。この町では良くある事なんですよ」
苦笑いをしながら手と首を横に振り、ミアの申し出を断る。内心彼らもマスターの気遣いにホッとしていた。店の修理代や破壊した机や椅子、グラスなどの弁償代など払っていては、今晩泊まる宿もままならなくなってしまうからだ。
「それにしたって、この状態では・・・。暫く営業も出来ないのでは?」
辺りを見渡せば、キングの仲間達により店内はある程度掃除されたものの、物品がすっかりなくなってしまい、入ってきた時よりも広くは感じるが、とても殺風景になってしまっている。こんな事が日常茶飯事で起こるというのだろうか。
「この港町で開いている店の殆どが、先程のキングさんや他の同盟組織の方々の提携を受けているんです。なので彼らの騒ぎで破損した建物や商品などは、彼らが請け負ってくれますし、仮に誰かによって襲撃されれば、彼らが守ってくれたりもします」
流石はその界隈で名の知れたギャングといったところだろうか。自分達が提携する店の資金面や営業の支援などを行う代わりに、店を自由に利用することができる上、無料で買い物もできる。そして客から得た情報などを代わりに受け取るというWIN-WINの関係を築いているのだ。
「だからあの時、あんな忠告を・・・」
「えぇ、キングは残忍な方ではありませんが容赦の無い方です。自分のテリトリーや所有物に手をつけられれば、それ相応の報復を行います。・・・彼も気の毒でしたね。何も知らないというのはそれだけで世界を狭め、災難を呼び寄せます。あなた方もどうかお気をつけて」
そう言うとマスターは軽く会釈をして、店の片付けをする人の群れに合流する。会話をしているうちにミアの外傷もすっかり良くなったため、二人は一度ツクヨ達の元へ行き合流することにした。
一方、ウィリアムの店を後にしたツクヨとヘラルトは、彼から教えてもらった安くて質の良い宿屋を巡り、部屋の予約をとりに行っていた。しかし何処もレースを見に来た客でいっぱいになっており、苦戦していた。再度断られたツクヨが、頭を掻きながら俯き加減で宿屋からで出来ると、焦る気持ちを含みながら外で待つヘラルトに、最早その様子だけでも伝わってくる結果を報告する。
「満室だって。いやぁ・・・マズイよ、この調子じゃゆっくり寝ることも出来なくなるな。ミアに何て言われるか・・・。ハッ・・・!まさか酒なんて飲んでないだろうな!?」
一人、この後の展開を想像し青ざめるツクヨだったが、ヘラルトは陽の光が地平線の彼方へ沈み行き、赤く染まる町並みに陰を落とし込もうとする中で、ある一点の方向をジッと見つめていた。
「・・・ツクヨさん、あれ・・・」
彼がそう言って指さす方向に首を傾けると、そこには人目のつかない路地で、数人の大人達に囲まれている荷物を抱えたツバキの姿があった。
「ん・・・?あれは、ツバキ君じゃないか。彼らは知り合い・・・」
と、ツクヨが言いかけたところで、一人の男がツバキを押し退けている場面を目撃し、どうやら穏やかな状態ではないことを察する。
「じゃぁ・・・なさそうだね。行こうッ!ヘラ、あんまりいい雰囲気じゃなさそうだ・・・」
彼の申し出に驚き、足が竦むヘラルトは身体が硬直し、前に進むことを拒んだ。
「まッ・・・待ってください!きっと揉め事になりますよ!?誰かを呼んだ方が・・・」
ヘラルトのとった行動は、何も臆病者だったからという訳だけではない。目の前で起きている危険な状況に、何も考えず無闇に飛び込んでいくのはとても危険なことであり、自らの身の安全を脅かすことにもなる。事態の収束を図れる人数や人員を揃えて、確実に沈静化できる状態、環境にしてから向かうのが賢い選択だろう。
助けたいという気持ちがありながら、自らの身の安全を考えることが出来るのは、彼が迷い焦る気持ちの中でも冷静さを保てる本能を持っている証拠だ。
例えそれが、自分の本当の気持ちを押し殺していたとしても・・・。
「誰かが助けてくれるのを待っていたら、彼は怪我をするかもいれないよ?そうなる前に助けなきゃ。ヘラ、君は誰か呼んできてくれ」
そう言ってツバキの方へと向きを変え、走り出そうとするツクヨの背中を見て、ヘラルトは胸が苦しくなる。確かに安全策をとるのであれば彼の選択は間違っていないのかも知れない。それでも自分の気持ちを優先して立ち向かえるツクヨの姿に、彼の心は奮い立つ気持ちが前面に飛び出し、動かなかった身体を前へと動かした。
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