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海中と海上
しおりを挟む斬られたという感覚が遅れて身体や痛覚に伝わってくると、彼女はその痛みに絶叫する。ツクヨより大分下層の水中より、ボコボコと気泡が上がって来る。それは彼の見ている景色にも反映されており、血液と共にクトゥルプスの居場所を炙り出した。
すると彼は、脚力のみで側転やバク転を繰り返しながら移動し、その節々で剣を振い水中の彼女の元へ、鋭く研ぎ澄まされた贈り物を送りつける。
「くッ・・・!ナメるんじゃないよ!人間風情がッ!!」
出鼻を挫かれツクヨに良いようにやられていた彼女だったが、水の中でこそ彼女の真価が発揮される。積み重ねられた屈辱に闘志をもやしながら、素早い身のこなしで水を引き裂いて飛んで来る彼の斬撃を次々に躱しながら距離を詰める。
水中をまるで鯉の滝登りのような勢いで浮上しながら、両腕を横に伸ばし扇状に広げるようにして動かすと、その腕の軌道上に水の球体が幾つも出来上がる。水が球速に回転しながら集まって出来た球体は、綺麗な球を作るとそれらを飛ばすように勢いよく腕を振るうクトゥルプス。
球体は次々に弾丸のように発射されて行く。球体はツクヨの放った斬撃と同等か、それ以上の速度で海の中を突き抜けていき、それはツクヨの見ている景色の中でも、変わらぬ速度で迫っていた。
彼の景色では水の中を進む球体は見えておらず、それが通った水の動きで感知するしかない。故にその速度が上がれば上がるほど、どう避けるべきか、弾くべきかの素早い判断力が求められる。
悩む余地など与えない。そう思わせるような執念の水球が水を掻き分け浮上して来るのを察したツクヨは、瞬時に一つ目の水球が通るであろう軌道上から逃れるように飛び退く。
しかし、彼が飛んだ頃には第二第三の水球が既に迫って来るのが分かる。行動による回避中は、それが完了、着地されるまで他の行動がとれない。ならば弾くしかないと、ツクヨは布都御魂剣でタイミングよく水球を叩き斬る。
だが、思っていた以上に水球の勢いが凄まじく、まるで大砲の弾でも斬ったかのような重みと衝撃が彼の腕を痺れさせる。更にそれだけでなく、水球は刃を入れられると、たちまち形を保てなくなり四散。水飛沫となって辺りへと飛び散った。
本体の勢いさることながら、その水飛沫の勢いも落ちることなく、寧ろ小さく軽くなった分加速する。それはまるで近距離から放たれる散弾銃の弾のようにツクヨを襲った。
「うッ・・・!だッ駄目だ、斬れば返って避けられなくなるッ!」
空中ではこれ以上身体の軌道を変えることは出来ない。だが、弾くことも出来ない。ツクヨは残りの水球を、身体を強引に捻ることでせめて致命傷にならない位置に受けようとする。
大小バラつきのある水球は、小さなものが一発彼の身体を貫通していき、大きなものは彼の身体を擦り、跳ね上げるようにして上空へ通過して行った。僅かに脇腹をかすめた程度でこの威力。もしまともに貰っていたのなら、腹に風穴が空いていたことだろう。
致命的な大ダメージとまではいかないが、強烈な打撃を腹に受けたかのような衝撃を受けたツクヨは、着地と同時に水面へ膝をつく。激痛に思わず目を開きそうになるが、そこをグッと堪え周囲の風の動きや、水中の水の動きに意識をしゅうちゅうさせる。
だが、膝をつくツクヨの直ぐ横に風の流れがない空間があることに気がつくと、それが一体どういうことを意味しているのか、この瞼の裏の景色を完全に把握していない彼にすら察することが出来た。
彼が空中で水球をやり過ごしている間に、既にクトゥルプスは真横にまでやって来ていたのだ。風の流れが感じられなかったのは、そこに彼女という物体が存在していたからだった。水球に気を取られ、僅かな間彼女の存在を見失っていた。
そしてツクヨの見ている景色に影が掛かる。いや、掛かっているのは彼の目前だけ。それは即ち、目の前に何かが迫っているということ。彼の見ている外の景色では、クトゥルプスが痛みに跪くツクヨに向けて艶かしい脚を鞭のように振るっていた。
彼女の足の甲が、彼の防衛の為に差し向けた手よりも速く彼の顔面を捉えた。大きく後方へ吹き飛ばされたツクヨは、水面に数回身体を打ち付けた後に、手で水面に触れて勢いを殺す。
ツクヨが顔を上げ正面を向いた時には、既に彼女はこちらに向けて水中をシン達の乗るボードよりも速く泳ぎ進んでおり、飛魚のように水面から飛び出すと、先程の蹴りの倍以上はあろうかという重たい蹴りを放つ。
彼はまだ完全に止まり切っていない、後方へ引っ張られる勢いを利用し上半身を思いっきり後方へ仰け反らせる。クトゥルプスの蹴りは彼の鼻先を擦めるが、彼女の攻撃はそれで終わりではなかった。
身体をぐるりと横に捻り、触手を使って彼の身体を水面目掛けて、思いっきり叩きつけた。水面を足場にし、辛うじてこの戦いを均衡に保とうとしていたが、遂に水中へ落とされ彼女の独壇場へと引き摺り込まれてしまった。
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