World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
440 / 1,646

雷光翔る暗雲の地

しおりを挟む
 すっかり大人しくなってしまった彼に、かける言葉が見つからない。こういう時にどういう言葉をかければ励ませるか、元気付けられるか、友人と呼べる人間のいなかったシンにはそれが分からなかったのだ。

 「その・・・何だ・・・。命を賭けるのはアンタだけじゃない・・・。先のことを考えて不安になるのは、皆同じだ・・・」

 拙い言葉を絞り出し、不器用ながらもデイヴィスを元気付けようとするシン。彼の言葉にデイヴィスは顔を上げ、ポカンとした表情で見上げる。そしてシンが元気付けようと気遣っていることを悟ると、デイヴィスは慣れない事をするシンの姿に、込み上げる可笑しさを我慢する事が出来なかった。

 「ふふっ・・・何だそれは?励ましてるつもりか?」

 「うッ・・・うるさいッ!折角気を利かせてやろうとしたのにッ・・・」

 目を泳がせて隣に座るシン。自分の言葉に恥ずかしさを感じ、思わず体温が上がったように顔が熱くなる。そんな緊張感のかけらもない彼の姿に、デイヴィスの表情も和らぎ、いつもの余裕のある顔を覗かせた。

 「悪かったって。・・・でも、ありがとよ・・・。心配してくれて・・・」

 「計画のことが心配なのか?・・・それとも不安・・・?」

 「んー・・・。どうだろうな・・・。全部かも知れない。命を賭けることなんざ、今更恐いとも思わなかった。一人でいる時は、失うものなんて何もなかったからな・・・。妹も、今更生きていないだろうと思ってた・・・」

 失うものなんて何もない。少し前のシンも、同じ思いを抱いていた。現実の世界に戻ったところで、誰も自分の帰りなど待っていない。居なくなったところで、誰も困らないし心配もしないだろうと思っていた。

 それならば、自分の好きなゲームの世界で死んだ方がずっと良いと思っていた。それ故の無茶だったのかも知れない。死んでもまたどこからかリスタートされる。そんな楽観的な考えが、心の隅に消えず残っている。

 しかし、同じ境遇にあるミアやツクヨと出会い、行動を共にすることで、その命が惜しいという気持ちが芽生え始めていた。

 「だが、計画を企てていざそれを前にすると、もしかしたら妹はまだ何処かで生きているんじゃないかって・・・。そう思ったら、やっぱり真相を確かめるまでは死ねないし、死にたくないって思う・・・」

 生きているかも分からない人を思う気持ちは、ツクヨの目的に酷似している。彼もまた、生きているのか、そもそも存在しているのかすら怪しい妻子を、まるで夢でも見ているかのように探し求めている。

 現実世界で二人の遺体を見ておきながら、ツクヨはそれを受け止められないでいる。WoFの世界に送り込まれるという奇妙な体験をした彼は、二人がまだ何処かで生きていても可笑しくない。何なら、こちらの世界で生きているのではないかと信じて疑わない。デイヴィスも同じく、揺るがない真実を目の当たりにするまで、妹のことを諦められなくなっていた。

 「それなら俺にも分かる気がする。ミアやツクヨと会ってから、自分の命に重みを感じるようになったんだ。ツバキやアンタもそうだ。関わって行動を共にする内に、死にたくないし死んで欲しくないと思っている・・・」

 「命の重み・・・。そうか、俺の中にあるのもそれかも知れねぇな。久々に会ったアイツらの顔を見たら、また昔みてぇに馬鹿なことをして自由に生きてぇ何て、そんな夢見たいなことを思い描いちまう」

 「夢じゃないだろ?アンタを慕う奴はたくさんいる・・・。アンスティスだって言ってただろ?彼もアンタの帰りを待ってるんだ。呼び掛ければまたやり直せる」

 辛い時や苦しい時、人は夢を見て現実を忘れる。今の彼らはまさにそうだった。どうなるか分からない先のことに、心配と不安に押し潰されそうになる。だが、そんな気持ちでいれば、いざという時に迷いや焦りが生まれ、上手くいく筈のものも上手くいかなくなってしまう。

 デイヴィスが大人しくなっていたように、シンも不安や心配事を抱えていた。誰かと語らうことで少しでも意識のベクトルを変え、負の感情を紛らわせていた。しかし、時間は待ってはくれない。

 大海原を進む中、船の操縦をしていたツクヨから連絡が入る。それは聞いたシン達はすぐに立ち上がり、彼の言う言葉をその目で確認する。

 「前方に厚くて黒い雲が見える!私達の目的地である場所に向かう、進行方向上にある雲だ。・・・凄く大きい・・・、天候も荒れているようだけど・・・」

 彼の通信は船全体に行き渡り、その雲が覆う海域に何があるのかを知るデイヴィスやツバキの表情が、緊張と逃れられぬ壁を乗り越えんとする決意に引き締まる。眼前に映る光景と、デイヴィスのその表情から、そこが計画実行の戦地であるレイド戦が行われている場所であることを悟った。

 「ロロネーの時とは明らかに様子が違うな・・・」

 「うん・・・。あの時は奇妙で物静かな不気味さだったけど・・・。あれは間違いなく波乱を予感させる。デイヴィスの言っていた進路上にあるってことは・・・」

 「あぁ・・・。あそこがレイドの行われている戦地と見て、間違いないだろうな・・・」

 操縦するツクヨとミアは、ロロネーと遭遇した時の濃霧に覆われる海域のことを思い出していた。周囲一帯を覆い尽くす無音の濃霧による白銀の世界とは違い、黒い影に覆われまるで闇夜のようになる海域に、轟音を轟かせる雷の稲光が走る。

 いよいよ肉眼に捉えられる位置にまでやって来た一行。そしてその光景を見ていたのは、合流したデイヴィスの仲間達も同じ。依然変わりなく進むシン達の船に、シンプソンの船から通信が入る。

 「デイヴィス!アンタ達の船は俺達の後ろへつけ!先陣は俺達が行く。その後ろにアンスティスの船団を引き連れ、海中にアシュトンの潜水艇を潜ませる」

 シンプソンの通信に、急ぎ通信機を取るデイヴィス。

 「了解だ!俺達はアンスティスの船団に紛れるように進行する。アシュトンの部隊は海中から不測の事態に備えていてくれ!」

 デイヴィスの通信を受けたアシュトンの潜水艇から、了承の返事が返ってくる。彼らの存在は、何をする上でも強力なアドバンテージとなる。水中からの攻撃に対策をしていない限りは、その存在を探知されることはないだろう。

 厄介なのは、計画に関係のない他の海賊達だ。アシュトンと同じように水中を進むことの出来る手段を持っている者達からすれば、息を潜めレイド戦へ赴く彼らを怪しんで攻撃してきても可笑しくない。

 「アンスティス!頼んでいた薬は出来たか?」

 「あぁ・・・勿論だとも。後で合流した時に届けさせるよ」

 シン達を乗せた船は速力を落とし、シンプソンの船団が追い抜くのを待つ。そしてその後ろからやって来たアンスティスの船団に紛れ込み、デイヴィスが頼んでいた薬を無事に彼の元へ届けさせると、再び船にエンジンを掛ける。

 シンプソンの指示通りの隊列を組み、一行は嵐の中で行われているであろうレイド戦へ、そして計画を実行する戦地へと帆を進める。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...