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天海這う影
しおりを挟むその声は一般の者達には聞こえなかった。キングやエイヴリー、そして一部の船長クラスの実力を持った者達と、様々な知識と道徳を有する智徳の者達にのみ、直接頭の中に語り掛けられているかのような感覚があった。
「人間風情 ガ 我ガ幻影 ヲ 打チ破ルカ・・・」
皆、一様に何事かと驚いた表情で声の聞こえる天を見上げる。空から聞こえている訳ではないのは分かっている。だが、声が頭の中で聞こえたことで、咄嗟に上を向いた。
空は依然、黒い暗雲に覆われ、時折鳴り響く雷鳴と稲光を臨かせる、荒れ狂う海面に良く似た雲海が広がっている。思わず雲の動きを目で追いかけ、刹那に駆ける雷光に焦点が奪われる。
時期に雲の色はより濃く、雷鳴はより激しく。そしてそれを映し出すように、海面も激しく波を荒立て、水飛沫が騒がし音色を奏でる。
声を聞き取ることのできない者達も、様子の変わった空と海に、何かが起ころうとしている凶兆を感じ取り、息を殺しながら周囲に目を配り、何が起こるかも分からぬ厄災に備える態勢を取る。
キングが視線を天から船へと戻し、船員達や後方で彼等の船団を守るように陣取るダラーヒムの船団の方へと、慌ただしく視線を切り替える。彼の船にキング等と同じような反応をしている者はいない。
しかし、僅かに見えるダラーヒムの姿は、まるでキングの様子を確かめるように船首へ乗り出し、こちらを見ていた。彼の様子を見て、キングは確信した。ダラーヒムにもこの声が聞こえているのだと。
その直後、キングの船にジャウカーンから無線が入る。
「ボスッ・・・!この声は・・・」
キングが返す言葉を脳内で選んでいる内に、それを遮るように頭の中に直接語り掛けてくる声が、再び聞こえてくる。エイヴリーの船団でも、キングのところと同じようなことが起こっていた。
彼のところでは、同じ船内にいたアルマンと、何故かヘラルトにもその声が聞こえているようだった。無論、二人とも経験したことのない現象に、目を見開いて静かに驚きを表している。
上空ではシャーロット等をドラゴンの背に乗せ、エイヴリーの船団へ帰還しようと向かうロイクが、同じく何処からか聞こえてくる声に困惑している。周囲を見渡す内に、共にいる二人と支線が合い、同じ声が聞こえているかのような反応を示していた。
答え合わせをするように言葉を交わそうとしたところで、丁度遮るようにして、こちらにも新たな声が聞こえてくる。
「マタ 我ヲ コノヨウナ場二 駆リ出スカ。如何二 無意味ナ 行イデアルカ 再度 思イ出サセテ ヤロウ」
その言葉を皮切りに、空と海の様子が更に荒々しさを増し、まるで嵐の中にいるのかとでも言うように、船を大きく揺らす。不安定な足場に、バランスをとっている間に、彼等海賊達の周りに、身の毛もよだつようなものが姿を現す。
それは、エイヴリーの兵器で倒した筈と思われていた、蟒蛇の巨大な身体だった。ゆっくり海面から姿を現した蟒蛇の身体は、その鱗をベルトコンベアのように次々に流しながら、海域を這いずり回る。
また振り出しに戻ったかのように、彼等のいる海域のあちらこちらにその姿を現した蟒蛇。だが、キングやエイヴリーさえもゾッとさせたのは、何も蟒蛇が復活したからではない。
鳴り止まず激しさを増す雷鳴に空を見上げると、なんとそこには海面と同じく、雲海を這いずり回る二体目の蟒蛇が姿を臨かせていたのだ。巨大な体表は、雲の中を進み、海上と同じくあちらこちらにその姿を現している。
その数を見ていると、果たしてこれは二体で済むのだろうかと思ってしまう程だった。しかし空にも海にも、まだ蟒蛇の頭部はどこにも見当たらず、そのような報告も入らない。
海上では再び、一体目の蟒蛇と同じように各所で海賊達が、その体表に砲撃を始める。しかし、以前とは比べ物にならない厄介な事態が発生する。それは海の中を進み、砲撃をする海賊船に近づくと飛び上がり、船員達を襲った。
巨大な蟒蛇の身体に舵を取られる中、今度は翼の生えた小型の龍のようなモンスターが、無数に出現し彼等を襲い始めたのだ。ただでさえ足場の悪い船上で、海の中は勿論空中であっても自在に動き回る小型モンスターに襲われ、砲撃だけに集中出来なくなってしまった海賊達は、戦力の低い船から次々に沈没していった。
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